第5話 英雄の鎧

 静寂の夜に異常事態を告げる連続した爆発音。ナルコスが攻撃を始めたのだ。

 反射的に戦闘モードに意識が切り替わり、寝ぼけた脳の回転数を上げていく。こういう時に、自衛校時代で散々させられた非常呼集訓練の成果が輝くぞ。何事も経験しておいて良かったと教官に感謝する。

「レナ! アリサ!」

 大声で叫びながら寝室の方に駆け寄る。

 二人とも既にレナが寝ていたベッドの方に集合しており、フォートレスこそ展開していないもののアリサがレナを守る体勢を取っている。爆発はこの近くでは無かったとはいえ、今この瞬間にここが攻撃される可能性だってある。初動ではまずチームの中で第一優先護衛対象のレナを守ったのだ。

「アスクさん! こちらに!」

「ああ!」

 俺も近づき、三人で寄り添って次なる攻撃に備える。小さく固まればアリサの展開するフォートレスで全員守れるので狭くても仕方ない。むしろ、全員で一緒に居ることが安心感を与えてくれる。

 心強い二人の少女と共に緊張の時間を過ごす。だが、数十秒待って様子を伺うも追加で爆発音は響かない。この静寂はブラフかもしれないが訓練で培ったからして、一旦攻撃の手が止んだようだと判断する。レナとアリサも同じく判断したようで、僅かに息を吐いて緊張を緩める。

「──やはりナルコスだろうか」

「そうね。ここが直接攻撃されなかったから私達が主目標では無いかも」

「……方角的に、多分空港ですね」

「空港襲撃か。最初に退路を潰されたな。……マイクの所にすぐ行こう」

「ええ、行きましょう」

「了解です」

 事前に様々なパターンを考えて行動方針を共有していたが、今回のケースではマイクの部屋に俺達が向かう作戦だ。40秒で服装や装備等の支度を済ませると布団の近くに用意していた外靴を履いて三人で廊下に飛び出す。

 初動で直接襲撃されなくて助かったが、その代わりに空港が攻撃されたのであればより厳しいかもしれない。たった一手だが、これで当初計画していたこちらの作戦が潰されたのだ。相手ナルコスが戦い慣れていることが伝わって来る──厄介な相手だと肌で実感できる。まるで老獪な教導隊を相手にしているようだ。焦りから来るじんわりとした苦い感覚が、全身に広がっていく……。

 ──頭の中では状況整理を行いながらも身体は全力疾走だ。夜間で非常灯しかついていない廊下を一分も掛からずに走り抜けてマイクの部屋に辿り着くと、カードキーを叩きつける様に押し当てて解錠し扉を開ける。

「マイク!! 大丈夫か!!」

 靴を履いたまま三人で中に入っていく。状況が状況なので土足厳禁は関係無い。一応、このような非常事態には避難と救出が最優先にするべきとホテル側とも話しているので心置きなく突入できる。

 扉を開けてすぐ近くには居なかったが、鋭敏になった感覚でマイクの気配を探ると奥の部屋の窓際に居る様だ。そこに向かうと、遮光カーテンを僅かに開けて外の様子を伺っているマイクが居た。

「おう、平気さ。──空港だな」

 後ろに下がって俺達にも様子を見せてくる。

 アリサの推測通り、ここから見える空港に火の手が上がっている様子が見れる。大規模な火災という訳では無いが、これでは飛行機は飛び立てないぞ。

「どうする。何か行動案はあるか」

「……俺に考えがある。『Just in caseこんなこともあろうかと』ってやつだ」

 まだ何か隠していた作戦があるらしい。まったく頼もしい限りだ。

「──包囲されているわ。完全装備の戦闘員が十名以上。近くに狙撃手も居るわね。今ホテルの外に出るのは危険よ」

 レナがサッとカーテンを閉じて俺達を下がらせる。よく見れば判別できる程度に偽装されているこの窓ガラスも防弾仕様ではあるのだが、狙撃銃の弾丸は貫通力に優れた高威力なので安心は出来ない。

 そして、包囲されているという情報。レナが能力レーダーで周辺走査をしたようだが、どこからか情報が漏れていたようだ。アスムリンお抱えのホテルというのに、俺達の滞在拠点としてバレた理由は不明である。アスムリンが裏切ったとは考えにくい。逆に、普通のホテルでは無いという裏の情報も出回っているはずなのでそれをピンポイントで狙ってきたのかもしれない。

 だが、すぐさま突入はしてこないようだ。初動攻撃を避けたのもそうだが、こちら側のフィーラ二名を警戒しているのだろう。先手は譲られる形になったが、向こうも向こうであらゆる対応策を用意しているはずだ。何とか、意表を突く形で切り抜けなければこの窮地を脱することが出来ないぞ。

「とにかく、ここは戦闘拠点にはならねえ。ただの後方拠点だからな、脱出しなくちゃならん。だがデコイが必要だ」

「……まさか、自分がなるって言うんじゃないだろうな」

「適任者が他に居なければな。だが今回はに頑張ってもらうぜ」

 ポケットから取り出した発信機のようなものを操作する。

 すると、ホテルの裏側の方から猛烈なエンジン音が響き渡る。同時に、銃声が鳴り響く。

「ウルヴァリンを遠隔起動させて発進させた。6──俺が開発した自動戦闘モードさ。さあ、乗っていると勘違いして攻撃を加えている内に逃げるぞ」

 ゾディアック・スコーピオン討伐作戦でマイクが急遽改造後、俺達の援軍として派遣した『無人車両軍団』のシステムをあの車にも搭載していたらしい。この道中でシステムを組み込む様子は無かったので最初から機能があったようだ。まさに、こんなこともあろうかと、だな。

 次第に遠ざかるエンジン音。ホテルの専用地下駐車場から勢い良く飛び出したと思われるウルヴァリンがここからどんどん距離を離していくのがわかる。

 特殊防弾車に乗車しての強行突破──包囲されたこの状況で考えられる一つの選択肢ではある。だが、今回のようにブラフであったり、半数がホテルに残って2グループに分かれての別行動という可能性もある。奴らの人員が割かれるのは確実だが、まだここの包囲と監視は続くぞ。

「わかった。だが、正面突破はできないだろう」

「おう。秘密の地下道で脱出するぞ。案内するからついて来い。レナ様は地下道でも潜伏者が居ないかのレーダー探索を頼む。アリサ嬢ちゃんは言わずもがな、俺達を守ってくれ」

「了解よ」

「はい、わかりました」

「そんでシンドウ。お前は、殿だ。後方警戒を頼むぞ。もし前から来ても後ろから挟まれるのだけは御免だからな。やってくれ」

「ああ、わかった」

 班行動で最後尾を任されることは信頼されている証拠でもある。マイクのような作戦指揮や、レナやアリサのような戦闘能力を持っていないのだから警戒という部分で活躍しなくてはな。

 マイクの先導でホテルの中を進み、バックヤードのある一室に入る。荷物を色々と片付けて、下にあった扉を開けると確かにそこは地下道だった。

 パリに向かうために通った地下道を思い出しながらも、全員が素早く入り込む。従業員はホテル内の一番頑丈なシェルターに逃げ込んでいるとのことだし、マイアミの武装警察隊やアスムリンが手配した対襲撃部隊もすぐに駆けつけることだろう。場合によってはこの地下道を使用できるかもしれない。だからこそ、狙われている俺達が素早く離脱することで民間人がこれ以上巻き込まれるのを防ぐのだ。

 突貫工事で作ったと思わしき地下道なので、一部雨漏りで水が溜まっている箇所もある。だが、それぐらいだ。崩落して進めないという訳ではないので特に気にせずにガンガン進む。

 数百メートルほど歩いた所で縦穴に辿り着く。梯子の取っ手があるので、レナが先に地上付近まで上がって地上周辺を確かめる。

「大丈夫よ。上がるわね」

 レナがマンホールに偽装した上扉を開けて地上に出る。深夜なので眩しい光が差し込むとかは無いが、代わりにサイレンの音や微かに銃撃戦の音が聞こえてくるため事態の大きさが伝わってくる。

 全員が地上に這い出た所で、周辺を確認する。芝生だし、木々に囲まれている公園……いや、墓地だ。流石にアーリントン国立墓地ほど大きくはないが、あまり戦いに巻き込みたくない場所だな。だからこそ、地下道の避難先として選ばれたってのもあるだろうが。

「何とか脱出は出来たわね。ナルコスっぽい戦闘員も散開して行動しているようね。ここには注意していないわ」

「おう、了解だ。だったらもっと離れるか。マイアミに居たって事態は好転しないだろうよ」

「そうなると車両の確保が最優先だな。当てはあるのか」

「ねえな。そこら辺のやつをパクる……となると運が悪けりゃアラームで引き寄せちまうだろう。生憎、俺はそういう車上荒らしブレイク・インのスキルはねえからな……」

「では、徒歩で行きますか?」

「行くしかねえが、この住宅街をバレずに通り抜けるのは酷だぜ。クソッ、ウルヴァリンを出したのは失敗だったか……?」

「いや、あの場はあれで攪乱するしかなかった。どこでもいいからとにかく移動するしかないだろう」

「そうね。早く行動しましょう。西か南かしら?」

「ちょっと待ってろレナ様、今考えているからよ……」

 ホテルから脱出は出来たは良いが、その後の案が続かない。本来であれば空港に行って強硬離陸って手段も取れたのだろうが、今あそこに行くのがマズイのは誰でもわかる。

 だが、行動するにしても闇雲に進む訳にはいかない。ナルコスがゲリラ的に動いているのもあって、ここの選択はかなり響くぞ……

 と、俺も一緒に考えていたその時、一台の大きなトラックが公園墓地の入り口を塞ぐようにして停車する。

 即座に拳銃を抜いて身構える。ナルコスならかなり早いな、もう嗅ぎ付けられたのか? だとしてもここで戦えば余計に援軍が集まって来る。まだ姿を見られていなければ離脱するべきだ。

「逃げるか?」

「──いや、ちょっと待て。敵じゃねえなありゃあ。ひょっとしてアスムリンの援軍かもしれねえぞ」

 マイクの楽観的すぎるとも思える推測だが、続くレナの発言がそれを強化する。

「荷台に人は乗っていないわ。……運転席にもね。普通の車じゃないわよアレ。何か魔力を妨害するものが入っているから詳しくはわからないけれど……」

「魔力の妨害……? なんだろう、抗魔金属の武器でもあるのだろうか」

「フォートレスはいつでも展開可能です。接近してみますか?」

「そうだな。確認してみようぜ。つっても、アイツらアスムリンが寄越してくるやつは大体パンドラの箱だけどな」

「開けちゃダメなやつだろそれ」

「最後の最後まで確認すれば良いだけさ。『希望』は底に眠っているって話だろ」

 緊迫した状況下でも、普段の軽口はそのままだ。こういう時に平静なまま事に臨めるのは強い。

 それでも最大限の警戒をしながら近づいてトラックの全容を確認する。レナの情報通りに運転席には誰も居ない。ここに到着してから慌てて降りて行った形跡もない。人影も無かったし、レナのレーダーに引っかかればそうだと言うはずなので完全に無人運転ということなのだろう。

 そうなるとマイクの十八番ストロング・ポイントだが、今まで俺が目にしてきた兵器類とのの共通項からして本当にアスムリンからの贈り物ギフトかもしれないな。

 かなり希望的観測の考えだが、敵が俺達の所在地を数分経たずに突き止めるよりかは可能性が高い。アスムリンであれば、手配したホテルの避難地下道の出口は把握しているはずだしな。ここにピンポイントで手配してくるのも不思議ではない。

 荷台の方に回ってみても特に気になる所は無い。中身は何かが入っているらしいが、通常のトラックのように取っ手ハンドルロックも無いし開き方がわからないな。

「確かに、普通のトラックじゃなさそうだ。だがこれでは開けられないぞ」

「そうねえ。レグルスで斬っちゃおうかしら」

「……その必要は無さそうだぜ」

 そう言ってマイクが腰から大型のマルチツール──ナイフやドライバーなど様々な工具が連なっているもの──を取り出して、何の変哲もないカバーを無理やりツールのマイナスドライバーでこじ開ける。

 と、中から現れたのはいかにもな雰囲気があるナンバーキーだ。これには三人とも驚く。

「よくわかったな。メカニックの勘か?」

「こういう被せ物フェイクカバーはアメリカじゃあ気を付けるべき詐欺だからな。んで、アスムリンの数字はこれだろう……よし。開け、ゴマオープン・セサミ!」

 20桁にも及ぶ数字を打ち込んで決定キーを押すと、ガチャンガチャンと重厚なロックを外す音が10秒以上続いてから、漸くしてその扉が開いていった。

 同時に、荷台の中もライトアップされてその様子が浮かび上がる。

「ハハハッ! こりゃあとんでもない代物だぜ。まさかとは思ったが大マジだったか!?」

 薄々期待していたものだったのだろう。アイツらも気が利くじゃねえかと笑いが止まらないらしい。

「マイク、これは……!」

「ああ。ホテルで見せたやつだな。実物が来たから説明してやるよ。こいつは、お前専用の特殊兵装──アスムリンの対魔獣戦闘用試作型強化外骨格パワードスーツ、通称『ジークフリート』だ」

 マイクが設計の作業をしていた、あのレーザー光線で形成されていた全身鎧。その実物が──金属の迫力をもってして荷台の中に鎮座している。

 実際に見ると想像以上に洗練されたデザインということがわかる。色は赤色を主体としており、光沢ツヤもあることからプラモデルをそのまま大きくしたようにも思えるな。

 形状はレーザーで描画されていた通りに、西洋の鎧という雰囲気だ。だが、その中にも様々な意匠が取り込まれているのが素人から見ても何となくわかる。

 超小型のクレーンで上からぶら下がっている状態ではあるものの、まるで中に人が入っているかのような威圧感を放っているようだ。鎧の周りには超小型のロボットアームらしきものも大量にあるし、荷台の中は全体的に何かの工房という印象を覚える。つまり、ここでこのジークフリートとやらを作っていたのだろう。

 しかし、これが俺の専用装備だっていうのか。……つまり、これを着て戦うってことなのか。パワードスーツの研究はどこの軍隊もやっているし、自衛隊でもつい最近、最新装備として一部の精鋭部隊に装備されたとの情報があったが、ここまでの全身鎧では無かったはずだ。もっと、背中から足腰にかけて部分的に筋力を補助するだけの代物だ。流石はアスムリン製という所だろう。パワードスーツの能力はわかっていないが、大幅に強化できることは間違いなしのハズ。

 フィーラの扱いには怒りを覚えるが、こういう機械兵器の技術力についてはシンプルに驚嘆だし、それを俺に与えてくれることには素直に感謝するしかない。

「アスクは知っていたようだけど……何か見覚えがあるわねこれ」

「はい、私もそうです。ずいぶん前のことなのでおぼろげではありますが……」

 フィーラの二人も知っているらしい。アスムリン製なので彼女達とも繋がりがあるのか。

「ああ、思い出したわ。これ、元は私達フィーラ向けに作ってたやつでしょ」

「おう、その通り。魔獣との戦い──魔導戦闘を補助するために開発されたものだが、フィーラの戦闘力の前には足手纏いっつーことで一旦は開発中止になったものさ。それを、フィーラ以外に戦闘員にも使えないかって話で再開発が始まって今まさに最終段階をやっていた所だったが……まさか実物がマイアミにあるとは思わなかったな。はっ、どうせワシントンからずっと俺達の後を追ってきたんだろうがよ」

 そう言いながら荷台を小突くマイク。ずっと追跡走行ストーキングされていたのであればちょっと気味が悪いが、あの部屋でマイクが最終調整の設計を行っていたことからして間近にそのデータのフィードバックを受けていたようだな。

 そして、マイクの物理攻撃に反応したかのようにどこかでバイブレーションの音が聞こえる。

「ん? ああ、これが『指令』か」

 荷台入口の机に置いてあった小型のタブレット型情報端末を手に取ると、画面を操作して映し出された文字列──暗号を読み取って苦々しい顔で一つ頷く。

「……チッそういうことかよ。クソッたれfxxk

 嫌な真相を知ったのだろう。暴言を吐き捨てながらタブレットを机に戻すと俺達の顔を見渡す。

「──道は開けた。上手くいけば西海岸には辿り着けそうだ。だが、戦いは避けられないぜ」

「ナルコスと戦うってことね」

「ああ。どうやら、フィーラ二名と『ジークフリートを装備したアスク・シンドウ』の戦闘能力を見たいようだ。それも、のな」

 魔獣ではなく、対人戦闘。機内での事件の記憶が蘇る。いや、ああなったからこそアスムリンは実際に戦わせて様子を観察したいってことなのか。

 まったく、嫌な命令だ。だが、やるしかない。

「戦わなきゃ進めないって言うなら、そうするだけだ」

 俺からの威勢の良い言葉を聞いて、マイクはニヤリと笑うと合図する。

「よし来た。それなら、荷台に乗って出発だ。とりあえず夜明けまでにフロリダ・シティに向かうぞ。詳細は移動中に話す」

 先に乗り込んでいたマイクが腕を伸ばす。その手に掴まって、荷台に乗り込む。続くレナは一人で飛び乗る。

 最後に残ったアリサ。俺が手を差し出す。

 ありがとうございます、と言いながら掴むその顔は、少しだけ怯えているかのように、思えた。


 トラックに乗車して公園墓地を後にした俺達は南を目指して進んで行く。アスムリンからの遠隔操作リモコンなのか自己判断AIなのかはわからないが、自動運転で進むトラックはかなり曲がる回数が多い。ナルコスとの遭遇や武装警察隊の警戒網に引っかからないようにしているのだろう。本来であればフロリダ・シティまで一時間かからずに行ける距離なのにこのままだと夜明け前に間に合うかどうかという所だ。

 だが、その間に色々と説明を受けられる。荷台の中央で構えるジークフリートの説明と、今後の作戦についてだ。

「まず、ジークフリートについてだがまだ試作途中──未完成品インコンプリートであることを念頭に置いて欲しい。俺達と合流するまでそこらの自動ロボットで突貫製造を続けていたもんだから色々と粗がある。だが、ナルコス相手に戦うのであれば性能は十分発揮できる。まァ、無茶すんなってことだな。レナ様とアリサ嬢ちゃんもシンドウのことをカバーしてやれ」

「オーケー。今まで通りに援護するわ」

「了解です」

「任せて悪いが、頼むぞ二人とも」

「よし。で、まあ完成してもいないのに長ったらしく語る気はねえ。ネバダの研究所に着いてからもっと詳しい奴開発者にでも聞いてくれ。最低限の情報だけ言っておくと、こいつは兵士単独でのレベル3魔獣撃破を目的に開発されたものだ。さっきも話した通り、元はフィーラ用だったのを一般兵士用に改良して再設計された。性能は、12.7mm弾の完全防御と成人男性12倍の身体性能まで強化するって話だが現段階の完成度ではどちらも半分程度と考えられるべきだな。だから、せいぜい7.62mm弾の防御能力と5倍程度の身体強化だ」

 設計に関わっているのもあって性能低下を嘆く様にマイクは語るも、それでも十分凄い性能だ。簡単に5倍、と言うが成人男性が平均30kgを持ち上げられるとするならば150kgの補助筋力があることになる。ここまでの性能を持つパワードスーツはどこの国も開発できていないはずだ。それに、目の前にあるからわかるがこの薄さの金属で7.62mm弾を防げる金属の材質も素晴らしい。今まで見て来たアスムリンの兵器でも一番かもな。

「他に、頭部のヘルメットから戦闘補助の情報が表示されるはずなんだがあまり期待すんな。そんで、装着する時に確認するが動きの方の不快感は調整で無くせるはずだ。その点は心配するな、完璧に仕上げるぜ」

 マイクの現場での技術力は大きく信頼している。本当に頼もしい限りだ。

「ありがとう。パワードスーツの性能に関してはわかった。だが、武器はどうなんだ」

「おうちょっと待ってろ、今出す」

 PDAを操作して、複雑に展開されたジークフリート周りの機械を動かして一つの箱をこちら側にせり出させる。そのまま箱を開けると、中にあったのは一つの長いだった。

 両刃直剣の形状で、見るからにシンプルな西洋剣といった感じだが無骨な威圧感がこちらも漂ってくる。大昔に作られた名剣とは違い、現代風の合理的なデザインで重厚な迫力があるものだ。

「鎧がジークフリートだからこの剣の名前は『バルムンク』だ。鎧にも一部使われているが、この剣の主要材質が対魔獣戦闘用としての特徴になっている」

「対魔獣の材質と言ったら答えは一つだな。抗魔金属か」

「おう。特にこの剣に使わているのは凄まじいぜ。抗魔金属も対抗できる魔力のレベルによってランク付けされているんだが、バルムンクの刃先は理論上はレベル5魔導防壁すらも貫通できる『超々抗魔金属』が蒸着されているんだ」

「それは凄いわね。試してみましょうか?」

「いや、あくまで理論上はって話でな。魔導防壁を打ち破るには相応の衝撃力エネルギーを刃先の一点に集中させなくちゃならねえ。完成品となったジークフリートの出力を限界まで上げて、全身全霊の斬り下ろしで一撃入るか入らないかってレベルだぜ」

「実戦で使うにはちょっと難しそうですね……」

「まあな。おっと肝心なことを聞くのを忘れてた。シンドウ、剣で戦った経験はあるか? って普通はねえか」

「いや、あるぞ。中学の時、剣道部に……少しだけ、参加していた」

「随分と歯切れの悪い回答じゃないか。何かやましいことでもあったのか?」

「あまり積極的に活動できなかったからな。三年間在籍はしていたけど、ちゃんと練習したのは合計して一年にも満たないだろうさ」

「日本の自衛隊が運営する学校にしては、幽霊部員ノンアクティブを容認しているのね。意外だわ」

「俺の場合、半ば特例で色んな部活動に参加していたからな……他にも洋弓部や陸上部に在籍していたんだ。当時の俺は何が何でも強くなって見せるって考えだったからな……今にして思えばかなりの自信過剰な痛い奴さ。結局過労で倒れて恥を晒したし、ただの黒歴史だよ」

「でもそれで、戦いのコツは掴めたのですか?」

「中途半端に基礎と応用を齧っちゃったからコツってほど習熟は出来なかったな。ただ、竹刀──剣の握り方や重心操作の意識は心得ていると思う」

「おう、まあそれで上出来だ。後はスーツのアシスト機能に任せとけ」

「だが、剣を使うなんてそれこそ時代錯誤だろ。身体能力を強化できるとはいえ、銃器の殺傷効率に勝てるわけないぞ」

「普通の戦争ならそうさ。だが、今の戦争は魔獣との戦いだ。貴重な抗魔金属を効率的に使うとなると、銃弾や砲弾の弾頭部として大量消費するよりも剣などの近接武器で一体ずつ殺して回る方が良いって言う研究結果が出たんだとよ。俺もこれは懐疑的だが、フィーラの戦い方も一つの参考になってるかもな」

「私がレグルスを持って近距離戦闘で戦うことかしら。別にそれをメインにして戦っている訳じゃないし、どちらかというと中距離戦闘の方が得意だわ」

「まあ、研究者の考えることはわからん。これも数年……いや、数ヶ月経てば失敗作だったってなるかもしれんからな。戦時下に開発される珍兵器に加わるかもしれねえ。性能を気にするのは重要だが、開発意義は気にしないのが使用者テスターに求められることだぜ」

「そうさせて貰うよ。──だがこれで、漸く、レナやアリサと一緒に前線で戦えるんだ。素直に、嬉しいよ」

「無理はしないでねアスク。あくまで今回はよ。アスムリンの命令なんて関係ないわ。アスクの命が最優先よ」

「レナ様の言う通りだぜ。今のジークフリートは性能を全然発揮できないんだ。装備しても、気持ちと立ち回りは今までと変わらずに生身の一般人レベルで戦えよ」

 心の奥から沸き立ってくる歯がゆい気持ちは──否定できない。だが、皆の言う事も良くわかる。俺が逆の立場だったら、同じように警告するだろう。

 不完全な装備で戦うことは、兵士が一番忌み嫌うものだ。それは俺も同じ。ネバダに着けば、もっと良い装備で戦えるようになるだろう。今は、我慢だ。

「了解だ。気を付けて戦うよ」

 戦闘中に俺が怪我をしたり──或いは死にかければ皆の気を引いてしまう。そうならないように気を付ける。それが皆のためになる、俺の課せられた使命だ。

「ヨシ、そんじゃ装備するか。スーツの各部を調整しながらやるから時間掛かるぞ。イメージとしては宇宙服を着るのに近いだろうな。準備は良いか?」

「ああ。よろしく頼む」

 マイクと機械に身を預けながら、ジークフリートの装着に挑むのであった。


 道中、襲撃されることも無くフロリダ・シティに到着した俺達はメキシコ料理のファストフード店の駐車場で夜明けを待つ。既に営業時間となっておりドライブスルーで利用する車も少しだけだが時々入って来る。その状況では駐車場に停めている一台のトラックもまた同様に駐車して睡眠を確保していると見えるトラックに紛れて誰も気にすることは無い。何も買わないで駐車しているのも悪いので全員分のタコスを買って、先程食べ終わった所だ。これなら夜明けまで居座ってもトラブルになることは無いし腹ごしらえも兼ねられた。

 最後のリラックスタイムである決戦前の食事を終えたのを確認したマイクは戦いの準備を促す。

「──最終確認だ。俺達の目標は、アメリカ本土最南端『キーウェスト』。向かうにはフロリダ海峡の海の上にある海上高速道路オーバーシーズハイウェイを走り抜ける必要がある。ハイウェイの最初はここから直線に南下してすぐ始まるぞ。──つまり、周りは海で逃げ場が無い一本道ダイレクトロードってことだ。覚悟しろよお前ら」

 マイクから気を引き締める言葉が投げかけられる。

 フロリダ海峡含め、メキシコ湾はアメリカ海軍第2艦隊及び第4艦隊の『聖域』となっている。敵を寄せ付けない鉄壁の守りで港湾施設を安全地帯とする戦略だが、部分的には魔獣軍やナルコスとの戦闘が続いているので油断はできない。

 魔獣軍はインフィニットメテオによる浸透攻撃、ナルコスは小型潜水艇やボートでの麻薬輸送及び海上戦闘でアメリカ海軍を脅かしている。

 メキシコ湾内でのこうしたゲリラ的攻撃に対処しつつ、大西洋からの大規模魔獣軍の襲撃を防ぐのだから多忙であるアメリカ海軍からのサポートを頼むのは難しい。

 俺達だけでオーバーシーズハイウェイを突破しなくてはならないということだ。

 キーウェストに辿り着いてからの行動はその時に説明すると言った。俺の予想では、同地にある空港に予備の飛行機が待機しているんじゃないかと思っているが、それならそうだと言うはずなので何か別の案があるのだろう。だが、それは複雑な作戦内容なのでまずは到着だけを考えて行動せよ、ということだ。

 次に、ナルコスとの戦闘だが恐らく生身の兵士は出てこないだろうというのが俺達四人の想定である。理由は簡単なことで、フィーラからのレベル5魔力汚染に耐えられる人間は俺以外に居ないからだ。攻撃を直接命中させずとも、魔導砲弾を一発空中に発射して爆発、高濃度魔力残滓を一帯に拡散させるだけで無力化できてしまう。よって、最低でも機甲兵器に搭乗しての戦いになるだろうという予想なのだ。それならば都合が良い。タイヤやエンジンを破壊するだけで無力化できる。つまり、対人戦闘において避けられない命を奪うという行為をしなくて済むのだ。精神的負荷もこれならさほど問題にならない。

 アスムリンとしては人類が扱う兵器との戦闘を観察したいということになるが、それは当然で、現在の魔獣戦争においても人類は生身で戦うことを避けて出来る限り機甲兵器や榴弾砲等で戦っている。ならば、フィーラの対人戦闘能力を見たいとなると、兵器との戦いを望むという訳だ。その上で、夜明けと同時に攻撃を始めるのは俺達の考えである。夜間にハイウェイを突破するとなると視界が悪く、待ち伏せ攻撃を喰らったときのリスクが大きい。

 それに、ハイウェイの全長はおよそ182km。車両で一気に突破するとなると早くても2~3時間はかかる距離だ。これを徒歩で移動するのは現実的ではない。故に、車両突破が最適なのだ。

 俺達の目標は『キーウェスト』で、戦う相手はナルコスの『機甲兵器』だ。

 漸く、明確になった戦いの基本情報。後は、俺達側の準備だけ。

 既にジークフリートは装着済みだ。マイクが調整してくれたのもあって、重厚なパワードスーツを着ているとは思えないほどスムーズに身体が動く。勿論、今はバッテリー節約のため最低限のアクチュエータしか動作しておらずそれこそ甲冑を着ている感じだが、機能を開放すれば凄まじい身体性能を発揮できるようになるだろう。

 動力炉は背中に装備しており、超小型でありながら車両のエンジンに匹敵する性能を持つらしい。これが一番技術的に優れているものだと思うが耐久性は低いので背後には気を付けなくてはならない。つまりこれが背中が弱点であるジークフリートの名称がつけられた理由だと言われた。

 本来ならばもう一つ名称由来の機能があるというのだが、今回は完成品ではないので搭載されていないと言われた。だが、今ある装備だけでも十分戦える。

 準備は完了だ。タコスを食べるために一部開放していたヘッドパーツの口元を閉じて完全武装状態に戻す。後は夜明けを待つだけ。

 と、ここでPDAの画面を確認したマイクが慌てて扉を開けて外に飛び出る。

よしAll right! これで作戦成功確率が上がったぜ!」

 俺達も外に出ると、なんとそこには特殊防弾車両──ウルヴァリンが停車していた。扉や窓ガラスにはいくつもの弾痕が確認できる痛々しい姿ではあるものの、煙を吹いていたり破損したりしている様子ではないので、走行には問題ないと見える。ホテルを飛び出して俺達の囮となった後、ナルコスからの銃撃戦を耐え抜いてここまで自動運転でやって来たのだ。

「まさか、あそこから自力で合流できるなんて……凄いわね」

 さしものレナも驚きを隠せない。俺もアリサも同様に、無事に合流して見せたウルヴァリンをある意味尊敬の気持ちで見る。機械であろうと、血の通った生物として愛着が沸いて来る。俺達よりも愛情の深いマイクにとっては尚更だ。『我、勝てり』といった表情で作戦案を修正する。

「このトラックでハイウェイを突っ切るつもりだったがコイツが来るなら乗り換えよう。デコイとして使うにはデカいからトラックは置いておくぞ。最後の大仕事はウルヴァリンに任せようぜ」

「ああ。彼の頑張りに報いて俺達も頑張らなきゃな」

 運が味方してくれたのもあって、結果的にウルヴァリンと共に東アメリカ最後の旅路を飾ることになった。この作戦の成功、失敗に関わらずどちらにせよ一つの大転換の

となる戦いになるだろう。

 最後の大仕事だ。任せたぞ、と心の中で呟きながらその傷だらけの外装を撫でたのであった。

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