第23話 浴衣を着た妖精

 二日目は、花火大会へ行くことに。


 しかし、ここは田舎だ。セミの声以外、耳に入る音はない。周囲に娯楽なんてあるはずもなく。


 とはいえ、作業に没頭できる環境である。


 朝から、昨日撮った動画の編集をしていた。アップが完了した。後は夜まで、何もすることがない。オレは携帯ゲーム機を引っ張り出して、RPGを進める。


 夢希ムギも、自分の動画の編集を終えた。革製のソファにもたれて、電子書籍を読み始める。洋書のミステリシリーズらしく、文字がびっしりギチギチだ。夢希も、田舎慣れしてやがる。


 このまま花火大会まで、まったりかな。


 と思っていたら、うちの車からクラクションが。


快斗カイト、ちゃん! 着替えてらっしゃい! 浴衣を買いに行くわよ!」


 車の窓から顔を出し、星梨セイナおばさんがオレたちを呼ぶ。


 買い物かー。女子の買い物は長いんだよなぁ。


「少々お待ちを」


 夢希も電子書籍を閉じて、着替えに向かう。


「服を買いに行くなら、本島のシオンだよな?」


 ぱぱっとズボンだけ履き替えて、オレは先に車に乗り込んだ。


 シオンはこの島から車で一時間ほど走った本島にある、大型ショッピングモールのことだ。


「そう。こんな田舎の娯楽施設って言ったら、シオンモールくらいよ」


 たしかに、映画を見ようとしたら、シオンシネマくらいだ。


「お昼も、そこで食べちゃいましょ」


「いいな! あとは夢希を待……」


 妖精が、車に向かってきた。


 オレは思わず、ため息が出る。


 白いワンピースと麦わら帽子姿の夢希だと気づくまで、若干のタイムラグがあった。


「どうしたの、快斗?」


「いや、メガネをかけていなかったら、夢希だって気づかなかったかもしれん」


「それじゃあわたしが、メガネが本体みたいじゃん」


「すまん。とにかく、めちゃカワイイっていいたかったんだ」


「……んふふ。ありがと」


 後部座席のスペースを開けて、オレは夢希を座らせる。


「じゃあ、行くわよ」 


 オレたちは本島まで突っ走り、シオンモールに到着した。


「浴衣はあったんだろ?」


「あたしのお古があったのよ。それで昨日、夢希ちゃんの身体に合わせてみたんだけどね……」


 おばさんが、青い顔に。

 ああ、サイズが合わなかったのか。


「ちゃんと着付けができたら、昨日のうちにお披露目できたのよね」


「ウチは、バストが小さい一族だからな」


「そうよ! だから、ちょうどいいと思って! 柄もやや幼稚だったし。あたしもおニューの浴衣ほしいし」


 とにかく、浴衣コーナーへ。


 オレは適当に、甚平を選ぶ。


「ど、どうかな?」


「……」


 夢希の浴衣姿を見て、オレは息を呑む。


 星梨おばさんの浴衣は、スラッとしたシックなデザインだ。

 まあ元が美人だし、誰しも振り返るだろう。


 だが、夢希の浴衣の破壊力ときたら。ミニ浴衣のように攻めているわけでもないのに、この悩ましさ。落ち着いたデザインでありつつ、素材のよさを引き出している。


「妖精かと思った」


「なにそれ。ウケる」


 元のワンピースに着替え終わるまで、夢希はずっとクスクスと笑っていた。


「じゃあ、三時くらいに迎えに行くから、二人は楽しんでらっしゃい。家にいてもしょうがないでしょ?」


 買った浴衣を車に直して、あとは自由時間となる。


 今はちょうど、昼食どきだ。


 つまり、デートしろってことか。

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