第23話 坑道突破戦
タイタン・ハントⅡ作戦──ゾディアック・アリエス討伐戦が発動し、要塞と化したデビルスタワーに引き籠る魔獣軍及びアリエスに対する攻撃が開始されてから九時間が経過した。時刻は完全に夜中で丑三つ時すら超えている。
片時も休まずに砲火は継続されているものの、魔獣軍も沈黙しないで懸命に撃ち返し続けてくる。
……これほどまでに魔獣軍が頑強だとは思わなかった。ゾディアックであるアリエスが第一次決戦のデンバーの戦いから続いて余裕で耐えているというのは不思議ではない。時々、レベル5光学魔導砲撃らしきビームをデビルスタワー頂上から撃って地上の攻略部隊に攻撃している様子が見て取れる。まだまだ魔力量には余裕がありそうだ。
しかし、配下の魔獣軍は普通の防御力でしか無い。最上位のレベル4でさえ、大型ミサイルをその身に喰らえば即死する程度の防御力。
数に限りがあるHIMARS等のロケット兵器やミサイル兵器は温存され、基本的には榴弾砲による砲撃ではあるが攻撃力に関してはさほど差は無い。故に、ここまでの攻撃に晒されれば、例え要塞に居たとしてもそれ相応の被害は出ているはず……。
──という思考で結局倒し切れていなくて大打撃を受けたのは第二次世界大戦のアメリカ軍だ。日本軍が防衛する硫黄島や沖縄戦でそれは顕著である。
とは言っても、時代が下れば砲撃の精密さや威力は格段に増す。対防御要塞への効果的な攻撃方法はいくらでも考案され、今まさに実行に移されている。その戦術を実行するための練度も、この攻略部隊では申し分ないのはわかっている。だからこそ、奇妙なのだ……。
遠く離れているとはいえ、実際に見えているのは確かなのに『戦場の霧』に思えてしまう。
それを上層部も感じ取ったのか、ルナール大将から全軍に対して攻撃緩和命令が出される。砲火や土煙によって現状は敵軍の様子が分かり辛い。その原因である攻撃を緩めることで、高精度のレーダーで敵軍総数の変化を確認する為だろう。
命令通りに五分後、ほとんどの攻撃が中止されて散発的な砲撃だけが残る。頭上で常時聞こえていたジェット機の轟音も少しだけだが遠ざかった。
──攻略部隊に参加している全員が、固唾を呑んで実態を確認する気配が伝わる。
──その時、僅かな揺れを感じる。……地震、初期微動か? と思った瞬間、前方にあった数百m離れた場所の砲兵陣地が轟音と共に爆発した。
「──ッ!!」
突然の事態に俺含め、レナとアリサや攻撃の手を休めて俺達の周りに居た砲兵も息を呑む。
夜間なので視界も悪い。だが、攻撃されたことぐらいはわかる。しかし、魔術砲撃による炎の色は見えなかった。さらにジークフリートの解析によると、どうやら地面……地中から攻撃されたのこと。大砲のいくつかが大きく陥没した地面に呑まれている様子も確認出来る。
事態がわからないまま一体何があったんだと迷っている間にも遠目で見える前線の攻撃陣地も轟音と土煙によって破壊されていく。
思い当たることと言えば『坑道戦術』だろうか。敵軍防御陣地の地下にトンネルを作って地中から爆砕して破壊する戦術だが、それを逆に応用して攻撃側に仕掛けたのか……?
しかし、だとしてもおかしい。砲兵陣地がここに展開したのはついさっきだ。撃ちやすい場所は多少限定されているとはいえ、そこまでピンポイントでも無い。事前に予測して掘っていたとは思えないほどの的確な発破箇所だ……。
地下からの攻撃なのは間違いないが……そもそも、魔獣が発破攻撃出来るのか。いや、自爆型の魔獣も居たはず。最悪、魔力を大量に抱えて自爆することも可能。やれなくはない。が、ピンポイントの説明がつかない。
トンネル内を移動するにしても、そもそもそのトンネルが上手い具合に直下を掘られていなければ無理な話だ。
一体どういうカラクリなんだ……と必死に頭を回していると、ソレは遠く彼方に現れた。
「あれはっ、サンドワームだわ!!」
デビルスタワー近くの麓の地中から現れた長い影。レナの言う通り、巨大な
「あんな魔獣初めて見たんだが、レナは知っているのか」
「ええ。砂漠地帯で稀に見られるレベル4大型魔獣で、死体を解剖してわかった情報によれば、シールドマシンのように地中を掘り進めることを専門とする魔獣らしいわ。でも、それとは違って壁面を舗装せずに彫っていくから地盤沈下・地下崩壊を最初から狙っていると思われる厄介な魔獣なのよ」
「そんなやつが居た……いや、隠し玉にしておいたんだな魔獣軍は……」
レナの説明を聞いて周囲の砲兵も騒ぎ出す。デンバー地震と一緒だ、地下注水の人工地震等の話が聞こえてくる。デンバーにはそんな話があったのか。であれば、先日までそこに居た魔獣軍が地下の性質について学んだ可能性も出てくる。
──そして思い至る。まさか、アリサが居たあの地下迷宮はアイツが作ったのか……? だがすぐに否定出来る根拠も湧き上がって来る。壁面は割と頑丈ではあったし、そもそもアイツの太さ直径のトンネルでは無かった。身体をくねらせて自分の太さより大きいトンネルは作れても、その逆は不可能である。なので違う魔獣──もっと小型が協力して作った想像の方が浮かびやすい。
作り手は違えど、今サンドワームもやっている地下崩壊攻撃は同じなので作戦案やその達成方法は伝達されたものだと考えられる。
そしてもう一つ……。
「なあ二人とも。デビルスタワーの魔獣軍がここまで持ちこたえていた理由は、アイツが地下陣地を作っていてその中に見かけ以上の要塞戦力が隠れているからなんだろうか」
地下迷宮の構造から簡単に考えた話だが、二人ともそれに首肯する。
「ええそうね。その可能性は大きいわ。多分、要塞直下に大規模補給地点があるんでしょうね。
「そうですね……アスクさんの言う通りだと私も思います」
戦闘のプロである二人もこれに肯定するならまず間違いないか。そうなると余計に厄介だな。
そもそも、要塞戦は防御側が有利な戦いである。包囲こそしているものの、今の俺達のようにド平野で夜間の寒さに晒されているという状況に対して、要塞側は猛烈な攻撃を受けているとはいえ建物の中に居るということそのものの差が大きい。ここにはレナが居るので問題ないが、普通の部隊は暗がりからのゲリラ攻撃に警戒する必要があるので精神的にも披露する。
なかなか削り切れない魔獣軍のカラクリはわかったが、これからどうするか……。ルナール大将以下参謀本部からの応答も、今まで通りの攻撃を再開しつつサンドワームの襲撃に対応するので精一杯なような命令と報告が飛び交う。それも、魔獣軍からの電波妨害魔術によってノイズ混じりなので余計に混乱状態だ。
無線機を見つめながら状況を把握しているレナが呟く。
「……スコーピオン戦と違ってね、強いのよ今回の魔獣軍は。フランスではキャリアー魔獣にして特攻に協力するぐらいしか連携していなかったけれど、アリエスは自身は防御能力しか持たない分配下の魔獣軍を優れた部隊にしているみたい。それで、
レナの危惧は大いにわかる。それに、何度も決戦を仕掛けるほどの戦力はアメリカには残されていない。あるにはあるが、それは他の大攻勢に対処するための予備戦力であったり、内戦に備えての州軍の戦力であったりするのでアリエスに全力を割いてもその先の未来で滅亡してしまうのだ。
──サンドワームの攻撃に巻き込まれる友軍の通信がずっと止まらない。同時に魔獣軍の反撃も増しているようで、さらに被害の拡大が窺える。
……被害、と簡単に言えるそれはつまりは人の死だ。卒業訓練の時の最悪の記憶が……俺自身も幾度も無く体感した死の恐怖が眼前に迫っていることを強く実感する。
メンタル的には俺は優れていない。それこそ、アリサ以上に内心では実戦に怯えている自分が居る。それを、必死に押し堪えている……考えないようにしているだけなのだ。
兵士達の壮絶な応答から、俺も次第に焦って来る。何か策は無いのか、俺達はここで見ているだけで良いのか……出し惜しみしているようではじり貧だ、ここで一気に局面を動かさなくては……!
──すると、傍らで静かに考え込んでいたアリサが冷静に提案する。
「皆さん、私に考えがあります」
「どうしたのアリサ」
「はい。相手は地下陣地を構築して、そこで大規模な補給活動を行っているからここまでの長時間攻撃を受けても衰える気配は無い……けれど、今その地下陣地は忙しく、慌てているのではないでしょうか?」
「理由を説明してくれるか」
「あのサンドワーム型が、暴れているからです。……地下は通路によって全て繋がっている構造の可能性があります。旧実験場跡地と一緒です。であれば、デビルスタワー周辺で奇襲攻撃を続けている大型魔獣の余波からは免れることは出来ません。相応に、衝撃波だったり、煙だったり、振動が伝わっているでしょう。であれば──」
「今なら、逆に奇襲が出来るってことね? 私達が直接乗り込んで!」
「そうです!」
「なるほどな……確かにアリサの言う通りだ。……よし、それで行こう。今すぐ参謀本部に進言してみる」
俺がジークフリートの仮想HMDを操作して直通通信をしようとした時、既にそれはいつの間にか繋がっていることに気付いた。
「──こちらは指揮部隊、ルナール大将だ。諸君の会話は全て聞かせて貰った。許可する、行きたまえ。諸君に全てを委ねることにはなるが、現状では最も効果的だと判断する」
勝手に双方向で常時通信状態にしていたのか。それとも、部下が俺達の会話を盗み聞きしていたのを大将閣下にも伝えたのか。あまりいい気持ちはしないが、俺達の暴走を監視する意味合いもあったのかもしれない。それは、CIA等のスパイ組織や反フィーラ過激派の連中のような冷たく暗い監視では無く、見守る優しい監視であったと思いたいが。
ともかく、許可は出た。であれば、行くしかない。
「了解です大将閣下。作戦目標自体は地下陣地への奇襲攻撃で友軍の援護──では無く、さらに内部から上に登ってアリエスに直接攻撃を実行ですね」
「そうだ。地下からデビルスタワーに侵入し、
「オーケー。行きましょうアリサ、アスク」
「はい!」
「ああ!」
三人で声を掛け合いながら砲兵陣地を後にして一気にデビルスタワーの方向に走り出す。
ここからはまだ遠いが、デビルスタワー周辺には本来木々が生えている地勢だったらしい。しかし、魔獣軍が占領を始めたタイミングでほとんど伐採されており、魔獣軍が防御用に作ったと思われる防御壁や対戦車塹壕が点在している形になっている。そのため、正面から迂闊に近づけばすぐにばれてしまう。
そのため、今から地下を通じて接近しようという作戦だ。破壊されてしまった前方の砲兵陣地からサンドワームが攻撃した時に作った大穴があるはず。そして、デビルスタワーにまで繋がっている道──例え直通で無くともある程度までは伸びているはず──からタワー内部に侵入して一気に頂上にまで辿り着くという行動方針を走りながら伝え合って明確にしながら走って行く。
もしもの場合、それこそフィクションではありがちな『
走り出してからすぐに着いた前方の砲兵陣地に駆けこんでその様子を見る。何門もの砲台の後部が陥没した地に呑まれ、兵士達も土嚢や瓦礫に挟まって酷いものとなっている……。
ジークフリートの鎧越し、HMDから映し出される映像であってもまったく非現実とは思えないほどのリアル。生々しい血の感触が、蘇って来るのを握り潰して打ち消す。胃酸が上がって来るも、ぐっと堪える。
クソッ! 衛生兵として学んだ俺は、ここで彼らを助けられないことが身体を焼き焦がすかのように酷く苦しい。だけど、もう今の俺の持つ戦闘力は一兵士のそれでも無いんだ。フィーラに匹敵はしないが、それでもレベル4並の強さは持ってしまっている……だから、その戦力を持つ者が、ここで立ち止まる訳には……行かないんだッッ……!
──惨劇から眼を逸らしはしない。だが、立ち止まりはせずにサンドワームの開けた大穴に飛び込む。
夜間でさらに地下となると何もわからない視界の悪さだ。田舎なので星や月の明るさはあるが、後者は新月に近いのであまり光量に期待出来ない。だが、それでもジークフリートの機能をもってすれば昼間と同様に見える。
高精度の暗視機能があろうと地下迷宮ではだいぶ迷った。今から全てをマッピングしている時間的余裕は無いし、魔獣軍にも早々に見つかってしまうだろう。可能な限り最短経路で向かう必要がある。
そこで、レナの出番だ。『
「──大体わかったわ。こっちよ、ついて来て!」
俺の期待通りにものの数十秒で把握し切ったレナは闇夜の中を全速力で走りだす。勿論、女児の走行速度では無い。まるでレーシングカーのような超高速だ。
──仮にデビルスタワー内部を要塞として機能するためにある程度建物みたいにくりぬいているとしたらまず間違いなく魔獣には見つかってしまうだろう。だからこそ、一気に駆け抜けて頂上にまで辿り着くんだ……!
真ん中にアリサを配置することで前にも後ろにも状況に応じて防御を回せるという利点がある。よって、迎撃に来た正面の敵でも後ろから回り込んできた送り狼の敵のどちらも対応可能だ。
魔獣の気配に警戒しながらも、サンドワームが掘った曲がりくねったトンネル内を俺達は一度も止まらずに走って行く。途中、地表を巻き込んで崩落して道が潰れている箇所や、最短経路を突破するために、レナが光学魔導砲撃で道を切り開くか或いは回り道して進んで行く。一瞬だけ地表に出ることもあるが主体は地下なので地上での砲火の応酬に巻き込まれる心配も無い。
そして、無限にも思える時間が経った辺りで穴の様子が一気に変わる。これは、デビルスタワーに入ったのか。地上で距離を確認した時はもう少しかかると思っていたが……
という俺の疑問を解決するようにレナが説明する。
「ここはまだタワーの麓から少し離れているわね。それこそ、大樹の根っこのように生えた後の地下空間の一つだわ。もう少し進むと大空間があってそこに補給地点があるようね」
そして──と言葉と続けて
「どうやら勘付かれたみたいね。来るわよ」
「よし、わかった……!」
俺もバルムンクを腰から抜型して構える。特殊小銃はこの状況下だと二人を誤射してしまう可能性があるので後ろ腰の電磁石ポートで接続して温存だ。
グッと奥歯を噛み締めて死地に飛び込む覚悟を決める。
再び、全力疾走を再開したレナが正面に向かってアルテルフを数発放ち、遠くに居た魔獣達が致死の光線に巻き込まれて屠られる様子が見て取れた。
僅かにだが、その魔力の波動らしきものも肌感覚でわかるようになった……かもしれない。体表面にあるブラッドリキッドが高濃度の魔力に反応しているのかもしれないが、だからこそその壮絶な魔力量と威力に絶句する。住宅地で初めて見た時もそうだったが、これほどまでの濃密な魔力を圧縮・加速して発射しているとなると凄まじい技量だ。
そして、フォートレスは部分的にこそ貫通するがさらに直接外皮装甲を貫いて脳や心臓に致命傷を与えるまでには至らない……味方であれば心強いが、敵となると強大な能力だ……。
「──突破するわよ! アリサはアスクを守って! アスクは追撃を排除して!」
「了解です!」
「わかった!」
タワーに接近し、そして魔獣に見つかったということでフィーラの魔導戦闘も本気になる。
二人の完璧なコンビネーションは何度も見ているが、そこに異分子の俺が入るとなると難しいか──と気後れするもそんなことは言ってられない。ジークフリートの戦闘解析機能に全てを託して、阿吽の呼吸を乱さないよう俺も向かって来る魔獣達を斬り払いながら駆け抜けて行く。
火器は使わずに全身全霊の膂力を持ってして、それぞれの魔獣のタイプに応じてバルムンクを振るうのは骨が折れるが、懸命に何度も何度も振り下ろす。
狭苦しい地下陣地ということもあってか、出て来る魔獣は全て小型か中型である。レベルも3が最大といった所か。もっと強い魔獣はよりタワー高所の外壁近くに居るか地上で戦っているのだろう。それに、遠目で見ていた時は無尽蔵にも思えた戦力だがこうして裏方に入ると散発的にしか俺達に対応する魔獣が現れないことにも気づく。
主要部隊は大空間とやらの場所──恐らくタワー直下に居るのだろうし、レナ達が倒し続けているのも大きい。俺はレナとアリサが取りこぼした分……或いは潜み隠れていた魔獣への対応をしているだけである。俺の力では走り様の一撃で倒せないレベル3中型等も二人が積極的に倒してくれているのでそれも本当に有難い限りだ。
……以前の俺ではこんな戦い方は出来なかった。現状、魔力強化もほとんど使っていない。気合を入れて身体を強く使用、より素早く、より力強く動かそうというイメージで動かしているもののブラッドリキッドと体内保有魔力を使っての身体強化は0.1%もやっていない感覚である。
今はジークフリートの性能を全力解放して二人の戦いに何とか追いついている形だ。ジークフリートのエネルギーと、体内の魔力(そしてブラッドリキッド)のどちらかを温存するとなるとそれは魔力だ。魔力を失うことは心身の活力を失うことと同じであり、その後は満足に戦えなくなるということは身をもって知っている。最悪、ジークフリートがエネルギー切れか破壊されて使えなくなったとしてもまだ生身は残る。一方で、先に魔力を使って生身がダウンすればジークフリートの補助があっても意味が無い。故に、今はパワードスーツのエネルギーを優先して使う場面なのだ。
──パワードスーツを着用しての剣術戦闘にもだいぶ慣れて来た。
それぞれの動作で俺がやりやすい身体の動かし方──自己流の技とも言えるが──をAIも学習してそれを俺もその都度アレンジしながら魔獣の飛び掛かりや防御姿勢に応じて剣を振る。一撃ごとに振るうべき剣の軌道線を筋力補助でアシストされながら、そして脳波で俺の思考も読み取っているのか微細な筋肉の事前の動きを感知しているのか、一切のラグ無しで動かせることも戦うにあたって非常に重要な要素だ。
何体もの魔獣達の猛攻を突破しながらも進むと、次第に通路も角度が増してきたと同時に一気に視界が開けた。どうやらタワー内部に入ったようだ。
開けた上を見ると、いくつもの踊り場のような床が壁から生えており、そこに魔獣達が居る状態。俺達が内部にまで侵入してきたことでパニック状態になっている。
単独で攻撃しようとするもの。逃げる訳では無いだろうが、一旦距離を取って集団で攻撃しようとするもの。そういった動く魔獣達の邪魔にならないように敢えて動かずに待機するもの。多種多様な混乱状態だ。
魔獣は決して機械のような完全合理的な動き方はしない。それぞれの個体に個性がある。
そのせいか、全員が独自に最良だと考えた迎撃行動がぶつかり合って機能しなくなっている。こういう時には優れた
「二人とも! シェルタンに乘って!」
周囲に三基の『
上を見る限り、魔獣達は犇めいているものの通路の大きさ自体はそこまで細くは無い。戦闘機動でも十分避けながら移動出来る。
俺に向かって飛んできた立体十字魔導構造物に飛び移ってバランスを取りながら乗る。
ここで足を踏み外して落下でもしたら──という凱旋門のトラウマが蘇るも何とかジークフリートのオートバランス機能を最大限に使って姿勢を安定させる。
シェルタン自身も俺の重心移動をサポートするために僅かに角度を変えながら一気に上昇する。初めて乗ったが意外に安定していることに驚く。流石にレナが作った自律兵器だ。優秀なことこの上ない。
乗り移るタイミングで攻撃されたらヤバかったが、そこはレナが上方に攻撃をして敵軍を攪乱していたようで何とか妨害も受けずに済んだ。
──ここかはら銃火器の出番だな、と
パワードスーツ兵士としては若干少ない銃弾量にも思えるが、あまり大量に装備しても重量が増えて動きにくくなりバッテリーの消耗も激しいというデメリットも出て来る。そもそもがバルムンクを使用しての近接戦に重きを置いている設計と戦闘スタイルなので、射撃戦闘に関してはあくまでサブ程度なのだ。
貴重な抗魔装備を使い捨てにしないように抗魔刃の剣で大量に倒していくというコンセプトによって開発されたのがジークフリートだ。射撃に特化するのであればハイウェイで使ったようなミニガンや大型スナイパーライフル等の遠距離支援火器の装備を最大限活かせる設計をするはずだ。
それに、俺自身もあまり射撃が得意では無い。努力して漸く平均より少し上といった程度だった。そもそもセンスが無い以上、であれば近接戦闘の方がまだ窮地を脱する機会に恵まれるかもしれない。
シェルタンに乗りながら、二人の戦いを援護するために
捨て身の一撃だけでもフィーラに立ち向かえるレベル3以上の魔獣では無く、そいつらに混じって隙を伺う魔獣達を排除していく形だ。俺に出来るサポートを最大限尽くして、ここを突破するんだ。
──そんな俺に対しても飛び掛かって来る魔獣も居る。だが、サーフボードのように上手くシェルタンを乗りこなしながらその襲撃を避ける。
それすら難しい程に近寄られたら腕のマイクロミサイルを発射して攻撃。爆炎に巻き込まれた魔獣が力無く落下していく様を見つつ、二人を見上げる。
まるで上方向スクロールシューティングゲームのような感覚だが、これは
──そして、ある程度の高さまで来たところでレナが壁に魔導砲撃を撃ち込んで大穴を開ける。外側からの攻撃には強くても、内側からは弱かったのか。もしくは脆弱な部分をレナが見つけたのだろう。
上向きのベクトルから斜めに、そして横向き──地面と水平に移動方向が変わるシェルタンに適応しながら俺達は一気に外壁に飛び出る。
外にも対空要員や見張り要員の魔獣達が居たが、連絡はいってなかったようでまさか内側から出て来るとは思わなかったと言わんばかりの混乱状態である。
未だ輪郭が曖昧な頂上までの高さはあと三分の一といった程度だ。一気に登り詰めるぞ──とマガジンを交換しながら見上げたその時、アリサが叫ぶ。
「避けてくださいっ!!」
叫びながらレナを追い越してフォートレスを前方──つまりは上方に最大展開。瞬間、直上からタワーの壁面を掠るようにして光学魔導砲撃による光の槍が突き刺さる。
「アリサッッ!!」
一瞬、ヘビーフラックによる攻撃かと思ったが明らかに普通の威力では無い。つまりは、アリエスからの攻撃だ!
レナのように魔導砲撃に優れているタイプの能力は持っていないのに、至近距離で浴びると絶死の威力を体感する。光の中に焔が混じっているのか、普通のビーム状では無く火炎放射に近い形態となっている。アレンジを加えているのだろう。これではフィーラが展開するような普通のレベル5魔導防壁では一部貫通されたかもしれない程だ。
シェルタンが自動的にアリサが例え貫通されたとしても二次被害を受けない位置取りで陣形を取る。今も照射されている極大の光に負けないようにして上に居る闇夜の犯人の姿を捉える。
頂上から仁王立ちで顔を覗かせる巨人──そんなイメージが浮かぶような姿だ。まさしく、悪魔の風貌だ……。攻撃と共にゾディアックたる所以を見せつけてくる。
攻撃が終わり、受けきったアリサの激しい吐息がノイズ混じりの通信越しに聞こえる。
彼女はいつも強敵からの強烈な攻撃をその身で防御している。それは、SLEEP実験の時もそうだった。
誰にでも出来る代物では無い。そして、心身共にいつまでも耐えきれるものでも無い。
これ以上、負担を掛ける訳にはいかない。俺も活躍しなくては。だが、俺の装備ではゾディアックに有効打を与えるのは難しい。全力でバルムンクを振るえばレベル5魔導防壁やレベル5直接外皮装甲を斬り裂ける……とは言っても、それで致命傷を与えられるかどうかと言われると違うだろう。
では活躍出来ないからタワーに残って追っ手を食い止める、フィーラ二人で対ゾディアックの戦いを任せる──なんてことをしても数分でジリ貧によって死ぬだけである。
──では何故俺がゾディアック攻略の精鋭部隊に組み込まれたのか。パリの時は理由が複雑で結果的に巻き込まれる形にはなったが、戦闘開始前に逃げる手筈だった。
今回は、最初から戦力として期待されているものである。
ルナール大将は明言しなかったが、アスムリンから既に伝わっているのだろう。
俺が再現に成功したゾディアック・フィーラの固有能力であるマカブルやフォートレスを使って三人目のフィーラとしての役割を期待されているのだ。
今でも成功率は100%では無い。体感では半分もいっていない。使えたとしても、ブラッドリキッドと全身の魔力を持ってかれるので一回か二回使うので精一杯だ。使い所は見極めなくてはならない。
であれば先の二種の能力をどう使うかだが、俺が生産できる毒がゾディアックに効くかはわからない。防壁も、防いだことがあるのは凱旋門の崩落とクリムゾンのゼロ距離レベル4魔術砲撃だけである。後者はレベル4の威力だが、多少貫通されて皮膚を少し火傷した。軟膏を塗って処置されているが、左肩の傷も合わせて痛み止めを飲んでいないとまだヒリヒリする。故に、レベル5の魔導攻撃となるとマズイかもしれない。しかし、例えこの身が耐え切れずとも攻撃自体は耐えきれるかもしれない。もしもの時は、そうやって彼女達を護るのだ──
能力での戦闘を考慮しながらも、俺が乘ったシェルタンは一気に駆け上がって行く。
そしてついに、頂上にまで辿り着いた。
一般的な山の頂上とは違って、まるで競技場かのように平滑な面が目立つ。俺達と戦うためにセッティングされた舞台のようだ。
そこに居る、こちらを睨みつける人型の化け物の口からは焔が漏れ出ている。まさしく、悪魔だ。
「──さあ、やるわよ。勝ちましょう」
「ああ……!」
「了解ですっ」
三者三葉に、覚悟を決める。
俺にとっては二度目となるゾディアックとの対決が、今始まった。
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