第17話 沈黙の地下迷宮

 猛烈な重力加速度に耐えながら、俺は再び地上へと舞い戻った。

 結局一時間も経たずに戻ってきた訳だが、何かしら特別な行動をするというのは引き金を引くみたいに色々と一気に動き始めるのかもしれない。

 だが、アリサが行方不明というのは三日前からという話らしい。つまり、これは今日の俺の外出事件から始まったものでは無い。逆だ。アリサの行方不明から、俺の外出事件、そしてこの脱出劇に繋がったのだ──

「ジョニー! 無線機を借りて良いか!?」

「良いですよ! はい、どうぞ!」

 手渡された無線機に話しかけながら、エリア51の建物内を疾走する。

「デューズ博士! 俺です! 今、ジョニーと一緒にドラッヘンフェルスに向かっています!」

「わかった。アスク・シンドウ、君に朗報がある。今、君が脱出に成功したことによってレグナグレ博士は失態を犯したとして

 予期せぬ事態につい足を止めそうになってこけそうになるも、何とか慣性でコントロールして走り続ける。

「本当ですかッ!?」

「本当だ。アスムリン我々一枚岩ワンチームでは無い。常に互いがライバルなのだ。そのため、研究職のポストを奪うがためにレグナグレ博士を敵視する研究員も多い。その中の一人である私の上司が今回の降格処分の手引きをしたのだよ」

 そのような戦いが水面下で行われていたとは……アスムリンも研究開発を進めるために競争意識を上げさせて互いに高め合わせようとしているのだろう。尤も、それが政治の派閥闘争みたいになって研究が疎かになっていそうなのは本末転倒であり、どことなく医療業界──大学病院や医学会のような──を連想させる始末ではあるのだが。

「……とにかく、俺にとっては有難い限りです。だったら、この先は博士から何かの妨害や邪魔を受けなくて済みそうですね」

「その通りだ。しかし、後顧の憂いは絶ったとしても、問題は君が解決しなくてはならないこれからだな……」

 アスムリン関連の厄介ごとは消え去った。だが、問題なのはアリサの行方不明事件にどう対応するか──。まだ全貌を聞いていないが、一刻の猶予も残されていないだろう。全力を尽くして、最短で助けに行くんだ。

 話しながらも、あっという間にヘリポートに辿り着く。

 予定外の俺の行動だったのでまだ発進準備は出来ていないらしく、あと5分待ってくれと言われたので仕方なく待機する。その間にも、時間を有効活用するために状況把握だ。

「アリサが行方不明になったっていうのは、本当に三日前から何ですか!?」

「本当だ。彼女に与えられた『特別偵察任務』以降、通信が途絶し行方がわからなくなったのだ。……これは、私のミスでもある。君の実験にかかり切りだったのは事実であり、フィーラ・アリエスは私の管轄外ではあったのだが、しかし私の責任でもある。これから再度行われる救出計画も成功する可能性は少なかった。だから私は、君に託すために今日この行動を取ったのだ。──本当に済まなかった。嘘をついたこと、アリサ・エルゼンを監督出来なかったこと。そして、君に全てを背負わせてしまったことを謝罪する……申し訳なかった」

 隠されていた真実を謝罪するデューズ博士。だが、今はそれに怒りや悲しみを覚える暇もない──

「そんなことは良いですからッ、今どこに居るんですか、アリサはッ!?」

 焦る俺に対して、だが研究員らしく常に冷静なデューズ博士は落ち着いて答えた。

「彼女の所在地は、旧第1実験場跡地……のはずだ。そこに偵察任務で行って、行方がわからなくなった」

 旧……跡地……嫌な予感がするワードが並ぶ。

「アスク・シンドウ。ジークフリートを装備してからそこに向かってくれ。抗魔装備も全て準備させておく」

 博士の言葉に緊張が走る。

「……まさかとは思うのですが、聞いても良いですか……?」

「何だね」

「行方不明ってのは、今の俺のような……『脱走犯』としてアリサが見なされて、俺と戦わせる……って訳じゃないでしょうね」

 頭に浮かんだのはナルコスとの戦い。あれも結局、ジークフリートの対人戦闘能力のデータを取るための仕組まれた戦いだった。一人の狂人博士が舞台から消えたところで、代わりの人がまともであるという訳では無い。これ幸いとばかりにアリサと戦わせる……いや、そういう事態を仕組むようアリサの精神不調の対策を取らずに放置したのか。研究と称して散々な目にあわされれば嫌でもナーバスになる。

 だが、デューズ博士はそうではないと言った。

「疑心暗鬼になるのは仕方ないが、それは違う。君にしか……君だけが彼女を助けられる人材だと判断したため、今日私はレグナグレ博士に反逆クーデターを起こしたのだよ」

 デューズ博士に焦りを窘められてから、俺も少し頭を冷やす……。

 そうだな……アリサと戦うなんてまっぴらごめんだ。そんな嫌な展開になることに、ある種慣れてしまっていたのかもしれない。レグナグレ博士の毒牙が、今も心に刺さっていることを実感する。

 一つ、深呼吸をしてから──

 「……わかりました」

 短く、一言だけ呟いた。


 発進準備が出来たヘリコプターに乗ってドラッヘンフェルスに向かう俺とジョニー。

 暗がりの建物内には今度はオーゲル氏は居なかったが、全ての部品と武器類はしっかり用意されていたのでジョニーと一緒に装着を進めていく。先程までの身体計測データもあるので調整も最小限で済むのは助かった。そうなると、一回目でそのままアリサ救出に向かう流れでも良かったのではと思うが、それではレグナグレ博士の魔の手から逃げられなかっただろう。それに、アリサを助けられたとしてどこに向かうのかという問題も出てくる。レグナグレ博士が降格されたとしても仲間は居るので今度こそ無理矢理に二人諸共監禁される可能性がある。俺一人だけでなくフィーラが居れば容易に脱出も可能ではあると思うが、そうなると敵対行動を起こしたとしてより大きい問題になるだろう。総じて、この流れが一番良いと判断してデューズ博士やその上司はこのシナリオを進めたのだ……。

 束の間の思考で状況を整理しつつも一瞬で全身鎧と各種武器類の装備を終える。何度目かわからないが、またも俺を助けてくれたSFP9拳銃にも通常弾ではあるが9mmパラベラム弾を装填して太ももの専用防弾ホルスターに入れておく。

 そして、再びヘリコプターに乗り込む。今度はアリサの所に向かうために。

「シンドーさん! 頑張ってください!」

「ああ! ありがとうジョニー!」

 ジョニーともここでお別れだ。彼もまだ若いのに懸命に頑張ってくれた。俺もそれに応えなくては。

 ジークフリートを着ているためかなり体重も増加している。100kgは優に超えているだろう。だが、普通の軍人も合計してそれぐらいの荷物は持っている時もあるからそこまで問題にはならないはずだ。これが普通の車両だと考える場面も出てくるだろう。ハイウェイの時はデカい防弾車BMWだったので中に乗っていても多少余裕はあったが……。

 そういう問題のために、アスムリンは強襲突破輸送機ユニコーン重武装二輪車ペガサス等の専用兵器を開発しているのだろうが。

 ──アリサと戦わないのであれば他に戦う対象は何なのか。魔獣か、人間か。デューズ博士が俺に戦闘兵装を用意させた以上、戦闘になる可能性はあるのだろう。だが、その詳細は未だ伝えられていない。だが俺はただの人間だ。フィーラの能力もまだまだ使いこなせない。戦闘力としては完全武装でもレベル2程度であり、狼型魔獣ウルフ一体相手に死にかけた苦い経験は何度もある。だからこそ、出来る限りの備えをさせて戦闘力を高めさせておこうという判断なのかもしれない。ジークフリートを装備すれば、レベル3~4の戦闘力になるので十全に使いこなすことが求められる。完成したジークフリートで戦ったことは無いし、未完成の状態でもやったことは車に乗って銃を撃っていただけである。

 しかし、現実は『習うより慣れろ』なのだ。ゾディアック・スコーピオンとの戦いだって、事前に練習したことは無くそのまま実戦に巻き込まれてしまった。勿論、十分な訓練も重要なのだが、実戦でしか成長できないものも確かにある。それに、扱う装備は違えど戦うという行為に関しては6年間の経験がある。準備は、出来ている。

 これからの戦いに備えて、今だけはリラックスの思考をしながら砂漠の様子を見ていると出発から20分も掛からずに機体が降下し始める。

 見えた先には──巨大なクレーターがあった。

 エリア51軍事基地の近くにあったような無数のクレーターが並ぶ核実験場の姿は以前見ているが、ここは見る限り一つだけしか無いので何か不穏な気配を感じる。

 すると、ジークフリートに接続している無線から、デューズ博士の声が聞こえてきた。

「到着したか?」

「はい。ここは一体……」

「アリサ・エルゼン救出任務に際して、歴史の話をしておく必要があるだろう──。ここは、魔獣戦争が始まるまでは『ユッカマウンテン放射性廃棄物処分場』という場所だった。建設計画自体は中止されていて放置されていたのだが、それを魔獣戦争が始まってからはアスムリンが引き取って研究所にしたのだ」

 だけど、それが今やクレーターに成り果てている現状……一体何があったというのか。そして、そんな跡地に派遣されているとなると、アリサにも何らかの関連性があるように思える……。

 何も無いクレーターの様子をじっと見ていると搭乗員から機内無線で話しかけられる。

 曰く、地上の安全が確保出来ないので、ヘリコプターは着陸せずに俺だけ飛び降りてくれという話だ。勿論、限界ギリギリまでホバリングして高度は下げるから、それで何とかしてくれと言う。

 了解です、操縦ありがとうございます。とだけ言ってから姿勢が安定した瞬間を狙って飛び降りる。

 下が砂地ではあるものの、この重厚なパワードスーツを着て飛び降りるのはかなり勇気がいる。だが、普通の兵士──いや、普通ではないが猛訓練している自衛官でもやってのける高さだ──。

 ふわり、と身体が浮き上がる、なんてことも無くただ重力に引かれて一気に地表に引きずり込まれる。そして、両足で踏ん張って砂煙を上げながら着地する。

 踵、ふくらはぎ、膝、太もも、腰──それらに搭載しているショックアブソーバーによって、100kgを超える重量物の落下エネルギーを相殺する。流石の性能だと感心する。

 視界に投影される表示にも今の着地による異常無しと出た。問題ない。

 そして、砂地を歩きながらクレーターに向かっていく。

「デューズ博士。こことアリサには何の因果があるんですか」

「……今、データを送った。旧実験場をジークフリートのHMDで仮想再現出来る。見てみろ、これが……君の知らないアスムリンの全貌だ」

 砂地が、クレーターが、瞬く間に人工物によって上書きされていく。

 そして浮かび上がった白亜の城ともいうべき巨大な建造物。多分、放射性廃棄物処理場としてのそれからもさらに大幅に改築されているだろう様子をまじまじと見る。データ上の再現物でもその威容は伝わってくる。

 現実で足を滑らせないよう、ガイド表示に従いつつ、仮想の研究所の中も幽霊のようにして壁を透過しながら下っていく。

 そして、クレーターの最下層についたところで研究所の様子もちょうど謎の巨大な空間に辿り着いた。──いや、ここは……恐らく……

「なるほど。ここで、SLEEP実験が行われたんですね」

「その通りだ。3年前、アリサ・エルゼンはここでSLEEP実験に参加した。今から、それを見せる……」

 多少構造は違うが、まさしくここは俺が地下研究所で連行された巨大な実験場のそれと同じ場所だ。見上げるようにあったガラス窓の見学室もある。

 そして、正面の壁が音も無く展開されていく──瞬間、何かが高速で飛来してきた。

「──ッッ!!?」

 つい反射的に避けそうになるが、間に合わない──が、俺の眼前で見えない防壁に阻まれたかのようにそれは止まって、地面に落下した同時に大爆発した。

 落ちる寸前にわかったが、どうやら戦車の砲弾──それも装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSだろう。信管は遅延信管だと思うが、どうしてこんなものが……

 悩む暇も無いまま、今度は横の壁からまた飛来物が迫る。しかも数十発。

 あくまで映像上とはいえ、身体は竦む。猛烈な爆撃による熱波と衝撃を嘘でも伝わって来てしまうな。

 それが終わったと思ったら、今度は無数の弾幕が十個以上の射線を持ってして撃たれまくる。機関銃か、ガトリング砲かはわからないが猛烈な鉄の雨だ。視界360°その全てが殺傷物で満たされる……。

 ──これを見せられては、嫌でもわかる。

 アリサは……アリサのフォートレスの耐久度を調べるために、この集中攻撃に晒されたのだ……。

「……アリサはこれを、どれくらい浴び続けたんですか……」

「──72時間だ。一切の睡眠も休憩も無く、断続的に攻撃は行われた。特殊耐久爆破実験Special Lasting Explosion ExPeriment──頭字語アクロニムでSLEEP実験と我々は呼んでいた。砲撃、爆撃、銃撃、他にも強酸プールや火炎放射、地中貫通爆弾バンカーバスター、落雷実験、圧壊実験、サーモバリック攻撃……そして最後に、核攻撃N-testだ。これは核実験場にて行われたが、それまでの攻撃は全て旧第1実験場最終防御試験場にて行われたのだ」

「…………」

 言葉にも、ならない。

 どうしてそこまで残酷なことが出来るのか。当時の研究員は何も思わなかったのか……。

 魔獣の、ゾディアックの能力を調べるための実験とはいえ、外見上は幼い少女を……そこまでして痛めつけられるのかよ……。

 ……フォートレスは確かに無敵の防御だ。俺も何度となくその強さを実感している。

 だが、中に居る者の精神的なバリアにはならない。

 どんなに孤独だっただろう。どんなに恐ろしかっただろう。

 今、こうして仮想の攻撃を受け続けている俺でさえ萎縮する仕打ちに、しかも三日三晩耐え続けたとは……。

「SLEEP実験の他にも、のいくつかはここでは行われていた。魔獣戦争中期においては対魔獣及び対ゾディアックにおいて、かなり貢献した研究施設でもあったのだ。……それを察知したのだろう。ゾディアック・サジタリウスによる超々遠距離攻撃の、目標となったのだ」

 ゾディアック・サジタリウスによる攻撃……地球全土を射程圏内とするサジタリウスは、人工衛星を破壊した後に各所の重要施設や最前線の攻撃を今も行っている。その一つが、ここにも……。

「結果として、研究所は破壊された。その後、さらに重要機密の残骸を破壊するために核実験と称して全てを証拠隠滅。結果、このクレーターが出来上がったのだ」

 サジタリウスと証拠隠滅の核攻撃によって生まれた、このクレーター。

 爆心地──グラウンド・ゼロである。

 確かに、足で踏んでも何も音がしない砂地だ。広島原爆での被害者の証言と一致する。全てが砂地となりて音を吸収してしまう静寂なる死地──核の惨状そのものだ。

「だが、完全に全てを破壊出来た訳では無い。特に、『地下』だ。アリサ・エルゼンはそこを調査するために派遣されたのだが……結果として三日間音信不通状態である。……どうか、彼女を助けてくれ……君もわかっているだろうが、今回の件は彼女の身に何かあった……という訳では無いだろう。フィーラを倒せる敵はゾディアックしか居ない。故に、彼女が消えたのは……その精神的な問題にあると言える……。もう、我々ではどうしようも出来ないのだ。だから、──地下では何らかの通信障害によって我々はサポートが出来ない……頼むぞ、アスク・シンドウ」

 アリサが自らの意思で行方をくらました……最悪の展開だ。既にもう──なんて想像はしない。アリサは生きている。生きているんだ……!

「──絶対に、俺が、助けます」

 そう、固く誓って俺は通信を切った。


 ──さて、まずは手がかりからだ。

 目的地が地下となると、どこかに穴が開いているのかもしれない。核攻撃や自然の環境変化で潰されているとはいえ、アリサも向かったはずの道はあるだろう。だが、この何も無い砂地のクレーターでどうするのか。

 ……まずは目で見るしかないな──と、地面をくまなく調べていると何か違和感を覚える。

 一点を──いや、逆に視野を広げて俯瞰して注視するとそれを検知したのかジークフリートが解析を始める。

 すると、どうやら小型のトンネルのようなものが存在するらしい。それが、地下にまでずっと伸びている可能性があるようだ。

 嘘だろ、と思いながらもとりあえず手頃な円匙スコップ……は無いので腰に下げている超々抗魔刃魔剣──バルムンクを該当箇所に叩きつけると、確かにトンネルのような穴が現れた。奥深くまで続いているようで、解析通りである。

 飛び散った破片を見るに、上部を固い砂で固めていて蓋のようにしていたようだ。穴もかなり綺麗に作られている。これは、人為的……なのか? それとも、何か動物が作ったかのような……いや、まさか魔獣が? だが可能性は低くもない……こんなアスムリンの研究所の近くでなんて末恐ろしい話だが……。

 思考しながらも、何回か力を込めて剣を振り下ろす。幅広の剣とはいえ生身なら作業は難しかっただろう。だが、ジークフリートによる筋力強化によってそれはすぐに終わる。

 多少着膨れしている状態でも十分入れる大きさまで入口を拡張した所で、再度底を覗き込む。

 入り口とは違い、トンネル道中は十分な直径で出来ているようなので途中でつっかえるということはなさそうだ。もし出られなくなったら俺も行方不明になり、木乃伊取りが木乃伊になってしまう。二重遭難は避けなくては絶対に避けなくてはならない。

 「……よし、行くか」

 勇気を奮い立たせるための独り言を呟き、覚悟を決めてバルムンクをつっかえ棒にしながらゆっくりと下に降りる。

 トンネル内は……思ったより広いな。高さも3mぐらいはあるだろう。形としては少し歪な円形状であり、手作業と機械で同時に掘ったような印象を受ける。そして、当然のことながら完全な闇の中だ。ここはまだ俺が開けた入り口から光が漏れてくるも、少し距離が空くと完全な闇が広がっている。

 地面に降り立つと同時に自動で暗視機能が機動し、昼間と変わらない明るさの視界になる。赤外線か、微光増幅装置か或いは俺の知らない原理かは不明だが、着色機能まで明瞭な辺りAIの自動補正も入っているのだろう。

 一応、フラッシュライトは頭、肩、腕の三カ所に装備されており、全て照射角度も変更可能なので広角・狭角両方で使える。だが、今ここでライトを使うと何者かに存在を察知されてしまうので使用できない。それが人間なのか魔獣なのか、はたまた正体不明の何かはさておき、今の段階ではひっそり潜入してアリサを探したい段階だ。

 また、ジークフリートの暗視機能では突然の閃光に関しても目が潰れるということは無いとの説明も視界下に英文で表示される。異常な光の増幅が確認され次第、瞬間的に暗視機能が解除されるようので、暗視機能に頼りきりの弱点も無いという訳だな。

 ジークフリート本体からの使い方サポートも受けつつ、辺りを慎重に探りながらとりあえず前に進む。

 トンネル内は広いとはいえ剣を扱うには不向きな環境だ。ここで有効な武装なのは銃火器──それも拳銃だろう。武装の一つである特殊拳銃をホルスターから引き抜き、それを構えて進んで行く。

 ジークフリートの内蔵レーダーによる周囲走査によって地下トンネル内の構造も少しだけ判明し、それが小さく視界に投影されるも……まさしく迷宮といった様相だ。

 これでは、アリサの精神状態に関係なく単に迷ってしまって出られない……なんて可能性もあるな。

 そして詳細な解析結果も表示されるが、どうやら99%の確率で魔獣の仕業らしい。

それには俺も同意だ。魔獣が地下陣地を構築することは珍しくはない。単に攻撃を避けるための塹壕や、敵陣地攻略のための坑道戦術による地下トンネル等、人類が扱う戦術よりも多岐にわたって構築する行動が見られる。

 だが、肝心の魔獣の姿は見られない。ジークフリートも、魔力の痕跡は今のところ確認出来ないとしている。

 そもそも、魔獣が居ることをデューズ博士やアスムリンは把握していたのか。その上で、アリサや俺を派遣したのか。戦える者を派遣することはわかるが、ならばアリサに与えられた偵察任務とは何なのか。

 この研究所跡地、そしてその地下に一体何があるのか。

 魔獣が作った地下迷宮なのは間違いないのに、作った魔獣が居ないという謎もある。アリサが居た研究機関の跡地でありその地下なのだから、魔獣戦争後期に作られているので年数が経っている訳でも無く、放棄であればむしろ早すぎる。

 この浅いところには居ないだけで魔獣軍はもっと深い底に居るのか、或いは横方向に移動して別の場所で新しいトンネルを作っているのか。

 その場合はアスムリンの今使っている地下研究所に接近しつつある可能性も出てくる。そうであればマズイ状況だ。

 別にあそこに居る研究員達が魔獣に襲われて良いとは微塵も思っていない。確かに彼らは非道な研究をしていることもあるが、だからと言って死んでくれと願うのは違う。なんとか改心してくれれば──いや、違うな……。

 結局俺もどこかで、そういう研究が必要なのだと受け入れてしまっているんだ。世界規模での大戦争という未曾有の危機に対して、時に人間は理性を捨てなくては……人間性を捨てなくては、勝つことが出来ない場面も出てくる。

 よって、人間性を捨てられる狂気の──この時代においては逆に正気と賞賛されるかもしれない彼らを必要だと思ってしまうのだ。

 ──だが、時にはその人間性を持ってして個人の尊厳を尊重することも必要になってくる。相手を人間として扱い、真っ当に対応しなくては救えない命もある。そのために、俺は俺であり続けるんだ……。


 暗黒の地下迷宮を手探りで歩くこと数十分。解析したマップデータは順調に広くなっていくものの、魔獣とアリサの痕跡はなかなか見つからない。魔獣への対応に意識を集中しつつ、アリサを見つけることに全力を尽くしても手がかり一つ見つからないとなると、心身ともにかなりすり減ってくる。

 魔獣はともかく、アリサに関しては本当にここに居るのか──また何かの策略かという邪推が上がってくるほどだ。

 唯一助かったのは、地下構造にありがちな縦穴がほとんど無かったことだ。今のところ入り口と他に数カ所だけであり、それらも別に深くはなかった。基本的に横か斜め下に緩やかに下っていく構造で、アリの巣とはまた違う特異な構造である。何となく近しい感覚がしており、どこかで見た気もするが、今は思い出せない。

 また、基本的に狭くないのも良かった。が、これは多分魔獣がわざと広めに作ったのだとわかる。移動時につっかえないようある程度広く通路を作っておく方が良いからだ。

 この地下迷宮についてはある程度慣れてきた頃合いだ。しかし、現状の捜索意識では何も手がかりが得られない。今まではただ道すがら彷徨ってきただけだが、何か方針を決める必要がある。

 ──頭にある作戦は、一つだけだがある。

 アスムリンの地下研究所からの連想だが、あそこも重要な研究区画ほど地下の底に配置されていた。

 ならば、魔獣軍の本隊か、或いは何かしらが一番深い所にあるのかもしれない。アリサの行動痕跡が皆無なのも、地下深くで行動しているからとなると説明がつく。

 他の作戦も思いつかないし、これ以上進んでも時間の無駄なのでより底を目指して歩き始める。

 巧妙に隠されてはいたが、より深い場所に通じる縦穴はいくつかジークフリートが発見している。だが、構造的に下から上に戻ってくるには困難だと分析結果が出ていたのでそこからは進めなかったのだ。

 これは単に、縦穴の長さが深いからである。重力によって、下がるのは容易でも昇るのは困難だ。

 ジークフリートのパワーがあれば何とか壁をよじ登りながら戻ることは出来るだろう。だが、最下層でエネルギーが尽きたり、魔獣との戦闘で故障すれば一気に窮地に陥る。

 それでも、もうこれしか望みは無さそうなので意を決して降りて行く……。

 慎重に降りること数分。

 降り立った地の底には巨大な空間が広がっていた。

「何だこれは……」

 思わず声に出てしまうのも無理はない。明らかに不必要な、まるで大聖堂かのような厳かな装飾が柱や壁といった居たる箇所に備えられている。全て地面から掘り出したものではあるのだが、圧倒的な芸術性に息を呑む。それこそ、フランス・オルレアンで見たサン・クロワ大聖堂にも匹敵する様だ。

 そしてなりより異常なのは、ということ。この空間だけ、何処からか光が照らされているのだ。

 ジークフリートの暗視機能も停止している。それほどまでに、光量が強いのだ。

 地上の光を鏡で反射しまくって持ってきた──にしては強いので、これが魔獣の意図した建築設計によるならば何らかの魔術で光を増幅しているのかもしれない。

 そして──教会で言うならば祭壇の所に──アリサは居た。

 遠目からでも分かるが、服は数カ所がボロボロとなっており、綺麗な茶色の髪も薄汚れている。

 それでもなお、存在しない教会のシンボルに祈りを捧げているように座っているのは……酷く痛ましい。

「……アリサ。俺だ。久し振りだな」

 暗視機能も要らないのでジークフリートの頭部パーツを外して素顔を見せながら、ゆっくりと歩み寄って優しく声をかける。

「……アスク、さん……」

 振り返ったその顔は……全てに、諦めている顔だった。

 ああ、この優れた少女が単に道に迷っている訳など無かったのだ。

 ──迷っているのは、自分の人生。存在意義、そのもの。

 あと一歩で、自ら終わりを迎えようとするその限界の精神性は──

「アリサ……俺は……」

 声をかけようとして、詰まる。たった一手の行動で、もうどうしようもなくなってしまうんじゃないかと。俺のこの行動で、その一歩を図らずも押してしまい──俺がその原因に……考えてしまうと、上手く喋れない。


 ……アリサの意思を尊重すべきなのか……。

 真に彼女を思うのであれば、そうさせてやるべきなのか……。


 ──だが、俺は誰にも死んで欲しくない。

 エゴだと言われようと、救える人が居るのなら、救うのが俺の生き方なのだから。

「……なあ、アリサ。話を聞かせてくれないか。アリサが、今、何に悩んでいるのかを。……アリサがずっと、俺に出会う前からも、ずっと、心の深くに隠していた、その秘密を」

「……アスクさん…………」

 心優しい彼女が隠し持っていた、精神不穏の元凶。

 それを何とかしない限り、救えないと判断して俺は彼女に告白を望む。

 ……俺の覚悟を受け取ったのか、アリサは小さくうなずいた。

「わかりました……お話、しますね……」

 アメリカに来た時から固く閉ざされていた心。ずっと沈黙していた、秘密。

 その重たい口を、ついに開き始めたのであった……。

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