第3話 ソロ活仲間と手作り肉じゃが

 白浜シラハマさんが、オレなんかと飯を食いたいだと?


「なぜ、男の家に?」


 一応、オレはこの家で叔母と暮らしている。にしても、男子の家に入ってくるなんて。


斎藤サイトウくんは、危なくないと思ったから」


 まあ、オレは映画さえあればなにもいらないからな。


 しかし、どうしたってんだ? こんなラッキーなこと、今までなかったぞ。


 バイトしているから、金に困っているのか聞いてみたい。もちろん、聞かないが。そもそも、白浜さんがオレの金目当てなら、もっといい手段を取ってくるだろう。それこそ不良と結託して脅すとか。ただ、そんなことをする人には見えない。


 うーむ。ソロ活を充実させようと思っていたが、寂しいのも事実だ。変なプライドを持って、自分を追い詰めてどうする?


 こういうのは、なにごとも経験だろ。


「ちょうどいいぜ。コーラが余っていたところだ。一緒に平らげてくれ」


「ありがとう斎藤くん。お邪魔します」


 ホントになんの警戒心もなく、白浜さんは上がり込んだ。


「しまった。客用のカップくらい買っておくんだった」


 普通のタンブラーしかない。


「いいよ。いただきます」


 白浜さんは不満一つ漏らさず、氷を入れてコーラを飲む。


「おいしい。親からは控えなさいって言われているんだけどさ、悪い子としているみたいで止まらないね」


「それが、背徳の味だ」


 オレが言うと、フフフ、と白浜さんが笑った。


 まずは、肉じゃがをもらう。


……うめえ。


 スーパーのお惣菜とはまた違った、優しい味だ。野菜が適度にゴロゴロなのも、家庭的でたまらねえ。


「おいしいかな? あんまり料理が得意じゃなくて」


「これは、白浜さんが作ったのか?」


「うん。両親が、仕事の都合で海外に行っちゃって。今は一人で」


 それで寂しくなって、一緒にメシを食ってくれる人を探していたのか。


「女子の友だちは、いないのか?」


「いないというより、特定の仲間は作らないかな?」


 仲がいいグループはいるが、学校の外でまでは交流しないらしい。色々あるんだな、女って。


「バイトも、用事があったら、誰も誘ってこないからやってるだけ」


「そうか。なるほど。頭がいいな、白浜さんは。その手があったか」


 真に迫ったら、オレもバイトしてみるか。

 どうせ帰宅部だ。家で映画三昧と思っていたが、それだと社会と隔絶しちまう。より落伍者待ったなしだ。

 少しでも、社会と触れ合ったほうがいいかもな。


「バイクの免許があるとか、すげえな」


「原付だけ。どうせ普通自動車も取るし、いいかなって」


 バイクがあれば、どこへでも行ける。そんな生活に憧れていたらしい。


「ありがてえ、白浜さん。オレも、なんかいいバイトを探してみるよ」


 オレは引き続き、肉じゃがをいただく。


「けど白浜さんは、なんでこんなところに?」


 白浜さんは、クラスメイトってこと以外、接点なんてなかったはずである。どうしていきなり?


「毎日出前だと、身体を悪くしないかなって」


「たしかに、それは正解だ。高校生活での不摂生からきた病気は、大人になっても続くって言うからな」


 オレの叔母も金を貯めるために、タバコをやめた。だが、まだ咳が出るときもあるって言うからな。


「億万長者になってわかったことは、健康が一番だってことらしい。金を持っていたって、病気になったらどこにも行けねえしな」


「大変なのね」


「ああ。とはいっても、人生は一度きり、高校生活なんて、それこそ一度きりなんだ。だったら、楽しまなきゃ!」


 オレはとある映画で知った。


「斎藤くんは、人間ギライなの?」


「キライというか、苦手だな。ウチは親戚が多すぎてな。毎日遺産だ相続だで、きょうだい全員がギスギスしていた。相手の顔色をうかがうクセが、ついちまったんだ」


 そんな自分がイヤで。高校に上がったら、一人暮らしをするのが夢だった。


 遠くの学校に通うからというと、叔母が家に住まわせてくれたのだ。築三〇年のボロ屋だが、オレにはぜいたくすぎる。


「ご親戚と、一緒に住んでいるんだね?」


「日本に希望を持てないって、シンガポールに移住しようとしたが、オレの話を聞いてとどまったらしい」


 親戚いわく、国内の投資家や金持ちの行き着く先は、東南アジアだという。税金が安いというより、日本が高すぎるからだ。高齢化にしかならないから、日本はどうしても増税対策を取らざるをえないとか。オレにはよくわかららんが、あの人が言うならそうなのかもな。


 この家は、快適この上なかった。親戚も映画好きで、映画に関するアイテムはすべて揃っている。サブスクをスイスイ見られるネット環境も、完備だ。


「いいなあ。毎日楽しそう」


「ああ。オレだって、友だちと一緒に過ごすことを否定はしない。だが、オレの性には合わないってだけだ。人と合わせるのを嫌う、オレの民度が低すぎるだけだ。気にするな」


「人に気を使いすぎなんじゃないかな? みんなそこまで神経質じゃない気がするけど」


「そうかもしれないな」


 だとしても、オレから積極的に人に絡むってイメージは浮かばないな。


 映画を見終わって、白浜さんは席を立つ。


 結局、話をするだけで夢中になってしまった。映画の内容なんて、全然頭に入らなかったな。


「あのさ、学校が変わっちゃったけど、これからもここに来ていいかな?」


「え、来てくれるのか?」


 なんだ、このリア充イベントは? 降って湧いたような素敵展開じゃないか。


 いつの間にか、映画は終わっていた。 

 

 主人公を追って、ヒロインが婚約破棄して逃げていくエンドだ。


「わたしさ、婚約者がいるんだ」


 急に、重い話が飛んできた。


「親が勝手に決めてきて、顔も知らない人と婚約させられたの。ひどくない?」


「まるでラノベとか映画みたいな話だな。ぶっ飛びすぎだろ」


 そうか、一応伴侶となる人がいるんだな。


 もちろん、オレは白浜さんに変なことをするつもりはない。彼女は映画好きの同志だ。同志に手を出すなんて、最悪もいいところだな。


「だからさ、ちょっと自立したいんだよね。学生の間だけでいいから」


「おう。バイトもその一環だと?」


「うん。ごはんも、こんなのでよかったら、毎日作ってもいいよ」


「毎日来てくれるのは、ありがてえ。けど、お料理は遠慮するよ」


 オレがそういうと、白浜さんは少し寂しそうな顔になった。


「そうだよね。やっぱりおいしくないよね」


「違うんだ。ただでさえバイトでしんどいのに、毎日料理なんてさせられないからな。来てくれるだけでうれしいから、料理とかで気を利かせなくていいからさ」


 女子に料理を作ってもらうなんて、オレの生き方からすれば考えられないことだ。この頼みを断る理由なんて、おそらくなかろう。


 だが、それで楽しいのは、おそらくオレだけ。


 バイトで大変な思いをしているのに、さらに料理までせびるなんて、鬼畜だろーが。


 とんでもないことだ。


「むしろオレが料理を振る舞うよ。いくらでもごちそうしてやる」


「なにもしなくて、いい?」


「当たり前だ。話し相手になってくれるだけで、十分だ。というか、オレでいいのか? 話すのって。もっと楽しい連中がいるだろうに」


「ありがとう、斎藤くん。映画を見ている学生って、そんなにいないから、話が合わないんだよね」


 だったら、オレが適任か。話すだけなら、婚約者も別に嫌な顔をしないだろう。


 皿を洗いに、二人でキッチンへ。


「オレが洗うから、座っててくれ」


「いやいや。ここは私が」


 そんなやりとりをしていると、叔母がキッチンに立っていた。


「ではわたしが」


「どうぞどうぞ」


 オレは、叔母に洗い物を押し付ける。


「はいはい、って違うから」


 叔母から、ノリツッコミが返ってきた。


「あたしは水城ミズキ 星梨セイナ快斗カイトの母親の妹で、この家の家主よ」


「は、はじめまして。白浜シラハマ 夢希ムギです。よ、よろしくお願いしますっ」


 白浜さんが、星梨おばさんにあいさつをする。


「話は聞かせてもらったわ、快斗カイト。ここで、一つ提案なんだけど」


「ん?」


「二人のやりとり、配信をしなさい」

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