見せつけるように恋を踊る
最初に皇国に上陸したドドラは、船だろうが農地だろうが民家だろうが無差別に踏み潰していた。しかし特防隊による観測や避難住民の証言から、テルナたちはドドラの奇妙な特性を突き止める。
ドドラは「仲睦まじい少女たち」の前では、歩みを止める。必死に妹を背負って駆けていた姉や、手をつないで懸命に走っていた女学生たちのことを、ドドラは自分から避けていったのだ。
続く第2次上陸で特防隊が行った実験で、その特性は実証された。住民を装った魔技師たちをドドラの前に配置したところ、ドドラが「避けた」のは若手女性ペアの場合のみだった。さらに実験を重ね、ドドラが「気に入りやすい」要素が明らかになる。それらをまとめると、モデルとなる概念は魔法少女となった――分業された職人である現実の魔技師ではない、あらゆる魔法を操り華やかに悪と戦う、皇国が世界に誇るフィクションであるところの魔法少女である。
そうした知見を基に特防隊に新設されたのが、魔法少女作戦群。魔技師たちの支援を受けた女学生コンビが魔法少女に扮し、過剰なスキンシップを見せつけながら魔法をぶつけることでドドラを誘導する部隊である。
*
〈シューター・ツー、スタンバイ〉
「吹き抜けて、エアリアロー!」
空中でミユキが放つ疾風魔法がドドラの顔面を直撃する――ミユキが魔法の照準と起点を担当、支援魔技師が出力増大と効果持続を担当している。
「さあ、止まりなさい……!」
顔を歪めながら、ミユキは右手をかざして風を吹かせ続ける。実際は支援魔技師に引き継いでいるのでただのポーズだが、ドドラにはポーズこそ重要なのだ。
「頑張れミユキ、私も――っ!」
そのミユキに寄り添うように、ヒナツはミユキと鏡映しの姿勢を取る。支え合って一緒に魔法を撃っている、と見えるように。
「ドォオオオオ!!」
ドドラはふたりを睨んでから、ふたりを避けるように左前方へと回頭。スピードを上げて海上を進んでいく。
〈ストッパー・スリーより本部、ドドラは我が方へ接近、指示を請う〉
「ヒナツです、行かせて、ください!」
通信に割り込んだヒナツの声は、疲労で上ずっていた。
〈本部より。ヒナツは海岸へと撤退し休息、ミユキとストッパー・スリーでドドラを妨害して〉
「けど!」
テルナに反駁するヒナツを、ミユキが厳しく制止。
「従いなさい!」
悔しげに睨んでくるヒナツをまっすぐに見返しつつ、ミユキは言い聞かせる。
「何度も言ってるでしょう、あなたが倒れたらダメなんだって。ここは他に任せなさい」
「……分かった! 信じたよ、ミユキ!」
ヒナツは反転して海岸を目指す、自分で思っていた以上に体力を消耗しており、支援なしにはたどり着くこともできなかっただろう。
「――ヒナツ到着、リカバー開始!」
「はあ……はい、お願いします……」
支援魔技師の手当を受けつつ、ヒナツはコンディションを整える。
一方、逆方向に飛んでいったミユキは、海水を凍らせる魔法でドドラを妨害している。
「ミユキちゃん流石だな、あれだけ前線で粘れるなんて」
「秀才の名は伊達じゃないわね、私たちも心強いよ」
周りの支援魔技師は口々にミユキを褒めている。
ドドラは、視認した魔法少女に興味を向け続ける。一方、視界内にそれ以外の異物――特に兵器や男性が紛れ込むと、激しい敵意を向ける。つまり魔法少女たちが陽動を続け、支援魔技師が距離を取って潜伏している限り、ドドラの脅威はごく狭い範囲に抑えられる。
――という戦術が今回成功しているのは、ミユキの能力の高さゆえである。ヒナツでは到底、単独で最前線に立つことなどできない。
しかしミユキにだって限界はある、それが近づいているのは中継映像からも明らかだ。そしてミユキは自分からは言い出さないとヒナツは知っているから。
「私、もう行けますよね?」
ケアしてくれていた魔技師に確認、肯定の意が本部にも伝えられる。
「ヒナツよりミユキへ、すぐ向かうね!」
「いえ、まだ休んで――」
「自分を大事にしろって言ったのはミユキでしょ、その言葉そっくり返すよ!」
再び海上を飛ぶヒナツ。ドドラの側面に突撃して注意を引こうとした瞬間、空中で魔法を放っていたミユキの姿勢がぐらりと乱れたのが見えた。
「私が、」
〈受け止めて!〉
ヒナツと本部の判断が一致、ヒナツは支援を受けて急加速し、
「――お待たせ、危なかったじゃん」
高度を下げていたミユキを抱き止めた。
「ありがとう、けど演技だから安心して?」
「演技?」
「こういうシーン、ドドラは好きじゃない」
ミユキの言う通り、ドドラはドードー叫びながらヒレと触手で海面を叩き散らしている。「へえ、やっぱりミユキは計算高いな……」
「それより、決めにかかりましょう」
「だね、魔技師さんたちも辛くなってきてるし――テルナさん!」
〈こっちもそう判断した、仕上げに行くよみんな!〉
ドドラを撤退させる決め手となる連携技だ――まずは恒例、魔法少女の触れ合いから。
「ミユキ、ここで決めよう!」
「ええヒナツ、とっておきを見せてあげましょう」
ドドラの眼前で、手を取り合って唇を重ねる。
「ド、ドード!?」
続いてヒナツ、炎熱魔法を発動。
「闇を燃やして光に溶かして――咲き誇れ、ヒート・ビート・ブロッサム!」
出力増大、規模拡大、効果延長。数十人の魔技師たちの支援を受け、ドドラが炎に包まれる。これほど猛烈な炎に晒されてもドドラの体表に大した傷はつかない、とはいえ。
「ドー……」
炎が消えた後、ドドラは苦しげに暑がっているようだった。その周りには、熱せられた海水が水蒸気となって立ちこめている。
そしてミユキ、冷凍魔法を発動。
「全ての悪を
ドドラ付近の大気の温度が急速に低下。ドドラの体表は霜に包まれ、海面にも氷が広がる。
ドドラの傷にはならない、生命活動に影響もしない。
しかし魔法による刺激を浴び続け、さらに高温から低温への急激な変化を経たドドラの体内では、神経が著しく攪乱されている。それから平常の環境に戻されることで、急激なリラックス効果が誘導され。
「……おっと、危ないじゃないヒナツ」
「えへへ、くらっと来ちゃった」
さらに目の前で、魔法少女コンビが穏やかな表情で労り合う、癒やしの極みのような光景を見せつけられ。
「……ド、ド、ド、ウー」
まさに憑きものが取れたかのように、ドドラはおもむろに回れ右をして、海中へと潜っていったのだった。
かくして、壊獣の脅威は去った。
可憐に支え合いながら華やかな魔法を放つ魔法少女たち――という物語を演出するチームによって。
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