第2話 ピザ一枚ひとりじめ

 オレがカップルユーチューバーになったのは、一ヶ月前のことだ。



「よお! 斎藤サイトウ 快斗カイトだ。気軽にカイトと呼んでくれ! 俺は、青春を謳歌ことなんて、できない! そもそも、そんなこと、考えてねえ!」


 オレの自己紹介を聞いて、周りの生徒たちはポカーンとしている。


 わかるよ。いきなり入学の自己紹介で、伊藤カイジみたいなしゃべりり方をしているヤツなんていたら、誰だってドン引きして口ごもる! オレだってそう思うさ。


 だが、高校生活は、インパクトが大事なんだ! ちゃんと聞いているやつなんていねえよ! わかっているのさ! 聞かせるつもりなんてないからな!


「中学のときはモテねえし、高校だって、おそらくモテねえ!」


 勉強もそこそこだ。こんなヤツだから、地頭もよくねえし、友だちもいねえから、情報もろくに入ってこねえ。だから、なんだってんだ! 


「趣味は映画! 生きがいはメシ! オレはただ、映画を見てメシを食っているときだけが楽しみで幸せだ! だからオレのことは、放っておいてくれよな!」


 誰からも拍手がない。他の生徒はみんな拍手で称えてくれるのに。


 いいさ。それでいいんだ。オレは孤立する。率先して! 体育のときだって、二人組を作らない!


 友だち付き合いなんて、煩わしいだけ!


 オレはサブスクで映画でも見て、一人でピザを一枚平らげるのが楽しい。


 パンにジャムを塗って女を抱くなんて、少年漫画みたいな夢は、ドブに捨てちまった。オレにはそんな夢すら、まばゆいんだ。


 そんな夢を叶えてくれる女なんて、どこにも見当たらないんだよ。


 だからオレは孤独に入学式を終えて、さっそくピザを頼む。家につく頃には、宅配の人が来るだろう。


「おっ、来たぞ。って、え……」


 チャイムが鳴ったので、外へ出る。


 三輪スクーターで来てくれたのは、女子生徒だ。うちの地方で一番頭のいい学校の。セーラー服にエプロンをしているだけの。


「えっと、白浜シラハマ夢希ムギさんだっけ?」


 中学当時の同級生だった。今は学校が違うが、元気にやっているようだな。 


「すごいな。バイトしているのか?」


「高校に上がったら、バイトしていいって親に言われたから」


「そうか、エライな!」


 スマホ決済で、ピザの代金を払う。


「オレは人見知りで、バイトって発想が浮かばないんだよな!」


 なぜか、白浜さんの頬が赤くなっていた。別に、オレに褒められても、うれしくねえだろ。


「だって高校に入ったばかりなのに、原付きの免許なんて」


「あんなの、一日で取れるよ」


「すげえな! やっぱ頭がいいんだな白浜さんは! 努力家なんだ」


 また、白浜さんが赤面する。


「これだこれ!」


 俺が頼んだのは超Lサイズピザと、二リットルのコーラだ! 


「こいつがあれば、優勝だ。二時間映画を見ても、飲みきれるかどうか。しかし、最高のぜいたくだよな!」


「楽しそう」


「ああ。オレは一人を満喫しているときが、一番幸せだからな」


 ガキの頃から、親とも息を合わせるのさえ苦手だった。幼少期から、夢は「一人になりたい」である。


「一応、ムダづかいしなければ暮らせるくらいの金はもらってるんだ。バイトはいずれ、倉庫管理でもやろうかと。人と話さなくていい仕事を探して……」


 しまった。話し込みすぎだろ。白浜さんは、バイトだってのに。


「引き止めて悪かった。じゃあな」


「いいよ。じゃあ、また学校で」


 白浜さんを見送った後、待ちに待ったコーラとピザタイムだ。


「さて、今日も一日お疲れ! いただきます!」


 コーラをグラスに移して、煽る。


「くああ! 最高だ!」


 ボトルから直接、とも考えた。が、コイツは氷でキンキンに冷やしたほうがうまい。直接飲むなら、飲みきりサイズでやるべきだな。


 お次はピザだ。ベーコンとトマトだけっていう、圧倒的にシンプルなピザである! だが、これでいいんだちょうどいい。


 切り分けて持ち上げると、滝のようにチーズが伸びる。


 この光景だけでも、映画三本分の価値があるというもの!


 ビローンと伸びたチーズをすすりながら、ピザ本体にもかじりつく。


 舌がヤケドしそうになるほど、熱い。それでも食らいつくのが止まらなかった。噛むほどにチーズのトロトロが歯にこびりついて、至福である。


「ああ、うめえ!」


 ガキの頃、オレはトマトが苦手だった。しかし、映画好きな親戚のおっさんがうまそうに食っているのを見て、オレもマネをしてみたのだ。そしたらうめえのなんの。ちょっと成長して、味覚が変わったせいかも。それでも、焼けたトマトのみずみずしさと来たら!


 これを、コーラで流し込む。


「くああ!」


 冷えたコーラが、身体に染み渡っていく。


「おっと、食っている間にお楽しみタイムが終わっちまう」


 PCとHDMIでつなげたテレビで、楽しむ。


 パソコンのディスプレイだと、どうしても黒がぼやけちまう。映画はテレビの画像で見るのがおすすめだ。


 家主である叔母さんが、だいたいセッティングしてくれた。オレは、部屋を預かっているだけ。なので、人を呼ぶ気もない。


 オレの変人キャラ作りも、「一人暮らしなのをいいことに、不良などがたまり場にしないように」という考えからだった。


「さて、何を見るか」


 オレは何でも見る。恋愛映画だって構わない。人の恋愛を擬似体験することで、得られる価値だってあるんだ。辛気臭いドキュメンタリーを三本、立て続けに見たこともあった。


 ピザで腹を満たしつつ、映画で心を満たすか。今日は春だから、ホラーって感じでもねえし。


「頭を空っぽで見るなら、アクションだろ」という人だって、いるかもしれない。だが、最近のアクションはスパイ物が多い。敵勢力がどうなっているとか、味方陣営にもスパイがいるとかで、意外と頭をつかうんだ。ダラ見には向かない。ゲーム実況を流してる方がマシだ。


 だが、前情報がなかったせいで、切ない落ちの映画を見てしまった。やはり映画系YouTuberの話は聞くべきだったな!


 よって、映画系YouTuberの話を垂れ流しつつ、ピザへと戻る。


 しかし、ピザ一枚ってのは、重い。だが、これでいいんだ。この重みこそ、オレが求めていたもの! 


 昼メシにしては軽く、おやつにしてはボリューミーッ!


 バカの食い方だ。


 しかし、これでいい。


 この背徳の味こそ、若さの象徴だ。


「ふういい、なんとか、なんとか食い切ったな」


 ピザ独り占めってのも、なかなかヘビーだ。軽々と食べ尽くすやつもいるらしいが、オレはそいつがうらやましいな。


 粘膜に絡みつくようなチーズのこんがりした香りこそ、青春の匂いってやつだろ。


「おやつの時間だ。やっぱポテチだろ」


 ポテチの袋を開けて、オレはソファーに寝転ぶ。


 高校にもなってひとり飯なんて、終わっていると思うだろうか?


 違うね。人間はいつの時代だって一人さ。オレにとっては、ここからが始まりだ。みんな、ひとりを気にしすぎだと思う。


 オレは、孤独を恐れない。人に見られて恥ずかしいとか、まったく感じないね。かといって誇らしくはないが。


 一人でいても楽しいが、なにも「一人でいることが正しい」なんて考えはない。


 孤高とかまで達観してるわけもなく、単に人が苦手なだけだ。人は人、オレはオレでありたい。同士がいれば、それはそれで楽しかろう。オレにはそんな人、望めないが。


 生活力のないオレは、おそらく結婚できないだろう。また、する気もない。


 オレには、映画とピザがお似合いなんだ。この気楽さ、この怠惰な感じを、ずっと味わっていたい。


 この先は地獄だろう。だが、それでいいんだ。


 オレにとっては、この背徳的な生活こそ、楽園である。


「ふう」


 三本も見終わったのに、コーラが一向に減らないな。二リットルくらい余裕だと思っていたんだが。


 孤独な幸せの唯一の欠点は、コーラがなくならないことだ。明日飲む頃には、気が抜けてしまっている。甘ったるいコーラも悪くないが、やはりコーラは炭酸があって……。


「ん?」


 チャイムが鳴った。


 オレなんかを尋ねるやつなんて、いるのか? しかも、もう夕方近い。


「こ、こんばんは」


「え、白浜さんっ!?」


 どうして白浜さんが、こんなところに?


「これ、お夕飯の残り。あと、わたしも映画見ていい?」


 白浜さんが、肉じゃがを持って現れた。


「わたしの家、キミんちの隣なの」


 隣にあるタワー型マンションを、白浜さんが指差す。

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