第25話 勇者の故郷の上に

「プレゼントは三つ! 今まさにをぶち抜いたドレスメーカー! そして、あと二つ! 一つは今から投下するぞ、受け取れよ、我らがヒーロー様!」

 その合図に数瞬遅れて、また何かが高速で飛来して地面に着弾する。

 土煙に紛れて鎮座するそれは特殊な剣の柄のようで──いや、刺さっているのか、と思わず駆け寄って引っこ抜く。

 確認すると大型のダガーとも言える形状の短剣だった。つまりは中型刀剣の分類だが、斬り裂くというよりかは突き刺すことに特化した刀身である。

「お前ら、何も三人だけで戦うことは無いんだぜ! アスムリンとアメリカ軍が居ることを忘れんなよ!」

 マイクからの有難い檄が飛ぶも、まずは確認だ。

「マイク! 久しぶりだな! それで、今の攻撃は何だ!?」

 首無し巨人となったアリエスの様子をじっくり確認しながらも、通信で問いかける。頭部を失ってもなお、努めて冷静に俺達の強襲を警戒しているようだ。流石に振り上げた腕は一旦降ろしたが、部分的にフォートレスを展開しながらも剣の方は維持している。部分展開したことで保持可能な糸の総量も少なくなったのか剣は半分程度にまで短くなっているが、逆にそれは懐に潜り込まれても対応可能となっている。つまりは攻めでは無く守りに切り替えた。やけに落ち着いているな……と分析しつつもマイクからの応答を待つ。

「ドレスメーカー、対アリエス用超大型徹甲ミサイルさ。アスムリンとアメリカ軍の共同で開発されたやつでな。命中時にように弾頭が炸裂してレベル5ゾディアックの直接外皮装甲だろうと容赦なく吹っ飛ばす威力で作られた『特殊戦術兵器』さ。フォートレスまでぶち抜けるかどうかは微妙な性能だったが、お前らが気を引いていてくれたおかげで本体に攻撃出来て良かったな!」

「そんなものを用意しているなら、早めに持って来て欲しかったよ」

「しょうがねえさ、周りの大攻勢で撃墜される可能性もあったからな。戦局が中盤になってからじゃないと攻撃許可が下りなかったんだよ。──そんで、二個目だ。今、お前が持っているソレには『Zブラッド』が仕込まれている。全体から見れば少量だがな」

 Zブラッド……? 紡がれたその言葉に少し……いや、実際に手に持っているからわかるが何か危険な匂いがする。

 ブラッド──血液という言い方からして……まさかな。

 と俺が一瞬だけ沸いた考えだったが、マイクはそれを肯定してしまった。

「いいか良く聞け。Zはつまり、Zodiacゾディアックだ。後はもうわかるな?」

「……ゾディアック・の──血ってことなのか……?」

 慎重に答えた俺の言葉に、レナとアリサも俺の方を見て、手に持つダガーに視線が集まる。

 そうさ、もう感触で何となくわかるんだ。ジークフリートを装着した時に味わったブラッドリキッドの殺意よりも圧倒的なまでに上の……まさしく呪いが、右手からそして心臓までじんわりと伝わってきている。

 二人も異質な魔力を感じ取っているのか、俺の言葉を否定しようとはしない。

 そして、マイクはニヤリと笑いながら答えた。

「正解だ。ゾディアック・スコーピオンの『遺骸』。あれから研究用に色々とバラされて実験に使われていたが、つい最近それを武器運用出来るんじゃないかってなって、その血を精製したのがZブラッド──のスコーピオンタイプという訳さ。死してもなお超猛毒を発する物質を精製するには骨が折れたそうだぜ」

 スコーピオンが遺した、血。魔獣の血だけでなく、ゾディアックの死体すら兵器として活用するのか……と人類の狂気に恐怖する。

 そして、その使い方も同時に悟る。

「マイク、俺が能力を──マカブルを使えるのは知っているのか」

「おう、知っているぞ。お前もわかったようだな。そのスコーピオンの血を使って、スコーピオンの能力を上手く使えってことだよ」

「そういうことか……」

 短剣を顔の前にまで持ってきて、もう一度それをじっと観察する。

 果たして俺にこれが使いこなせるのか……精製しているとはいえ、仮に今これが壊されて中身が吹き出したらその猛毒に鎧が、俺が耐えられるのか。そういう恐怖も出て来る代物だ。

「ゾディアックの遺骸研究……倒す前から考慮されてはいたけれど、早急すぎないかしら。それも、私達フィーラでは無くアスクが初めて被験者なんて……そんなこと言ってられる状況でも無いけれどね」

「そうですね……でもアスクさんなら使いこなせますよきっと」

「ああ……まあ、何とか頑張ってみるさ。習うより慣れよ、だからな」

 砂漠でのスパルタ訓練でレナに言われた言葉を思い返しながら答える俺に言った本人も苦笑するも、そうねと呟いた。

 俺の答えを聞いたマイクもそれに応じる。

「シンドウならそう言うと思ったぜ。あちらさんアリエスがビビッて突っ立っている間に三つめも話しておくぞ。つっても、これはレナ様専用だがな」

「私の?」

「ああ。名前は『ツムギ』。超大型特殊光線兵器──ドレスメーカーと同様、フォートレスを貫通するために作られたものだが……こいつも初めての試みだ」

 俺達が戦闘中なのはわかっているだろうが、それでもトンデモない兵器を紹介するように、嬉しさが抑えられないような喋り方でこちらに話す。マイクがそこまで興奮する代物か……と俺はあまり関係無くとも緊張する話だな。

「結論から言っちまうが、つまりフィーラの能力と兵器のハイブリッドなのさ。レナ様の『アルテルフ』だっけか、あの加粒子砲を大型兵器によって増幅し、それをアリエスにぶっ放すって訳よ」

 意気揚々と語るそれだが、フィーラの力を兵器で強化するというものは確かにとんでもないことである。まだ人類の手には負えないフィーラやゾディアックが扱う能力というものを兵器に組み込むとは……ある意味でフィーラを部品にしているようなものなのだろうかと嫌な考えが出てきてしまうも、恐らく強化兵装という範疇だろう。俺のジークフリートと同じ感じだ。

「──それも昔から研究されていたはずだけれど、よく実現出来たわね。後数年はかかるって研究者は言ってたけど……。でも、そんな大型兵器こんな所に持ってこれないでしょう?」

「いや、それは心配いらねえ。もう近くまで用意しているさ。後は『合体ドッキング』するだけだな」

 合体とは……? とここまで言われたタイミングで、アリエスがついに動き出す。

「──マイク、私専用なら後で話して頂戴! アリエスが来るわ!」

「おう、了解。準備が出来たらまた呼びかけるぞ、それまで持ちこたえろよ!!」

 通信が終わり、俺達も再び眼前の戦闘に集中する。

 首を失った状態でもなお、正確にこちらを向いて歩を進める様子は奇妙だ。レナのアダフェラのように周囲を探るレーダーでもあるのか? それをフォートレスの糸で応用できるのだろうか……と一瞬考えるもむしろそれは一番適性があるかもしれないと思い至る。

 つまりは蜘蛛の巣の原理だ。アリエスの殴り攻撃や、剣の振り下ろしでよくもここまで持ちこたえているデビルスタワー頂上部だが、事前に分析されていた通りに外壁補強にフォートレスの糸が組み込まれているのだろう。そしてそれはつまり、蜘蛛の巣のように至る所に張り巡らされている。俺達がこの地面と接し続けている限り、アリエスにはその振動を解析されて居場所はモロ分かりだということだ。

 しかし、その情報を解析する脳が無いのに何故動けるのか。なかなか再生する様子が見られないことからドレスメーカーも超々抗魔物質性の弾頭だったのだろうとわかるが、であればなおのこと残る心臓部の機能が気になる。

 あらかじめ、現在の身体組織に思考用の魔導術式を組み込んでいて思考の補助にして身体を動かしているのか……であれば反射的に機械的に動くことしか出来なくなってしまうはず。

 それを感じさせない程に、こちらの動きに対応しようという覇気が感じられるのが本当に厄介だ。

 しかし、希望は一気に降り注いだ。このスコーピオンの血があれば俺のマカブルもリッタに準ずる程度には効力を発揮するはず。即死毒等は作れないが、麻痺毒のようなものは作れるだろう。

 そして、レナ専用の大型兵器。アルテルフを強化するという話から、巨大なビーム砲のような感じなのだろうが、まだ準備は出来ていない。

 よって、俺達の次の作戦は──俺がマカブルを直接打ち込みに行くということになる。それでアリエスをさらに弱体化させ、動きを止めてレナが心臓部に致命傷を与える──という作戦。

 改めて、今の考えを皆にも確認する。

「二人とも。まずはこの毒短剣をアリエスに刺しに行く──で良いか?」

「ええ。それでやりましょう」

「了解です。攻撃は私が守ります!」

「──ありがとう。じゃあ、行くぞ……!」

 あの鞭状の範囲攻撃エリア・アタックをどう掻い潜るかだが……何とかするしかないな、と割り切って全員で走り出す。

 レナが先頭に立ち、俺とアリサが二人一緒に駆ける。

 ──瞬間、前を走っていたレナの近くの地面が大爆発し、土煙の中からあのサンドワームが出現した。

「──ッッ!!」

 そしてそのまま、覆いかぶさるようにレナの身体にぶつかるとそのまま頂上から自分ごと落下する。

「レナッッ!!」

「──大丈夫よ! そのまま戦ってなさい!」

 レナの身体がタワーの陰に隠れたために、デビルスタワーから発せられる電波妨害魔術のせいで通信も切断される。飛行魔導があるから落下死はしないだろうが、あのサンドワームの大質量によってそのまま潰されながらだとすぐには復帰出来ないかもしれない。

 最後の最後まで大活躍だなあのミミズめ……と呪いながらも残る俺とアリサの二人で頑張るしかないぞと気合を入れる。

 それに、下に行けば例の大型兵器との準備セッティングも出来るだろう。どちらにせよ大型兵器の火力が無ければアリエスを倒す可能性は低いので下に行く必要はあった。相手に悟られないようこのタイミングで強制離脱となったのは逆に良いのかもしれない。

 ──問題は俺達二人で持ちこたえられるかどうかだな。

 タワー頂上部中央──恐らく元から穴を開けて脆弱にしていたか──の部分をサンドワームが盛大に壊したのでアリエスまでの接近ルートは横に回る必要がある。右にせよ左にせよ、つまりは行き方が限定されてより攻撃を受けやすくなってしまう。

 蜘蛛の巣の仕組みで感知しているのであれば空中から接近すれば良いのではという考えもあるが、感知出来ない=空中に居るの図式が成り立つので鞭を振り回されるだけであり、むしろ空中は逃げ場も無いからより危険な面もある。

 なので地上から行くしかないのだが、アリエスは今右手に剣を握っている。故に、その振り下ろしの距離が対角線上になって長くなり回避の猶予も増えるのでこちらも大穴の右側から接近する。

 呼応するようにアリエスが剣を構える。

 無策で突撃しても、アリサのフォートレスだけでは接近は難しい。守りで持ちこたえられるにしても、制圧されていることは確かなのでそれ以上距離は詰められない。また、二人分を守るほど広げると互いに身動きも難しくなってしまうので、近づくならアリサ自身しかフォートレスは展開出来ない。

 そうなると相対的に脆弱な俺をどうするかだが、対抗策はあるぞッ──と身体の向きを少し調整しつつ、肩部の三連装超小型擲弾発射器から煙幕弾スモークを二発発射。時限信管によって適切な位置で空中爆破。濃密な白い煙が宙に散布される。

 そしてアリエスが今、剣を振るった。その剣先に従って何本か伸びているだろうフォートレスの糸が風を斬り裂きながらこちらに襲来する。

 本来ならば不可視の攻撃となったそれが、煙を巻き込む形で斬撃筋が判明し、軌道が一部分かるようになる。

 よし、狙い通りだ。後はジークフリートの解析機能と俺の勘で何とかなる──と判断し、そのまま駆け抜ける。

 HMDに表示される予測コースに対してそのまま通り過ぎるか、或いは滑り込ませるように避けつつ突進する。俺の前を走るアリサも、上部にフォートレスを展開してその大きな衝撃に耐えつつも、運動エネルギーは前方に投げ出すことで立ち止まるか弾き飛ばされること無くアリエスに向かう。

 ……この攻撃は何とかなった。だが二回目は難しいか。既に煙も強風が吹いて薄くなってしまっている。ジークフリートの解析機能で斬撃を予測するにはデータが足りないと表示されてしまった。

 閃光弾フラッシュを攻撃直前に発射しての目潰しも、頭部が無いのだから意味が無い。

 剣を持ち上げて再び攻撃態勢に入るアリエス。今度はより腕の角度を変えて横向きに地面を薙ぐ形だ。

 まるで野球のサイドスローのようなフォームで繰り出された攻撃。剣は届かずとも、絶死の糸は届く──。

 だったら今度はこうだ、として左手一本で特殊小銃をフルオートで垂直方向に上から下にかけて連射する。撃ち尽くしたら躊躇なく捨ててすぐさま拳銃の方でも連射する。

 弾丸で糸の軌道は変えられない。だが、一発でもぶつかれば弾かれた光によってどこに糸があるかはわかる。8発しかない拳銃の方も弾丸自体が炸裂弾でもあるので近接信管モードに変更すれば接近する糸に反応して破片を撒き散らし、それもまた手掛かりとなる。

 夜間ではあるが、だからこそ極小の光でも分かりやすい。先の煙よりかは難しいが何とかッ──

 と、予測コースに従って身体を浮かして避けたつもりだったが、左足に掠って体勢が崩される。

「──ッ!」

 そして後続の糸軍団が迫る。クソッ、アリエスも対策アレンジしてきたか同時攻撃では無く階段のように時間差での面の攻撃に切り替えたか!

 初手で崩されたことで残りの流れでモロに直撃コースの一本が目の前にまで来る。ここまで迫ればもう糸の輝きも月明かりによって見える──

「ッッ、うぉぉぉ!!」

 バルムンクの抜剣も間に合わない、唯一伸ばせたのは左腕だけ──ならばもうこれしかない! としてマイクロミサイルを全弾発射。信管を0秒に設定し即爆。その威力によって自分の身体を吹き飛ばす。

「グゥゥゥッッ!!」

 爆風と、そして直撃は避けてくれたが今度は腹か腰に掠って大きな衝撃を受ける。

 ジークフリートの防御性能であっても、中身の肉体まで到達したそれらによって流血は免れないし、骨に罅でも入ったかもしれない。骨盤だったらヤバかったが、痛み的に肋骨だろうか。漫画なら肋骨の一本二本程度と吐き捨てる所だが、実際は小さい罅が入る程度でももう戦闘不能の痛みによって行動不能になる。身体がこれ以上悪化させないよう動きをセーブしてしまうためだ。

 自爆と糸の掠りによって地面をゴロゴロと転がってしまう無様な格好。これ以上攻撃を喰らわないように横からの薙ぎ払いに対して被弾面積を少なくする格好だが、ヘルメットの内部で吐血も上がって来る。予想以上に身体の中は滅茶苦茶なのか。まったく人体は弱っちいな、と自嘲するもだからこそ踏ん張るんだ、と奥歯が割れる程噛み締めて身体を再び起こす。

 毛細血管が潰れたか衝撃波によって酷く内出血した皮膚の部分にラバースーツが張り付く感触。自動機能によって損傷した皮膚の代わりに機能を肩代わりするものだ。正直不快感が大きいが、身体を動かすこと自体に問題は無い。

 痛みだけはどうしようも無いがッ……だったらスーツの強制駆動モードで震える足を無理矢理にでも動かして歩行をサポートする。

 呼吸する度に痛んで息がしづらいのであれば、ラバースーツの伸縮圧力を上げて息を浅く速くで整える。

 短期決戦だ、アリサの後に遅れるな! と己を鼓舞して再び駆け出す。

 その間にもアリサはアリエスの足元まで近づいていた。よし、あそこまで潜り込めばもう糸鞭の攻撃は出来ない!

 両手を構えたアリサの前に魔導陣が展開され、そして魔導砲弾が発射。剣の生成によって部分展開となっていたフォートレスの隙間を上手く縫って進んだそれは左足に命中。威力は十分とは言えないが、その衝撃に耐えて変に体勢を崩すよりかは、と判断したらしく一歩足を下げる。左足だけが後ろに下がる斜めの体勢も嫌ったのか右足も次いで下げるがそれで頂上部から落ちるギリギリの位置になった。

 あそこまで後退させればもう逃げ場は無い。よし、後は俺だけだ。

 アリサが引き付けている間に、懸命に俺も歩を進める。攻撃を受けている間もずっと手放さずにいた──『スコルピオ・ダガー』とも呼ぶべきその死の短剣をもう一度しかと握りしめる。

 内部に仕込まれているだろうスコーピオンの血に、

 今もなお俺の身体を蝕むように嫌な感触が伝わってきている感じだが、それを支配するよう俺も強靭な心でイメージする。

 深呼吸、一つ息を吐いて──魔力を通す。

 この際、背に腹は代えられない。俺が生成出来る中で最高峰の、猛毒。

 今までの人生で、実際に体内に取り込んだ物質から増幅し、それを毒として生成するのであれば──それはもう一つだけだ。

 アリエスの敵意には、俺が受けて来た悪意を持ってして迎え撃とう。これで全て終わらせるんだ……。

 有機リン系化合物の『化学兵器』──ウロボロス実験でその身に喰らった、サリン。

 ダガーの柄のボタンを押して針を出し、左手の指の装甲の隙間に刺して自分の血を入れる。

 そして、中に入れた俺の血とスコーピオンの血が混ざったのを確認し、俺は能力マカブルを発動させるイメージを開始。

 サリンという、残忍な毒物を使うにあたって気が引けるのは確かだ。だが、眼前の怪物を倒すには、これしかないんだと言い聞かせてギュッと短剣を握りしめる。

 こんなことなら化学科Chemicalコースか、化学学校に進んで勉強しておけば良かったなと思いつつ、通常授業で学んだ知識からイメージを増幅させて何とかその難しい思考を保つ。

 そして……恐らく成功しただろう致死の短剣を両手で握りしめて突貫。

 頭部が無くとも、何かを感じて怯えたのか。アリエスがアリサでは無く俺に対して拳を振りかぶる。

 初めての俺個人への直接攻撃だが来るのは覚悟していた。だが、俺はフィーラのように攻撃と防御は両立出来ない。サリンを生成したことで魔力も一気に持ってかれたのが疲労感も激しい。これを制御しながらフォートレスの展開は無理だ。

 ──だからこそ、相棒を信じて俺はただ駆け抜ける。

 振り下ろされた巨大な拳。それに応じてアリサが宙に飛んで防御。それでもなお押し込まれた小柄な身体。紙一重で俺は避けつつ、叫びながら駆け抜けて右足の甲に、全身の体重を掛けて短剣を突き刺す。

 ジークフリートのブースターも全て使い切って加速されたその一撃は、何とか刃先を喰い込ませることが出来た。

 刃先から溝を伝って自動的に、中身のZブラッドが注入される。

 そして、死神の魔の手がアリエスを一気に襲う。魔力で増幅、変質されたその猛毒サリンは神経系を侵し、全身痙攣や心肺停止を引き起こす。

 人間の身体構造とゾディアックのそれは多少は違うだろうが、生物である以上ある程度は効果があるはずだ。

 その俺の願望にも近い祈り──いや、呪いによってアリエスの動きが止まり、異常な動きがみられるようになる。

 良かった、効いた。だが俺のマカブルの技量的にもこれは短時間だけの効果だ。

 これで、残る心臓部を破壊できれば倒せる……

 ──という思考をなお嘲笑うかのように、アリエスは腰を屈めたと思った次の瞬間、宙に

「ッ!? 嘘だろッ!??」

 見るとその足裏からは無数の糸が伸びている。それも、真っ直ぐのと曲がったのがそれぞれ支柱となってその巨体を浮かしている。

 ──アメリカ東海岸襲撃の際、アリエスは海に着弾したダースメテオから現れたのを思い出す。その時、海面に身体を浮かせていたというが、その原理をここで使ったのか!? あの時はアメンボのように表面張力と魔導を応用して水面に上手く浮かんでいたのかもしれないが、今はただその張力で無理矢理に浮いているようなもの。同時に、猛烈な風圧も地表に居る俺達を襲う。これも飛行魔導の原理かッ、流石に自律飛行で逃げることまではしないが、支柱糸と合わせて『宙に浮く』ということまでは出来る様だな……!

 頂上部と糸で繋がれているのもあって、アリエスは逃げるためにこの跳躍をしたのでは無いと察する。

 ──つまりは、俺達を殺すためにこの体勢を取ったということだ……!

「アリサッ!!」

「はいっ!」

 極限状況の中でついに辿り着いた阿吽の呼吸によって、アリサと共に攻撃に備える。

 アリエスは──その右手に再びフォートレス・ソードを生成。懐に潜り込まれ短くなった距離を伸ばす様に宙に飛び上がったことで剣の射程にもちょうど良くなってしまった。

 だがそんなもん、関係ない。俺達は、何度でも。この不条理な世界に抗うだけなんだ!

 アリサがフォートレスを展開。

 剣と盾が、今ぶつかり合う。

 猛烈な光と衝撃によって、傍にいた俺も思わず膝を突いてしまう。だが、少女が展開したその盾は貫通されることは無い。

 ──どれほど残酷な仕打ちを受けようとも。片時も手放さなかった、その盾で。

 ──一方で、その盾を捨てたアリエスは左手にもう一本。怒りの象徴である剣を生成。そして、今なおその圧力に耐え続けている少女に振り下ろす。

 既に刃が少し食い込んでいる状態にまたあの衝撃が打ち込まれれば──破壊されてしまうだろう。木を削る時にノミをハンマーで打ちながら削る原理と同じように。

 アリサ一人では、耐え切れない。

 ……一人では困難なこともあるだろう。であれば、共に仲間が協力するんだ。

 地に屈していた姿勢から立ち上がると、俺はアリサの後ろに立ち、両手を大きく伸ばす。

 首を失い、毒に侵され、それでもなお必死に剣を振るう──悲しき怪物。

 頼みの綱であった盾をほどいて刃と変えて抗うその姿勢に……

「……来いッ!」

 語る言葉は、それだけだ。

 フォートレスの展開は、この戦いで散々見尽くした。敵、味方、あらゆる角度からあらゆる方法、あらゆる応用アレンジで見ることが出来たのだからもうこれ以上準備は必要無い。

 後は、実行し成功するだけだ。

 全身の活力を振り絞り、そのありったけを持って両手にイメージする。

 ──そして、自分でも笑ってしまうことに魔力の光が……あの、サイケデリックの輝きの粒子が、掌に集まりだした。ついに、見かけ上でも完全に人間を止めてしまったなと寂しさを覚えつつ、グッと両手をさらに宙に突き出して防御の構えを取る。

 右と左の光が結束し、一枚の壁のようなものを形成。次第に光は強くなり、線の一本ごとが複雑に編み込まれていく様子。夢の中で自分の行動を制御するような雲を掴むような歯がゆく、確たる感触も無い繊細なイメージを、何とか持ちこたえる。

 ギリギリで準備が間に合った瞬間、アリエスの渾身の一撃が振り下ろされる。

 全て防いでくれ──そう願って展開した俺の盾フォートレスであったが、呆気無く大きく食い込まれて肩口、そして胸の辺りまで斬り裂かれる。刃か、破片かわからないがヘルメットを貫通して左頬を少し抉る。

「ッッッ~~!!!」

 声にならない悲鳴が漏れ出る。だが、心臓までは、到達していないッッ……!

 内臓から上がって来たのか頬からなのかも分からない程、口の端から大量の血が零れ出る。クリムゾン戦と同じく、またも左肩を斬り裂かれたことで縫合されていた傷口が余計に酷い状態だが、それでも、何とか受け止めきれた。両腕も不味い状態だが、身体の中にまで刃が食い込んだ衝撃を受け流そうとしたのか最初に受け止めたことで両足もヤバい。骨折していないだけマシか。そもそも、あの巨体の一撃を人間の身体一つで持ちこたえているのだから当然なのだが。

 内臓まで刃が食い込んでいるのだから、両手で形成しているフォートレスが少しでも弱まればもう一息で即死するだろう。だからこそ、壮絶な痛みに耐えて、堅牢な盾を死ぬ気でイメージし続ける。

 前方で座り込みながらアリサが、そして後方で立ちながら俺が二振りの剣をそれぞれ受け止めている状態。

 俺が倒れればアリサも連鎖的に倒れてしまう。が、もう、これ以上持ち堪えられない。限界が──ッ……!

「──準備出来たわ。行くわよ」

 『案ずるな、よく耐えた。後は任せて』と言わんばかりの頼もしい声が通信に入る。

 ああ、俺も感知した。足元から、タワーの麓から確かにとんでもない魔力の感覚が沸き立ってくるのを感じる。過去一の、だ。

 同じく感じ取ったかアリエスも剣から両手を離しつつ、浮き上がっていた支柱糸すら無くして慌てて着地。轟音と土煙が巻き起こり、俺達も顔を手で隠す。

 煙の中で見えたアリエスは、胸の前でクロスさせて現状展開出来る全ての糸を持ってしてフォートレスを全身に、そして胸部には重厚に展開させる。心臓を守る動き、クソッ、あれでは貫通出来ない。強化したアルテルフでも充填時間は短縮出来なかったのかッ攻撃を悟られてしまった!!

 ──それすら織り込み済みというように、レナの勝ち誇ったような息を吸い込む声が聞こえたと同時に──

 光が、天を、貫いた。

 思わず見とれてしまったその光の筋は、アリエスの足元……いや、左足裏を地面から貫通し、そして身体の中を、胸を、そして肩口から抜ける形で照射されている……

 ──そうか、地面と接している足裏には、フォートレスを展開しようとしてもほとんど展開出来ない。全周展開しようとしても、その部分だけは一番薄くなってしまう。そして、身体の中を突き抜ければもう盾も無い。

 とんでもないことだが、レナはこのほとんど垂直とも言える急角度で撃ち抜いたというのか。まったく、どこまで計算してたんだよ……!!

 ──だが、この足裏から貫くというアイディア自体は前に聞いていたかもしれないと思い返す。

 デビルスタワーの歴史の話だ。周辺に住んでいたシャイアン族に伝わる伝説。

 タワーの大きさにも匹敵する巨大な熊と、二人の少女と二人の少年の戦い。そして、陽動でタワーを登らせた熊を倒すために放った矢が、その足裏に迫り熊は驚いて退治に成功する。矢はついぞ天に向かったまま落ちて来なかった……という話を担当官から一緒に聞いていたが、そこから着想を得たのか。

 ──ともかく、確かに強化されたアルテルフの大砲は、アリエスの心臓部を貫いた。

 先程、俺に上から振り下ろして致命傷一歩手前をもたらした攻撃とは対照的に、下から突き上げる光の一撃によってアリエスは貫かれている。

 永遠にも思える瞬間が続き、やがて光は音も無く消える。

 そして……物言わぬ骸となったその巨体は斜めに崩れ落ちる様に倒れて、頂上からゆっくりと滑り落ち……麓に墜落していった……。

 地割れのような爆音を響かせながら、山肌を転がり落ちている様子が察せられる。

 俺達が来た時は傲然と構えていた様子と対比されて……何も言葉が出て来なくなってしまう。

 スコーピオン戦では……俺は最後の最後で飛び出しただけだった。だが今回の戦いでは、ずっと最初から最後まで最前線で戦い抜いた。貢献度はかなり低いが、それでも、やるかやられるかの戦場にその身を置いていた。

 仇敵とも言えるその存在だったが……噛み締める権利が与えられた勝利の余韻の味は……とても、苦かった。

 ──死は、無情なものだ。

 だからこそ、戦いに参加する俺は……俺達は、常に自覚しなければならない。

 十分にあり得た己の死、仲間の死。それを、敵の死に姿に重ねて──全ての生きとし生けるものへの犠牲に対して、黙祷を捧げる。

 少しだけだが、アリサのあの過去の悲しみの気持ちに、寄り添えた……気がしたのだった。


 飛行魔導でレナが上がって来る。

 その手には──小さなフラッグポールが握られていた。

「──お疲れ様、二人とも。アスク、酷い状態ね……本当に大丈夫なの?」

 頭と上半身の鎧を一部脱いで、アリサから一応の応急処置ともいえる簡単な手当てを受けていた俺は息も絶え絶えに答える。

「……ああ、なんとか、な……」

 正直、滅茶苦茶に痛い。今も、デビルスタワー麓と内部では戦闘音が聞こえるために予備の小型無線機も耳元に着けて一応警戒しているが、それでも緊張の糸は切れてしまって脳内麻薬物質が不足し、人体として正常な反応を脳に告げている。今、この瞬間だけを乗り切るために、今後永遠に痛覚を遮断して欲しいと願ってしまうほどだ。

「魔獣軍は撤退しているわ。残る対空魔獣を倒したらヘリが来るはずだから、それを待ちましょう……アリサも、頑張ったわね。偉いわ」

「はい……レナさんこそ、ご無事で良かったです……」

 スコーピオン戦とは違って、二人は僅かに余裕があるようだ。となれば、被害の度合いに関して今回は俺が一番集中してしまったな……と己の未熟さを恥じる。

 ──だが、まだ続く戦闘に対応するために何とか意識を保って状況確認だ。

「それで……ツムギの発射は……よく成功出来たな」

「ええ、本当に。土壇場だったし難しいかなって少し思っちゃったけど、何とかなったわ。マイクと……あともう一人、私の能力特性を知っていたあの人のおかげね」

 誰だ……? と思ったその時、会話を聞いていたのか狙いすましたかのように通信が入る。

「私だ、アスク・シンドウ」

 タワーの内部で電波妨害魔術を発していた部隊も粗方排除されたのかノイズも無しでクリアに伝わる、無機質ながら情熱を感じられるその声に一息つく。

「……なるほど、あなたでしたか。デューズ博士」

「君も健闘したな。我々の予想以上だったと素直に言っておこう」

「──ハッよく言うぜ、ツンデレ野郎。お前が一番『ツムギ設置部隊』の中じゃハラハラドキドキだったじゃねえか」

 茶化すようなマイクの声も、通信に割り込んでくる。……妙に親しんでいる声だな。

「あ~シンドウの言いたいことはわかるが、傷がやべえんだろ俺が答えてやる。『ツムギ』は、二つのパーツを合体させて初めて運用出来る仕組みでな。一旦光を解いて拡散増幅させる前部部分と、それを収束発射させる後部部分に分かれて開発が進められていたんだよ」

「──それを、我々が……アスムリンが東と西に別れて研究開発していたものをアリエス戦に合わせて急遽ここまで運び入れたという訳だ」

「おい、俺の話の流れを盗るんじゃねえ。まあいいや、それで現地でドッキングという訳よ」

 二人の話を聞いて、初めて聞かされた時の疑問も解消する。

「なるほどな……それで、東からマイクが、西からデューズ博士が持って来てくれたってことなのか……。と言っても、流石に本命の担当者は他に居るんだろ?」

「バレたか。そりゃそうさ、俺達は上層部お偉いさんと自分達の意思でここまでやって来たんだ。……お前の勇姿を、見届けるために、な」

「私は所長に言われて脅されて来たまでだが……彼の話に否定はしないでおこう」

「ほらみろ、ツンデレだろ?」

「違う。それに、シンドウに話すべき重要な事もあって来たのだ。──だが、それも後で良いだろう」

「──そうだな! ……レナ様、聞いてみてくれよ」

「オーケー、わかったわ」

 話の腰を折ってでも二人から促されたレナは、俺の前に歩み寄ると手に持っていた旗を渡してくる。

 もうヘルメットも脱いでいるので何とか夜目で判別できたが、それは星条旗のようだった。アメリカに来た初日、アリサの提案で行ったアーリントン国立墓地にあった巨大なそれとは比較にならないが、それでも同じ合衆国の象徴である。

「これをね、アスクが地面に突き刺して欲しいんだって。──アリエスを倒した、英雄自らがってね」

「……いや、俺は、あのスコーピオンの短剣を刺しただけだ。あの毒もどこまで効いたのやら……」

「確かに効いたはずよ。私のあのツムギで強化されたアルテルフでも撃ち抜けるかどうかは微妙だったわ。アスクの毒があったことで、それを治すために魔力が使われてフォートレスの強度も下がったのだろうし。絶対に無駄ではない、素晴らしい行動だったわ」

「──だけど、俺がやっても良いのか……?」

 適任はレナかアリサだろうと匂わせたが、それでもレナは首を振る。

「アスク。これは、何かアスムリンの情報操作に使うプロパガンダ用とかじゃないの。……私は、もうこの眼で見たけれどね。あなた達は、見てないでしょう。一緒に戦った、仲間達のことを……」

「……そうか、わかった。悪かったよ、そこまで頭が回らなかった」

「良いのよ。というか、その身体で本当に平気……? 無理……はもうしているだろうけれど、これ以上あなたが苦しむ必要も当然ながら無いわ」

「いや、それぐらいは、やれるよ。まだ背中と下半身も残ってるからな……アリサもありがとう。もう大丈夫だ」

「はい、わかりました……。大丈夫ですか?」

「ああ、問題……ない」

 空元気で、アリサとポールの先っぽに支えられながらも何とか立ち上がることに成功する。もうジークフリートのエネルギー残量もアクチュエーターの損傷具合も心許ないが、それでも後少し動くぐらいの分は残っているはずだ。上半身前側だけはだけている格好それ自体がよっぽど恥ずかしくて苦痛なぐらいだ。それも、男の勲章として盛大に派手な切り傷が見えているから何とも言えないが……。

 ──レナの言いたい事は、わかった。

 今もなお──そしてこれからも戦い続ける兵士達に向けて──労いの姿勢を見せてやれとのことなのだ。

 ──硫黄島の海兵隊のように、奪還の象徴としてはこの上ないシチュエーションだろう。

 とはいえ、ここは昔から住んでいた部族達の聖地でもあると俺は知った。それに、星条旗といえども突き刺すのは少し気が引ける。そもそも俺はアメリカ人では無いし……だが何もしないのも共に戦ったアメリカ軍に失礼なのもわかる。

 何か案は無いかと──痛みから現実逃避するのも含めて──一つ、思いつく。

 浮かんだ妥協案を皆に相談する気力もわかないまま、震える脚を一歩ずつ動かして……そして、タワー頂上部ギリギリに辿り着く。

 皆も俺のやりたいことに察したのか、無言で見守る様子。そんな大層なことをしでかすつもりも無いが、これが現状一番効果的だろう──と、俺は旗を高く掲げて持つ。

 数百メートルもある高さだ。こちらからも、向こうからもまず満足に見えないだろう。

 それでも、戦闘を終えた兵士が。誰かが、双眼鏡や兵器に搭載しているカメラのズームで見ていることを信ずる。

 ──すると……その祈りが届いたのか、無線機に小さい声ながらも無数の兵士達の叫び声が聞こえだす。

 そして──夜明けが来た。

 地平線から覗かせる朝日の眩しい輝き。風がひと際強く吹き荒れて、大きく翻る。

 自然からの祝福に俺も呼応して、さらに高く、痛みも忘れる程に高く、星条旗を掲げる。


 ──ああ、これが……

 彼らの──そして、自分の胸の高鳴りが──勝利なのだと、ゾディアック討伐戦に参加し、生き抜いた一人の者として、強く、漸く、実感出来たのであった。




セイヴァーガールズⅡ 破邪の盾 完

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