第16話 最も完璧な羊
ジークフリートの実験から地下研究所に戻ると、正面玄関の所でレグナグレ博士が怒り心頭といった表情で待ち構えていた。
久しぶりに会ってこの態度を取られてしまうと身構える所じゃ無く、一体何がそんなにこの人を怒らせてしまうのだろうという静かな疑問になってしまうな。
「シン・ボーイ!! 貴様ッ、何故外に出たッッ!!!」
何だと……? レグナグレ博士にまで俺の外出要請が届いていなかったのか?
「デューズ博士から連絡が無かったんですか」
「そんなものは無いッッ!! 貴様はもう良いッ! おい、コイツを連行しろォ!!」
レグナグレ博士が叫ぶと同時に、後ろに控えていた警備員達がぞろぞろと出てきて俺を拘束しようとしてくる。クソッ、またウロボロス実験でもかまされたら死にかねんぞ。だが、ここで抵抗する実力と権限は俺には無い……階段に戻って逃げたとしても地上にはアスムリンを匿う米軍関係者しか居ない。その中には当然レグナグレ博士の協力者も居るので丸腰の俺に為す術は無い。
黙って連行されるのも癪に障るが、敢えて沈黙を選択する。余計に情報を与えては語るに落ちるし、どうも俺が喋ることにすらキレてくるようなので虎の尾を踏まないようにする。尤も、その虎に寝床まで引きずられている状態なのだが。
しかし、ここで素直に従うだけじゃ面白くも無い。なので警備員に対して多少は抵抗しつつも、その裏ではレグナグレ博士の一挙手一投足を観察してその思考を探っていく。
「まったくッッ、トム・ボーイといい他の連中といいスコーピオンの能力の危険性を理解していないッッ!! 特にウイルスだ!! アレナウイルスでもマールブルグウイルスでも撒き散らして見ろ! 一瞬でアウトブレイクで死屍累々だッ! だからここはバイオセーフティレベル5──魔力すら封じ込める研究施設だと言うのにッッ!! だがッ一番は私の研究を妨害したことだ!! 帳尻合わせをしなくてはッッ……やはり例の実験をやるしかッ…………」
頭を酷く掻きむしりながらも、ブツブツと何か良からぬことを企んでいる博士。
途中の懸念事項は、当事者ながら俺も一部同意するところにはある。だが、とっくの昔に俺の反抗的精神の疑い──人類に仇なすかどうかの判定は白黒付いているだろうし、そもそもそんなヤバいウイルスは作れる気がしない。現時点でも、生成対象が僅かにでも必要なのが俺のマカブルの使用条件なのだからそこまで心配する点も無いだろう。
バイオセーフティレベルに関しても、入る時と出て行く時に徹底的な消毒作業が求められる隔離施設の条件なので、あんな簡単に階段で外に出る──というのは重大な規則違反でもあったに違いない。この場合は俺が体内魔力保有者で、容易に魔術テロや能力テロを起こせるからの脅威度ではあると思うので、前述の非反抗精神で打ち消されるが。
──結局は自分の研究スケジュールに対して
……しかし、どうしてデューズ博士とマリーさんが嘘をついてまで俺を外に出させたのだろう。やったことと言えばジークフリートの装着テストだけだ。あれにそこまでの意味があったのか……? 二人に聞くために何とか抜け出す隙を伺うも、その気配に気づかれて余計に包囲網を狭くされた。これでは無理だな……。
──少し、良からぬことを考え始めてしまう。
だが、今のレグナグレ博士は異常の中の異常だ。ここに居ては命がいくつあっても足りない。何とかして……脱出の機会を探っていく必要がありそうだな。
身体で反撃出来ないのであれば脳内で──という風に現実逃避していると、そのまま謎の大空間に到着し、そこで解放された。
この地下研究所の施設で、一番の空間容積である場所だ。まるで何かの兵器実験場か、それこそロケットエンジンの点火実験でもするんじゃないかというレベル。俺が把握出来ていなかった謎の空間容積の大部分の正体がこれか……。
ウロボロス実験の再来かのように一人ポツンとまた残されてしまうのは恐怖でしか無い。ドアも電子音と共に完全にロックされてしまったので脱出も出来ない。他に出口も無いだろう。
そして、博士とその一行がかなり上にあるガラス窓からその顔と身体を覗かせてくる。
何かの実験場であることは確かだが、俺がイメージするのは大病院の手術部屋だ。
自衛校の衛生科コースで、小さい部屋だったものの手術室の様子を見学するための見学室で見学させて貰ったことを思い出す。見学室自体は一部の大学病院でもあるにはあるが、かなり珍しいものである。衛生科コースでも教育の一環ということで、自衛隊が協力して新設された大病院で用意されていた。
手術を担当する執刀医の手元は遠くからでは見れないのでそこはカメラ映像で見つつ、その他の人達の動き──第一助手や
本来の見学だと、同じ手術室に入って地面に台を置いて上から覗き見るとかが基本だが、現場で何十人も見学は狭すぎて無理なので遠くから見学室で、ということになっている。
──そんな風に、昔を懐かしみながらも俺は冷静に周りの様子を見ていく。だが、特に何かある訳でも無いようでただ一面白の壁だ。カバーが開いてまた毒ガスでも流れ込んでくるんじゃないかと思うとこの前のトラウマで口元が歪む。万一の時に備えて入口の場所を再度確かめつつ、例え目が見えなくなっても辿り着けるよう脳内に強く記憶しておく。
再び、仇敵レグナグレ博士に視線を向けると、隣のガラス窓になんとデューズ博士とマリーさんが出てくる。共に心配そうな表情だ。マリーさんはともかくデューズ博士までそんな顔をするなんて、よほどこの状況──この実験場はヤバい所らしい。
様子を見るに、あのガラス窓は一個の見学室では無く、二個の見学室なのだろう。だが、その仕切りもガラス窓と同じく透明なようで、レグナグレ博士は二人の方を向いては怒って叫んでいる。その声は、実験場内の大型スピーカーを通してこちらにも聞こえてくる。
「貴様らッ! 何故外に出したのだッッ!!」
だが、続く言葉でさっきの俺のように拘束してこいと部下に命令は出していない。多分、二部屋あるのなら扉のロックも出来るのだろう。どういう権限のバランスなのかは知らないが、今のところは互角のようだ。
それに、二人の周りにも数人だけだが研究員と警備員の姿が見えた。多分二人の仲間だ。例え開錠されて無理矢理乗り込んできたとしても人間の壁で守られるのは俺としても安心である。
レグナグレ博士に盾突いてなお、二人の安全は確保されている。アスムリンは一枚岩ではないことは知っているが、派閥対決が上では行われているようだな。険悪な雰囲気的には昔の学生運動を想起してしまう。
本当は二人に事の真意を聞きたいものの、ここではレグナグレ博士も居るのでそれが出来ない。かといって、二人がドアのロックを開けてくれる様子も無いので権限的に出来ないのだろう。あの部屋同士の権限は互角だが、この実験場に対する権限は最初に入っていたレグナグレ博士側の部屋の方が上らしい。
二つ部屋がある理由は謎だが、研究員用のオペレータールームと
「あああああ!!! もうたくさんだッ!! 最終防御試験『SLEEP』をやるぞッッ!!」
「──!! 博士ッそれは!?」
「ダメです、危険すぎます!!」
ついに全ての
だがそれは、博士と一緒に居る研究員達すら慌てふためくワードだ。
「レグナグレ博士!! それは凍結された実験だ! あなたであっても実験資格は無い! 断固反対だ!!」
「黙れ黙れ、やると決めたらやるぞ! すぐに準備にかかれッッ!!」
デューズ博士の忠告すら拒否して断行しようとするレグナグレ博士。これはマズいな。身内が危険だと言っているのがいよいよ
今すぐやれ! しかし! という応酬がマイク越しに聞こえてくる。隙を突く場面としては今がチャンスだが──
「新藤さん! これで脱出してください!」
マリーさんが身を乗り出してマイクに顔を寄せながら俺に叫ぶ。
すると、ガラス窓の下方向、俺の見ている方向の壁が一部展開されて、何かが乗った台がせり出してくる。見学室から搬送機で送られてきたのか。
急いで近づいてみると、それは拳銃──しかも、見覚えのあるSFP9拳銃だった。
僅かな傷や劣化具合から、間違いなく俺が使っていたものだとわかる。アスムリンに来た当初、財布や携帯電話と一緒にマリーさんに渡したものだ。
拳銃……ドアの電子錠コンソールにでも発砲してぶっ壊すのかと思って弾倉を引っこ抜くも弾は装填されていない。
「見ろ!! この落胆ぶりを!! 弾入りのやつを私が許可する訳ないだろォォ!?? マリーよ、お前もまだ若いのに
マリーさんへの暴言は聞き捨てならないが、恐らく見学室から何か物資を送るには互いの許可が必要になるのだろう。さらに言えば、ドアのロックからしてレグナグレ博士側の方が権限が高いので、許可したのは完全に舐めているのだ。俺と、デューズ博士、マリーさん、他の仲間の人達の抗いを……。
だがマリーさんは無意味に弾切れの拳銃を送るような人では無いはずだ。絶対に何かある……!
「ほう、まだ諦めていないのかシンボーイよ。であれば、一応向かわせておくかァ? よしッ、隣は良いから下に行けッ!!」
しかし、念には念を入れよということでレグナグレ博士も俺の不穏な動きに対策を講じて来た。デューズ博士側はその応援に対抗できるほどの人数も居ないようで、かなり険しい顔をしている。後ろに居る仲間も見学室同士のアクセスの奪い合いに全力を出しているとかでこちらに顔も出してこない。
クソッ、どうする。脱出までの時間制限が生まれてしまった。すぐに降りてくるだろう。直接この部屋に入って来なくても、ドアの前に数人待ち構えているだけで脱出作戦は頓挫する。
マリーさん……何を、何のためにこの拳銃を……。
直接ヒントを言ってこないのは、それを言ってしまったらすぐにでも対策されてしまうものなのかもしれない。或いは、それを踏まえたブラフで本当はもっと単純な仕掛けなのか……ダメだ、わからねえ……!
頭を抱える俺に対して、レグナグレ博士はなおも煽って来る。
「あ~こうしてみるとあの羊は最高だったなァ……ああも私達に協力的だったのは今思えば貴重だったなァ~」
──畜生ッ! 今の発言はアリサのことか!?
アリサもここで、何かされたのか!? ああダメだ、イラつかせてくれるなあ、これも番外戦術かよ、何とかして思考に集中だッ……だが、一筋の光も見えてこない……弾切れの、拳銃……。
自分ではどうしようも出来なくて、ヒントに甘えるために上を見上げると──マリーさんが無言で何か手で合図を送っていた。その壮絶な表情が俺に何を伝えようと必死であることを示している。
俺は眼が良い方ではあるのでここからでも何とかその手元は見られる。……だが、何だろうかあれは。右手で人差し指と中指を上げているポーズ。説明するならば、まずは人差し指一本を天に立ててから、中指を45度の角度で伸ばし、それを親指で支える形……多分、何かのハンドサインか。
──いや、あれは見覚えがあるな。『指文字』だ。
聴覚障害向けの手話や手信号と同じ、身振り手振りの表現で情報を伝えるためのハンドサインによるコミュニケーション方法の一つ。俺が知っている理由は、衛生科コースでそういうのを少しだけ習った経験があるからである。ハンドサインの重要性は軍隊では知られているが、室内戦等の特殊部隊として教育する方針では無かったためあまり取り入られることも無かった。が、市街地戦では使えるし、気合の入った生徒は自分達でハンドサインを勉強していたので俺もその一環で指文字を知っているが……どうにもあれは日本語のやつじゃないな。
となると、土地柄的にも、英語……アルファベットの指文字か。
流石に昔のことなのでほとんど忘れかけている。が、何とかABCの順で思い出していく。
そして、Kの時にまで行った時にハッと脳内に電気が走る。
そうだ、あれはKだ。Kを意味する指文字だ。そして、Kと言えば……!!
まさか、と思って拳銃を分解する。──これだ! いや、これでか!? だがやるしかないッ!!
拳銃の内部から出て来た『
そして、紙幣を電子コンソールにかざして数秒──永遠にも感じられる沈黙を待つと……ピーと開錠音と共に、ドアが開いた──!
瞬間、一気に身体を滑らせて実験場から脱出する。
やったぞ、このドル紙幣はマイアミでマイクにスられないよう隠しておけと言われていたものだが、思い返せばこれはスパイ博物館にて入場料を返金されたものだった。副館長でかつ俺達の協力者であったクロイツさんはタグ入りにすり替わっているとか冗談で言っていたのだが、まさか冗談では無く、端末のロックを一瞬で解析しハッキングする程のICタグが仕込まれているとは……。恐るべしCIAの技術力である。アスムリンも最強では無かったな。
確かにこれを言ってしまうと、パスコードか何かを書き換えられてしまえばそれでオシマイだった。マリーさんの機転はナイスである。どこでこれを知ったのかはわからないが、俺から預かった時に分解でもしてそれで出てきたデューズ博士か誰かに渡して解析して貰って発覚したのかもしれない。それを、今に至るまでに拳銃に隠して最適の場面で俺に渡すことが出来るのも、素晴らしいファインプレーである。
一度、こうして電子錠を突破してしまってはこのミニアイテムで二回目のハッキングが通用するとも思えないが、何かに使えるかもしれないので御守りがてらポケットに仕舞っておく。
そして走りながらも拳銃を再度組み立てて──スライドを外しただけなのですぐ終わる──研究所を脱出するための道筋を頭の中で構築していく。
後ろから大音量でレグナグレ博士の慌てふためく声が聞こえるも、もう遅い。三十六計逃げるに如かずだ。
戦って死ぬならまだしも、狂った博士による実験で玩具にされて死亡なんてマジで笑えない冗談だからな。ガチギレしたレナがここに総攻撃でもしかねない。
……なんて自分にとって都合の良い妄想を考えつつ、脳内に蓄えた研究所内の地図を浮かべながら廊下を走って行く。
すると、通路を曲がった先で遠くの方に警備員が居るのが見える。視線が合うと、向こうも臨戦態勢を取って待ち構える様子。俺を確保するためにここまで来ていたようだな。一応、ルートはギリギリ遠回りにならないように、かつ普段は使われていないルートを使っていたのだが流石に人海戦術で負けてしまったか。それか監視カメラで先回りされたか。
だが、相手も丸腰のようだ。武器も無しに、非番の人が急遽駆り出された構図にも見える。防具だけ装備して、後は警棒も無しに確保に回されるとは
俺が弾切れの拳銃をチラつかせると、少しだけだが張りつめた顔になる。どのタイミングで博士から派遣されたかは不明だが、たとえ弾切れであるという情報が出ていても、現場で銃を見せられては警戒してしまうのは当たり前である。警備員側も完全防弾装備では無いので拳銃程度でも十分な
俺も走りながらの照準となると、仮に撃てたとしても命中しづらいのは確かだ。そもそも拳銃の有効射程距離というのもあるので、ギリギリ粘って3mだろうか。そこまで粘っても撃たないと、装填されていないという方に賭けられて無視して来る可能性も高く、多少の勝ち目を信じて立ち向かってくるはずだ。
だが、俺も譲れない。もう十分に研究しただろう。後はこうした極限の緊張感の中、現場で培う段階だ。部屋に籠っての実験だけでは人間は成長しないし、物事は進展しない。たまには外に出て知見を広げて経験を積まなきゃ、良い成長にも繋がらないしな!!
「
「
戦闘の狼煙とばかりに、罵り合いという名の戦うぞという意思表明が交換される。
流石にアスムリンに勤めているだけあって向こうも本気だな。だが俺も本気だ。
ギリギリまで撃てない拳銃で照準しながら全力で走って行く。
ジークフリートを装備していれば、成人男性12倍の出力で簡単に押し通れただろうが、今はただの1倍分の出力だ。素手でのタイマン勝負──
唯一のアドバンテージである拳銃も、残り距離が縮まっていくと同時にその有利さも急速に消えていく。そもそも、弾が入っていたとしても
だが、3mまでは使えると信じて──その距離に達する瞬間に今だ! と判断して警備員の脚に照準する。
殺人を避けるために脚を撃って無力化させるという
向こうもそれに反応して、射撃させないために斜めに避けながらも敢えて突っ込んでくる。
よし来たぞ、予想していた回避行動だ──!
半ば自滅にも近い突進だが、後ろに避けても狙われ続けるのなら前に活路を見出して突っ込んでくるのも一つの手である。さらに、この廊下も狭いので、横にも逃げづらい。
タックルのようにして俺に突っ込んでくる──多分、元アメフト経験者だろう。姿勢を低くしつつ俺の下半身をもぎ取ろうとしてくるその動きは避けづらいものがあるが──俺には秘策がある。
さっきのジークフリートの実験。
魔獣の血を身体に纏ったその状態。そして肌感覚。
そこで俺は、魔力の流れを掴んだ──!!
魔力を身体に纏わせるイメージ──先程までの……殺気を纏う感覚で。数時間もすれば忘れてしまうだろうこの肌感覚は、だがしかし今ならまだ鮮明に思い出せる。
全身は難しいだろう。だが、下半身──足腰だけなら出来るはずだ。
殺気と同時に活力が足腰に伝達し──確かに魔力を身に纏う手応えが帰って来る。
これなら──いける!!
警備員へのタックル。
それに対して、右足を踏みしめて高く、高く飛び越える。
廊下の天井に左手をつきながら、勢いのバランスを取って身体を前に投げ出す。そのまま、
「
急に身体性能が上がった俺の様子を見て驚くも、俺は先を急ぐので後ろを見ることも声をかけることも出来ない。驚かせて悪かったな、だが先に行かせて貰うぞ。
──今のジャンプでわかったが、多分魔力の身体強化としてはレベル2程度にしかなってないだろう。これでは動物の身体性能と同等程度である。人間で言えば、オリンピック選手レベルの人類の身体出力限界付近といったところか。
結局の所、ちゃんとした魔術術式に魔力を通しての方法では無くイメージのゴリ押しで魔力を筋力強化に使っているので上手く強化出来ていないのもあるのだろう。だが、こうした不意打ちの突破には使えることが証明出来たな。
しかし、急に目の前に出て来られたり武器を持って待ち構えられればそれは無理だ。今はまだ魔導防壁やフォートレスを展開することは出来ない。避けて突破するしかない。
身体は全力で走りながらも、脳内でも全力で移動先を選定していく。
……妙に頭が回るな。これも魔力強化の一種か? であればフィーラの子達が頭脳明晰なのも納得の話だ。脳内の血管や神経網に直接作用することで、シナプスの電気信号伝達が活性化しているのかもしれない。もしくはただの
そのまま研究所内を疾走し続ける。途中、無関係な研究員と出会って驚かれるも気にしてはいられない。申し訳ないと思いつつも、人間と出会う度に拳銃を向けて相手が驚いている間に走り抜ける。
息も切れないのでこのまま全力を維持できるぞ。だが、最後の関門が待ち受けている。俺はここしか脱出経路を知らない。あの、魔の階段だ。
階段までの正面廊下──入口近くまで辿り着くと予想通りに階段前には数人の警備員が待機していた。武器類や盾の装備をしていないメンツなのは良かったが、ああも固まられていると無理矢理突破も出来ない。レベル2身体強化では、拳に魔力を付与して殴りつけたところで一人倒せるかどうかだ。魔力中毒も、レベル2では大した症状にもならないしアスムリン関係者なら抗魔ワクチンを接種済みだろう。
彼我の実力からして、一人なら正面からのタイマンでも勝ち目はある。だが、二人目でその望みは薄くなる。三人目ともなれば絶望的だ。しかも、順番で勝負させて貰えるのでもなくチームワークで同時に来られるだろう。
あそこを突破するのは……無理だ。どうする、最後の最後でダメだったか──
「シンドーさん! こっちです!」
聞こえた声はさっきまでずっと話し込んでいたジョニーのそれ。急ブレーキして、声の聞こえた方角に
向かうとそこは──こんな所にあったのかよ。隠されたエレベーターがあてその中にジョニーが居た。研究所に用があったのか、それともここに自室か研究室か何かあるのだろう。いずれにしてもナイスタイミングだ。
「デューズ博士、今シンドーさんと会えました! 地上に行きます!」
口元のマイクに話しかけながら、俺がエレベーターに入ると同時に扉を閉めて複雑怪奇に配置されている無数のボタンを出鱈目に押していく。おいおい、大丈夫かと思った瞬間にとんでもない重力加速度と共に一気にエレベーターが急上昇する。ああもう、何かの秘密コードを入れてリミッター解除からの急上昇をするのであれば前もって言ってほしかったなッ……!
しかし、この速度なら行けるぞ。どこかに資材搬入用のエレベーターがあると思ってたが、階段のこんな近くにあるとはな。
「シンドーさん、このままドラッケンフェルスまで戻りましょう!」
「ここを出て行く当ては無いが、どうしてそこなんだ!?」
「シンドーさんは行くべき場所に行かなきゃいけないんです! そこで助けるべき人が居るから! そのためにジークフリートが必要なんですよっ!」
俺が、助けなくちゃならない人──まさか!!?
「それはッ──」
「アリサ・エルゼンです!! 三日前から行方不明らしくて!」
「ッッッ!! クソッ、わかったッッ!!」
なんてことだ、そんな事態になっているとは! 捜索チームは当然出しているだろうが、それでも見つかっていないとなると大問題だ。アリサ……今どこに居るんだ……。
俺の脱走作戦が何とかなりそうになったと思ったら、今度はさらに深刻な事態が発覚した。しかもそれは、世界のパワーバランスを揺るがすとんでもない内容である。今後のゾディアック戦にも影響するし、魔獣戦争の行く末も変わるレベルの大事件だ……。
今はただ、ひたすらに彼女の平穏無事を祈るしか出来ない歯がゆさと、不安と、そして今の俺なら何とか出来るかもしれないという希望感が──この閉塞した予感を打ち破ってくれと思いながらも上昇する衝撃に耐えるしかないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます