第24話 破邪の盾

 デビルスタワーの頂上部を超えて空中にまで飛び上がったシェルタンから三人が飛び降りる。

 フィーラの二人はともかく、俺はジークフリートのショックアブソーバー機能を最大限使いながらの着地だ。無様に五点着地で転がっていたら隙を晒すことになる。ここは両足で踏ん張って格好良く土煙を上げながら着地する。

 山の上というだけあってか風もまあまあ吹いている。戦闘に支障は無い程度だが、突風に姿勢を崩されるかもしれないことは考慮しておこう。

 レナとアリサが前方に二人、俺が後方に一人で立つ陣形フォーメーション。いつかの住宅街でのウルフ三体と同じ構えだ。あの時は後ろの一体が指揮官役であったが俺はそうではない。凱旋門の時と同じく、後方支援に徹する役目である。そして、戦局が変わったタイミングで俺も前線に参加し決死の攻撃を加えることも作戦の内だ。それまでは気取られないよう隠れているという訳である。

 結局の所、まだまだフィーラと共に戦うほどには強くないというのが一番大きい理由だ。いつかは追いついて共に肩を並べて戦ってみたい。

 ──そんな風に未来の光景に思いを馳せながらも、俺は二人を後ろから見守る。

 レナの長い金髪の髪が薄い月明りに照らされて輝いている。闇夜に浮かぶその姿は酷く幻想的だ。その立ち姿からも、絶対に勝つという気迫を見せる。

 一方、アリサは静かに佇んでいる。自身と同じ能力を持つ『同質存在イデア』のアリエスの思う所があるのだろうか。イデアの対決はリッタVSスコーピオンに続いて俺が見るのは二度目だが、リッタは毒と解毒の壮絶な勝負ということもあってかかなりの気合を入れていた。それを考えるとアリサは逆に落ち着いている様子。だが、ただ単に冷静という事でも無く、静かに闘志を燃え上がらせているようだ。

 ──俺も、今ここにある戦闘力としての強さは過去一番だ。これで活躍出来なければ、今まで俺を助けてくれた人達に申し訳が立たない。足を引っ張らずに、それでも要所ではしっかりとレナとアリサに貢献するんだ、と左拳を立てた右掌で打ち鳴らしながら自分に活を入れる。中国武術の抱拳礼であるが本来は右が拳だ。今やった逆バージョンは葬式や死地に赴く時などに用いられる。と、自衛校の戦闘教練教官から教えて貰った。故に、今ここでの戦いを始めるためには適している──

 ガツン、と装甲鎧の金属音が響き渡る。そして、深呼吸を一回。後はもう、戦いの流れに乗るだけだ。

 そして、レナがポツリとアリサに言う。

「アリサ、今一度ちゃんと言っておくわね。あなたはもう大丈夫よ。ここまで一緒に来れたんだから。だから、心配しないでね。自分に……」

 同じフィーラ──いや、戦いの先頭に立つ者からの配慮と応援エール。それを聞いたアリサは元気に言葉を返す。

「──はいっ! 頑張ります!」

 良かった、問題なさそうだな。であれば自分を含めた仲間の状況確認はもう不要である。

 ついに、眼前に構える巨大な敵を見る。

 ゾディアック・アリエス。

 『十二連彗星ダースメテオ』から現れた超大型魔獣の一体。最強の防御能力たる『特殊魔導防壁フォートレス』を展開することによって核攻撃すら足止め程度にまで防御してしまう、まさしく難攻不落の化身そのものである怪物だ。宇宙から襲来した経緯とそして識別名を付けられるほどの強さを持つことから、ゾディアックと呼ばれている。

 全体的に青白い肌で人型の化け物と呼ぶべき威容を持つそれは周囲の生きとし生けるものを畏怖させる姿だ。

 そんな巨人であるアリエスが立つにはギリギリのサイズ感であるデビルスタワー頂上の広さなので、数歩横に大股で歩けば足を踏み外してしまうぐらいである。敢えて危険な場所に登って俺達と戦う理由は謎だ。頂上から有象無象の抗う人間達を見下ろして自身の強大さを見せつけるためだろうか。

 スコーピオンもそうだったが、ゾディアックは基本的に傲慢な性格で人間を舐めているのかもしれない。圧倒的なまでの強さを持っているが故に、そう自然に振舞うのはある種の特権ではあるが。

 そんな強者に対して時間をかけて攻略するのは得策では無い。フィーラとゾディアックの体内保有魔力量は圧倒的にゾディアックの方が上である。これは単純に体格の差だ。能力や攻撃の出力性質事態は同じでも、それを生み出すエネルギー量に最初から差があるので戦闘力の強弱が生じる。フィーラ一人でゾディアック一体と対等に戦えない理由はこれだ。

 故にフィーラは対ゾディアック戦では短期決戦を求められる。自分達の魔力が残っている内に相手を殺すしか勝利は無い。

 今回の戦いでは、他のゾディアックと比べて──いや、全ゾディアック中、最強の防御力を持つアリエスをどう倒すかが問題となる。

 事実上、レナとアリサの二人で倒しきる必要がある。その劣勢を補うためにデンバーで一度大決戦を行って魔力と体力を削っている作戦なのだが、それでもこうして近くから見上げるとアリエスからはまだまだ弱まらない迫力を感じられる。

 だが、第一次決戦とは違う点がある。レナ一人では無く、俺とアリサが新たに攻略部隊に追加されているのだ。俺の存在はともかく、アリサが居るのは非常に大きい。レナが自分で防御をあまり考える必要無く、攻撃に専念出来るようになるからだ。全フィーラの中で最強という彼女の総合火力をもってすればフォートレス込みのアリエスでも十分通用する戦いになる。

 それでも、レナ一人の攻撃だけで最後まで倒し切れるかは……正直怪しいかもしれない。アリサのサポート込みであっても、完全に息の根を止められるかどうか……。

 ──だが、戦う前から決着なんてわからない。

 勝負はこれからだ、と俺も魔力での身体強化を準備する。未だに慣れない魔力を使う感覚だが、今回は全身のを回すイメージによって心臓から生み出している魔力を、全身に行き通らせる。身体の奥には血管で……体表面では毛細血管の他に、皮膚の上のラバースーツ内に流れるブラッドリキッド高濃度魔獣精製血液もその感覚イメージを補強してくれる。

 少し増えた魔力量を感じたのだろう。戦闘準備完了として、レナが手を上げる。魔導砲撃を地面に対して薙ぎ払うように発射し、その威力で大きく深く削っていく。即席の小さい塹壕を作ったようだ。

「ここからアスクは援護してちょうだい。危険だと判断したらすぐ頂上から飛び出してでも逃げるのよ。ジークフリートそれがあれば何とか降りれるでしょう?」

「ああ、多分大丈夫だ」

 レナの言う通り、例え頂上から吹き飛ばされたとしてもジークフリートの頑丈な鎧による衝撃吸収力であれば耐えられそうではある。数百mの落下にはなるが、各部関節のロケットブースターで落下速度を緩和しつつ、着地の瞬間にバルムンクを地面に叩きつけるか、爆発物でさらに緩和するか、殴打又は蹴打で反作用の威力をぶつけることで、生命に関わる重要臓器バイタルパートを保護する。五点着地を応用してゴロゴロと転がるようにしても良いだろう。結局は無茶な着地なので激しい骨折は免れないしほぼ死にかけだろうが、100%死亡とはならずにまだ起死回生の一手を打てるだけでもこの全身鎧は有難い。

 装備の性能をしっかり把握しているから大丈夫だ、と言外にレナに伝えるとわかったという風に言葉を返す。

「オーケー。シェルタンも護衛につかせておくから。アリサも余裕がある時はアスクの方に居なさい」

「了解です」

「──わかっているとは思うけどこの戦い、アスクが鍵よ。……アリエスはアスクがフィーラに準ずる力を持っていることはわかっていないわ。魔力を纏っているのはその派手な機械鎧マシンアーマーのせいだと思うしね。でも、あの防御を突破してから倒すには決定的な隙を突かないと倒せない。温存されていた、伏兵アンブッシュがね」

 俺に向かって器用にウィンクしながらそう答える。スコーピオン戦の時を思い出しているのだろう。俺にとっては本当に破れかぶれの攻撃だったが、それでも結果的に撃破に繋がる一手にはなった。

 今回もまた通用するかはわからないが、俺は俺の役割を全うするだけだ。

 ──それに、一番嬉しいのは戦力として数えられていることなのだ……と思いながらも「わかった。機を見て、やる」と言って塹壕の中に入る。

 大きさとしては戦闘の余波ぐらいかはらギリギリ逃れられるぐらいの安全性はあるだろうが、万が一前線の二人では無く俺を優先してアリエスが狙ってきた場合が危ない。対して脅威も無い俺を狙う可能性は低いだろうが、だからこそ何故戦いに参加出来ない奴がこの場に居るのかという疑問が生じるのは自然な考えだ。戦力的にはともかく、精神的な結びつき合いとしては割と──いや、正直に言うとこの数カ月の期間で一番親しい二人とは交流も深い。これに勘付かれてしまうと厄介ではあるが、まあ時間の問題だろう。もしそれを考えての攻撃が俺に集中し始めるのなら、その隙を突いての二人の反撃が有効であれば良いが、そうでも無いなら俺はさっさと退散するに限る。心理的に戦いの邪魔になるぐらいなら、二人を信じて後を任せた方が良いはずだ。

 戦闘に一緒に参加することに拘りは無い。レナとアリサが生き残ること、そして勝利こそが全てに優先される。

 ──戦闘直前にしては長い準備が終わり、俺達三人の準備が整えられる。

 アリエスは今も静かにこちらを見ている。自身の能力の強みを完全に理解しているのだろう。最初の先手はこちらに譲るつもりのようだ。

 であれば、応じるしかない。膠着状態で時間を浪費する訳にもいかないからな。

 ──レナが『獅子の王剣レグルス』を生成し、右手に構える。

 そして、俺達が乘っていた三基のシェルタンにさらに追加生成して合計五基とする。内一基は俺の近くに寄って護衛するようにゆっくり自転しながらアリエスと俺の間を挟むようにして護る。

 頼むぞ──と二人にもシェルタンにも内心で呟きながら俺は塹壕の中に身を埋める。特殊小銃を構えて、いつでも発射体勢にはしつつも攻撃をすぐ避けられる用意はしておく。

 準備は整った。敵味方関係なく、全員が息を合わせる。ここからは待った無しノンストップ。一瞬の油断が即ち、死への滑落となる。

 ──開戦の狼煙とばかりに、アリエスが大きく吠える。

 瞬間、レナが飛び出す。同時に四基のシェルタンも追従し、距離を詰めた所で魔導砲撃を発射。四発の小型砲弾が一直線にアリエスに向かうも、異常な程に分厚く展開されたフォートレスの防壁によって簡単に防がれる。ここまで重厚に展開出来るとは……流石に一筋縄ではいかないな。

 だが、レナは一切臆せずに正面にそのまま駆けて行く。らしくない正面突撃だ──と思ったが、突如アリエスの巨体に無数の小爆発がもたらされる。

 何事だ、と驚くもジークフリートの機能がすぐさま友軍からの空対地攻撃による援護射撃だと解析。HMDに表示されるガイドに従ってそのまま上を見ると、そこには円陣を組んでタワーを中心にした左旋回で飛行するAC-130J ゴーストライダーと思われる大型攻撃機が数十機の編隊でこちらを攻撃しているのがわかる。

 輸送機であるC-130 ハーキュリーズを改造した対地専用攻撃機で、輸送物の代わりに貨物室にそのまま搭載したM102 105mm榴弾砲や30mm機関砲ブッシュマスターⅡ、他には航空爆弾や空対地ミサイル等による砲爆撃によって地上を制圧するガンシップだ。

 それらが、高さを変えた三重の円──つまりは円陣対地攻撃陣形デスサークルで編隊を汲んで猛烈な、それでいて正確な精密攻撃をアリエスに加えている。

 それでも、多少の破片は飛んでくる。無茶な攻撃だなッ! と思いながらもジークフリートの弾道予測機能をフル活用して特殊小銃のフルオートで迎撃しつつ、危うい時は抜剣したバルムンクの幅広い刀身を盾代わりにして身を護る。シェルタンもある程度には自律してこちらを護ってくれているのがわかるが、棒立ちで見られるほど余裕は無い。

 小銃弾クラスの威力を持つ破片であればそのまま防弾性能で何とかなるが、砲弾となると質量も大きい分威力も大きくなるので直撃コースを迎撃しなければ死にかねない。

 だが、こういう通常兵器での火力援護が無ければゾディアックには勝てないのも事実だ。米軍も俺達がアリエスと戦闘開始したことを把握したのだということもこの攻撃から伝わる。ここまでの攻撃をするのであれば事前に言ってほしかったところではあるが。

 ──アリエスに対しての猛空襲。しかし、奴自身はウザがっている程度で身体に火の粉でも飛んできたかのように手で爆発を払っている。

 俺達からの未知の高威力攻撃に備えたのか、正面にフォートレスを厚く張り過ぎたせいで上空からの攻撃は通してしまった。だが、第二の壁となる堅牢な皮膚──直接外皮装甲によって蚊に刺された程度のダメージにしかならない。そして、魔力があれば即座にその身体組織は回復していく。

 当然、こちら側も想定済み。本命はレナによる魔導攻撃だ。

 爆発と煙によってアリエスの足元周囲の様子がわからなくなった所で、レナの攻撃だろう魔導の強烈な光が炸裂する。

 かろうじて見ると、レナがシェルタンと共にフォートレスに対してレグルスの切っ先を突き刺している様子が見て取れた。一点集中による突破攻撃。だが完全に貫通する程には足りなかったようで剣先以降まで押し込めていない。シェルタンも猛烈なブースターでレナの身体やフォートレスに突進を加えており、後者はゼロ距離魔導砲撃もかましているようだがそれでも突破は出来ない様子。

 ダメか、と感じ取ったレナが後ろに飛んでレグルスとシェルタンごと高威力の魔導砲撃を複数放つも、晴れた爆風の後には特に変化は見られない。

 何とか楔は打ち込めたが、レナの全力を賭した一撃でもここまで余裕で耐えきられるとは……。想像以上の圧倒的な強さに顔をしかめてしまう。

 ──今度はこちらの番だ、と言わんばかりにアリエスがその拳を高々と上げて、一気に振り下ろす。

 巨体からすれば矮小な少女に迫る大岩の塊のような構図だが、レナはサッとそれを軽々と飛んで躱す。

 叩きつけられた強烈な一撃が頂上部、いやタワーそのものを大きく震わす。砕かれた破片が盛大に宙に飛び散る。

 当然ながら魔力を纏わせている強烈な一撃であった。直撃すればミンチになるだろうし、レベル5魔導防壁で防御したとしてもその衝撃に耐えきれるかは微妙な所だ。

 だが、大振りすぎてフィーラからすれば余裕で回避出来る攻撃だ。この点では、巨獣VS少女において後者の有利な要素だと言えるだろう。

 エカルラートを投与したゾディアック・スコーピオンは機動力があった方で、リッタとの死闘を演じていたがアリエスは鈍重な方だと比較出来る。或いは、足場が満足で無いためにゆっくりと攻撃せざるを得ないのか。

 自らそのフィールドを壊さんとする攻撃によって、大地に莫大な運動エネルギーを伝達させる過程で身体を硬直させるアリエス。

 その隙を狙ってレナが今度は横に回り込みながら別の箇所に攻撃を加えて行く。

 ──フォートレスの特性を考慮した戦い方だと俺は悟る。

 糸状として生成した魔導防壁を編んで・組んで・圧して形成されたフォートレスは織物ともフェルトともつかぬ特性であるとアスムリンそしてアリサから教えられた。

 あの最強の防壁をタイムラグ無しで即座に展開出来ることはかなり不思議だったのだが、どうやら予め魔導術式で生成しておいたものをバッと一瞬で広げるという感覚に近いらしく、そのために一度貫通された部分は時間をおいて再修復しない限りはそのままだという話である。

 しかし、損傷個所はサイコロを回して面を変えるように展開範囲を変えられるので迫る相手に対して常に未貫通の部分を向けられる……ということらしい。

 さらに攻撃に応じてを組み替えることでより防御力を増すことも出来るとのことだ。

 この世界中で、最強の防御能力として君臨するだけのものではあるが、研究とフィーラの存在によってそれが明かされればある程度の対応も可能にはなる。

 現にレナはそれを考えて、先程貫通した部分を横にと思われる箇所に攻撃を加えているのだ。俺が遠くから見る限りは違いがわからないが、レナには高精度レーダーの『獅子の髪束アダフェラ』があるのでそれで把握しているのだろう。

 ──ということをアリエスもわかったのか、目まぐるしくフォートレスの光の層を変えながら再び拳を高く上げて宙に飛んだレナに振りかぶる。

 それを、足元に飛び込んできたシェルタンを蹴って回避しつつ、充填しておいたアルテルフでフォートレスを撃ち抜く。

 元々、アルテルフVSフォートレスの矛盾対決コントラディクションではアルテルフに軍配が上がる。が、危害範囲も極僅かだし、相応に分厚く張られると威力も下がる。

 だが、今の攻撃ではフォートレスを完全に貫通し、アリエスの直接外皮装甲にすら大穴を開けることに成功した。

 損傷箇所を狙い撃ちにした攻撃。やはりレナは凄い。デンバー決戦で戦った経験もあるだろうが、本番でしっかり決めてこそ優れた人材であると評価出来る。

 しかし、その針の穴を突いた奇跡の攻撃も、肩口を少し焼いた程度に過ぎない。フォートレスも簡易的な修復は自動で行われるし、自前のレベル5魔導防壁もあるので何度も同じ手が通用する訳では無い。

 それをわかっているからこそ、レナも懸命に他の箇所にも多種多様な連続攻撃を加えていく……。

 しかし……これでは泥仕合だ。やはり圧倒的なまでに魔力量の差というのは存在する。火力提供や気を引くための砲弾も地上から飛んできては、曳火砲撃エアバーストで空中炸裂し、光と爆風と破片を撒き散らすもアリエスは関係無しにレナの動きを注視して攻撃に対応し続ける。

 多彩で有効打となる魔導攻撃に対するフォートレスの色合いも常に変化し続けており、微妙な厚さの角度で魔導砲撃を弾き逸らすことや、爆発から身を護るためのクッション性防壁に置き換える等多彩な方法でその身を護る。

 レナも手探りながらに正面、横、頭部、上半身、下半身あらゆる箇所に攻撃を続け、少しでも脆弱な点が見つかれば一気に畳み掛けて貫通を狙うもアリエスの鈍重ながらも的確な格闘戦や魔導砲撃によって振り出しに戻されてしまう。そして手が休んでしまえばその時にはウィークポイントは潰されてしまっている……そんな戦闘が続いている。

 苦痛の表情──とまではいかないが、明らかに攻めあぐねている様子が伝わる。やはり攻め手が一人では倒し切れない……。

 ──であれば、故にもう一人。様子を伺っていた茶髪の少女が、俺の横から一目散に飛び出す。

 そして、展開されたフォートレスに対して飛び掛かり、魔力を纏わせた拳で一撃。勢い良く盛大に殴りつける。

 その優しい性格とは一変するような野蛮な一撃に、殴られた側の怪物も思う所があるようで仁王立ちのままじっとその少女からの視線を睨み返す。

 私自身アリサも防御を捨てて攻撃に回るしかないんだという姿勢を感じる一撃だ。

 そして、イデア同士が相対した隙を突いて、レナが後ろに回り込んで再び最初に浴びせたようなレグルス×シェルタン×魔導砲撃による連携同時攻撃による特大の光が炸裂するも──それでも要塞フォートレスは崩せない。

 ──崩せないのなら、攻め続けるだけだ──

 そう主張するような二人の連携が、始まる。

 今の後ろからの攻撃でレナに再び注意を向けた瞬間に、アリサが魔導砲撃をゼロ距離で発射。本来ならば自分も巻き込まれる位置だが、自身のフォートレスを簡易展開して自爆を防ぎつつ、高威力の魔導攻撃を叩きこむ。

 大きな衝撃波を浴びて僅かに姿勢が硬直したアリエスの後ろから、今度はレナが背中側に魔導砲撃の連撃を加える。

 前後を挟んで次々と高威力の魔導攻撃を仕掛ける二人。如何にフォートレスが無敵であろうと、魔力を伴った攻撃である以上着実に削れていく。

 レナ一人での先が見えない攻撃とは違って、アリサも参加するようになってから一気にその勢いは増した。

 アリサもアリエスと同じで攻撃手段に乏しいが、懸命にその手は緩めない。相手が防御に秀でる敵なのでレナの護衛をあまり考えなくても良いというのはあるだろうが、どうにも何か荒々しい戦い方に感じられる。それはまるで、何も出来なかった自分──鏡像の中の自分に対しての八つ当たりでは無いだろうか……。

 後方で見ている俺でさえ少し危ういと感じてしまう戦い方である。

 合理的に淡々と決めていくレナと、華麗に軽やかに戦うリッタとは違う攻撃のリズム……いや、美しさが違うのだろうか。決して悪いという訳では無く、生々しさが出ているのだ。レグルスラ・モールを使わずに素手での格闘戦が基本だからそう見えるのかもしれない。

 アリサの戦い方には不安は残るものの──攻めの流れは確かに作れた。

 さらに再び米軍からの空襲や砲撃も援護で入る。無人航空機ドローンによる近距離ミサイル攻撃や、時折そのまま突っ込んでの特攻も起こって爆発が巻き起こる。

 ついにはアリエスももうあまり動けずに防御に徹するようになった。見かけ上は今もなおフォートレスによって常時攻撃を防がれているのだが、それでも少しずつ弱体化はしているはずだ。大要塞の堅牢な城壁でも、蟻の開けた一つの穴から次第に崩壊の罅が入っていくように……。

 ──その未来に恐怖したのか。

 アリエスが突如、組んで固めていた両腕をほどく。そして、右腕を高々と掲げるとその手に光が集まって──

「ッッ! アリサッ!」

 レナが叫んだと同時に、正面足元に居たアリサを狙ってソレは振り下ろされた。

 攻撃態勢に入っていたアリサはギリギリでフォートレスを展開して防御する。

 アリエスが生成したそれは曲刃の大剣だった。防壁と衝突してサイケデリックの光が周囲を照らす。

 驚愕することに、その剣の刃はフォートレスに。隙を突かれて急遽展開したとはいえ、対フォートレスへの斬り込み具合としてはレグルスにも匹敵するほどだ。

 まさかレナの能力を模倣したのか? 単分子刃のような性質を持つレグルスの切れ味を、どうやって……

「アリサ! そのまま耐えて!」

「っっ、はいっ!」

 アリサの声にならない悲鳴が聞こえつつも、レナは防御の援護では無く逆に攻撃を仕掛ける。

 その判断はどうなんだ──と思った瞬間、レナが放った魔導砲撃がアリエスの体表にし、爆発が起こる。

 まさかッフォートレスが消えた、だと──!?

 ──であれば、今だ!

 俺もすぐさま特殊小銃を構えて連射フルオートでアリエスの右腕の関節部を撃ち始める。数秒で撃ち尽くしてもすぐさまマガジンリロードして攻撃の手を緩めない。

 確かにフォートレスは消えているようで、その直接外皮装甲に何十発も着弾する。たかが小銃弾の威力ではいくら抗魔弾頭とはいえ傷一つつくかどうかという程度だが、今アリサに力を込め続けている剣を持つ右腕にダメージを与えるのは無駄ではない。

 自身の魔導砲撃と、さらに俺の銃撃も通ったのを見てレナが判断する。

「やっぱりね! その剣は、フォートレスの糸で生成しているわ!」

 なるほどな。だから防壁に回す方の糸が足りなくなって攻撃が通るようになったのか。

 つまり、アリエスは盾を捨てて攻撃にその能力を転用したということになる。フォートレスの原理は極細の魔導防壁の糸であるので、それを剣の刃とするか防壁として布や綿のようにするかを選ぶのは可能なのだろう。

 しかし、糸を自由自在に扱えるという能力では無い。あくまで、その糸から防壁を作り出すことに特化している能力なのだが……ゾディアック・アリエスならではのアレンジ方法と言えるだろう。

 同じ強度と性質の物体であれば、相応のエネルギーを持って押し込めば確かにアリサ側の防壁に食い込むのは分かる。名づけるならば、『フォートレス・ソード』だろうか。

 だがこれは好機チャンスだ。アリエスは我慢ならずに破れかぶれの攻勢に転じてしまった。盾を捨てるならば、その身にこちらの刃は届く──

 俺の期待に応じる様に、再び大剣を持ちあげて攻撃の態勢を取る。スコーピオンの尻尾よりも大振りでかつ遅い一撃だ。来るとわかっていれば二人なら十分避けられる。二度目は通用しない。

 であれば俺の方がヤバいか、先程銃撃もしてしまったしなと思いつつ攻撃に備えて身体を緊張させるも、アリエスは誰かを狙った縦の振り下ろしでは無く、横向きに、地面と水平に剣を薙いだ。

 ──瞬間、何十本もの亀裂が地面に走る。それも、全て同時に。

 何だ、何が起こった!? 何も見えなかった、不可視の全方位同時攻撃──!!

 思わず三人共息を呑む。連続攻撃のために空中に飛び上がっていたレナもその見えない攻撃に叩きつけられる。

 地上に居た俺とアリサも避けようにもその攻撃の軌道がわからないので逃げることも出来ない。アリサはフォートレスがあるが、クソッ問題は俺だ。援護には誰も来れない、護衛のシェルタンは今俺の正面上空で切り裂かれた、自分の身は自分で守るしか──ッッ!!

 バルムンクを抜剣して訳の分からないままに剣を横に掲げて片膝立ちになりながら防御態勢を取る。

 構えた、と同時に強烈な衝撃が剣と衝突し、全身に突き抜ける。

 剣自体は両刃であるので面の部分である剣背を盾として向けて、右手で柄を掴み、左手でその背を抑えていたがそれでも衝撃を吸収しきれずにヘルメットにガツンと当たる。頭蓋骨と首の骨が折れるんじゃないかと思うほど恐ろしい威力だったが、一瞬で通り抜けたために何とか即死は免れる。

「ハアッ、ハアッ……クソッ……」

 何だよ今の攻撃は……と犯人アリエスを見る。

 だが特段変わった様子は見られない。剣を振るっただけで、それが不可視の全方位攻撃──斬撃をする能力なんてあったのか……? いや、これも何かの応用だ。フォートレス……糸……そして──思い至る。

 そうか、今の攻撃は剣に糸を複数本伸ばして、それを勢い良く振るったということなのか。

 先が分かれた鞭──所謂バラ鞭のような感じだが、あれは確か一本鞭よりも威力は弱いはず。だから俺もギリギリで助かったのかは不明だが、何にしてもこの広範囲攻撃には手を焼くぞ。

 スコーピオンの毒を纏った即死攻撃も厄介だったが、あれは尻尾一本だったからまだ何とかなったのだ。毒が無くとも、何十本も斬撃として空間そのものに振るわれればどう足掻いても近づけない。あれをブンブンと振り回して前進されるだけでこの場は容易に制圧されてしまう……。

 敢えて守りを捨てて攻撃手段を獲得したアリエスだが、その判断は正解だ。

 『攻撃は最大の防御』という言葉通りの戦法なのか。そもそも、あの巨躯それ自体が攻撃であり防御だったのだ……。

 ──

 俺はそう判断してしまう。アリエスの魔力もまだ十分に削れていない。対して、こちらは既にある程度消耗している状態。レナとアリサの連続攻撃もいつまで行えるか……あの範囲攻撃を反撃として繰り出してくるならそもそも近づけない……。

 唯一、有効なのは遠距離攻撃だろうがレナがアルテルフを高威力で充填するにしても準備時間があるのですぐさま察知されてフォートレスを展開されてしまうか、逆に距離を詰めて来るだろう。

 それに脳と心臓それぞれに致命傷を与えなくてはならない。アルテルフの同時発射だと威力が下がるのでそれも達成出来ない。

 どうしようも無い、圧倒的なまでの差。

 三人共、地から見上げるしかない。

 アリエスがその様子を見て、悪魔の如く、嗤う。

 そして、とどめを刺すかのようにもう一度剣を振り下ろそうとしたその瞬間──

 音も無くやって来た飛翔体が、その悪魔のような角の生えた頭部に直撃したと同時に指向性の爆発を伴って、文字通りに……!!

 そして猛烈なジェット噴流の爆風が俺達を襲う。だがそれは余波だ。今の攻撃──何らかの飛翔体が炸裂したことによる衝撃流によって、アリエスの頭部が、完全に破壊されたのだ!

 同時に、通信が入る。

「──よう、お前ら! 無事か!? 特大のサプライズを持って来てやったぜ!」

 ノイズ混じりで響く無線の声。ああ、それはまさに。パリでも希望をもたらしてくれたあの男が、帰って来た合図であった。

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2024年12月27日 22:00 毎週 金曜日 22:00

セイヴァーガールズ 木崎玲萌 @lemon777

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