第23話 Resistance
まず、最初に目覚めたのは聴覚だった。
無音の闇から徐々に音が聞こえてくる。それが相当の轟音──戦闘音ということに気付くのに時間はかからなかった。
共に戦った分隊の、彼らの顔が浮かんでいく。
そして、今も共に戦っている彼女達の顔も想起されていく。
レナは、アリサは、リッタは無事か。それだけが頭の中に駆け巡る。
漸く開いてきた瞼。少しずつ開けて行く視界。眩い極彩色の光が、夢から目覚める時と同じように広がり、消えていく。
視界がクリアになって認識できるようになる。その光景は、レナ達三人がスコーピオンと相対している状況だった。
遠目ではなく、いつの間にかもうかなり近づいている。凱旋門の崩落に巻き込まれて意識を失った時に見た三人の立ち位置からは、ずいぶんと押し込まれているということだ。それだけスコーピオンに攻め込まれているのか。
ここまで把握したところで聴覚と視覚に続いて嗅覚、味覚、触覚が一気に目覚める。
焼け焦げた匂いと口腔内に広がる血の味。身体の感覚として、瓦礫に背中を預けて座っていることがわかった。
そして、それらの情報量より数百倍は壮絶な痛覚が脳内の神経と脊髄を引き裂く。
痛みで思考が、ままならない。
またも失神しそうになる意識を、何とか、気合で繋ぎ止める。
痛みで動くとそれがまた次の痛みに変わる。無限連鎖だ、これは……相当な代物だ。
耐えるには意志だけではダメだ。震える手で、腰に付けたポーチをまさぐる。たったそれだけの動作でも、全身の体内に鋭い針が数百本生成さっるような痛みをもたらしてくる。
ゆっくりと手を動かしながら指の感触で目当てのモノを取り出し、顔の辺りまで持ってくる。
筒状の注射器、側面に書かれているものは
即効性のある、強力な鎮痛剤だ。
本来、デフォルトで回復能力のあるフィーラには必要のないものだが、今まで学校で学んできた知識と技術を活かしたいと中将に直談判し、いくつかの薬品類や救急用具を装備することに許可を出してくれた。
魔力による再生や回復が使えない状況下でフィーラに投与するものであったため、自分自身で使うのは屈辱だがそんなことを言ってられる状況でもない。悔やむにしてもまずは生きなくては。
使い捨てのペン型注入器になっているため、皮膚に押し当ててボタンを押すだけでそのまま中に入っている薬剤を注入出来る。
震える手で注射器を太ももまで持っていき、万力の力を親指に込めてモルヒネを打ち込む。
一拍ごとに痛みが和らいでいく感覚が全身に広がっていく。張りつめていた緊張が途端に抜けるも、それで終わりではない。この処置は彼女達の様子をしっかりと見るためのものだ。俺だけが安息していい訳ではない。
まず、俺の現状を把握するために全身を見回しながら徐々に体の動きを確かめる。
だがこれは……奇跡と言っても良いだろう。
四肢に骨折は見られず、大量出血も認められない。内臓は一部損傷している感覚があるが、そこまで酷くはない。
無事とは言えないが、50mの高さから落下してこの程度で済んだ理由は何だ。
いや、そんなこと考えるのは後回しだ。ひとまず自分の容態が確認できたところで次にレナ達の様子を見る。
未だ霞む視界。眼を凝らしてなんとか遠くに居る三人の様子を見る。凱旋門の上で見ていた時よりも距離が近いためより詳細に確認できるが、全員疲労困憊の状態だ。
三人とも服はボロボロだ。肩で息をしていたり、腕を抑えていたりと遠目でも判るほど酷く消耗している。つまり、俺が卒業訓練の記憶を見ていた間もずっと戦い続けていたのだ。
あれからも壮絶な戦闘が続いたのだろう。辺りには双方が放った攻撃の跡が至る所に見られ、周囲の市街地は火事になっている。
かなりマズイ状況だ。俺もこうしてはいられない。
起きた時と比べて痛みは多少楽にはなったが、まだ動けそうにはない。俺の生存を皆に伝えたいが、掠れて声も出ない。それでも無理に発声しようとして吐血し、酷く咳き込む。
また痛みが連鎖しないよう根性で咳嗽反射を抑え込みながら、逆に声が出なくて良かったと判断する。下手に俺の存在に気を取られてはそれが彼女達の隙に繋がるからだ。
もう少し待機して動けるようになったらとにかくここから離れよう。辺りは大火事になっているが戦闘に巻き込まれるよりかはマシだ。
彼女達の動向を注視しながら機会を伺う。だが、ここで、アリサが弱々しく膝を突いて地に倒れてしまう。
「──ッ!!?」
「アリサッ!?」
遠くで見てる俺と、アリサの隣に居たレナが気を取られて反応してしまう。
その隙を突いてスコーピオンが多重光学魔導砲撃を放ち、レナの姿が煙に包まれて見えなくなる。
だがそれは一瞬のことですぐさま煙から飛び出して
しかし、無情にもその小さな身体をスコーピオンの尻尾が吹き飛ばす。
宙に飛び散る血。力なく落ちていくレナの身体。魔導防壁が貫通されたのだ。このままでは毒で、死ぬ。
苦痛に歪む顔がチラリと見える。意識はあるようだがそれも数秒、フィーラであってもゾディアックの力には耐えられない。
なんとか空中でリッタがキャッチし、すぐさま中和剤を打ち込む。
良かった、助かった──と思った瞬間に再び光学魔導砲撃が撃ち込まれて二人の様子がわからなくなる。
そして、それから一切の動きを見せなくなる。
一分も掛からずに、三人のフィーラは跪いてしまった。
──フィーラ達は、敗北したのだ。
残酷な現実から目を背けるように敗北した理由を考えて行く。
アリサが倒れた理由は、幾度もフォートレスに毒の攻撃を受けたことで極僅か、少しずつ毒が浸透し、ついに身体に到達してしまったのだろう。
致命的に思えたあの受け流し攻撃もリッタが解毒したはずだが本命の毒が隠れていたのかもしれない。
レナもアリサをカバーするために前に出たのだが、それは焦りからの攻撃だった。本来ならば距離を取っての魔導砲撃で仕切り直すべきだったのだ。それが出来なかったのは残存魔力量が心許なかったのかもしれないが。
リッタも結局二人のカバーに入ってしまい、主戦力相当から外れて攻撃を貰ってしまった。
結果的に連携を欠いてしまった三人だが、総じてもう十全に戦うための魔力が残っていなかったのだろう。
……三人の生死はわからない。土煙か、スコーピオンが散らしたとどめの毒ガスか何かの煙が地表を覆いつくしている。
そして、スコーピオンはフィーラの安否を気にも留めずに前進を始める。それが答えのように思えて──。
クソッ、最悪だ。俺は何も、出来なかった!!
そしてそんな役立たずを処分するかのように、スコーピオンは俺に狙いを定めたようだ。
まだ生きている戦闘員を狙ったのか、遠くからじっと見続けていたのが気に入らなかったのか。
迫る死神に抗うための武装は破損してしまっている。崩落に巻き込まれた時に手放してしまったようで、生命線であったアスムリン製の特殊小銃は横の瓦礫に潰されているのが見えた。
ボディーアーマーのポケットに入れておいた予備弾倉も多くが割れて中に入った銃弾がバラバラに溢れている。最後の盾として、マガジンフレームの硬質素材が衝撃を肩代わりしてくれたのだろう。
同様にボディーアーマーそのものも罅が入っている。こうしてみると、救急ポーチが無事だったのもまた奇跡に思える。
小銃と弾薬を失い、防護服も損耗している惨めな俺に残された武器はたった一つだけ。
半ば無意識にではあったが、日本に居る時からずっと持っていた小さな武器。幾度の戦いで何度も俺を救ってくれた頼もしい武器。
SFP9拳銃を左腰のホルスターから力なく取り出す。
この期に及んでも、身体はまだ満足に動けそうにない。恐怖で足がすくんだのか……それならそれでもう仕方がない。
モルヒネの効果で痛みはなくとも痙攣して震える両手で拳銃のセーフティを解除。コッキングして弾丸を薬室に装填する。
訓練によって染みついた動きは今も残っている。が、意思はもう尽き欠けている。
そのまま狙いも雑にスコーピオンに一発ずつ撃っていく。
最後の足掻きとしては物足りないだろう。スコーピオンの魔導防壁は大部分が破壊されているようで展開してこない。……いや、レベル1魔獣を殺すのがやっとな拳銃弾を相手に無駄に魔力を消費するつもりが無いだけか。
俺のかすかな抵抗を気にせずにゆっくりと歩んでくる死神。その死神もまた傷だらけだ。細かい傷口の回復を後回しにしていることからして奴も魔力に余裕は無い。
だが、この拳銃弾の威力では細かい傷すらつけられない。ゾディアックが持つ堅牢な皮膚──直接外皮装甲は並の通常兵器では有効打にならない。魔導防壁と直接外皮装甲の二重の盾によってゾディアックの防御力は核攻撃すら足止め程度にまで減衰させるのだ。
それでも。
それでも、何も反撃しないよりかはマシだと言い聞かせて一発ずつ復讐の怨恨を込めて撃っていく。
彼女達を、殺したのであれば俺もお前を殺す。そう呪いを込めながら足掻き続ける。
やがて、銃弾は最後の一発となる。スコーピオンとの距離は間近だ。その尻尾を振るえばもっと前から殺せただろうにギリギリまで接近して恐怖心を煽り甚振るのが奴の性格らしい。
ついさっき記憶を見たのもあってあのイレギュラーを思い出す。
だがゼロ距離まで近づくことは無いだろう。俺が目の魔で自爆でもすればそれが引き金になって何か作戦が開始される可能性を考慮するはずだ。ゾディアックはその巨体に反して臆病な性格でもある。その危機判断能力によって9年間も人類との戦いを生き残って来たのだ。
つまり、これ以上奴が近づく距離には限界がある。それを見極めて最後の一発を撃つまで引き付ける。
──何のための時間稼ぎだろうか。意味が無い行動をする自分に自嘲染みた笑いが漏れる。
数十秒、怪物の足音だけが重く戦場に響く。
そして、その時は来た。
これで、最後だ。レナ……あの時、助けてくれて、ありがとう……。
目を瞑り、引き金に指をかける。やろうとすれば、それは自死にも使えた。
だが、俺はスコーピオンに撃つことを選んだ。
最後の一発が確かな衝撃と共に放たれる。
瞬間、大爆発の音が響き渡る。
──ッッ!?
反射的に目を開ける。目の前に居たスコーピオンが爆炎に包まれている。
まさか──いや、流石に今の一発によるものではない。でもフィーラの攻撃でもない。もっと身近な、現代的な──
そこまで考えが及んだ所で猛烈なジェット音が鼓膜に突き刺さる。
空に現れたのは小型の航空機。あれは、
どうやらあのリーパーがスコーピオンに爆撃したらしい。さらに後続からも編隊で十機以上飛んでくる。
スコーピオンも黙って攻撃される訳はなく、爆炎から飛び出した尻尾の先が魔導陣を展開し、光学魔導砲撃によって無人機が撃墜されていく。
だが、またも身体表面で爆発。一瞬遅れて響く砲撃音。空ではなく、今度は地上からだ。
砲撃音の先を見て息を呑む。
そこには総勢、数百両規模での無人車両軍団が集結していた。
最新鋭の第五世代主力戦車から、旧型の装甲車両まで多種多様な種類が集まっている。
そして、やたら滅多に砲撃を開始する。放たれた無数の砲弾群はスコーピオンに突き刺さっていく。微々たるダメージだが、ほんの少しでも着実に魔力と体力を奪っていく攻撃だ。
未だ致命傷には程遠いにしても、無数の攻撃に晒されてなお魔導防壁を展開しようとしないスコーピオン。やはり、残存魔力は少ないようだ。
突如現れた援軍を排除するために機甲部隊に向かって怪物は前進を開始する。
一方で、一台の歩兵戦闘車に取り付けられた巨大スピーカーから人の声が流れ出す。
「
この声はマイク特佐の声だ。まさか乗ってるのか、という疑問は続く音声で打ち消される。
「これ
簡潔明瞭に、増援が到着した理由を教えてくれる。つまり、これらの
魔獣戦争が始まって以来、人材の払底で無人化兵器は積極的に検討されていた。そして、操縦系に組み込むだけで無人化できる専用ユニットを開発して実戦に使用して成果を出していたのは知ってる。しかし、ユニットも結局枯渇しているためマイク特佐は独自の技量で達成したことになる。
マイク特佐とこの援軍を送ってくれた国連軍上層部に感謝しつつ、元気づけられる。
まるで自身の偉業を喧伝するかのように繰り返される大音量の録音音声。それを耳障りのように苛立った動きで一台ずつ尻尾で吹き飛ばしていくスコーピオン。
完全破壊されずに転がった車両は上下逆の状態でも砲身を動かして自動的に発射を続けて行く。確かに、これは中に人が乗っていては無理な芸当だ。俺達を騙して逃がそうという訳ではないらしい。
単純にここまで自動運転で辿り着くシステムを作ったのも凄いし、自動で攻撃するシステムも相当だ。
それらが無惨にも破壊されていくのは心が痛いが──今しかない。
少しでも軽くするために拳銃を手放して、漸く動き始めた身体を両腕で起こして立ち上がる。
両足もなんとか動くが、どうしても引きずってしまう。だが骨折していないだけマシだ。
一歩ずつ地を踏むたびにモルヒネの効果を貫通して激痛が走るも、歯を食いしばって少しずつ凱旋門の瓦礫からは離れて行く。
壮絶な痛みが心を蝕む。何のために生き抗うのか。悪魔の囁きが死を受け入れろと誘う。
そんな戯言はクソだ。俺にはやるべきことがあるんだ。
フィーラ達のために。だけでなく、今まで戦ってきた全ての戦士のために、俺が諦めることは許されない。何度でも奇跡は起こる。
そして、さっき諦めかけたことでわかったんだ。俺は、死んでも死にきれない。
必死に抗う俺を嘲るように、悪魔は地獄を見せてくる。
目の前には、一体の小柄な魔獣。レベル2
戦場で出くわすのは三度目の魔獣だ。
フィーラ達がスコーピオンと戦っている時には通常魔獣の気配は見られなかった。恐らく、あの無人車両のどれかに乗り込んでここまでやって来たのだろう。
対スコーピオン用として無人部隊を投入する以上、最優先戦闘対象はゾディアック・スコーピオンとなる。道中でレベル3、レベル4といった高レベルの魔獣と出くわした場合は一部の車両が足止めか囮となって他を先に進ませるという命令で、低レベルの魔獣であれば時間の都合上、無視せよという命令が組み込まれていたのかもしれない。
急ピッチで用意したはずだし、敵対設定が雑なのは致し方ない。とにかく、戦力をここまで送り届けることを目的にしたのだろう。
そのシステムに気付いた利口な奴がこっそり乗り込み、ここまでやって来たのだ。一体だけということもあって、コイツも友軍から離れて孤立していたのだろうか。結局、死地に届けられてしまったのだが。
──相対する一人と一体の構図。
ウルフは動こうとしない。俺の行動を注視している。見ているだけだが隙は無い。何か銃でも取り出そうとすれば一気に襲い掛かって来る。
そのため俺も動けない。そもそも戦う武器が無い。素早い魔獣相手に付け焼き刃の
レベル5の魔力耐性があろうと首元を噛みちぎられればそれでオシマイ。
だが動かなくてはならない。現状に置いて時間の浪費は死までの針を進めるだけになる。これ以上の援軍も見込めないだろう。
背後で爆発。一台の車両が盛大に地面を転がって来る。
唐突にやって来た有無を言わせぬ死地。
尻尾に高速で薙ぎ払われたことでバラバラに破壊されながらこちらに飛び込む鉄の塊。細かい部員や割れた外装甲版、
破片と巨大な鉄塊が転がって来る衝撃に、反射的に地面に伏せて避ける俺。ウルフも共倒れは避けたようで素早く距離を取る。
這いつくばってやり過ごしていたその時、目の前に筒状の何かが転がって止まる。
「──ッ! これは!!」
反射的に手に取って膝立ちに構える。
カールグスタフ84mm無反動砲。
個人でも携行可能な肩撃ち式の無反動砲の一つ。対戦車用として使うだけでなく、拠点制圧や戦闘補助にも使える優秀な武器だ。俺にとっては訓練で何度も撃ったため馴染み深い。M4モデルなので軽量化されており、傷付いた身体でも辛うじて構えられる。
恐らく、歩兵戦闘車か騎兵戦闘車の中にそのまま放置されていたのだろう。
重さ的に砲弾も中に装填されている。セーフティは今、解除した。
攻撃態勢を取ったことでウルフが襲い掛かって来る。瞬間極まる攻防。どちらの攻撃が先に通るか──
瞬間、空中に居たウルフが一刀両断に切断される。地に落ちた骸と同時に緩やかに降り立ったのは、光り輝く剣を持った金髪の少女。
片膝を突いたまま、その姿を見上げる。
何度目かわからない、救世主の奇跡に感謝してその名を呟く。
「また助けられたな……レナ」
声を掛けられたレナは俺の無事を確認したことで、安堵の笑顔を見せる。
「アスク……生きていて良かったわ。──さあ、早く行きましょう。他の二人も無事よ」
良かった。アリサもリッタも無事だったのか。
20mほど路地を進んだ辺りで、瓦礫に隠れるようにしてアリサとリッタが身を寄せ合っていた。
共に、酷い状態だ。衛生科コースの視点では一刻も早い治療が必要の判断になる。本来であればもう戦わせられない。
「アスクさん……ご無事で……良かった、です」
「あら、貴方も存外しぶといのですわね……」
力無く伝わる二人の声が胸に突き刺さる。俺も辛うじて無反動砲を支えに立っている状態だが、幼い子供が酷く傷付いている様子をこれ以上黙っては見ていられない。だが……俺が代わりに戦うのは不可能だ。無力を痛感し、顔が屈辱で歪む。
そんな様子の俺を見て、レナが空気を和らげようとする。
「あの援軍に助けられたわね……あれが無人なんて信じられないわ」
「そうだな……だが、マイク特佐なら可能かもしれない」
そうさ。俺も俺がやれることを探すんだ。
「とりあえず、態勢を立て直しましょう。二人ともまだ動けないわ……私のせい、でね。──ごめんなさい。アリサが護って、リッタが解毒して身体を運んでくれなければ私は死んでたわ」
「謝罪は必要ないですわレナさん。貴女が居なくては、この戦いは勝てないのですから」
「それは、あなたも同じなのよリッタ……」
「……皆であと少し、頑張りましょう、レナさん」
「……ええ、そうねアリサ。だけど……このままじゃ──」
三人とも、勝ち目は薄いと判断している様子だ。今から逃げた所で、結局追撃は避けられない。
「レナ、スコーピオンに残っている体力と魔力からしてあとどれくらいで倒せそうなんだ?」
何か材料は無いか、現状を正しく見通す眼を持っているレナに訊ねる。
「……あの車両軍団の攻撃を無視できず、能力を使わずに小威力の物理攻撃でしか破壊していないことからの感覚的な判断だけど──あと、一回、押し込めば致命傷を与える隙が生まれるでしょうね。それを活用できるかは置いておいての話だけど」
「そうか、あと一回か……」
押し込むということは全力で攻撃してダメージを与えるということだろう。
スコーピオンの体力と魔力を削り切って致命傷を与えられれば俺達の勝利。出来なければ、死。
なんとか、残り少ない彼女達の力で倒し切る算段を立てようとする。俺が出来るのは頭脳仕事ぐらいだ。それに、今までの作戦パターンは既に見切られて効果が薄い。ここは、異分子の俺が逆転の突破口を考えるんだ。
今までにないぐらい、脳をフル回転させて解決策をひねり出す。
徐々に迫って来る死への招待。卒業訓練でイレギュラー相手に機械のように動き続けた時と同化していく。
戦力規模からして無人軍団の攻撃はあと少し続くはずだ。ひとまず、手元に唯一残った無反動砲の状態を確認する。
筒の下側、砲尾を横にスライドさせて砲身を開放。中にある砲弾を取り出してライフリングを覗き込む。
24条右回りの螺旋溝に異常は見られない。あれほど盛大に転がって来たが、故障は無いようだ。空撃ちして
砲身側の確認が終わり、続いて砲弾も確認する。そこで、側面に書かれた文字が目に入る。
ILLUM 545C。
──マジか。
予想外の情報に、あれだけ動いていたはずの脳が停止してしまう。これでは撃ってもダメージが……
と、思いきや急速に脳裏に映像が駆け巡っていく。
初陣でレナが見せた戦いの光景。
エタンプで見た夜空の光景。
そして、あの卒業訓練での最後の記憶。
場面ごとの映像が繋ぎ合い、一つの光明を照らし出す。
これだ──これしか、ない。
じっと砲弾を見てフリーズしたままの俺にレナが心配して話しかける。
「アスク?」
その言葉で現実に引き戻された俺は顔を上げて全員の顔をしっかりと見る。
「──戦おう、皆。スコーピオンの隙を突く方法を、考えた」
すぐさま三人に作戦案を伝えていく。急遽思いついた案だが、確実性は高いはずだ。皆もこれしかないという風に納得する。
「でもこれだけでは足りないわ。その前に、スコーピオンを削り切る担当が必要よ」
レナの言葉を待っていたかのようにリッタが手を挙げる。
「わたくしが、いたしましょう」
似合っていた私立女学園のような黒い服装は、見るも無残に汚れている。外傷も痛々しい。流血の跡も至る所に見られる。
それでも、リッタは自分が戦うんだという意思を示す。自暴自棄、囮で自死するような考えではなく、戦って勝つという絶対の自信を持って。
リッタの覚悟を見たレナは、単独戦闘の提案を許す。
「任せるわよ、リッタ」
隣で座り込むアリサも同じく応援する。
「お気をつけて下さい、リッタさん」
心配そうな顔の二人に、大丈夫だという風に明るく気丈に振舞う。
「心配ご無用ですわ! 元々はわたくしの
無理をしているのはわかっている。だが、誰かがスコーピオンを消耗させる必要があるのだ。
「頼むぞ、リッタ……後の用意は任せろ」
彼女の頑張りを蔑ろにしないよう、俺も背中を押す。
その言葉で元気づけられた──ように振舞って力強く立ち上がって高らかに宣言する。
「よろしくてよ!
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