おひとりさま男子、カップルYouTuberになる ~他校に進学した優等生JKが婚約者だった~

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第一章 おひとりさま男子、カップル配信始めました。

第1話 婚約者と、カップルYouTuberになった

「よおっ! おひとりさまYouTuber、カイカイだ!」


 台所にて、オレはまな板に拳を置く。

 カメラに背を向けて、台所と手しか映さない。

 オレの配信者名は、本名の斎藤サイトウ 快斗カイトを短くして、カイカイとした。


「よお。おひとりさまYouTuber、ムゥだ」


 隣で、JKが同じようなポーズを取る。彼女は白浜シラハマ 夢希ムギという名前なのだが、本名で活動するわけにはいかないので、「ムゥ」と名乗っている。オレとは中学の頃は同級生だったが、違う高校に入った。


 ふたりとも、顔出しはしない。基本、手だけを映している。

 だから、メガネっ娘のインテリ地味子の顔を、オレだけがひとりじめだ。


「ところでカイカイよ、今日は何を食べさせてくれるんだ」


「今日はな! 極厚Tボーンステーキだ!」


 画面いっぱいに、オレは骨付きの肉を見せた。


「また体に悪い食べ物をチョイスしてきたな、カイカイは。頭の悪そうなメニューだ」


「それがいいんじゃないか、ムゥよ。オレたちらしくて」


「だな。見た目のインパクトもあるしな」


 ちなみにオレたちがバカっぽいメシを食うのは、配信の時だけ。


「配信時以外は、栄養に気を使ったものを食ってるから、安心しろ。キャベルまるごととかな」


「そっちの方が、絵になりそうだが」


「かもしれんなっ! そっちを今度撮ってみるか! ASMRにもなるだろっ!」


 網焼き機で、肉を焼いていく。


「ああ、これもいい音だ」


「ムゥカイチャンネルは、こうでないとな」


「だよな!」


 オレたち二人のチャンネル名は、「ムゥカイチャンネル」という。主に動画を投稿している、「動画勢」と呼ばれる分類だ。今撮っているのも、動画である。


 母方の叔母が、家を貸してくれているのだ。築三〇年の古民家を買って、オレたちに格安で住まわせている。叔母は金融系の動画を見て、投資信託だけではなく不動産投資にも手を出している。


 男女二人で住めって、どんだけだよ?

 しかし叔父としては、「動画の収益の一部が、家賃として自分に入ってくるからOK」だとか。そういう問題じゃねえだろ。


「カイカイよ。こんないい肉なら、高かったんじゃないか?」


「そうでもねえんだな。これが」


 約五〇〇グラムが、四〇〇〇円弱で買えた。


「二五〇グラム程度だと、通販で、送料込みの二〇〇〇円位で買えるぞ。ラム肉だともっと安い。千円切る」


 値段だけ見れば、学生でも十分に届く。バイトして遊ぶ金をガマンすれば、の話だけど。


「ところでカイカイ、気になることがあるんだ」


「なんだ?」


「Tボーンステーキの他にも、Lボーンステーキってのがあるらしい。食べたことはないが。あれは何の違いがあるんだ」


 なんだと、そんなもんまであるのか。肉の世界は奥が深いな。


「待ってろ調べてやる」


 オレはスマホを触り、検索をする。


「あったぞ。Tボーンステーキはサーロインとヒレを、同時に楽しめるんだとよ。Lボーンは、ほぼサーロインのみだってよ」


 そんな違いがあったのか。


「Tボーンステーキって、まるで私たち二人みた――」


「おお、焼けたぞ」


「お前、話聞けっての」


 話を強引にでも切り上げないと、変な気分になっちまう。


「焼けているかどうか不安だが、サーロインをいただきます」


 サーロインの部分に、包丁を入れようとした。


 しかし、夢希に止められる。


「なにやってんだよ。こういうのは豪快にガブッといっちゃうのが筋ってもんだ」


「肉の食い方に筋ってあるのか?」


「あるんだよ。謎マナーってのが。ささ、買ってきた人からドドドっていってくれ」


「お、おう。いただきます」


 半ば強引に、オレは肉をかじらされた。


「ん! 分厚いから肉厚かと思ったが、硬くない! 軟らかい。脂身だからか? めちゃジューシーだな」


「私ももらうぞ」


「おう……おっ!?」


 なんと夢希が、オレがかじった部分をムシャリ。てっきり、ヒレを独り占めするかなと思ったのだが。


「うん。うん」


 満面の笑みを浮かべながら、夢希が肉を頬張る。


「どうだ?」


「ぜいたくな食べ方だな。女の私でも、ちゃんと肉が離れて。かと思ったが、グッと口の中に肉が押し込まれる感じもあってな。女性でも、ちゃんと楽しめる味だ」


「それはよかった。じゃあヒレも行くぞ」


 オレは、ヒレの方にも歯を立てる。


「おお、食感がぜんぜん違うな。すっと歯が入っていく」


「どれどれ」


 またしても夢希は、オレがかじったところを噛む。


「ああ、違った肉を味わえるってぜいたくだな」


 細身のメガネっ娘が、豪快に肉へとかぶりつくさまというのは、絵になる。


「ん? どうした? 語彙力が死んだか?」


 オレの心を見透かすかのように、メガネ越しに夢希が問いかけてきた。


「いや。かわいいなって」


「グブ!?」


 唐突に、夢希が咳き込んだ。


「ちょ、不意打ちは、やめてもらっていいか」


 キャラを作り込んでいた夢希が、素に戻る。


「すまんすまん」


「これカットな。な?」


 カメラを構えている叔母に、夢希が編集を頼み込んだ。叔母はこの家の持ち主で、編集担当である。


 叔母から返ってきた返事は、NOだ。


 足をバタバタさせて、夢希が無言の抗議をした。

 それでも、判定は覆らない。

 仕方ないので、夢希は骨まで肉をしゃぶり尽くす。その音や仕草が、また最高なんだ。


「というわけで、Tボーンステーキは学生でも食べられる、リーズナブルな値段設定もあるってわかったな? じゃあ、自分でも試してみてくれ。楽しいからよお! じゃあな!」


 動画を取り終える。


「足バタバタも全部動画で公開するから」


「わーんっ!」


 夢希が、頭を抱えた。



 高校に入ったら、一人暮らしをしようと思っていた。そこへ叔母が来て、家を貸してもらったのである。築三〇年越えの古民家に、夢希も住まわせて。


 オレたちは、「おひとりさまYouTuberの二人がカップルになった」という設定だ。


 お互いの親公認のカップルとか、夢だと思っていたのだが。

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