第6話 ドラド・エスケープ

 作戦開始時刻2分前。空には朝焼けが現れ、今か今かと太陽の目覚めを待っている。

「時間だ、やるぞ」

 直前までウルヴァリンのメンテナンスを行っていたマイクが顔を上げて、周辺警戒していた俺達に声をかける。いくら防弾車とはいえ、ダメージは確実に積み重なっていく。出来る限りの応急修理を済ませてから作戦に臨むというマイクの責任感が感じられる。

 ウルヴァリンで突っ切るといっても、戦闘は避けられない。そのため、全員が車内に乗車ではなくフィーラ二名はで待機だ。普通の子供なら目も当てられない危険な行為だが、彼女達は普通とは違う。襲撃に備えて、『最強の盾』であるアリサと、対応力に優れてつ攻撃と補助も出来るレナの二人が車外に出て応戦する形だ。これは魔力耐性の無いマイクのことを考えての陣形でもある。車の金属板という壁を挟めばレベル5魔力残滓でもある程度は有害性が少なく出来るし、ウルヴァリンの防弾装甲が分厚いということも考慮した結果の陣形である。

 そして男性陣二人の役目はサポートである。配置自体は左側運転なのでそちらにマイクが座り、右にある助手席に俺が座る。空いている後部座席には荷物や調達した武器類を置いている。

 役目としてはマイクはウルヴァリンの運転。自動運転に頼らずに、緊急時の暴走運転アドリブを担当──奇しくも、俺に運転させるために言っていた方便を自分で実践することとなった。

 その一方で、俺はあらゆる状況に臨機応変に対応するための予備戦力という役目を与えられた。最初の内は遊兵になってしまうが、戦闘になれば絶対に人手が足りなくなる。そういう場面で、俺がウルヴァリンの護衛に回るかもっと離れて戦うかの選択肢を自分で考えるという訳だ。かなり難しい任務になるが、これはスコーピオン討伐戦での極限状況における戦況判断能力を買われてのことらしい。そのような評価をされることは光栄に思うが、だからこそその役目に答えられるよう気を引き締めて戦いに臨まなくてはな。

 そして──今まさに地平線から太陽が昇った。

行くぞLet’s roll! 地獄のハイウェイ2時間の旅だ!」

 エンジンを始動させて貂熊ウルヴァリンも目覚めの唸り声を上げる。

 すぐさま駐車場を飛び出して目の前の大道路に勢い良く入る。時間帯やナルコスの騒動もあってか比較的交通量は少ない。これなら、俺達の戦いに一般人を巻き込むことも無いだろう。

 そのまま国道1号線──遥か彼方の北方にあるカナダ国境付近から続く東海岸の主要高速道路──を猛スピードで走って行く。このまま直線道路に沿って南下すればやがて終着点であるキーウェストに着く。

 10分ほど経つと、今までも飽きるほど見て来た高速道路の景色──鬱蒼と茂る木々の隙間から、僅かに海の水色が見える様になって来た。ここから海上道路という訳だが、完全に開けている景色でもないのでどちらかというと湖の上という感覚の方が近いかもしれない。

 一本の道路といっても、珊瑚礁が隆起して形成された多くの島々を通る道路なのでそれぞれの島を通り抜ける──つまり、住宅街を通り抜けるような感じだ。何もないという訳ではないので、だからこそ危険である。ナルコス側にとっては待ち伏せしやすい環境だからだ。

 しかし、今のところ襲撃の気配は微塵も確認できない。選んだ時間帯が良かったか? そもそも俺達の居場所がわからなかったか? それとも──今か今かと好機を伺っているのか……。

 不穏な静けさに途轍もない緊張感が漂う。攻撃を仕掛けられる側の不利を感じながらも、だが俺達は妨害を跳ね除けて突き進むだけだと歯を食いしばって耐える。

 それから30分が経ち、1時間が経ち…………それでも何ら攻撃はやって来ない。いつの間にか木々は消えて島と島の間の橋を通る時は完全に海の向こうまで見える景色になったが、ナルコスの気配はまったくと言っていいほど感じられない。

 少女二人を車の屋根に乗せて走っているこの状況も半ば滑稽に思えてきてしまう程だ。だが、決して警戒は緩めない。キーウェストに到着するまでは──そこから空路で南部国境地帯を通り抜けて西海岸に辿り着くまでは気が抜けない。

 ふと、この異様な状況に対してマイクが呟く。

「シンドウ、それにプリンセス達も。聞こえてるか」

「ああ」

「問題ないわ」

「何でしょうかマイクさん」

 俺はジークフリートに装備されているマイク越しに、レナとアリサは首元と耳に装備したマイク越しにやり取りする。

「多分だが、奴らは島内の住宅街の市街地戦じゃ仕掛けたくないんだろう。奇襲攻撃には建物の影からの方が適しているが、万が一、島内に俺達の協力者が居た場合に妨害工作を受ける可能性がある。場所が狭ければそれだけ身動きできねえからな。だから、島と島を繋ぐ橋の開けている道路上で迎え撃ってくるだろうよ」

「確かにな。だが、これまでの橋は短かった。どれもすぐ次の島に辿り着く距離だったが、このまま走っていてもっと長い橋はあるのか?」

「一つだけある。あと10分ぐらいでそこに着くが、『セブンマイルブリッジ』だ。名称の通り、全長6.765マイル──およそ10kmの長い橋があるんだ。迎え撃つにはうってつけの場所さ」

「でも、もっと長い箇所はあったわ。一番最初、フロリダ半島からフロリダキーズ諸島に入る時の道よ。あそこなら陸地に近いし、より適しているはずだったけど」

「確かに長さから見ればそうだが、タコス屋から国道1号線に入ってすぐ分かれ道があっただろ? そっちの道もずっと先に延びていてそのまま進んで行くと高級クラブの別荘地帯に辿り着くんだ。ゴルフ場とか色々とあるが、プライベート空港もあるからそこから小型機で脱出するってのも可能ではある。今回はそれを餌に敢えて遠いキーウェストの方を目指しているが、ナルコスのことだからそっち方面との縁もあるだろうな。だからこそ、アスムリンからの嘘情報ブラフに踊らされてそっち側に戦力を回したのかもしれねえ。まあ要するに、最初の二択の直線道路で賭けに勝ったからこうして途中まで戦わずに済んでいるのかもってことだな」

「成程ね。この辺の地理には詳しくないからよくわかったわ。ありがとうマイク」

「戦いはこれからだぜレナ様。今頃、あっちの方で待ち構えていた幹部連中は粛清を恐れて大慌てで追っかけてきてるだろうさ。つっても、その頃には俺達はキーウェストだけどな」

「複数の場所で待ち構えていたのが結果的には戦力分断に繋がったという訳ですね」

「おう。如何に奴らが兵器運用の技術力に優れていようとそれらを上手く扱うための情報戦についてはアスムリンに勝てるわけねえからな。──さてと、そろそろだぜ」

 セブンマイルブリッジまであと1分。すると、右手に見えるのは空港らしき滑走路──だが、黒煙が上がっている……!

「マイク! あれは!」

「マラソン国際空港もブラフの一つだ! だがナルコスめ、さっきまで攻撃していたなァ。──気にせず進むぞ!」

 マイアミでもそうだったが民間にまで容赦なく攻撃を加える残虐非道な行為だ。この先で待ち構えているのであれば、手前にある空港も潰しておくのは作戦としては正しい。だが、ここまで徹底的に破壊を行うとは……。車の往来はまったく無く、人影も見当たらないのでフロリダキーズの民間人は避難していると考えたい所だが、建物の間から少しだけ見れた空港の様子は最悪で、目立つ大型機は軒並み破壊されている。

 凄惨たる光景から目を背けるように車外から車内に目を移して、運転補助のナビ──走行距離から疑似的に位置情報システムを再現したもの──を見るとこの地点でオーバーシーズハイウェイのちょうど中間地点らしい。

 そして、セブンマイルブリッジの直前になって戦闘の痕跡がついに現れた。恐らくすぐに会敵するだろう。

 速度制限スピードリミット時速55マイルの看板をそれ以上の速度で通り抜けると、一気に木々の緑が無くなって両側に青色の海が広がる。そして、右側に並走するようにもう一つの橋が現れた──瞬間、その橋の遠く奥の方から閃光が迸る。

「──ッ!!」

 山なりの飛翔トップアタックで噴煙を放ちながら真っ直ぐこちらに向かってくる物体。僅かに誘導したのが見えた、あれは対戦車ミサイルジャベリンだ!

 すぐさまレナが反応し、魔力充填直前で待機していたと思われるアルテルフで一発を撃ち抜く。魔導の光線が華麗に直撃してその弾頭を爆発させるも、同時に発射された他のミサイル達が爆炎を抜けて迫る。さらに奥から新たな後続のミサイル群が放たれていく。ミサイル自体は携行対戦車ミサイルのジャベリンだが、機械的な連携攻撃からして生身の人間が撃っているのではなく、遠隔操作銃塔CROWS-Jの改良型か何かで連射しているように思える。まるで多連装ロケット砲カチューシャだ、これではレナでも捌き切れない……。

「アリサ! ひとまず耐えて!」

「了解です!」

「ヨシッ、速度を上げるぞ! 落ちるなよ!」

 アリサによるフォートレスで突っ切るつもりだ。さらに、速度を超えることで発射してきている車両に近づいてレナの攻撃を通し、これ以上の攻撃を防ぐという流れ。戦い慣れている者達の阿吽の呼吸だ。

 俺も見ているだけではダメだ、考えろ。脅威は斜め右前方から迫っている。意識が集中する……だからこそ、こういう時に敵なら何を考える……そうだ、意識の死角デッド・アングルからの攻撃……

 今ある脅威の逆側──車の左側を運転するマイクの横顔の隙間から確認すると、数隻のモーターボートが波しぶきを上げて並走しているのが確認できた──ッ!

「左だ!!」

 俺が叫んだと同時に、モーターボートの後部に備えられていた砲台から閃光が走り、瞬間車体に大きな衝撃が走る。

「ッッガッデム!! 砲撃かッ!??」

「キャッ! 皆さんっごめんなさいっ!!」

 鈍く響いた轟音。ハンドルを取られたマイクが大声で叫ぶ。上に居たアリサも不意を突かれたその衝撃に反射的な謝罪が飛び出るほどだ。

 アリサの防御すら間に合わない、高初速の一撃──いや、防弾装甲を貫通されなかったので直撃ではなく掠めたのだろう。車体左側後部に掠るようにして命中したから車体前部に居たアリサのフォートレスが展開できなかったのだ。アリサは悪くない。

「あのボートだ! 海から砲撃してきているぞ!」

 ジークフリートの頭部に備えられている高精度ズーム機能と映像処理により、搭載されている砲の形状が良くわかる。あれは多分、40mm機関砲ボフォースを改造したものだな。ボートに載せるために装甲板や余計なパーツを外して軽量小型仕様ライトスモールにしているため、高速で航行する際の揺れによって安定性が低下して直撃しなかったのだろう。本来ならば秒間5発以上の連射性能に優れた機関砲だが、バースト射撃で撃ってこない辺り、連射すると衝撃で転覆する恐れがあるのかもしれない。遠目から見てもかなりアンバランスな装備方法だ。技術力があるからといって無理矢理、過重重量の砲台を装備したと考えられる。それも踏まえて弾数を節約しているようだ。しかし、単発でしか撃ってこないとしても、ウルヴァリンの横っ腹に直撃すれば一撃で車体は爆散する威力を持っているので非常にマズイ。

 アリサのフォートレスは、この大きな車体全てを覆えるほど展開は出来ない。前部か後部のどちらかを守れる程の大きさだからだ。今は前から迫る対戦車ミサイルの対処をしなくてはならないので、左からの砲撃には無抵抗になる。早急に対処しなくては──

 その思考を遮るように十発以上の対戦車ミサイルが次々と真正面からウルヴァリンに突き刺さり、爆炎の花を咲かせていく。だが、その全てをアリサが展開したフォートレスが受け止める。先の砲撃と違い、今度は少しも衝撃を伝えてこない流石の防御能力だ。ウルヴァリンにも対戦車ミサイル迎撃装置は装備されているが、全てを防御出来る程の信頼性は無いし、再装填不可の消耗品なので温存できるならそうすべきだ。なので、この攻撃はアリサが守り切ったことが正解である。

 ──今度は、こっちの番だ。

「やはり兵器で攻めてきているな。こっちもを出すぞマイク」

「おう、ぶちかましてやれ」

 右にある助手席から後部座席に移動し、そこに置いていた『対物ライフルバレットM95』を持ち上げる。10kgもあるこの狙撃銃は今はまだずっしりと重たい。

「ジークフリート──起動スタート

 英雄の如き膂力を発揮するための言霊を呟き、本領を引き出す。背中にある動力炉から僅かに振動が伝わって来ると同時に、全身のアクチュエータが連動してまるで射的のライフルを持っているかのように軽く感じる。

 体勢を変えて、窓ガラス越しに銃身を構える。目標は今もこちらと並走して虎視眈々と砲口を向けて来ているボート群だ。設計改良元の原型であるバレットM82と違って、ブルバップ式──弾倉マガジンを引き金とグリップより後ろに配置した全長短縮設計──なので狭い車内であっても構えることが可能だ。

 この武器はマイアミからフロリダ・シティまで自動運転で来た時に、途中空軍基地に寄って武器類の提供を受けたのだ。流石に、対魔獣用戦闘として用意されていたバルムンクだけではナルコスとの対人戦闘が行えないと判断されたのか、銃器などあらゆる装備が用意されていた。誰もいない無人販売店のような感じで深夜の基地の倉庫内に並べられていたのは少し気味が悪かったが武器を手に入れられるのはありがたいことである。そこで、狙撃銃としてこのバレットM95を選んだのだ。

 狙撃銃の扱いに成熟している訳では無いが、剣よりも銃の方が断然信頼性がある。それに、ジークフリートの射撃補助機能シューティングアシストもあるから揺れる車内、この距離でも命中は期待できる。そして、と名の付くこのライフルもいわば一つの砲に近い。12.7x99mm NATO弾を高初速で撃ち出すのだから、装甲板が無いあの40mm砲台もしくはボートエンジン部分まで貫通出来る。さらに、最近開発されて軍隊にも出回ってきた特殊な『炸裂弾』も数発だけだが用意されていたのでここからでも破壊するのに十分な火力を持っている。残す課題は、俺自身の腕前の部分で当てられるかどうかだ。

 再度、ジークフリートの望遠機能ハイズームによってボートを覗き見る。だが、運転席には人影が見られない。無人運転では無いだろう、恐らく遠隔操作だ。人が居ないのであれば、心置きなく撃てる。

 引き金に指をかける。指先まで覆われた装甲と触れ合ってカチリと小さな音が鳴る。スコープは使わない、そのままジークフリートのカメラアイで照準する。

 自衛校時代に三回だけ経験した狙撃訓練の授業で毎回のように教官に言われた一言──

眼で狙うなノン・アイ指で狙うなノン・フィンガー心で狙うなノン・ハート全身で狙えエイム・イズ・フルボディ

 その教えの通りに、全身の筋肉をリラックスさせながらも骨格と体幹を固定して一つの射撃システムと化す。カメラアイの表示された照準サークルが回転しながら縮小していき、同時に車体からの揺れと、僅かに震える腕と指先のブレをジークフリート側が自動で修正──

 サークルがピンポイントまで狭まったと同時に発砲。

 ウルヴァリンの防弾窓ガラスを突き破り、弾丸が宙に放たれる。

 僅かに弾道を描いて飛翔し、先頭を走っていたボートの機関砲部分に命中。瞬間、大爆発。砲弾の弾倉部分に直撃したようだ。

 窓ガラスを下げないで発砲するという予兆無しの突然の反撃に慌てたのか残る2隻のボートの陣形が乱れる。そもそも狙撃されたことすら満足には分かっていないようだな。ならばチャンスだ。

 ボルトアクションで次弾を装填し、記録された直前のコースをなぞる様にして続けざまに発砲。

 窓ガラスに二発目の弾痕を刻みながらも、今度はボートの前部部分に命中し、内包していた運動エネルギーが拡散して船底まで大きく破壊する。1隻目のように木端微塵の完全破壊にはならないが、高速で凌波可能となる流線型の船底に穴を開けたため真っ直ぐ走れずに不安定なジグザグ走行になり、そして勢い余って転覆。

 残る最後の一隻。こちらの攻撃で撃沈されるのであれば、全弾撃ち尽くしてからだ、と言わんばかりに40mm機関砲を猛射してくる。

 正確な照準もせずに速射で撃ってきたため、計1秒で放たれた4発のバースト射撃の内3発は外れる。だが、1発だけ直撃コースだ。

 これを、レナがアルテルフで撃ち抜く。さらに、射線上にあったボートすら貫通してそのまま撃沈する。

 今の流れは一瞬の内に起こった出来事で、外れたことも後から分かったほどだ。だがこれで海からの攻撃は退けられた。

 さらに、今に至るまでずっと車両は前進し続けている。先程対戦車ミサイルを撃ってきた車両群が確認できる。すぐさま、レナがアルテルフからの返す刀で魔導砲弾を発射して一網打尽にする。既にミサイルは全弾撃ち尽くしているようだったが、破壊しておくに越したことはない。

 サッと車両群近くの様子も確認しているとジークフリートが察したようで、直前にインストールしたフロリダキーズの情報から検索した情報を簡潔な文面で表示してくる。元は鉄道だったがハリケーンで破壊され一部が放棄されたという情報だ。戦闘補助としては今更という微妙な感じだが、ならば構造上は脆いはずだ。足元を崩して無力化できるかもしれないな。これは何かの役に立つと思って、情報提供AIに感謝しておこう。

 僅かな小休止を挟んで──今度はレナが叫ぶ。

上空後方チェックシックス・スカイ! ドローンよ!」

 身体を屈めて後部座席から後ろの窓から見ると、まだ遠い彼方に居るものの確かに20機程度の無人航空機ドローン──アメリカ軍が開発したTERNが編隊飛行でこちらに向かってくる。あれは確か、駆逐艦やフリゲート艦などの小さな飛行甲板からでも垂直で離陸して展開可能な機体として開発されたものだ。空対地対戦車ミサイルヘルファイアなら4発装備可能な機体なので、全機その装備であれば合計80発となる。

 勿論、全弾同時発射をしてきたとしてもアリサのフォートレスは貫通出来ない。だが、車体全てを覆うことが出来ないため飽和攻撃となって破壊されてしまう。何らかの形で迎撃或いは、空中で防御しなくてはウルヴァリンを守り切れない。

 一応、チラリと海の方を遠くまで確認し増援が来ていないかだけ確認してから皆に問う。

「あの数はヤバいな、どうする」

「ッたくよォ、どっから用意して持ってきてんだか……ともかく、対空迎撃しかねえだろ。レナ様ならどれだけ撃ち落とせるよ?」

「『獅子の咆哮スブラ』なら全機撃墜もできるわ。今のように纏まって飛んでいたら、ね。どうせ私が魔力を充填し始めた瞬間、すぐ散開して空一面を覆うでしょう。そうなると、良くて5機程度しか一度に撃墜できないわ。スブラは連射出来ないから代わりに『獅子の戒律シェルタン』も展開しておきましょうか。それでも、航空機の機動性には敵わないから気休めでしかないけれど」

「おう、それでも頼むぞ。──だが、あの数をあの密集した編隊飛行フォーメーションでどっかから遠隔操作ってのは気に喰わねえな。アメリカ軍でも不可能な腕前だ」

 確かによく見ると不自然な程に統制が取れているのがわかる。

 上空をLEDで光りながら模様を描くドローンショーのように単にプログラミングで自動飛行させるならいざ知らず、こちらの攻撃に備えるための回避機動を取るために遠隔操作をするとなるとあの密集陣形は相当な難易度となる。今の時代2039年の最新技術でも、あのレベルで飛行するには無数の補助装置で構成された専用の屋内施設でなくては無理だろう。

 いくら兵器開発の技術力に優れているといっても限界がある。尤もな疑問に、だがこちらも答えが出せない。

 一瞬だけ流れたその沈黙を破ったのは意外にもアリサだった。

「……機体に搭載されているカメラの他に、どこか別の場所で確認しているのでしょうか……?」

 アリサの予想に、俺も心の中でなるほどな、と頷く。そしてすぐさま同意と自分なりの考えもプラスして返答する。

「それだ。だが、同じ空中では無さそうだ。となると、地上か──或いは海上か」

「……上から見てる限りボートのようなものは右にも左にも見えないわ。でも戦場確認用及び遠隔操作用を総括した情報プラットフォームはあるでしょうね。そうでもないと、今までの統制の取れた攻撃はいくら規模が大きくても出来ないわ」

「ヨシ、迎撃しつつソレを探すぞ。ウルヴァリンの迎撃装置も全力で稼働させる。アリサ嬢ちゃんは車体後部に移動してそこを守ってくれ。車体前部の護衛と敵攻撃の迎撃はレナ様とウルヴァリン、それにアスクに任せるぞ」

「了解です。今度は一発も被弾させません」

「頼むわアリサ。──ちょうど良いわね。アスク、を使ってみたら?」

「そうだな。この状況なら一番効果的か」

 ウルヴァリンの大きな車内容積──旅の道中は荷物置き場として使っていた場所に鎮座した巨大な銃器。

 M134機関銃──通称、ミニガンと呼ばれるガトリングガンだ。普通は人間が手に持って使用するのは不可能である重さと射撃反動がある化け物染みた銃である。しかし、ジークフリートによって強化された身体能力と、搭載されている反動吸収機構リコイルレスシステムであれば携行しての射撃が可能になる。

 結局、空軍基地から拝借したものは狙撃銃バレットM95機関銃ミニガンだけだったのだが、どちらも単発と連射に関してそれぞれ最高火力の個人用火器である。ジークフリートが扱う武器としては、このような『扱いづらいが威力と制圧力は高い武器』を使って個人兵装としてその真価を発揮すべき、という考えに至ったからだ。よって、折角の高性能武器であった対魔獣用超々抗魔刃直剣『バルムンク』はそのままトラック内で保管しておくことに決めた。もし、魔獣との戦う場面になれば有用な武器となったのだろうが、人間の敵兵士と戦うのであれば現代ではとてもじゃないが効果が薄い。たとえ、英雄の如き膂力を発揮するのだとしても、接近する過程で兵器類の分厚い装甲や、銃撃による弾幕に対して無力であるからな。今回はバルムンクを使用する機会はお預けという訳である。

 代わりにコイツの出番だ、と言わんばかりに意気揚々と防弾仕様特有の分厚いドアを開けて、進行方向後ろ向きにミニガンを構える。マイクの小改造によって弾倉周りの給弾ベルトは簡略化オミットされており、代わりに大容量のドラムマガジンを装着している。さらにマガジンの中身は螺旋弾倉スパイラル構造になっているため、通常のドラムマガジンよりも装弾数が多くなる。詳細には数えていないが、数百発は確実に撃てるだろう。

 ミニガンの弾幕射撃と、ジークフリートの正確な射撃補助を合わせれば人間CIWSとなることも可能だ。これなら、ドローンもミサイルも問題なく迎撃できる。

 まだ距離があるためここからドローンの動きを待つ必要があるが、どのようになっても対応可能だろう。

 少しだけ余裕が出来たので再度、周囲の様子を確認する。レナが言っていた情報通信プラットフォームを探すためだ。こちらの様子を常時確認できる場所となるとやはり上空からの偵察機などを疑ってしまうが、あのドローンの立体編隊コンバットボックスを見る限り、あのレベルの統制を同じ空の位置からは出来ないはず。となると、俺の予想した通りに陸か海となる。

 陸地の場合、確かに今は知っている橋の上は視界が遠くまで通っているのでいくつか候補はあるものの、逆に絞られる。それに、候補と言っても結局は橋か島だけだ。その場合、俺達の居場所を正確に確認するために並走するのであれば橋に限られるし、そういった偵察車両も見受けられない。

 残す候補地はやはり海。ジークフリートの全機能を使って全力で走査するも、それらしきものは見つけられない。自分の目と機械の性能、両方を駆使しても何ら情報は得られないとは……海に居る予想が間違っているのか相当に上手く隠れているのか……。

 上に居るレナも同様にレーダー能力アダフェラを使って探しているはずだが報告が無い当たり、フィーラの力でも無理となると短時間のぱっと見じゃ見つけられないだろうな。ならば対空迎撃に切り替えよう。

 視線を上空に向けてドローンの群れを注視する。先程よりも少し散開しているようだが、まだ完全には陣形は開き切っていない。これならレナの攻撃でほとんど撃墜可能だ。

「レナ、攻撃できるか?」

「そうね。あれならいけるわ。ブラフじゃないといいけれど」

「確かにな……今までは攻撃のタイミングが良かったのにこの航空攻撃はゆっくりなペースで来ている。だが他に同時攻撃の予兆は見られない」

「そうですね。何か別の場所で準備しているのかもです……」

「ああやってこっちの大攻撃を誘ってるのかもしれねえなあ。だが、どちらにせよ迎撃するしかねえな。火力ってのは強い方が主導権を握れるからなよォ……」

「ええ。とにかくやりましょう。それしか活路は無いわ」

 後ろ向きで顔を上に仰ぐと、レナが構える様子が見れる。広域破壊を可能とする多重魔導光学砲撃──スブラの発射体勢だ。

 魔力の輝きが集まっていく。発射される魔導陣自体が上に向けて伸ばした手の先で展開しているためドアを開けている状態の車内への魔力汚染はギリギリ大丈夫だと考えたいが、マイクのことを考えるとつい顔を歪めてしまう。スーツのマスクがあって良かったが、これ以上戦いを長引かせるのは良くない。さっさと切り抜けたい所だ。

 意を決して俺も顔を上げると、それでもドローンの群れは密集体勢を崩さない。

 明らかに罠と思える行動。それでも、眼前に差し向けられた100発近い対戦車ミサイルにはこれしかない。

 魔力が最大限まで集まり光が極限まで高められた瞬間──ドローンが一斉に翼に抱えたミサイルを発射する。ここで来たか! だが、もう遅い。

 レナも呼応する形でスブラを発射する。音もなく爽やかに放たれた極大の光線は、放たれたミサイル群を巻き込みながら上空に居たドローンも屠っていく。

 スブラの砲撃によって半数以上のドローンとミサイルが撃墜された。しかし、変速軌道でこちらに向かってくる残りのミサイルは健在である。

 ジークフリートのアクチュエータが唸り、ミニガンを仰角一杯で持ち上げる。視界に投影されるターゲットサークルの合図で手元の向きを細かく微調整しながら、発射開始。

 轟音を立てて回転する6本のガトリングバレルが無数の7.62mm弾を宙に連射していく。スーツの腕や指先が細かく強制駆動して半ば自動的に照準されたそれらは吸い込まれるようにミサイルに直撃しては爆破させていく。だが、あれだけあった銃弾もすぐに尽きて射撃が終わってしまった。多くのミサイルを撃ち落とせたが、空中を大きく曲がって来た残り20発程度のミサイルがまだ生き残っている。

 これに対して、さらにレナも拡散式の魔導砲撃を撃ち上げて対空迎撃。さらに、ウルヴァリンからもアクティブ迎撃装置が連射を始め、多くのミサイルを至近距離で撃墜していく。

 そして、最後の最後に残った数発のミサイルをアリサが宙に跳び上がってフォートレスで受け止める。かなり規模が大きい応戦となったが、何とか全機撃墜できたぞ──

「──SHIT!! お前ら、右前だ!!!」

 マイクの怒声にすぐさま反応する。身軽にするために、撃ち尽くしたミニガンを道路に投げ捨ててそのまま右前──横にある元鉄道ブリッジを見ると、遠くの島近くの橋の上になんとらしきシルエットが見える!

「おいッマジかッ、戦車アレは聞いてないぞ!!」

 思わず叫んでしまうがあれが本当に本物であるのならさっきの40mm砲というレベルじゃない。戦車──或いは外観が似ている装輪戦車──ともなるとその主砲は最低でも105mmクラスで主力戦車なら120mmクラスになる。掠めただけでも確実に横転するし……いや、普通に破壊される可能性の方が高いな。

 そして、とどめを刺す様に最悪な光景が目に映る。誰も、声が出ない状況だ。

 ズーム機能と描画補正クリアランスでなんとかわかったが外見からして恐らくM1エイブラムスのその車上に、らしきものが手を上げている。何らかの合図か救援要請命乞いか……違う、あれはミドルフィンガーfxxk signだ。明らかに敵意を示している。アメリカ軍の主力戦車だろうと、そこに乗っている人間はナルコスなのだ。

 ジークフリートの画像判定からしても、どうやらマネキン人形とかではなく、本物の人間らしい……。

 これで──いや、生身の人間を相手にする必要が出て来た。アメリカ軍から鹵獲したか破壊された車両の横流しで手に入れたと思われるが、戦車の中身がたとえ低い性能だとしても今までで一番の脅威であることに変わりはない。

「──さて、どうしましょうか。猶予は二分も無いわよ」

 努めて冷静にレナが促す。攻撃するか、そうしないかの判断だ。俺達との戦いで無人兵器を運用していたのは確かだが、ここで虎の子であろう戦車を有人で持ってきて攻撃を狙う辺り、かなり本気の様だ。

 ──先程の空からの大攻撃はこのためだったのだと俺は考える。先んじて無人機を大量投入してこちらの火力のリミッターを外しての全力戦闘を誘引する。そして、ここで有人の……たった一台の戦車を相手に攻撃を避けたいと思わせるための心理作戦の一環なのだろう。戦闘前の考えでは車両を用いればエンジン等を狙って無力化できると思っていたが、認識が甘かった。重厚な装甲を持つ戦車を破壊するにはそれ相応の大火力が必要になるし、それでギリギリを割けて無力化しようにしても確実に魔力中毒の余波で内部の人員を殺してしまう。かといって、放置すれば射程距離内の間はずっと撃たれ続ける。アリサが居ても100%防ぎきれるかと言われると難しいだろう。

 奴らは『人間の盾』を使ってきた。効果は絶大で、時間も無いのに今も全員で悩んでいる。

 ……だが、この事態への打開策は既に考えているぞ。他に選択肢が無いか考えていたが、そろそろ限界だ。誰も提案できないようだし、この案で行くしかない。

「──レナ、で良い。ただし、橋の下──に対して、だ」

 橋を支える橋脚に攻撃を加える。先程、ジークフリートに搭載されたAIが示してくれた情報を元に考えた作戦だ。まるでこの未来を予感していたかのように思えて、違うとはわかっていても何となく薄ら寒さを感じてしまう。

 しかし、有効な作戦なのは事実だ。鉄道ブリッジは近くに見える島まで道路は今も続いており車も通れるらしいのだが、それでも長年の使用で脆くなっているはず。レナによる高威力の魔導砲撃を直撃させれば橋ごと崩すことは出来る。それに、完全に崩さなくても部分的に崩落させて橋の上を揺るがすことで満足に砲撃をさせない状態にさせられるぞ。

 ……これなら今まで通り不殺を守れる。

良い作戦ねSounds good、それで行くわ」

「俺も賛成だ! 速度を上げるぞ!」

「もし撃ってきたら私が全力でお守りします!」

 レナが微笑んだように応え、マイクがさらにアクセルを踏み込み、アリサが空から戻って来て再び車上に待機する。

 これで何とかなるぞ。それに、攻撃するなら早めの方が良い。

「レナ、着弾地点を徐々に近づけさせるってのは出来るか? 時間差で戦車が居る付近を斜めに崩す感じだ」

「可能よ。それで脱出する猶予を与えるってことね」

「ああ。頼む」

「オーケー。攻撃は任せなさい。アスクは周辺警戒をお願い」

「了解」

 レナの言う通り、何度でも俺は周囲を警戒する。それが俺の役目だからだ。車上ではレナが魔導砲撃の連射を開始し、俺の要請した通りに少しずつ着弾地点を奥の方にずらしていく。

 先程のようなぱっと見の全体俯瞰ではなく少しずつエリアを限定して細かく精査していく。何も目印の無い海上でこの方式で探すのはかなり難しいが、それでも今まで戦ってきた経験を活かして一つの違和感も逃さないよう全身全霊の意識で探し尽くす。

「──オーケー。逃げて行くわね彼ら」

「よっしゃ! よくやったぜレナ様」

「流石ですレナさん」

 戦車への攻撃の様子を見ていない内に、役目を達成した報告と感謝が告げられる。

 それに一言参加したい欲求を抑えて、俺は脳の全ての能力を視覚に費やす。ジークフリートの機能で見つけられない以上、自分の眼に頼るしかない。

 ──いや、いくら探知専門でないし未完成であるとはいえアスムリンの兵器で見つけられないのはおかしい。つまり、目の見える範囲には存在していない……

 完全な死角……意識上ではない、物理的な死角に存在しているのか。

 どこだ、常時とは言わないが時折俺達を観察し続けられて、かつ空を見て大規模編隊を統制できる、こちら側から認識が難しい場所…………

 ──ふと、マイアミ国際空港の時の事件を思い出す。あれも、意識外からの襲撃だった。

 どこから彼らは来た? ……機外に無理矢理梯子を取り付けてのだ。

 つまり、下から来た。今の場面にもある。完全な死角。それでいて俺達と一緒に並走できる場所──『橋の真下』だ。

 そこからなら上手く俺達の死角を突いて戦況把握が可能となる。だが、この車速についていくには相応の速度が必要だ。先程の水上ボート程度には高速で無ければならない。そんな速度で航行していればエンジン音が聞こえるはずだが、車の走行音と戦闘音にかき消されたり、ハイウェイのコンクリートにも吸われたりしてしまうだろう。また、単に速度を追求するのであれば液体の超空洞現象スーパーキャビテーションを利用して60ノット──時速111km/hで航行可能で且つ半潜航も可能なステルスボートが開発されていたはず。それであれば戦闘中に発見するのは困難だ。

 ──しかし、『航跡』ならば今すぐにでもわかる。また、キャビテーションを使う関係上、より盛大に波は立つはず。

 すぐさま後ろを振り向いてハイウェイのカーブ部分から僅かに見える橋の真下を見る。

 すると、僅かにだが白い波が広がっている様子が確認できた。航跡減衰装置でも積んでいるのかもしれないが間違いない、何らかの船が俺達の真下に張り付いて航行しているぞ!

「皆! 橋の下に船が居ると思う! それが情報通信プラットフォームなんじゃないか!?」

 俺の突然の報告に一瞬だけ戸惑うも、すぐさま反応を返してくる。

「──ええ! 確かに、何か船が並走しているわ!!」

「橋の下に攻撃できるのはレナしかいない! 頼む!」

「オーケー、任せて頂戴」

 言うが早いか飛び出していくレナ。手には光り輝く剣──レグルスを握ってだ。船体外装を軽く破壊するだけでも航行不可能になるだろう。人間が乗っていたとしても魔力中毒としての被害は発生しない。

 だが、戦車への攻撃も今の攻撃も全てレナが担当しているのは少し心苦しい。このチームだと攻撃役の欠如が浮き彫りになったな。だからこそ、銃器で火力支援ができる俺も活躍しなくてはならない。

 再び前方に目を向ける。常に最高速度で走っている都合上、相手の待ち伏せに最も警戒すべきは前方の道路だ。

 ……そして、最後の関門となるだろう。大量の車両群が、俺達の走る道路の遠く彼方に現れたことを確認する。

「チッ、なかなか本気じゃねえかアイツラ」

「そうですね。どうしましょうか……」

 マイクもアリサも心なしか声が暗い。それもそのはずで、車両群の数は全部で10台以上。その全てが大型車両という有様だ。そして、たとえ破壊したとしても残骸がバリケードとなって通行止めとなってしまう。

 先程会敵した戦車のような主力装甲戦闘車は確認出来ないものの、多種多様な装甲車が用意されているし、一番奥では大型トラックが横向きで置かれている。どうあがいても、このまま強行突破は不可能だな。

 さらに、一番前に展開していた消防車らしき車両がホースから何かを撒いた瞬間、道路に火の手が上がる。

 燃え広がり方からして、何らかのナパームか。それも、特殊に調合したやつを使っていると見える。ホースで撒いていく先──つまり、俺達が向かう先に炎の壁が展開されていく。

 消火ではなく着火とは、車両の意義を踏みにじるような酷いことをするものだ。あれも改造しているってことか。

 物理的な車両群の壁と炎の壁によって封鎖された進行方向サキの

「ありゃあ、レナ様が特大のをぶっ放したとしても風穴開けれるかね」

「……この車が通れるほどの穴を瓦礫のバリヤードに開けるには『獅子の咆哮スブラ』が必須ですが、そうなると高濃度魔力残滓を通り抜ける時に浴びてしまいます……それに、あの中にも多分人が居らっしゃいますね」

 アリサの言う通りに、ジークフリートの感知システムにも強調表示される形で運転席や車両の陰に人が動く様子が見て取れる。ハイウェイの前半は無人運用の準備が間に合っていたが、後半は間に合わなかったという訳か。ある種、組織から使い捨てにされてしまったような状況にはなるが、敵である構成員に対して同情は出来ない。

「──だったら、別の道で突破しましょう」

 レナがマイクで応答した瞬間、橋の下で爆発音が響き渡る。どうやら破壊に成功したようだ。同時に、眼前に見える構成員の動きも慌ただしく騒いでいる様子。情報通信プラットフォームの予想は的中したらしい。

「別の道……隣の道か?」

「いいえ、──」

 一拍置いて、そしてレナが俺達の前に飛び出す。

 金色の長い髪を翻しながら、自然体で宙を舞うその姿は戦場に相応しくないほどに、幻想的だ。

活路は、空よGo to the Sky

 今、自分で示した通りに俺達に提案する。

「三基の『獅子の戒律シェルタン』をウルヴァリンの下に潜り込ませて、少しの間だけ空に浮かすわ。それであれを飛び越えるわよ」

 ……凄いな、豪快な発想だ。可能であれば何とかなるかもしれないぞ。

「了解だ! ウィリー走行に切り替える! 掴まってろよ二人ともォ!!」

「マジかッ」

「はい!」

 マイクが手早くハンドルと運転席のボタンを操作したと同時に前輪が持ち上がって後輪だけの走行になる。

 車上に居たアリサはサーフボードのように身体を低くして体勢を取ることが出来たであろうが、車内に居た俺はそのまま斜めになって後ろの座席に背中から叩きつけられる。シートベルトなんてしてないから盛大な衝撃が身体を襲う。

 だが、これでウルヴァリン側の準備は整った。斜めになった車体底面に滑り込ませるようにしてレナが生成したシェルタンが張り付いていく。俺も何度か見たことがある自律飛行の立体十字形状──『チェコの針鼠』を太くしたような形状──の魔導生成物だが、今回は十字の一面を削って出来るだけ平滑状にしている。そして、そのまま飛行の勢いで3t以上はある重い車体を浮かび上がらせる。車内からも聞こえるほどのジェット音のような圧縮音と振動。これはシェルタンがブースターのように魔力を噴出させているのだろうか。見えないが、多分そうだろうと判断する。

 待ち構える車両群からの攻撃を受ける前にあらかじめ宙に浮くことが出来た。さらに、レナからの追撃が入ったのか前方で爆発音が聞こえる。

 直撃はさせていないだろう。恐らく、炎を撒き散らした部分の残存燃料に高熱を加えて爆発させたのだ。こちらは実戦で眼にしたことは無いが、レナが使える能力の一つである『獅子の灼熱ラサラス』だ。要は魔力粒子を高速振動させることで電子レンジのように加熱させるという仕組みだが、極微量の魔力を展開してそれを燃料に付着させて爆発させたということだ。これであれば、魔力をほとんど使用せずに爆発させているので敵兵が魔力中毒になることは限りなく低い。

 それでいて、爆発に対する恐怖は健在である。敵兵からしてみれば自分達の放った火炎放射の攻撃が何らかの誤作動で自爆したように思えているかもしれない。俺も、レナからラサラスの事を聞いていなければ同様に判断しただろう。

 敵兵を混乱させている内に、宙に浮いたウルヴァリンはそのままバリケードを超えて通り抜ける。これで、全ての障害を突破できた……と思いたい所だ。

 スピードを保ちながら、シェルタンが車体底面から離れていき、地上に勢い良く着地させる。衝撃をサスペンションで受けつつ、今までに蓄積されていた位置エネルギーを上手く保存させてスピードを維持するという流れだ。これにはレナの精密操作能力に驚嘆だな。

 着地狩りとして背後から複数の銃撃が撃ち込まれるも、時すでに遅しだ。ウルヴァリンへの攻撃は防弾装甲で防ぎ、車上のアリサを狙っての攻撃は自身のフォートレスで防ぎきる。

「ヨォォシ! このまま突っ切るぞ!!」

 マイクの掛け声と共に、さらに車のスピードが上がる。これは、搭載された加速装置ニトロを使ったな。オルレアンで乗った重武装二輪車ペガサスと同じスピード感だ。しかも、車体が重い分、感じられる迫力は数十倍に大きい。

 質量×速度による莫大な運動エネルギーを纏ったウルヴァリンの突進は誰にも止めることは出来ない。

 そして俺達は、ナルコスの襲撃を跳ね除けてセブンマイルブリッジを通り抜けて島々の市街地に入り込むのであった。


 セブンマイルブリッジでの戦闘から数十分、それぞれの島々を通る際に潜伏していた敵兵からの散発的な攻撃があったものの、兵士程度の個人火器であれば何ら障害にはなりえない。持ち前の防御力を活かして一切スピードを緩めることなく突破していく。

 兵器類は使い切ったようで出てくる敵勢力はスケールダウンしている。予備戦力として各地から応援が来ているだろうが、もう俺達に追いつけることは無いだろう。

 その隙を突いて、ついに俺達はキーウェストに到着する。

 キーウェストに着いた後も、最高時速のまま市街地の道路を爆走していく。

「マイク!! 空港に行くのか!?」

「いーや、最後の最後で安牌セーフティは取らねえぞォ! 見てろ、これが奥の手だ!」

「本当に、とんでもない案な気がするわね」

「そうですね」

 二人の少女が苦笑いをしてマイクに期待を寄せる。それだけ信頼されている証拠なのだ。

 キーウェスト島の南東大部分に構えるキーウェスト国際空港や北西にあるヘリポートではなく、入り組んだ市街地の道路を曲がりまくってひたすら西に向かう。

 そして辿り着いたのは大きな港。そこには一隻の船が待ち構えていた。

「ここだ。降りるぞ」

 合図を受けた俺はマイクと一緒にドアを開けて車から降り、レナとアリサも車の上から飛び降りる。

 今度こそウルヴァリンとお別れだ。良く頑張った、お疲れ様だ、と呟きながら弾痕だらけのドア、そして俺が狙撃で割ってしまった防弾窓ガラスを少しだけ撫でる。

 そして、眼前に鎮座する船を見上げる。日本を出発する時に見た航空護衛艦くらまと比べるとかなり小さい。それに、武装も施されている訳では無いようだ。逆に観光用に装飾されている。船舷の垂れ幕に書かれているMUSEUM SHIPという文字からして、第二次世界大戦頃に活躍した警備艦カッターを記念艦として展示しているのだ。つまり、この船は

 そんなことはわかっていると言わんばかりに、歩を進めていくマイク。三人で後を追うと、船の陰に隠れるようにして一機の飛行機──『水上機』が静かに海上に浮かんでいた。

 間違いない、これだ。これで、脱出しようって言うのか。確かに、水上機であれば海面どこでも発進は出来る。航空機は空港から飛び立つものだ、というナルコスや俺達の固定観念を覆す素晴らしいアイディアだな。

「よし、ぶっ壊されてはいないようだ。こいつはフロートを着装した改造セスナ機だ。機内は狭いが、プリンセス小柄な子供二人が居るから四人全員乗れる。ひとまず、ここから脱出だ。空港やヘリポートに奴らが殺到している内に逃げるぞ」

「了解だ。行こう」

 素早く全員が乗り込み、エンジンを始動。すこぶる快調にスタートしたエンジンはプロペラに動力を与えて、次第に回転数を上げていく。

 一定の高速回転まで達した後に、少しずつ機体が水面を滑って行く。どこからも攻撃は受けない。最後の最後で、完全に裏をかくことが出来た。

 港の外にまで出た機体は、機首を上げてゆっくりと離水していく。よし、飛び立ったぞ。

 瞬間、機内に鳴り響くアラーム。自衛校時代でも散々聞いた警告音、これはレーザー照準の警報だ!

「地上から対空ミサイルで狙っているわ!! 回避よ!」

「おう! 任せとけ!」

 ナルコスの最後の反撃だろう。島内に潜伏していた敵兵が携帯式対空ミサイルスティンガーで照準しているのだ。いや、スティンガーは赤外線誘導だ。レーザー誘導機能を追加で装備したのかも。それか別の対空ミサイルか。どちらにせよ、脅威であることに変わりはない。

 これに対応するためにマイクがフレア及びチャフを放出。こんな小型機によく搭載できたものだとマイクか他の誰かが行った改造技術に恐れ入る。

「──発射されたわFire now!」

 アダフェラで様子を確認していたレナの声が機内に響く。フレアとチャフで回避できればいいが、レーザー誘導は地上に居る人間が手作業でレーザー装置を操作してミサイルを誘導する分、こうした欺瞞に強い。

 だが、いざとなればこちらにはアリサが居る。頼もしいフォートレスで機体を守ってくるはずだ。これは逆に小型機であることが幸いしたな。これ以上大きい機体だとウルヴァリンの時と同じように守れる範囲が限定されて撃墜されたかもしれない。勿論、そういう場合はレナかアリサ或いは両名が空中に飛び出して護衛することも可能だが、フィーラ達の飛行能力はそこまで高性能なものではない。全力の魔力放出の飛行でヘリコプター程度といった所だ。今乗っているようなセスナ機であれば余裕で追いつけるものの、もっと大型の輸送機や戦闘機だと追いつけなくなるかもしれない。機体はどんどん上空に昇って速度を出していくのに対して、フィーラ達は地上に近い低空域での戦闘を余儀なくされるからだ。そうなると、追いかけるのにも一苦労である。そして、そういう魔力と体力の消耗が更なる危機を呼びかねない。

 今回はレナが飛び出すことは無い。そのまま様子を伺っているが、チャフ&フレアとアリサのフォートレスで受けきれると判断したのだろう。

 そして、爆発。欺瞞も少しは効果があったのか直撃することはなく至近弾であったものの、その破片や衝撃は機外に優先展開されたフォートレスで守り切る。これは、アダフェラでミサイルの軌道を確認していたレナとのコンビプレイだ。セスナ機なので窓があるものの、それでも見え辛い機内の中から良くピンポイントでフォートレスを合わせられて本当に凄いぞ。

 感心しているだけでなく、少しでも貢献するために俺も窓から目を凝らして何かを発射した時の発砲炎マズルフラッシュが無いか探す。

 だが、どうやら危機は去ったか。レナも次なる攻撃を報告してこない。

 このまま西海岸まで……いや、こんな小型機じゃあアメリカ大陸を横断なんて土台無理な話だ。確かにキーウェスト──ナルコスの拠点であるマイアミ近郊、そしてフロリダからは離脱できたがここからどうするつもりだろうか。

 ──その疑問に答える様に、機体の外……つまり空中から重々しい轟音が響いてきた。

 一瞬、ドローンが俺達を撃墜しにやって来たか!? と思ったがレナは逆になるほどね、と笑っている。

「さあて、乗ったばかりで悪いが乗り換えだぜ、お客さん」

「どういうことだ、マイク」

「ははは、窓の外を見てみろよ。ビッグサプライズだ」

 そう言われて窓の外、轟音のする方に目線を向けてみるとそこには、大型の旅客機──俺達がマイアミ国際空港で一瞬だけ乗っていたあのプライベートジェット機が並走するように飛んでいた!

マジかWhat the f──! ッこれも自動運転かよ、とんでもないな!」

 まさかの展開に俺も学生時代の素を隠し切れない。男子小学生染みた声音と、いつの間にかアメリカスラングに汚染されたワードを恥ずかしいと思う暇が無いほど、目と心が奪われる。

「ウルヴァリンが来た時、言ったろ!? あれで戦闘状況の自動運転での合流が可能だって実証されたんだッ! つっても、まだ賭けの要素はあったがなんとか来てくれたなァ! 管制官を上手くAI音声のシステムで騙すことにも成功したと見える!」

 マイクも同じように興奮を隠し切れない。まるでアニメのような展開だが、当事者でそれを味わうとコイツは凄まじい体験だな。一方で、レナとアリサも同様に驚いてはいるものの一部冷静さを保ったままである。各地の戦線で奇跡の反撃作戦を成功させ続けてきた歴戦の戦士ともなると流石に肝が据わっている。単に女の子だからメカ要素無いしロマン展開への憧れが微妙なだけかもしれんが。

 熱い展開への感想はここまでにして、空中飛行機入れ替えプレーン・スワップという前代未聞なアクションをこれからかますとなると大変だ。それこそスパイ映画のアクションシーンならやりかねないが、そもそも成功確率が絶望的に低くスタントシーン級で難しいものだ。だが、飛行能力を持つフィーラ達が居れば解決できる。

 しかし、実現可能だとしてもネックなのはマイクへの魔力中毒。飛行能力はレベル5飛行魔導による産物なので、人間を即死させられる高濃度魔力が大量放出されることになる。勿論、戦闘中のような無茶な空中機動で無く、並んで飛行する機体から機体にスライドするように飛び移る場合は慣性や気流等も使えるので多少は魔力放出が軽減されるかもしれない。だが、レナやアリサと共に手を繋いで飛行するというのは無理だ。これでは最後のピースが埋まらない…………いや、まさか──

 咄嗟に窓から振り返ってマイクの方を見ると、その横顔はニヤリと笑っている。

「……どうやら、ここまでのようだな。お前ら」

 マイクが静かに、だがハッキリとした口調で呟く。そして、ジークフリート着装の際に装備出来なかったため、マイクに一時的に手渡していたSFP9拳銃を返してくる。まるで、もう俺には用済みだと言わんばかりに。

 クソッ、ホテルの時はああ言っていたが、今をやるって言うのかよ。

「──私達だけで、あの機体に乗り込めって言うのね」

「そうさ。ユニコーンと同じ、自動操縦機能マゼランシステムがあるから西海岸まで問題なく着けるだろうよ。後は任せたぜ。さあアプローチに入るぞ、準備してくれ」

 有無を言わせない形で空中乗り換えの準備に入るマイク。

 マジでやる気か。本当に、ここで別れるつもりなのかよ。

「言わずもがなだが、この後どうやって退避するつもりだ。まだ撃墜の危険性は残ってるし、遠くで着陸しても地上で待ち構えているかもしれないぞ。遠くと言っても、この機体の航続距離じゃたいして行けないだろうし……」

「そうですよ! マイクさんも一緒に行けないのですか!」

 一気に雰囲気が暗くなった小さい機内で、俺とアリサからの懇願がなされる。どうにかして、何とかならないか、と。

 だが、現実はいつだって非情だ。そして、それを知る冷静さを持つレナと──囮として申し出た本人であるマイクは口を一文字に閉じながらも、「これが最善だ」と決意を込めた顔で語る。

「良いか、お前ら。いくらお前らが頑張ってくれた所で、俺は足手纏いのままなんだ。それだけ、人間とフィーラの壁ってのはデカいのさ」

 だけどな、と言ってニヤリと不敵に笑う。

「それを何とかしてくれるかもしれない──いや、何とかするだろう男がそこに居るだろう? ここからはフィーラプリンセス達と、お前の物語だよシンドウアスク。世界を救うんなら、前を向いて走っていけ……!」

 マイクからの力強い言葉が五臓六腑に染み渡る。

 ……そうだな、納得は出来ないよ。だが、覚悟は無駄にしない。

「了解だマイク。後は──頼むぞ」

 俺が一番に、覚悟を示す。残りは、心優しいアリサだけ。

「…………わかりました。絶対、生き残って下さいね」

 悲しそうに、寂しそうに語るアリサ。俺もそうだ、辛いものは辛い。

 卒業訓練のあの凄惨な記憶がフラッシュバックする。それと、海と空ということもあって『くらま』の乗員の安否も未だ知れないままの不安が腹の底を撫でる。上がってきた胃酸をグッと堪えて、最後に決意の顔を見せるためにジークフリートの兜を脱ぐ。それを見たマイクはいつも通りの日常の笑顔を見せてくれた。

「ハハハッ、良い顔になったじゃねえか。それなら安心だ。別に死ぬと決まった訳じゃねえんだ」

「本当に、死ぬんじゃねえぞ」

「ああ、お前もな」

 そう言い合って、拳をぶつける。男と男の約束だ。それにアリサとの約束もある。

また会おう、友よアスタ・ラ・ビスタ、ベイビー

 最後の最後であの有名な映画のセリフで来たな。それならこっちもお返しだ。

ああ、またなアイルビーバック

 仕様も無いやり取りを交わして、俺達は準備を終えて機内から全員で飛び出す。二人の飛行にアシストされながら、大空を飛んでいく。上は満点の青空。下は最高の大海。

 そして、横で待っていたプライベートジェット機のドアが自動で開き、俺達を迎え入れる。最後に振り返ってセスナ機を見ると、器用にも翼をバンクに振って合図してくる。

 いつまでも友好的であるという意味が込められているだろう合図を見届けた俺達は、素晴らしい活躍と貢献をしてくれたマイク・ボルジェン特佐に感謝を告げながら、吹き荒れる気流をかき分けて機内に入っていったのであった。

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