第3話 サンシャイン・ステート

 スパイ博物館を出た俺達は新たにメンバーとして加わったマイク特佐と一緒にワシントン市内を歩いて行く。時刻は18時近いのでだいぶ日が傾いているも、まだ沈んではいない。だが、周囲の雰囲気はもう夜という感じだ。昼間は多少見られた活気の良さも落ち着いており人の気配は一気に無くなった。なんとなく、どこに向かえば良いのか不安になる光景に思える。

 一方、前を歩いて先導するマイクは向かう先に迷いの無い様子だ。マイアミや西海岸など各目的地は把握しているが、移動手段を聞いていなかったのを思い出す。

「マイク、マイアミに向かう方法は空路か?」

 先月、日本を発つ時に使ったユニコーンが印象深いのでアスムリン肝いりの今回もそうなんじゃないかと思って聞いてみる。

「いや、陸路だ。空路の方が手っ取り早いのはそうだが今はタイミングが悪くてな」

 タイミング、か。何か空路が制限されているのだろうか。

「──わかるわよそれ。ねえアスク、私が答えていい?」

 俺が答えを聞く前に、レナがマイクに話しかけてから俺に確認する。何かの自信があるような顔だ。質問の横取りではなく、既に答えを知っているようだな。

「任せたぞレナ」

「サンキューアスク。タイミングっていうのは例の、飛行機テロハイジャック・アタックが原因かしら?」

「よく知ってるな。レナ様プリンセスの言う通りだよ。どこでそれを知ったんだ?」

「メトロに乗っている時に、対面のお爺さんミスターが新聞を読んでいたのよ。一面に大きく載っていたからわかったわ」

 なるほどな、流石レナだ。こういう観察眼は俺も見習う必要がある。

 だが、新聞をチラ見しただけというのもあって概要しかわからないらしい。詳細な説明は、事情通のマイクに一任だな。

「プリンセスの言う通り、そのテロが理由でワシントンやニューヨーク周りの大部分の東海岸上空航路が事実上の封鎖状態なんだよ。民間の航空機がニューヨークに自爆テロ攻撃を仕掛けようとして撃墜されたのさ。乗客乗員236名が全滅という酷い話でな。報道じゃハイジャックってことになってるが……実際はそうじゃあなかった」

 そう語るマイクの顔色は陽気ではない。あのマイクがシリアス顔になるのならよほど深刻な話なのだろう。何百人もの犠牲者が出ているのだから当然ではあるが。

 今日一日は戦争の歴史に触れていたのもあって、要素が類似している神風特別攻撃隊が頭によぎってしまう。特攻を美化するつもりはない。間違いなくあれは戦争の狂気による産物だ。テロ攻撃も同じく狂気によるものだが……ハイジャックじゃないって言うなら9・11米国同時多発テロセプテンバー・イレブンスの流れとも違うのだろう。

「……何があったんだ?」

「政府上層部や俺達アスムリン関係者にだけは知らされている情報だがな、パイロットが自ら針路を変更して自爆テロに向かったとの分析結果が出ているのさ」

「……それは…………」

 酷いな、と声に出せない。とんでもない異常事態だ。マイクの話を聞かされても答えようがない。

 パイロット自身がテロ攻撃を画策したって言うのか? もしそれが本当に事実であれば最悪の事態だ。航空業界の信頼の失墜に繋がるだけでない。乗客を乗せる運転手が乗客を巻き込んでの暴走運転を行うという事件は何も非が無い他の運送業全般にまで猜疑の目が向けられてしまう。ショッキングな出来事から巻き込み自殺への意識が連鎖して二次被害を生み出すかもしれない。何かの復讐や軍事命令でも無く、一般人が狂気に呑まれての自爆テロなんてあってはならない。今、ギリギリで保っている社会が崩壊してしまう。

「……何かの事故という可能性は無いのでしょうか?」

 ある意味で優しい答えを望むアリサだが、マイクは横に首を振る。

「パイロット自らが否定しているのさアリサ嬢ちゃん。針路を変更した瞬間から撃墜されるその時まで管制官と無線でやり取りをしていたんだ。会話履歴によると、パイロットが世を憂いて他人諸共の自殺を図ったとの証言が本人から為されている。隣に居たはずの副操縦士コパイも殴打して気絶させたらしい。当然、操縦席の扉もロックして誰も中に入れさせなかった」

 そこまで情報が揃っているのなら、否定はできないな。巻き込まれた乗客乗員を思うと心が痛む。だが、それと同じぐらい──

「……なぜその方はそこまで追いつめられてしまったのでしょう……」

 アリサの悲痛な声が心に刺さる。この悲しい事件で唯一得られることは原因究明による再発防止だけだ。

「まだ調査中だが、魔獣戦争で家族や親戚を全員亡くしてしまって天涯孤独だったという情報が出ている。だからって他人を巻き込むなって話だが…………誰も救われない話さ」

 ──本当に、誰も救われない最悪の話だ。俺達にはどうすることもできなかった事件なのに、自分事のように悔しく思ってしまう。戦う兵士としては良くない考え方だ。こんな弱い精神じゃあに引っ張られてしまうぞ。

 ふと、隣を見るとレナとアリサも思い詰めたような難しい顔をしている。

 この戦争を終わらせられる力を持つ者だからこそ、早く終わらせるべきだという責任を痛感しているのだろうか。そんなことまで背負う必要は無いと思うけどな……。

 全員に暗い雰囲気が染み渡ってしまったのを悟ったマイクがフォローする。

「……そういう訳で、今は東海岸全域で民間の航空機の飛行は強烈に制限されちまってるのさ。どんな理由を持ってきても許可は下りん。仮に通ったとしても戦闘機の付き添いストーキングか、常に対空ミサイルの熱視線ロックオンだろうな。乗員乗客全員の情報も渡航目的も全部話さなきゃならんし、そんな状況じゃあお前たちを秘密に送り届けるなんて無理な話さ」

 やれやれ、とポーズを取るマイク。話を聞く限り、確かに空路では難しそうだ。だが、先程から少し引っかかる部分がある。

「マイク。俺達の輸送だけなら、アスムリンの強襲突破輸送機ユニコーンを使うなり、アメリカ軍に輸送機を手配してもらうなり方法はいくらでもあるんじゃないか? もう反乱しないって証明された訳だし、最終目的地のネバダに早く行った方が良いんじゃないか?」

 話しつつも、そんなこと考えていない訳がないだろうなあと思う。だがそうしない理由があるはずだ。それを聞かなくては今後の連携に支障が出る。

「アスムリンはともかく、アメリカ軍にはあまり頼りたくない事情があるのさ。今回、お前達はある奴らに気を付けなきゃならん。『反フィーラ思想主義』の連中だ」

 物騒なワードが出てきたことに、つい素で反応してしまう。

「なんだそれは」

「名前の通り、フィーラに敵意を向けている奴らの事だよ。元々は、魔獣への恨み辛みで活動してきたんだが、フィーラの情報が噂として流れ出した段階からそっち方面にも切り替えたらしい。俺はあまりわからねえ話だが、都市伝説や陰謀論ほど人は本気で追い求めたくなるらしいな? それに付随して、としての憎悪ヘイトもあれば尚更だ。魔獣を憎む奴らは一般人、軍人関係なく大勢いるが、その中に反フィーラの連中が混ざってる可能性もある。今までお前達は、言うなれば『親フィーラ』側と接してきたからわからないだろうが、ここアメリカじゃあ差別の問題は根強いからな。マジで気を付けろよ」

「そんな人達が、居るって言うのかよ……」

 俺にとっては受け入れがたい話に、当事者であるレナが補足してしまう。

「居るわよ、実際にね。魔獣やに嫌悪感を持つのは人によっては仕方ない話よ。それがフィーラである私達に向けられるのも無理は無いわ」

「魔獣を恨むってのは、俺もわかる話さ。だけど……レナ達は一緒に戦う仲間じゃないか。それなのに…………いや、俺は耐性があるからわからないが魔力中毒の危険性による恐怖感っていうのも大きいのか?」

「残念ながらそれは表向きの常套句ね。彼らにとっては、魔獣とフィーラが重なって見えているのよ」

「最悪の場合、フィーラだとバレた瞬間発砲してくるイカれた奴も出てくるだろうな。俺達が前に戦っていたヨーロッパじゃあまだ情報公開されてなかったし、アーノルド中将がお前たちに関わる人事を上手く調整していたから問題なかったが、今や全世界に知られているからな。いつ・どこから・身内から・部外者から問わず襲ってくるかわからねえ。だからアメリカ軍には頼れないのさ。じゃあアスムリンに頼るかってなると、アイツらの提示してくる作戦は民間や一般人なんて関係ない強行策アンダーデュレスしか用意しねえからな。無理矢理の輸送作戦になるから絶対バレるにちげえねえ。まあネバダには辿り着けるだろうが、反フィーラ過激派との戦闘は回避できないだろうよ」

「……よくわかったよマイク。俺達はゆっくり少しずつ、バレないように向かうしかないってことだな」

「そういうことだシンドウ。まあ、ドライブ旅行だと思って気楽に行こうや」

 そう言って肩を叩いて来る。そうだな、あんまり張りつめていても良くないか。

「全員、納得はしたな? そんじゃ、まずはナショナル空港に行くぞ。併設されているレンタカー店で車の確保だ。つっても、もう夜になっちまうから出発は明日の早朝だな。それまで空港のVIPルームにでも世話になろうぜ」

「結局、スタート地点に戻っちゃいましたね」

「そんな時もあるわよ。んーっ今日は朝から疲れたわね」

「そうですね。特別なお部屋を使えるのであれば、お風呂があったら嬉しいです」

「空港で足止めされた時用にあるんじゃないか? あーいや、VIP客はわざわざ待たないで移動してしまうか」

「無きゃ無いでそこらにある高級ホテルに突貫すりゃ良いさ。なんつったって俺らはゾディアックをぶち殺した英雄一行なんだからなァ」

「改めてお礼を言うよマイク特佐。あの時パリに送ってくれた無人車両軍団は本当にありがたかったよ」

「おう、ならビールでも奢ってくれや!」

「予算は米軍持ちだけどな、請求が来ても知らないぞ。そういやマイク、えらく上機嫌だが酔ってるのか?」

「あ? あ~あれだな。スパイ博物館でアストンマーティン見たからだな。内部構造に隠された数々の武装に惚れ惚れしちまったぜ。お前も男ならわかるだろ?」

「わからなくはないが、ああいうフィクションを現実にしてしまう某企業アスムリンの技術力の方がよっぽど驚愕するよ」

「はっお前らの方がよっぽどフィクション存在だぜ。まさにアニメキャラだよ。出身は日本か? 二次元か?」

「一番最初に魔獣とゾディアックに文句言ってくれよマイク。宇宙からの襲撃なんてそれこそB級映画じゃないか」

「それもそうだな! ガハハハッ」

 笑いながら駅に向かう俺達四人。最初、暗い話をしたのが嘘のようだ。ここまでリラックスして話せるのはいつぶりだろう。自衛校時代の同期を思い出す。

 ──彼らは今、どこで何をしているのだろう。

 もう懐かしく思える程濃密な時を過ごしたなあと実感する。

 夕焼けが広がりつつある遠い空に、彼らの無事を祈るのだった。


 地下鉄に乗った俺達は、最初に乗ったナショナル空港の駅に向かう。ルートを逆戻りという形にはなるが、一度通った道ほど安心できるものは無い。これはこれで気楽だな。

 だが、安心できない要素もある。どうも、昼間と違って車内の雰囲気が剣呑だ。治安が悪いのだろう。ワシントンだと言っても、日本ではない。いや、今の日本もあまり治安が良い国とは言えなくなってしまった。アメリカであればさらに悪化するか。

 アメリカは戦前から銃社会。今、目の前にいる一般人が銃で武装していてもおかしくはない。そして、銃という武器の殺傷性は非常に高い。訓練していない人間が扱う武器では一番強力なものだ。魔獣戦争によって武器類の横流しが問題になっているのは日本でも同じだが、ここが一番の本場だろう。

 そういう危ない場所に少女二人を連れてきているのはマズいな。俺とマイク、二人の成人男性が傍に居るとはいえ数的に余裕は無い。どちらか一方がやられれば男一人で守る羽目になる。無論、フィーラがそこらの成人男性が束になってかかっても敵わない存在なのは承知している。が、隙を突かれてもしもの場合という可能性があるし、正当防衛とは言え一般人相手に戦闘になるのは避けたい所だ。

 警戒を厳となせ、俺よ。ここはある種の戦場だ。万が一のために、鞄に入れている拳銃SFP9を意識する。

 だが、そう意識しすぎているのが良くなかったのだろう。すぐさま、マイクとレナに小声で窘められる。

「おいおい、そう殺気立つなよシンドウ。逆に因縁つけられちまうぜ」

「そうよ。リラックスしなさい。自然体に振舞うのが厄介事を寄せ付けない一番の技なんだから。私も『獅子の髪束アダフェラ』で警戒しているし、いざとなればアリサのフォートレスがあるんだから大丈夫よ」

「はい、私が皆さんをお守りいたします!」

 緊張していた俺に対して三人のフォローが入る。そんなにヤバそうに見えたのか……。

 しかし、心配なのは事実だ。昼間は監視の目を気にかけることが逆に安心感を与えていたのかもしれない。今も監視自体は続けられているだろうが、規模は小さくなっているはずなので何かあった時は自分達の力で乗り切る必要がある。俺自身が足を引っ張りそうだと自分自身で思っているから心配になっているのかもしれないな。

 ……直接は語らずとも、やはり心配だというのを皆に示す。

「そうはいっても、ヤバいんだろこの辺」

 俺の顔を見たマイクは全てお見通しかのように、だったらと助け舟を出してくる。

「まあ慣れねえのも無理はねえか。──よし、じゃあ今後の道中で、シンドウはアリサ嬢ちゃんと一緒に居る様にしろ。嬢ちゃんをビビらせないぐらいに周辺警戒する技術の習得ってことでな」

 マイクの謎の命令に、戸惑いよりも困惑が勝つ。

「……なんだそれは。アリサに迷惑じゃないか」

「私は大丈夫ですよ。むしろ、アスクさんにボディーガードして貰えるなんて心強いです!」

「嬢ちゃんもこう言っているし、デュオで決まりだな」

「──まあ、アリサが良いなら構わないが……」

 今まで、特定のフィーラ一名と連れ添うという経験をあまりしていなかったのもあって少しだけ緊張してしまう。億劫ではなく、俺がきちんと役割をこなせるかの話だ。頑張るしかないないけどな。

「任せたわよアスク。こっちは組まないけれど」

 ふふん、とマイクを揶揄うレナ。対する大男は特に気にせずに笑うだけだ。豪胆タフだな。

「おっと、フラれちまったぜ。だったら1・1・2のフォーメーションで行こうや。ネバダまでよろしくなお前ら」

 そう言って拳を突き合せようとしてくる。四人だし二人は子供だしでバランス皆無なフィスト・バンプにはなるが皆が協力すれば形にはなった。

 まるで、即席ではあるものの相性が良さそうなこのチームの象徴のようだった。


 日が沈んだ辺りでナショナル空港に着いた俺達はそのままVIP専用ルームに案内されて一泊を過ごした。驚くことに、お風呂ジェットバスや専用のバーカウンターまであった。どうも10年前の空港のオーナーが半分私用目的で作らせたらしい。だが、すぐに別のオーナーに権利が渡ったため結局ほとんど使わず仕舞いだったと管理スタッフは嘆いていた。

 しかし、手入れは十二分に行き届いていたため最高の気分で一夜を過ごすことが出来た。今日は朝早くからパリの空路から輸送機に密航状態で移動し、アメリカに到着してからも休み無しではないがずっと行動していたので流石に疲れた。なので、軽めの夕食──少なめにして貰ったが内容は豪華なフルコース的晩餐だった──を食べ終えて用意された部屋の高級ベッドに入った瞬間に眠りに落ちてしまった。

 

 明くる日、時刻は早朝。

 最高の夜を終えて満足感に満ち溢れている俺達四人は、空港隣の地下にあるレンタルカー店に歩いていく。全員、大きな荷物を抱えての行軍だ。予定ではマイアミまでのドライブで二泊三日になるという話だが、緊急事態に備えて物資は多めに持っていく。マイクが高級ホテルで泊まりたいと言っていたのも、待ち受けている過酷なドライブ旅を前にして少しでも英気を養いたかったのだろう。

「重くないか二人とも。少し持とうか?」

 一応、俺とマイクが7割以上の荷物を抱えているのだが全体の量が多いのでそれでもレナとアリサに多少負担がいってしまっている。身体強化魔導を使えば大人より遥かに筋力があるとはいえ、傍から見れば大きな荷物を抱えてのかなりの精一杯という様子だ。

「大丈夫よ。それに、これからずっと座りっぱなしになるんだから少しは身体動かさないとね」

「そうですね。アスクさんこそ、大丈夫ですか? マイクさんも」

「俺達は平気だぜ嬢ちゃん。なあシンドウ」

「ああ。皆大丈夫ならそれで良いよ」

 だが、これだけの人数と荷物だ。普通の車だと乗れないんじゃないか。

 心配が顔に出ていることを悟られないよう荷物に埋めて隠す。だがやはり気になるな。どんな車だろうか。

 懸念と期待が混ざり合った不安定な感情だったが──用意されていた車を一目見て吹き飛んだ。

「マジか、これがそうなのか!?」

 抱えていた荷物を無意識のうちに地面に置いてまじまじと見る。中学生みたいな反応をしてしまったが、これはかなりヤバい。

「おう、俺達のために用意された車両──超々特別仕様アンリミテッドエディションのBMW7シリーズ、ハイパープロテクションGE1000モデルさ」

 現れたソレは、見る者全ての視線を奪う明らかな超高級車だ。何か色々と格好いい名前がついていることから性能的には問題ないだろうが、秘密輸送作戦としては一歩目から……いや、コトが始まる前から破綻したような気がする。

「随分と派手な車ね。どう考えても目立つでしょこれ」

「でも、乗り心地は良さそうですよ……あはは……」

 レナは俺と同じように怪訝な顔で、アリサは完全な苦笑いだ。それを見たマイクはわかってねえなあと愚痴をこぼす。

「目立つのが逆にカモフラージュなんだぜ? 一般人は高級車を見たら金持ちが乗っているんだな、で思考が終わるからな。軍人は軍人でお偉いさんに下手に関わるなって身体に染みついているから問題ねえ。だから、これが一番今回の作戦で適任なのさ」

 マイクは意気揚々と選定理由を語るも彼の口車に乗せられている感が否めない。だが、高性能であることは確かだ。この車であれば荒波のようなドライブになろうと踏破できると思われる。それに、後半の理由も思い至る節があるぞ。

「そうか。だからアキラはあの時、外交官用のBMWを引っ提げて来たんだな。ただの格好付けじゃなくて何か理由はあると思ってたんだ。そういうことだったか」

「おーう、シンドウの知り合いにも目の付け所が良い奴が居るようだな。そうさ、その通り。車そのものに意識を集中させて中の人間には興味を外させる視線誘導ミスディレクションも兼ねているんだよ。高級車なら窓にスモークあるのが普通だからな。物理的にもシャットアウトだ」

「へえ、なるほどね。それなら良いんじゃないかしら」

 皆からの同意を得られて気分が良くなったマイクはさらに饒舌に語りだす。

「某ジェームズカーのようにありとあらゆる『特殊武装』が積まれているのが特徴でな。防弾装甲はNIJ規格でレベルⅣなのは勿論だが、対戦車ミサイル相手に直接迎撃型ハードキルのアクティブ防護システムを装備しているし、NBC防護や対爆性能もそこらの防弾車とは段違いよ。防御面に関しては大統領専用車キャデラック・ワンと同性能だぜ」

「あのビーストと同じなのは凄いな。他にも何かあるのか?」

「そうだな、ビーストと比較して違う点は乗り心地だろうな。運転性能も内装の豪華さもそこは普通の7シリーズみたいに最高級仕様だぜ。リクライニングチェアやテレビ程度いくらでもあるぞ。長時間のドライブ旅行ロードトリップでも快適に過ごせるはずだ。まァ、戦闘力と快適さを高レベルで両立させただけあって価格は一台で100万ドルミリオン超えらしいがな!」

「ぶっ飛んだ価格設定だな」

「戦闘に巻き込まれて壊れたら誰が弁償するのよ、マイクかしら?」

「アスムリンに決まってるだろレナ様。それに、そうそうぶっ壊れやしないよ。プリンセス達のバトル以外ではな」

「了解ですマイクさん。最後は綺麗にお返しできるよう私も気を付けますね」

「フラグにしか聞こえないわよアリサ」

「ええっ、そうですか?」

「心配すんな、俺のドライビングテクニックで避けりゃ良いんだよ。免許持ってるシンドウもそれぐらいはやってくれるよな?」

 話の流れから唐突に無茶ぶりを振られて困惑する。オルレアンの時の話が事実と思い違いしているぞマイク。

「いや、無理だよ。単車バイクの免許はあるけれど乗用車は無いぞ」

 拒否するも、マイクは嗤ったままだ。正当化する根拠があるとでも言うのか……?

「いいや、大丈夫さ。つい最近法改正がされてな。AIアシストのレベル5自動運転機能搭載車であれば特佐の階級を持つ者は免許無しで緊急時の運転が出来るんだぜ?」

「AIに任せての自動運転なら俺が出張る必要ないじゃないか」

「バカやろう、AIにできるのは安全運転だけだろ。危険運転は人間様がやるしかねえのさ。切り替えのラグがあるから、今回の運転じゃあレベル2か3の補助自動運転に性能を落として走行するぞ? だからお前も運転するんだよ。全部俺に任せるつもりじゃねえだろうなァ?」

「いや、それはダメだろマイク。あくまでレベル5の時の自動運転での緊急時に免許無しでの運転が許可されるだけであって、性能を落として走行するのであればただの無免許運転じゃないか。捕まっちまうよ」

「細かいことは気にすんなよ。もっと難しい飛行機の操縦だってやったことあるんだからお前ならいけるって。な?」

「やるしかねえのか……」

「アスクが捕まったら脱獄作戦に切り替えないとね」

「大丈夫ですよアスクさん。私が護りますから!」

「逮捕を前提にしないでくれ二人とも」

「まっ今までのは冗談ジョークさ。アスムリンからの認定があればこの車は誰でも運転できる契約になってるからな。しかも一般の交通法より上の権限の許可だ。感覚的には企業専有の治外法権に近いかもな。ほら、お前が欲しかった運転可能な根拠だぜ。何なら書類も見るか? まあ物は試しだ。今後、何があるかわからないからな。車の運転ぐらいは学んでおいた方が良いぜ」

 これは逃れられそうにない。諦めて白旗だ。

「……ああもうわかったよ。俺の負けだ、何でもやるさ」

 そう言って俺はその場をまとめにかかる。それに、俺がやらなくては運転の負担が全てマイクに押し付けてしまうからな。自動運転補助機能があるのであれば俺も何とか頑張るか。


 その後、特別製BMW──後にマイクが『ウルヴァリン』と命名した──に乗車した俺達は二泊三日のドライブ旅をすることになった。

 道中は特に大きな事件も無く、平穏無事に東海岸をそのまま南下していくルートで各地点を回ることが出来た。具体的には、一日目の昼にリッチモンドに到着して、夜にファイエットビルで宿泊。二日目の昼にサバンナに到着して、夜にジャクソンビルで宿泊。そして、三日目の昼前にはマイアミに到着したという流れで旅を終えた。

 アメリカを車で長距離回るのだから俺が想像していた光景は砂漠が延々と続く過酷な道路とも言えない道路だと思っていたのだが、流石は東海岸ということもあって普通の高速道路に近い感じだった。日本の高速道路と違うのは、右側通行左ハンドルというのも勿論あるが、常に両脇に木々が植えられており道路の外の光景はほとんど見れないといった点だろうか。それでも、砂漠よりかは断然マシだ。その点についてマイクに聞くと、「大陸中央なら飽きるほど見れるぜ」との回答だった。特に最終目的地のネバダ州は大体そんな感じらしい。日本では砂漠なんて身近に無かったので生で観たい気持ちもあるが過酷な土地に辟易しているのも事実だ。

 ともあれ、行ってみる前にあれこれ考えるのも良くないことなので悲観的に備えつつ楽観的に行動することを意識しようと自分の中で結論付けた。


 マイアミが属しているフロリダ州は、別名『サンシャイン・ステート日光の州』と呼ばれるぐらいには温暖な気候だ。州北部でも亜熱帯で、南部は熱帯なのだから本当に暖かい。とはいえ、海に囲まれているのもあってこの時期はハリケーンも多くなる。湿度が高くなるので蒸し暑い天気が続くのだ。この点に関しては俺は日本で慣れているので良かった。

 そんな事前情報もあって天候に関しては少し不安だったのだが、運よく快晴でマイアミ市街地に就くことが出来た。そして、そのまま車を走らせてあの有名なマイアミ・ビーチに向かう。本来であればゾディアック・スコーピオン討伐作戦に多大な貢献をしたマイク特佐の休暇地として豪華なバカンスのはずだったのだが、今回はお預けである。

 市街地からマイアミ・ビーチに続くジュリアタトルコーズウェイを通って横目に広がる煌びやかな海を見たマイクはガチギレ寸前という表情だった。少女達の手前、直接的なFワードは避けていたが罵詈雑言の小声連呼が聞けたのは英語の勉強ということにしておこう。徐々に怒りから悲しみに変わっていくマイクの情動には休暇を楽しめなかった原因の一つである三人からの申し訳ない同情が送られたが、任務故致し方ないのだ。

 最後に海を一目見て旅立とうという目的を果たした一行は、後ろ髪を引かれつつも空港に向かう。

 ここまではるばる陸路でやって来たのだが、マイアミからは空路で向かうらしい。東海岸では制限されていた空路も、南部国境地帯ともなれば完全解禁だ。国防総省やアメリカ空軍の息よりも、南部国境地帯という『地域の強さ』の方が上のようだな。

 当然、普通の旅客機を使用すれば如何に偽造パスポートや偽造チケットを使って身分詐称したとしても俺達の正体は露見してしまう。既にワシントンから脱したことは知れ渡っていると見て良いとマイクが言っていたので、ここでチェックメイトとなる訳にはいかない。そこでマイクが用意したのはプライベートジェット機である。

 流石に自分専用ではなく、資産家の友人から借り受けたもののようだ。裏ルートインサイダーの交渉で機体を使用する際にマイク単独でメンテナンスを行う条件で今回借りることが出来た。交渉の様子を聞く限り、以前にも何回かやっている感じだったのもあってそれを聞いた時に、違法行為に加担しているじゃないかと全員で詰め寄ったのだが、西海岸に着いた後で反フィーラの過激派か米軍の攻撃と見せかけて爆破処分するつもりだったと吐いたのでとりあえずは見逃すことにする。多分やらないだろうが……後でアスムリンか誰かに告発でもするか。まあ、法を犯していないとはいえスレスレのやらかしはアキラに付き合わされて散々やってきた自分の身の上も考えて、強く言及は出来ないので結局有耶無耶になってしまった。

 マイクの闇仕事はさておき、空港近くの屋外駐車場……ではなく高級ホテルに用意されている地下専用駐車場に車──ウルヴァリンを置いた俺達は徒歩で空港に向かう。秘匿のためでもあるが、このホテルはアスムリン関係者の御用達らしい。俺達のために貸切にしてくれたのだから正しい情報なのだろう。

 さらに、これは運が良かったのだがホテルのオーナーが日系2世ということもあって日本文化に親しみがある形でホテル経営をしているらしい。高級ホテルというお客様を最大限にもてなす側であっても、室内は土足厳禁であったり、ホテルではよくあるユニットバスではなく風呂トイレ完全別室だったりなど様々な部分で『日本様式ジャパンスタイル』を意識しているのだとか。今は激減したが、魔獣戦争前は日本人の宿泊者も多かったようだ。それらの内装を一目見たかったが、首尾よく行けば車を置くだけとなってしまうためその気後れ──気まずさもあって受付で話だけしてからすぐに退散する流れになる。 

 だが、これで万一の時の後方拠点を確保できたのは大きい。

 二泊三日東海岸の旅では夜寝る場所の選定も苦労した。以前一度だけ見た路線バスで旅をするテレビ番組で出演者が宿泊施設の確保に難航する気分を味わえたが、当事者となって見るとこれほど辛いものも無かった。最悪、野宿でという案も半ば本気で上がっていたのだが、外見最高級車でそんなことをすれば一夜の内に何十回も輩に襲われるだろうから、毎晩ギリギリで確保する日が続いた。そんな苦い経験もあってかやっと一息をつける。

 プライベートジェット機がきちんと空港に手配されていればもうこの車──結局ウルヴァリンと呼ぶ者はマイク以外居なかった──ともお別れだが、この長旅が色々とあったとはいえ無事に辿り着けて、なおかつ体力もそれなりに残せたのは流石高級車と言った所だろう。オルレアン包囲戦の序盤で重武装二輪車ペガサスの暴走運転による車酔いに苦しんでいたアリサも、この道中では至って普通に乗れていた。運転時の振動がほとんどなく、リラックスできる車内だったからだろう。

 また、実際に俺が運転するという時もあったがレベル3の簡易的な補助とはいえ自動運転と一緒に運転できたので未経験の俺でもなんとかなった。

 本当に、この車には良く助けられたなと実感する。

 最後に、ここまで仕事を果たしたウルヴァリンに別れを告げて、俺達はホテルを後にした。


 マイアミ国際空港の敷地内に入った俺達は、その広さに驚愕する。パリのシャルル・ドゴール空港やワシントンのナショナル空港など様々な空港を短い期間の内に見てきた訳だが、それらでは人があまり居なかったのもあって感じられるスケールとしては最大級のものだ。

 ここでも人目に付かないようプライベートジェット機が用意されている専用ゲートから移動する。機体の様子は見ることが出来なかったが、万全の体勢で待っているようで今すぐ離陸可能という話だ。

 荷物を手に持って運び入れながら機内に乗り込む。流石はプライベートジェット機なだけあって中身も豪勢だ。VIPルーム・高級車BMW・高級ホテルとここ数日で一生分の金持ちリッチ体験をしているなあと苦笑が漏れる。

 機体の操縦はマイクが行うので一人操縦席に向かうのを見届けてから俺達は機体後部の座席に座る。当然、普通の旅客機のようにすし詰め状態ではなく、一列一席という破格のものだ。

 離陸を今か今かと待っているレナとアリサ。軍用機と違い、やはり旅客機であるからかこの瞬間だけは年頃の子供のように無邪気に振舞う。俺も同様に旅行気分は隠せない。

 ──だが、いつまで経っても発進許可が下りない。

 30分待っても動く気配が無いので機内電話でマイクに確認するも、声音からしてイラつき度合いが半端ない様子。さっさとマイアミという土地から脱出したいのだろうが、空港の管制官からは許可は下りないようだ。

 どうすべきか……待つしかないのかと思って悩んでいるとガタン、と機体の外側で何かが接触する音が響く。

 接触事故か!? と思った瞬間、すぐさまドアをガンガンガン!! と強く叩かれる。モノとモノがぶつかる音ではない、明らかに人為的な音だ!

 それも、普通の建物のドアをノックで叩くようなレベルじゃなく、金属製の鈍器でこじ開けようとしているような雰囲気だ。響き渡る音量は飛行機の外壁だけあって大きくは無いものの、金属同士の触れ合う嫌な鈍い音は焦燥感を生む。明らかに只事ではないぞ。

 経験したことのない事態に歴戦の俺達も戸惑ってしまう。

 手にしたままだった受話器からマイクの声が聞こえていることに気付いて慌てて耳に当てる。

「……おい! 聞こえているか!?」

「ああ、悪い。マイク、何だこれは」

「──多分、空港警察の強制査察だ。今、管制官と連絡を取っているが埒が明かん。面倒だから開けちまうぞ、準備しろ。くれぐれも刺激はするなよ。南側の奴らは気性が荒いからな」

「了解だ……」

 準備しろと言われても、密輸している訳では無いので特に隠す物も無い。に関してはフィーラ二名だろうが、警察に姿を見せるなと言わなかった以上は問題ないのだろう。こういう非常事態の把握・命令ミスに関してはマイク特佐は一切しないので、彼の判断だと信頼する。

 レナとアリサもそう判断したようで、万一に備えて座席のベルトを外す対応だけを取る。俺も一応、ドアからパッと見で二人を見えにくくする位置──何かあっても壁になれる位置に移動したところで、ドアが操縦席マイクからの遠隔操作で開かれる。

 圧力が抜かれてゆっくりと開いていくドアの隙間から我先にと入って来る二名の武装した兵士。アサルトライフルではなく、室内戦を意識したと思われるMP5Kクルツ──サブマシンガンを片手に抱えて、だ。こちらに照準はしてこないが二人ともトリガーに指はかかっている。チラ見だったがセーフティも解除しているのが見えたのでいつでも発砲可能状態だ。

 制服の胸元に付いているワッペンの意匠から空港所属の武装警察だと判断する。が、突入エントリー前の行動からして少々手荒な踏み込み方だ。自衛校でも話題に上がる時があった、警察の中でも優秀な者が集められる『千葉県警察成田国際空港警備隊』でももう少し控え目だぞ。

 ワシントンで言っていたマイクの発言──『フィーラだとバレた瞬間発砲してくるイカれた奴』──が否が応でも頭によぎってしまうので殺意が僅かに漏れる。敵対心からではない、自分と彼女達の命の危機からだ。

 南部国境地帯に入るにあたって、道中の店で買った特殊防弾ジャケットの内側に備えたショルダーホルスターに入っている拳銃を意識する。

 今までの戦闘経験からか、脅威に対して反射的に漏れてしまう殺気。それを感じた彼らも、呼応して俺達三人を見るなり大声で叫ぶ。

「お前達、何者だ!! 貴様、これは幼児誘拐kidnapか!!?」

「きゃあっ!」

 大音量の怒声に、アリサが怯えて声を出す。それを見たレナは途端に怒り顔だ。

 アリサの声につい振り返ってしまったが、俺も再度彼らに向き直って断固たる防衛の構えだ。刺激しないよう予備動作は見せないが、いつでも抜銃可能な体勢を取る。

 マイク特佐の発言も、彼らの所属を示すワッペンも、本物の警察である確実な保証にはならない。

 ──つまり、反フィーラの過激派が襲撃しに来た可能性は否定できない。

 一気に爆ぜそうになる互いの緊張感。思考は攻撃一辺倒になりそうになるも、反対に視野は広がっていく。訓練で叩き込まれた戦闘態勢になりつつあるのだ。……それはダメだ、刺激するなと言われたのに。

 ……なのに……俺はかなり彼女達の事を想っていたようだ。一緒に戦って同じ釜の飯を食べた親愛なる者達に危害を加える可能性のある『敵』に対して排除への道筋を立ててしまう。

 ──フルオート射撃ならば二人同時に撃てる。しかし、所詮は拳銃弾9mmだ。彼らが防弾装備を着ていればストッピングパワーが足りないので戦闘不能状態には出来ずに反撃されるかもしれない。後手で反撃カウンター狙いでもサブマシンガンに先手を取られてはそのまま弾幕で押し通される。

 アリサならフォートレスで防いでくれるか? レナの魔導防壁でも十分防御可能だ。だが反応が間に合うだろうか。俺が間に入っている位置関係が逆に良くない状態になってしまっている。俺の様子に気を取られて上手く防御できなければ、レナとアリサも巻き込まれてしまう。それだけは避けなくては。

 既に、互いのどちらかが動きを見せればそのまま血が流れる事態にまで発展する状態にまで陥ってしまった。クソッ、過剰に反応しすぎたか!? どうすれば穏便に収めることが出来たのか──。

 魔獣やゾディアックから敵意を向けられることはあっても、人からの経験は無かったのがダメだったのか。初めての対人戦闘に身体が上手く動かない。

 心臓の鼓動が加速していく。

 緊張で指先がピクリと震える。

 防弾装備相手に拳銃で無力化する方法は一つだけ。装備で守られていない頭部への銃撃────つまりは、殺害だ。

 スパイの諜報員のように殺人許可証マーダーライセンスなんてものは持っていない。殺せば、罪になる。俺は一生、犯罪者として生きていく。場合によれば死刑だ。その可能性も高い。戦う者として国に認められている者が犯罪行為をすれば一般人よりも罪が重くなるのは当然である。

 ……本当に、自分でも驚くほどに、こうも簡単に殺人の選択肢が出てくるとは思わなかった。思考が加速して一瞬が永遠に感じられる今でも他人事のように思えてしまう。

 それほどまでに、人が人を殺すときは人が人を守る時なのだろうか。

 ──いや、もう迷うのは終わりだ。

 この命に代えても、二人を守るんだ。


 一触即発の、状態。


 俺と、彼らとで見えない火花が散る。一番先に動いたのは──

 

 横方向から重い足音を立てた者だった。

止めろ──STOP

 聞いたことの無いほど低く、怒りの籠った声で威圧したマイク特佐。

 ハッと我に返る。

「……すまん、皆」

 横合いから差し込まれた圧力に屈して──助けられて張りつめた空気を霧散させる。その姿を見て、銃身を俺の足先に僅かに向けていた二人の警察も銃を下げる。マイク特佐もふーっと息を吐く。後ろで、レナとアリサも同じように緊張を解いた雰囲気が伝わる。そして、まず俺の肩を軽く叩いたマイクが話す。

「俺も見誤った。お前がそこまで本気だったとはな」

 またも、今まで見たこと無いほど目で俺の瞳をじっと見つめたマイクはすぐさま彼らに視線を向ける。

「──それと、お前ら。今すぐ上司に連絡しろ。コードBZ421だ。我ら母国の窮地を救わんとする英雄達を邪魔する気か?」

「何? 訳の分からないことを言うんじゃない!! 全員、今すぐ降りろ!!」

 最初に大声を出した方の男が銃を振りかざして強引に連行しようとする。

「待てジェイソン──そうです、彼らの所属は──ッッ!? これはッ大変申し訳ございません!!!」

 もう一人の方、後ろで無線を操作していた細身の男が慌てて謝罪しながら大声男の頭を一緒に下げさせる。

 何とかすんでの所で連絡が行ったようだが、事態がわからないまま無理矢理頭を下げることになった方は意味不明だと言わんばかりの表情だ。

 彼らの謝罪を見たマイクは一つ、ため息をつく。

「まあ良い。それがお前らの仕事だろう。それで、一体何事だ?」

 なぜ、事前に断りも無くこの機体に乗り込んできたのかの情報を得ようとする。

「はッ、共がまた暴れましてその対応として警戒態勢になっています! 離陸寸前の不審な専用機を発見しましたので、対応に伺いました! この度は誠に申し訳ございません!!」

「そういうことか……よし、わかった。もう良いだろう嫌疑は晴れたはずだ。次の確認に行ってくれないか」

「了解であります! 大変失礼いたしました! 行くぞッ、ジェイソン!」

「はっ!? 良いのかよフーゴ!?」

「良いから! さっさと来い!」

 未だに状況が飲み込めていない大声男ジェイソンを無理矢理引きずって機外に出て行く細身男フーゴ。ドアまで後を追って確認すると、地上にある車両に備え付けられている専用の梯子から直接乗り込んできていたようだ。感覚的には梯子を伸ばした消防車に近いな。それか、電線を修理する時の高所作業車か。飛行機がハイジャックされた時の突入経路を作る車両だと判断する。

 よほど慌てているのか梯子の接続を外さずに地上を走って一目散に離れて行く彼らの姿をマイクと一緒に確認する。車両を使わず本部の方に走っていく様子を見届けたマイクはすぐさま踵を返して操縦席の方に戻る。そして、30秒もしないうちに持ってきたのは搭乗する時に運び入れた手荷物だ。

「お前ら、降りるぞ。荷物をまとめろ。これじゃ今日はダメだ。最悪、明日以降もずっと長引くかもな」

「まさか、東海岸のように飛行制限にでもなってしまうのか?」

「……そうなるだろうな。空港も閉鎖されるかもしれねえ。だから急げ」

「ああ……わかった」

 忘れ物が無いか確認しながら荷物をまとめていく。と言っても、中身を広げてはいないのですぐに降りる準備が整った。

「よし。ちょうど良いや、これで降りよう。持てない分の荷物があるなら先に言ってくれよ。上手いコト途中で貰うぜ」

「了解。だが大丈夫そうだ。このまま行こう」

「おう」

 ジェイソン達が放置していったままの梯子で降りる四人。空港から伸びる連絡通路で戻らずに、直接地面に降りる必要があると判断するほど良くない状況のようだな。

 全員が機体から降りたのを確認したマイクは付いて来るよう促してから歩き出す。

 ついさっき、最悪の選択肢を選ぼうとしてしまっていた己を深く恥じつつ、聞かなくてはならない別のことを訊ねる。

「マイク……『ナルコス』ってのは何だ?」

「麻薬カルテルのことさ。本来の名称自体は麻薬そのものを指す隠語だったが、いつの間にかいち大組織の名前となっちまった。お前らは知らなくて当然だし、俺もここ1、2年はヨーロッパに居たからイマイチ把握しきれてないんだが魔獣戦争が始まってからかなり調子に乗っているんだとよ。元はメキシコの小さな組織だったのが急成長して今やアメリカ国境を超えて大戦争になってるのさ。アメリカ軍やメキシコ軍からの物資や兵器の横流しの結果、小国の軍隊に匹敵する程の戦力脅威度にまで膨れ上がった以上、アメリカ軍であっても魔獣と戦いながらの相手は難しいって訳だ。アメリカ軍だって、東と西だの何だので色々とゴタゴタ状態だからな」

「なるほどな……そうなると結果的にだが北側ルートで行った方が良かったかもな」

「まったくだぜ。奴らめ、コトを起こすなら予告しておけってもんだ」

 文句を言いつつも、足取りは早歩き。軍隊にも匹敵する強さを持つ麻薬カルテルが行動を開始して暴れ出したとなれば戦いになるのだろうか。世界史か戦史の授業で、メキシコやコロンビアからの長きに渡る麻薬組織との戦いを少しだけ学んだ記憶があるが、もし戦いが本格化するならこの空港だって標的になるかもしれない。だからこそ、危険な地帯からはさっさと離脱するに限るのだ。

「それで、これからどうするのよ」

 予期せぬ事態に内心かなり焦っている俺とは引き換えにレナは落ち着いている。これが、経験の差か。

「トラブルが起きた際の行動は上から俺に一任されている。今夜は空港近くで泊まる予定だ。場合によっては管制官の許可なしに無理矢理飛行機を飛ばす状況になるかもしれねえからな。だから、近場のあの日本ホテルに出戻りだ」

「オーケー」

「了解だ」

「了解です」

 三人の了解を得たマイクは、シリアスな顔を崩さずに話を続ける。

「──警戒は最高レベルに設定するぞ。アリサ嬢ちゃん、いつでもフォートレスを展開できるようにしておけ。俺への魔力汚染は考えちゃいけねえ、シンドウとレナ様、アリサ嬢ちゃん含め三人の安全を最優先にしろ」

「……わかりました、マイクさん」

 表情を険しくしながらも、アリサは同意する。もしもの時はマイクを捨て駒にしろという彼自身からの命令だ。もう、どこから反フィーラ過激派からの携帯対戦車擲弾発射器RPG-7が飛んできてもおかしくない。しかし、マイクが犠牲になることを前提にしてはいけない。だからこそ、先んじて脅威を発見し、対応するのだ。先手を守り続ければ損害はそれだけ低くなる。

「大丈夫よアリサ、アスク。私も警戒しておくから」

「そうか……頼むぞ、レナ、アリサ」

 二人の顔をじっと見て信頼を預ける。戦闘に関して、男性陣二人が活躍できず少女達に任せることは恥ずかしいが、俺達だってやれることはやるつもりだ。

 レナは静かにうなずく。メンバーの中で最大火力を持つので本当に頼もしい限りだ。

 そして、もう一人の守りの要である頼れるフィーラ。

「──任せてください。、守り抜いて見せますから」

 決意の表情に変わったアリサ。今までも戦闘中何度か見せたことがある、紛れもない戦士の顔だ。

 だが、どこか。俺にはそれが無理しているように思えて──

 いや、彼女の覚悟を信じよう。

 それが、アリサのためにもなるのだと。そう思うことにしたのだった。

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