第5話 あれから1週間

(なんてことだ…。王妃に聞かれるまで王妃の名前を知らないだなんて…)


カメリアを見初めた日から2年経つにも関わらず。結婚してからは1年半も経っているにも関わらずだ。


あの質問に答えられず部屋から追い出された後、周りの人に聞けば呆れた顔で教えてくれた。


「カメリア…」


さらには何故気づかないのだと責められた。祖国で王女だったカメリアのお印は『椿』。その名の通りの花であった。だからこそ、カメリアの私物には椿が刻印または刺繍されており、いつも胸元には椿を模したブローチまたはネックレスをしている。他国に嫁いだ今でもそのお印を愛用している。カメリアの顔しか見ていないジャレッドには無理な話であった。


「カメリア…」


ジャレッドは再び教えてもらった王妃の名前を呟くのだった。



そして、あの日から1週間。カメリアには会っていない。正確に言えば会わせてもらえないのだ。


食事も公務も私室ですると部屋から出てこない。花束を渡そうと部屋の前まで行くのだが入れてくれないだけでなくドアを開けてもくれず。「傷はどうか?」と聞けば「変わりありません」との返事しか貰えなかった。


部下や使用人からも特にこれといって報告はない。「元気か?」と聞けば「お元気でいらっしゃいますよ」と返ってきた。「傷はどうか?」と聞けば「お変わりありません」と返ってきた。


(部屋はこんなに広かったか?……一人での食事は味気ない)


ジャレッドは先代国王夫妻とカメリアがいたからこれまでに王宮の広いダイニングルームで一人で食事をすることがなかった。



王宮内では、使用人らが奮闘していた。当初はやっと見つけてジャレッドの妻となってくれたカメリアが、ジャレッドの対応に見限って王宮から出ていかれるのではと心配したが、カメリアのお気持ちを知りその心配は不要であったことに安堵した。カメリアから、「国王には聞かれたことに答えるだけで良い」と指示され、そのように行動している。案の定、ジャレッドからはカメリアの傷の事を聞いてくることがほとんどだ。ただ、このままもし傷痕が残り逆にジャレッドがカメリアを見限ることになったとしたら、カメリアの居場所がなくなってしまう。祖国で『フルリールの花姫』と国民に愛されていたカメリアは、この国でも国民に愛されている。カメリアが悲しむことだけは避けたかった使用人らは、ジャレッドがカメリアの顔以外にも興味を持ち、カメリアの大切さに気付くためには何が出来るか思案した。



傷痕のある状態をジャレッドに披露する勇気がなかったカメリアは傷痕が消えるまでは部屋から出ないことに決めた。皆もそれには同意した。会わない時間を作ることで、カメリアについて向き合ってもらおうと思ったのだ。だが、ジャレッドは何か理由をつけてはカメリアに会おうと試みていた。「食事を共にしないか?」「新しい薔薇が咲いたから見に行かないか?」「たまには庭園を歩かないか?」等々、カメリアはそれらを全て断り部屋から出ることはなかった。なぜならそこには全て「君の顔が見たい」という言葉も添えられていたからだ。


この攻防は毎日行われた。

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