第19話 魔獣を喰らう魔獣

 ──語られたアリサの告白。

 その内容は、想像を絶するものだった。

 そして──今思い返せば確かに彼女の言う通り……アリサは魔獣に止めを刺すことをしなかったかもしれない。全て、戦闘不能状態にまでしかダメージを与えていなかった……。

 スイス国境地帯での俺の初陣。

 リヨン防衛線での戦い。

 オルレアン包囲突破戦。

 全て──確かに今思い返せば、魔獣を殺さずに戦っていたようにも思える。俺自身も戦闘中だったので確たる証拠は無いものの、レナの火力の高い攻撃やリッタの毒と比べて、アリサは魔力を纏わせた格闘戦であったから見かけの殺傷能力がそもそも低くて俺もそこに意識を向けていなかった。

 だが、本人にとってはとても重大なことだったのだ。

 俺がアリサに出会ってからの戦いでは通常魔獣との戦いでは絶体絶命という状況もさほど多くは無かったのだが、レベル4に囲まれての持久戦であったり、大攻勢に立ち向かうための最前線での消耗戦であったりすると、途端に不殺の弱点は露呈する。

 そうなったとき、自分だけならともかく周りの仲間まで守れるかということは、非常に重要な問題となる。

 そもそも、魔獣と戦うことそのものが、心優しいアリサには苦痛だったのかもしれない。それを、誰かを守る

 アリサ……そこまで思い詰めていたとは……気付けなかった俺の失態だ。

 だからこそ、今ここでそれを挽回するのだ。

「アリサ、話してくれてありがとう

 ──と、説得を続けようとしたその時、

 アリサの背後の横穴から、ナニカが飛び出して彼女の幼い体躯に噛みつこうとしてきて──

 ──迷いは無かった。

 一目散に、地面を蹴ってアリサを挟んで立ち向かう。

 アリサの頭を狙ってその牙を受け止めるために、腕と肩で防御。

 ガツン、とその牙の一本が俺の左肩に突き刺さる。

 抗魔装甲などお構いなしで深く、鎧を貫通して俺の身体にまで突き刺さったそれはジンジンとその熱感を与えてくる。魔力を纏っているのだろうか。魔力耐性の無い人間であればこの一撃によって急性魔力中毒で即死だっただろう。

 ──中型魔獣ではあるが、今まで目にしてきたレベル3より気迫が強い。多分、レベル4魔獣。

 姿は生物型とも兵器型とも違う異形型。まさしくクリーチャーという姿で特に大きな両腕が一番のパワーを持っている様子。下半身には四本の脚が四角形の配置で生えており、俊敏な動きと今こうしてしっかり支える堅牢な脚となっている。

 頭部は口腔が発達しており、大きく伸びる二本の牙の内一本が俺の左肩に刺さっている状況だ。

 獰猛な息遣いを目の前に感じながらも、魔獣の頭部から肩にかけての場所を全力で押して抗う。これで、ガッチリと組み合った格好だ。中に居るアリサを守るブリッジのように。

「!? っ、どうしてっ……」

 下からアリサの驚愕の叫びが聞こえる。良かった、無事の様だ。

「アリサ、無事かッ!?」

 声をかけると同時に肩の傷が痛む。食い込んだままの牙を、魔獣も微妙に動かしてさらに肉を抉って来ているからだ。苦痛で顔が歪むが、そんなことは気にしていられない。

「アリサッッ!! 逃げろ!!」

 半ば絶叫にも近い形で、声を張り上げる。自衛校で学んだ、戦闘中に敵攻撃の警告を仲間に伝えるための発生術はここで役立ったな……。

 俺の意図した通りに、アリサが反射的に動いて逃げて行く。彼女の意思に関係なく、身体に染みついた動きで命は助かったが、それは長い間戦い続けたことによって刻まれたものであり、素直に喜べないものではあるが。

 ──ともかく、アリサの安全は確保出来た。ここからはコイツとの戦いだ。

 改めて、ジークフリートのパワーを全開にして対面する。

 現状の膂力勝負は互角だが、それは相手も本気を出していないのだろう。少し無理に力を込めても、余裕を持って押し返してくるからだ。一方、こちらは限界に近いので総合的には不利である。

 ……だが、向こうも向こうで俺の力を押し返してまで体勢を崩すほどの力は無いらしい。最初の奇襲で見せたスピードは恐ろしいが、今こうして膠着状態にすればその強みは無効化出来る。

 ここからどうするか──ジークフリートでの戦闘に慣れていないせいで選択が難しい。

 両腕を使っているのでバルムンクや特殊拳銃も出せない状況。他に使えるとしたら手甲二連装発射機に装填されている超小型マイクロミサイルか肩部三連装超小型擲弾発射機──だが、角度があるのでマイクロミサイルは命中しない……どうする……向こうは魔術を使える分打つ手が多いぞ、俺側から仕掛けなくては……

 ──その瞬間、俺の逡巡の隙を突いて魔獣が口腔内に魔術陣を展開、ジークフリートもHMDが無い代わりに首元から警告音が鳴り響く。

「──ッッ!!」

「アスクさん──!!」

 アリサの悲鳴が聞こえると同時に、俺は魔獣が放った爆発に包み込まれたのであった。









 ──レベル4魔術砲弾のゼロ距離炸裂。

 ……威力を最大限にすれば魔獣側もダメージを受けるので調整はしたのでしょうが……それでも、普通の人間の頭部に直撃すれば──後には何も残りません。

 ──こういう様子をもう、二度と見たくなかったから私は地下ここに来たのに……

 いえ、それでもアスクさんは助けに来てくれた。愚かな私を説得しに来てくれた。

 なのに私はまた……


 不条理な現実に、もう耐えきれなくなったその時──


「アリサァッッ!!」

「っ!? アスクさん!??」

 爆発の煙が晴れてそこに立っていたのは──アスクさんでした。

 頭部も健在で、頬に少しだけ軽い火傷の痕が残る程度。どうして──どうして、生き残ったのですかっ!?

「アリサ! 言ってなかったけれど、俺は──フィーラの能力を使えるようになってしまってなッ!」

「っっ!?」

「今、土壇場でッフォートレスを試してみたが、やれたよ! 何とか使えたんだ!」

 そう、気丈に語るその様は、死地に飛び込んだ戦士のようにぎらついていて……まさか本当にフォートレスを使ったなんて……アスクさんも、フィーラだったのでしょうか。いえ、使えるのはフォートレスに限らないような語り口。私の能力以外にも、他に複数──?

「──オラッァ!!」

 アスクさんの吠え声と同時に、ゼロ距離攻撃をまさか防がれるとは思っていなかった魔獣の虚を突いて膠着状態を解いて、タックルでその身体を吹き飛ばします。

 そのまま、アスクさんは腰に下げていた大きな拳銃を抜いて躊躇なく連射。大砲のような発射音が連続して地下空間内に響きます。

 魔獣は体勢を崩されながらもなんとか魔術防壁を展開したようですが、ほぼ全弾同じ箇所に命中した銃弾の数発が貫通して身体に命中。銃弾が小さく炸裂して魔獣の身体の一部を吹き飛ばします。

 ですが致命傷には至らず、今もなおその殺意の眼はこちらを向いたままです。

「アスクさん──」

 未だ動けない私に変わって、彼は一人で戦うのでしょうか。

 ただ、声を掛けることしか出来ない私は、それでもと、今ここで自分にしか出来ないことをするために駆け出しました。


 ──まさかこの状況でフォートレスを使えるとは思わなかった。

 爆発に呑まれる直前、意識したのは凱旋門から落下した時のあの状況。そして、フォートレスの能力原理。

 糸状の魔導防壁をより合わせて防壁にしているメカニズムを思い出す。それを、に応用するイメージで臨んだ。

 本来のフォートレスの糸はもっと細いが、あくまでもイメージ。元々、髪は頭部を守るために生えているので頭を狙われている状況とも合致する。

 だが、実際にフォートレスとして展開出来るかはかなりの賭けだった。一度経験はあるが、それは無意識のうちに展開していただけ。しかも、俺のフォートレスは恐らく完全に防御することは出来ない性能だ。だから、崩落時も完全に無傷とはいかなかったし、今も多少の火傷は負っている。

 ──しかし、結果として今こうして死なずに済んでいる。ならば、それで良い。能力は戦うための手段に過ぎない。勝敗を分けるのは、覚悟だけだ。

 特殊拳銃の対魔術防壁用徹甲炸裂弾全弾8発を撃って、結果貫通したのは3発のみ。ヘルメットは無いので腕の補正だけで狙ったが、それでも全弾綺麗に命中した。だが頭部や心臓といった弱点には当たらなかったか。ダメージは与えたが、息の根を止めるにはまだ足りない。

 空になった弾倉を捨てて予備弾丸を装填し、スライドを引いて薬室に送り込む。あと一つの弾倉しか無いので、残り16発だ。

 しかし、レベル4相手には同じ攻撃は通用しづらい。卒業訓練の時のイレギュラーもそうだったが、一度攻撃を見切られてしまえば例え音速を超える銃弾であっても俺の発射姿勢からその弾道を予測して回避されてしまうか、上手い具合に魔術防壁を展開されて威力を減衰される。そのため、銃撃だけに頼るのは悪手だ。

 ──ならば、と左手に銃を持ち変えて右手でバルムンクを抜き放つ。

 右手に剣、左手に銃の構え。どちらも大型の武器なので本来ならば片手では使えないのだが、ジークフリートならば問題ない。

 問題なのは、俺の技術力。いくら補正があるとはいえ、西洋剣術も日本剣術も習得していない素人が戦闘で振るうには適していない武器だ。

 だが、実戦で経験データを積むことで加速度的に習熟していくのが人間であり、そして機械AIでもある。フォートレスが使えなかったらあの場で死んでいたが、その窮地を脱すれば勝機はあるぞ。

「──アスクさん! これを!」

 横からアリサが、何かを投げてくる。魔獣に向けている視線は出来るだけ外さずに、何とか横目でキャッチするとそれはジークフリートのヘルメット部分だった。

「アリサ、ありがとう!」

 でかした、と心の中で再度お礼を言いつつ、武器を持ちながらの両手の薬指と小指だけ浮かしてヘルメットを保持して頭に装着する。

 HMDと接続されてあらゆる情報が提示される。まだ戦い慣れていない俺にとっては必需品だったな。

 すると、一番重要な情報として出されたのは敵魔獣の正体。

 曰く、『魔獣を喰らう魔獣クリムゾン・カルネヴァーレ』と識別名コードネームがつけられている魔獣らしい。

 名前がついているということはその個体の情報が知れているということ……。こんな地下に居る魔獣が……いや、違う。

 アリサの言っていたことを思い出すんだ。サジタリウスの攻撃で、人間はアリサしか生き残らなかったが、一部の魔獣は脱走したと言っていた。

 つまり、コイツはその時に脱走した内の一体……HMDもそれを裏付けるように、人工的なイレギュラーだと情報を提示してくる……そんなことまでやっていたのかよアスムリンめ。

 だがそうなると……コイツは魔獣を襲うために仕組まれた魔獣だ。ならば、何故俺達を襲うんだ。俺達から攻撃しての自衛ならともかく、先に奇襲してきたのはクリムゾンの方である。

 ──結局、フィーラも魔獣と見なされるってことか。俺も、ブラッドリキッドを纏っているのか、それとも能力を使えるから人間と判断されていないのか……。

 いや、クリムゾンの出自は関係ないな。襲って来るなら戦うだけだ──。

 そう、冷静に戦闘モードに思考を切り替える。

 ……アリサは三日間飲まず食わずであったし、傍から見ても体力魔力共に尽きているのはわかる。ジークフリートも既にそう解析しているから一緒には戦えないことはわかっている。だから、俺一人で戦うしかない。

 ヘルメットも戻ってジークフリートは完全状態だ。ブラッドリキッドも損耗していない。左肩に牙が刺さったダメージが残っており、今も強烈な痛みと筋肉の動きが悪いものの、スーツの筋力サポートによってそれを補完する。

 ──そして、身体強化のために魔力を通す。

 全身の血管網に心臓から魔力を流すイメージを、ブラッドリキッドで増幅させて集中する。

 ──僅かだが、アスムリンでの脱出劇のように全身に魔力が灯る感覚が帰って来る。だが、僅かだな。どうにも俺の身体強化はレベル2程度のようらしいと内心苦笑する。

 だが、ジークフリートの強化倍率と合わさればクリムゾンの膂力レベル4中型魔獣にもこれで匹敵するはずだ。注意すべきは、俺の魔力はすぐに枯渇するということ。あくまで肌感覚だが、もって数分だろう。

 この数分で──いや、奴に時間制限タイムリミットを見透かされて粘られるのはマズい。ならば、一瞬で、全力で奴を倒し切るんだ──

「行くぞッッ! クリムゾン!!」

 研究所……アリサが入ってしまった牢屋内で実際に呼ばれていたかは不明だが、奴にとってはある種のトラウマを引き起こすために敢えてその名を叫んでから駆け出す。

 左手に構えた特殊拳銃を、再び連射。走りながらの射撃かつ負傷した腕では命中率は下がるがこれは牽制だ。クリムゾンの動きを妨害出来ればそれで良い。

 思惑通りに、俺の突進と呼応して同時に突撃はしないようで一手様子を伺う形を取った。魔術防壁を展開しながら横に素早く逃げて銃弾を躱す防御的な行動である。これなら行けるぞ、畳みかけるんだ──!

 撃ち尽くした拳銃を投げ捨てて、両手で剣を構える。構え方なんて適当だ。左に抱えて、剣先を後ろに伸ばして袈裟斬りに振り下ろす体制を取る。

「グルロォォォロッッ!!」

 クリムゾンの濁った吠え声。俺がこの一撃に全てを懸けていることを悟ったか。だが逃げはしない。真っ向から立ち向かうようだ。

 上半身と下半身をさらに捻って筋力の動きを確認する。マイクやジョニーが言っていた、ジークフリートの全力攻撃を持ってしてレベル5直接外皮装甲──つまりはゾディアックの堅牢な皮膚すら切り裂くほどの威力をここで実現させる。

 全身のアクチュエータが連動し、各部に装備された超小型ロケットブースターが燃焼開始。同時に、一歩強く踏みしめて勢いをつけて身体が地面と平行に飛ぶ。

 クリムゾンも対抗するべく、魔術防壁の最大展開──ではなく、大きな右腕にサイケデリックに強く光り輝くほどの魔力を込めて迎え撃つ構図。身のこなしによって俺の攻撃を躱しつつ、反撃カウンターによって俺の身体を屠るつもりだ。

 だが、これで助かった。勝利の方程式は見えたぞ。

 飛び掛かる俺。迎え撃つクリムゾン。

 あと僅かの距離で互いの一撃が炸裂するその瞬間──

 HMDに視線追跡操作eye tracking operationであらかじめセッティングしていた状況下をAIが判断し──ちょうど正面を向けていた右肩から三連装発射器がせり出し、が発射される。

 そしてプログラム通りに、ジークフリートは遮光機能が発動。強烈な光を減衰させて視界を潰さない。

 だが、クリムゾンはモロに極大の光を喰らう。ここは多少光に照らされているとはいえ、研究所から生き延びて地下で生活していたとなると視覚機能は日頃からかなりはず。

 この閃光は強烈に効いたはずだ。スコーピオン戦の二番煎じだが、得てしてこういう極限状況では単純な策の方が効果的であることが多い。

 思惑通りに、クリムゾンが悲鳴を上げてタイミングがずれたかその腕が宙を空振る。

 俺も攻撃の軌跡に巻き込まれないよう体勢をさらに捻りながら、一気にバルムンクを振り下ろす。

 ジークフリートの頭部HMDに表示される攻撃目標ガイドラインに沿って攻撃を合わせる。狙うは心臓。アスムリンで研究されていた個体だけあってか、内臓の位置も正確に把握しバレているようだ。これならいける。

 分子レベルで切断する程の切れ味を誇る魔剣──その強さの通りに、クリムゾンを一刀両断に叩き斬った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る