第22話 バーベキュー

 思わぬ海の家の珍味と遭遇した後は、浮き輪でまったりした。


「ホントに、誰もいないね」


 浮き輪に腰を降ろして、|夢希がくつろいでいる。


「そうだな。フェリー波でも来たら、面白いんだけどな。お、きたきた!」


 この海域は、たまに遠くでフェリーが横切るのだ。その波が、押し寄せてきた。


「ひあああああ!」


 夢希が、すっ転んだ。つられてオレも、波にさらわれる。


「ん、夢希はどこにいった?」


 ちょっと離れた位置で、女性の手がもがいていた。


 急いで、海へと潜る、夢希を抱きかかえて、オレは浮上した。


「夢希!? 大丈夫か?」


 オレは夢希を抱きしめて、海から顔を出す。

 息はしている。


「う、うん……」


 うわ、距離が近い。普段、メガネをかけている女性が裸眼になると、ちょっと意識してしまう。それに、地肌が直接オレの胸に当たって……!?


「夢希! お前、水着は?」


 何が起きたか、夢希は最初はわかっていなかった。段々と、青ざめていく。


「やばい。あれ高かったのに」


「よよよ、よしよし! 見つけた」


 ブラトップは、浮き輪に引っかかっていた。オレは手早く回収して、事なきを得る。


「ありがとう。待ってて」


 夢希がブラを回収してすぐに、背を向けた。


「その快斗カイト……見た?」


 胸を直しながら、夢希がオレに問いかけてきた。


「いや。海水で目を開けられてなかった」


 オレは本当に、何も見ていない。見えたのは、ぼんやりと夢希のシルエットだけである。


「そう。あの……ホントごめん」


「お前が謝ることじゃないって。しかし、ヤバいな」


 昼過ぎになり、水位が下がってきた。藻が濃くなっている。


 こうなると、毒を持った魚の領域に入ってしまう。


 さすがに、今日の海水浴はここまでだ。


 あれは、動画に撮っていなくてよかった。撮っていたら、真っ先に編集しなければならない。



 廃校を利用したキャンプ場に、足を運ぶ。


 そこの壁沿いにあるシャワーで、海水と砂を洗い流す。


 家族連れの子どもたちなんて、スクール水着を脱いで身体を洗っている。ずっと砂遊びをしていたからだろう。


「女の子まで、素っ裸になって。気にしていないのか?」


「あれは、さすがにマネできない」


「しなくていいからっ。張り合おうとしなくていいっての」


 シャワーを浴びる夢希が、「えへへぇ」と舌を出す。


 

 夕方から、バーベキューを開始した。


「よお、カイカイだ! 今日は夜から、バーベキューを開始するぞ」


 オレは、スマホカメラに向けてあいさつをする。


 具材は、親戚が買ってきた肉と海鮮だ。焼く場所は、さっきシャワーを借りたキャンプ場である。


「田舎の山でもバーベキューはしたけど、海の幸はあんまり出ないから新鮮」


 夢希ムギが、ウキウキしているように見えた。網に焼かれるホタテやエビを、凝視している。


「貝殻付きのホタテって、初めて食べる。貝殻ビキニでしか見たことないけど。今度やってあげようか?」


「遠慮しておきます」


 貝殻ビキニ姿の夢希なんて、想像もつかない。動画で撮ったら、それこそ削除待ったなしだろう。


 親戚は、星梨セイナおばさんと、ホッケで一杯やっていた。


「焼けたぞ。行ってくれ」


「お先にいっていいの?」


「客人だ。まずはお前からどうぞ」


「では、いただきます」


 焼き立てエビの皮むきに苦戦しながら、夢希がかじりつく。



 数秒、夢希が固まる。



「どうした?」



 しばらくすると、夢希のホホを透明な液体が伝う。



「お前、泣いてるのか?」


 エビ食って泣くやつなんて初めて見た。


「おいっしいいいいい」


 鼻をすすりながら、夢希がエビをガシガシと食らう。


「どうしたんだ? 食べさせてもらえない人みたいな、リアクションになってるぞ」


「だって、海産物ってあんまりウチで出ないから、おいしくて」


 両親が山育ちで、あまり海の幸に詳しくないからだそうで。


「ホント、おいっしい。貝殻つきのホタテって、こんな味になるんだね?」


「うまいか? だったら、じゃんじゃん行ってくれ。遠慮しないでいいぞ」


「はい。ああ、このハラミもおいしい。野菜の焼き加減もちょうどいい」


「うちで採れた野菜だ。ガンガンに行け」


 オレはすっかり燒く係になって、夢希の胃袋を満たしていく。


 おそらくオレが四割、夢希が六割位食っていた。


 動画でも、夢希がなにかを食べるシーンばかりが人気である。


「ん! 明日、花火大会なんてあるの?」


 夢希が、キャンプ場のポスターに目を通した。

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