第21話 ゾディアック・スコーピオン
大攻勢。
魔獣達が攻撃と突進のみを行う、死をも厭わない大規模統制攻撃である。
津波のように勢いと物量で押してくる凄まじい攻勢はこの戦争中幾度も繰り返され、人類はその度に大打撃を受けている。
大攻勢の定義は未だ審議中ではあるが、基本的に数万体規模での大規模攻撃が大攻勢の一つの形として呼ばれることが多い。
魔獣軍の切り札である大攻勢の対策として既に人類も対抗戦術を生み出している。大攻勢の予兆が確認され次第、すぐさま予測された突破攻勢点に全力で攻撃を加えて出鼻を挫くというものだ。対症療法的戦術ではあるが、現在でも通用するため一定程度は有効な戦術であると評価されている。
今回も同様の戦術で魔獣軍の大攻勢を迎え撃とうとしたが、火力の要である大砲部隊が航空魔獣部隊からの攻撃を受けてしまう。
大砲部隊は戦場において絶大な火力を提供するため、『戦場の神』と呼ばれるほど重要な部隊であり、魔獣軍がこれを脅威と見なすのも当然の判断だろう。
そして、国連軍もそれを護るための対空迎撃部隊は準備済みだ。想定通りに次々と撃墜していく。だが、それと同じぐらい大砲部隊の戦力は刻一刻と下がっていく。
戦力が低下していく理由は対空迎撃をすり抜けて大砲部隊が攻撃を受けているのではなく、部隊を担当する兵士達が体調不良で離脱していったからである。その数は想像を絶する被害で全体の半数に及んだ。
極度の衰弱状態、高熱、発疹、嘔吐。様々な症状を訴えながら一人、また一人と後方に運ばれていく。
明らかに、何らかの感染病が疑われる状況。そして、撃墜された航空魔獣の死体から未知のウィルスが高濃度で検出される。
この事態に国連軍の参謀本部は、魔獣達が自らを
迎撃を躱し、航空攻撃に成功しても体を蝕むウィルスで絶対に死亡するという『特攻』を魔獣が行うことは基本的にあり得ない行動だ。
だが、ゾディアック・スコーピオンと魔獣達はそこまでして国連軍を──人類を駆逐しようとする。その狂気に、国連軍は追い込まれたのだ。
大砲部隊が機能停止し、突破攻勢点への全力攻撃が行えなくなる。二の矢として戦車を中心とした機甲部隊が派遣されるも、同様にキャリアー魔獣によって最前線に展開した戦車が一台ずつ沈黙していく。
戦車そのものが破壊されたのではなく、その中身である搭乗員がウィルスに侵されて沈黙するのだ。戦車、装甲車のNBC防護すら貫通する未知のウィルス。事前にフィーラ・スコーピオンやアスムリンが用意していたワクチンや血清でも効果が無いほどの強力なタイプであるので国連軍に打つ手はない。
魔獣軍の出鼻を挫くことに失敗した国連軍は大攻勢を許してしまう。そして、一度大攻勢が始まれば止まることは決して無い。
既存の防衛戦術及び作戦が崩壊し、ただ後退するしかない状況に陥る。だが、戦力を温存するにはそれしかないのだ。
全速力で後方に下がっていく指揮戦闘車の車内でアーノルド中将は統括する部隊に指示を出していく。これでは何のためにパリにまで攻め込んだのか意味が無いと悔やむ。何か手を尽くせたはずだ。そう自問自答しても最悪の事態は自然には収まらない。
たった一手の奇策。魔獣軍がウィルス特攻しただけで我々は敗北しつつある。奴らを甘く見ていたのだろうか。それとも、精鋭部隊さえいればなんとかしてしまうだろうと心のどこかで安心していたのだろうか。
そして、その精鋭部隊から報告が入る。彼らもゾディアック・スコーピオンに補足され、会敵したらしい。先に見つかってしまえばもう逃げることは不可能だろう。彼らは我々の援護も無しにあの怪物と戦うことになる。
同時に、パリから撤退した彼らの援護を我々が受けるということも出来なくなった。国連軍の建て直しはもう不可能だと悟る。
何か起死回生の一手は無いだろうか必死に頭を回しつつ、だがすぐに光が差し込むことは無い。
暗く沈黙する車内から目を背けて空を見上げるも、そこも地獄が展開されている。百体以上の航空魔獣が空を覆う。それを迎撃する友軍の戦闘機と対空ミサイルが入り乱れ陣形を描き回して必死に地上部隊を守る。
その迎撃を突破した何体かの航空魔獣が指揮車両部隊目掛けて急降下するも、同伴している対空車両が機銃を猛射して弾幕を展開。魔獣戦争前にドローン対策として再生産されたものを徴用したものだが、指揮部隊の最終防衛ラインとして機能してくれている。
何とか、今しがた強襲してきた魔獣達は撃墜できた。だが第二波、第三波とすぐに後続がやって来るだろう。奴らも指揮官狩りの有効性は理解しているようだ。
奴らもキャリアー魔獣であれば、我々指揮官連中もじきに無力化される。
……今のうちに考えられるもの全てを脳内で試してみるか。
思案すること2分。無数の作戦案から一つに絞りだした中将はそれを実行するかしないかの選択に迫られる。切り札にも自滅にもなりえる一か八かの作戦に中将は数十秒考え抜いて──決断した。
我々の勝利条件はやはり精鋭部隊の生存だ。彼らを助けるにはこれしかない。
決断後は行動あるのみ。すぐさま無線機に呼びかける。
「私だ、マイク特佐。……そうだ、例の計画案を実行してくれ」
その後も、アーノルド中将は苦い顔をしながらも矢継ぎ早に指示を出していく。秘策を行うということは、その分の戦力を抽出せざるを得ないということ。生じたロスを魔獣軍は決して逃さない。
大攻勢と正面切って戦うのは愚策だ。地平線の彼方──いや、水平線の遥か彼方まで追ってくるだろう大攻勢の衝撃に押されて、ただひたすらに後退することでその勢いをいなす。
だが、それにも限界がある。縦深戦略が機能するには相応の後方地域が必要だ。穴の開いた砂時計のように、距離の余裕は急速に消費されていく。
我々が勝つか、負けるか。全ては精鋭部隊に託された。
……無力な我々は、健闘を祈るしかないのだ。
アーノルド中将は願う。どうか、彼らが無事であるようにと。
願わくば、あの仇敵を──倒してくれ。
中将に祈られた彼らは今、最悪の怪物と相対している。
怪物の名はゾディアック・スコーピオン。
蠍座の名を冠するその姿は名の通り、まさに巨大な蠍という風体。
大きさは巨大なビルを横倒しにしたようなサイズ感。尻尾の長さまで含めれば優に200mは超えるだろう全長を持つ。
特徴的な長い尻尾や顔の前に備えた巨大な鎌状の触肢などが確認できるが、足がムカデのように何十本もあるなど普通の蠍との違いも見られる。
スコーピオンの戦闘能力はゾディアックの中でも厄介な一体として名高い。
防御力は平均的なゾディアックと比べてやや低いと見られるが、攻撃力と機動力、そして能力の凶悪性と応用力に関してはかなり高いと分析されている。
まさに『怪物』と形容できる存在が、静かにこちらを見ている様を実感してしまうと途端に身体が恐怖で強張る。だが、そんな恐怖を跳ね返して威風堂々と凱旋門の上に立つ三人の少女達が居た。
その少女達はフィーラと呼ばれている。
人の身でありながらゾディアックの能力を扱うことが出来る奇跡の存在。
避けられない戦いを前にしてレナが横に立つ俺に呟く。
「ごめんね、アスク。結局戦わせることになってしまったわ。……許して欲しい、とは言えないわね。だから、言葉ではなくその行動で償うわ」
彼女の誠意に感謝を示して、俺は自分が為すべき行動を伝える。
「ありがとう、レナ。一緒に戦うことが出来て俺は嬉しいよ。足手まといにならないようここから見守ることにするが、状況次第で援護射撃ぐらいはさせて貰うぞ」
「ええ、その時はお願いするわ。でも、第一に自分の命よ。あなたは、私達より頑丈では無いのだから、ね」
レナの言葉に静かに、首肯する。
俺が積極的に戦えないのは仕方がない。下手に戦闘に参加して俺の護衛に意識と戦力を割くぐらいであれば、俺はひっそりと遠くから見守ることに努める。
そんな消極的な俺をわざと揶揄うように、だが本心としては無理せずわたくし達に任せて欲しいという声音でリッタが俺に言う。
「シンドウ様はここでご覧になっているだけで大丈夫ですわ。わたくし達だけでケリをつけますのでご安心くださいませ」
何とも心強い発言だ。本当に俺が居なくても何とかしてくれるという気持ちにさせてくれる。
続くアリサも、俺を気遣いながらもスコーピオンとの決戦に向けて士気の高さをアピールする。
「そうですね、アスクさんのお手を煩わせてはいけないですから……でも、もしもの時はお願いしますね!」
三人の勇気をしっかりと味わいながら、それを応援する。
「皆…………頼むぞ……」
悪いな、とは言えない。庇護される者の謝罪の謙遜は時に相手への侮辱にもなる。俺はただ願うだけだ。皆の勝利を。そして、彼女達が誰一人死なないことを。
──
「──行くわよ」
レナの合図で三人のフィーラ達が一気に凱旋門の頂上から飛び降りる。
その行動を見て先手を打ったのはスコーピオン。尻尾の先に魔導陣を展開し、何らかの毒物を生成。すぐさま尻尾の先から白い煙のようなものを勢いよく噴射。地を這う火砕流のように高速でこちらに迫って来る。
明らかに毒ガスの一種。あれに巻き込まれればフィーラであっても一溜まりも無いだろう。如何に魔導防壁があるとはいえ、魔力を含む毒性の煙であれば貫通されることも考えられる。魔力は魔力によって撃ち破れるからだ。
この窮地に素早く反応したリッタが魔導陣を展開して毒煙を解析。対抗薬となる中和剤の煙を、手にした赤い槍──ラ・モールと教えてくれた──の穂先に展開した魔導陣から噴出させる。
放たれた二つの煙は中間地点で混ざり合い、中和されて清浄な空気と化す。
スコーピオンの毒煙は地上に降り立ったフィーラ達を狙ったため空気より比重が重い気体であったが、凱旋門の上に立つここでも何かピリピリするような刺激臭を感じる。中和しきれなかった極微量のガスが高低差というフィルターを通しても、明らかに人体で感知できるほどの毒性。恐らく強酸系の毒ガスだったのだろうが、スコーピオンの開発したオリジナルに違いない。人類が発見、開発したものであればリッタや他のフィーラでも対抗しやすいからだ。
今度はこちらの番だという風に、三人の中でも中・遠距離攻撃に優れるレナが高威力の鋭い光線──『
数々のレベル4魔獣を一撃で葬って来たアルテルフが容易く防がれた事実。これが、ゾディアックの力だと実感する。当然ながら、一筋縄ではいかないな。
──ゾディアックに勝つには無尽蔵にも思える体内保有魔力と素の体力(生命力)を削って隙を生み出し、致命傷を与えるしかない。魔力と体力を削るには魔力攻撃が最も効果的なのだが、攻撃によって傷をつけても立ちどころに回復してしまう。普通のレベル4では瀕死になるような傷でも魔力のゴリ押しによって無理矢理回復してしまうからだ。
保有魔力と体力の絶対量で劣る以上、フィーラがゾディアックに勝つには長期戦ではなく短期決戦しかない。
レナも当然理解しているようで続けざまに攻撃。多重魔導砲撃──『
やはりスコーピオンの尻尾は非常に厄介だ。鋭く尖った先端部の針からは常に毒液が滴っており、その針に沿うようにして4つの刃が常に魔力を纏わせている。この尻尾が攻撃に転じれば遠心力で加速された強力な一撃によってビルを破壊する威力を持ち、防御に転じればその正確性と俊敏性によってほとんどの攻撃を迎撃するだろう。
同時に、頭部の横に構える一対の鎌も注意しなくてはならない。『死神の鎌』と称される強靭な触肢も尻尾と同じく攻防自在の武器であり、戦車の分厚い装甲を串刺しにして顎で噛み砕く映像によって学生の俺達に衝撃を与えたのは今でも覚えている。また、防御面においては弱点となる頭部を護る重要な部分だ。
ゾディアックも魔獣も──フィーラや人間でさえ基本となる弱点は二つ。脳と、心臓だ。
脳は魔術、魔導の演算処理器官として機能し、心臓は魔力を生み出す魔力炉としての機能を持つ。
このどちらか、或いは両方を破壊されれば致命傷となって死亡する。ゾディアックの場合、途轍もない再生能力と莫大な保有魔力量から両方破壊することが求められる。脳が残れば体内に残存する魔力を使って心臓を直されるし、心臓が残れば高負荷をかけて魔力を一気に生み出してゴリ押しで脳を治す。治す際の一連のシステムは自動術式によって体内に組み込まれているため、十分量の魔力を生みだせれば脳の完全破壊ですら元通りに治してしまう仕組みが研究機関によって分析されている。
ゾディアックを倒すには途方も無い苦労をしなくてはならないのだ。そのことを承知の上で、三人は戦い続ける。
レナの攻撃に乗じてリッタとアリサが飛び出す。共に近距離戦に優れる二人だ。
その二人を狙って長く伸びた尻尾が振り下ろされる。まともに喰らえばフィーラであろうとダメージは避けられない。
「リッタさん、お任せください!」
空中に一人跳び上がったアリサが『
それでも防ぐことは出来た。僅かに硬直した攻撃後の隙を狙ってリッタがスコーピオンの懐に入り込む。
残る障害は二つの死神の鎌。先読みで振るわれる連続攻撃をバレエのような動きで華麗に避けて行く。魔導防壁ありでも直撃すれば身体が数十m吹き飛ばされるだろう攻撃を紙一重で避ける姿は酷く刹那的で綺麗とも思ってしまう。
途轍もない集中力、柔軟性、反応速度、精密性をリッタが見せつける。そのまま攻撃を避けきって魔力を纏わせたラ・モールをスコーピオンに突き刺す。魔導防壁によって一瞬は阻まれるも、その威力と穂先の溶解毒によって貫通。スコーピオンの顔近く──人間で言えば肩の辺りに深く突き刺さる。
普通の魔獣のように叫びを上げることは無いが、明らかに体全体の動きが遅くなる。毒が打ち込まれ、全身に回り出したのだ。
あのゾディアックに一撃を喰らわせた事実。リッタの攻撃が通った理由は、レナとアリサとの連携もあるだろうが一番の理由は体格差だろう。スコーピオンの想像以上にリッタが小柄だったため、攻撃が当たらなかったのだ。一見すれば勝てないと思える巨大な相手でも勝ち目はある。象を食い殺す蟻のように。
リッタが自ら作り出したオリジナルの猛毒を打たれたスコーピオン。体内に侵入した混合毒は心臓の一拍ごとに回っていく。化学系の神経毒とウィルス、細菌を混ぜ込んだ最強の致死毒。様々な死神が伸ばす無数の魔手が、スコーピオンの体内を滅茶苦茶に破壊していく。それを解析し中和するためにリソースが割かれて体の動きがおかしくなっているということだ。
同時に、麻痺毒も打ち込んだのだろう。むしろこれが本命のようで、続く仲間の攻撃をサポートする。
「今ですわ!!」
「オーケー! 避けなさいリッタ!」
今がチャンスとばかりにレナが猛攻撃を開始。ラ・モールを手放してスコーピオンの眼前からリッタが離脱すると、すぐさま無数の魔導攻撃が撃ち込まれる。
一撃が強力なアルテルフが連続発射され、弾数で押し込むスブラが同時にかつ絶え間なく放たれる。
数百の軍勢が一度に消し飛ぶレベルの大火力攻撃。今まで見たレナの攻撃で最大のものだ。この殲滅力を持っていたならば、オルレアン包囲戦で一人最前線を任されるのも納得する。
リッタも再度ラ・モールを生成しての突き刺し攻撃。今度は魔導防壁にも防がれずそのまま体表に突き刺さる。更なる毒の攻撃にスコーピオンが身じろぐ。
アリサは攻撃に参加せずに、尻尾や鎌の攻撃に備える。麻痺で動きが鈍いと言ってもまだ十分な殺傷力を持っているからだ。
二人の攻撃がスコーピオンにダメージを与えていく。これでどれほどの魔力と体力を削ったのだろうか。いや、アイツの絶対量からすればまだまだ序の口だろう。雀の涙ほどとは言わないが、先は長い。
早くも毒の分解が終了したようで、スコーピオンの動きが過敏になる。当たり前のように致死毒を無効化する荒業はゾディアックとしての強さを見せつける。
──この戦いはリッタに懸かっている。
リッタが開発した独自調合の毒が尽きる前にスコーピオンを倒せるか。
そのスコーピオンからの毒による反撃をリッタがどれだけ防げるか。
同じ能力を持つ者同士、
それを火力担当のレナと護衛担当のアリサが懸命にサポートする。
以前から対スコーピオン戦の作戦を考えていたようで、三人の連携は滞ることなく機能する。ほとんど会話もせずに戦闘意思を共有して一つに束ねている。
回復したスコーピオンによる目にも止まらぬ尻尾と鎌の攻撃。その全てを防いていくアリサ。一部突破された攻撃を華麗な動きで回避し、隙あらば槍を突き刺すリッタ。レナはそれらの攻撃の応酬を完全に読んで的確に援護攻撃を行っていく。時にはリッタが生み出した隙を狙ってスコーピオン本体に攻撃し、時にはリッタとアリサを狙う攻撃を精密射撃によって迎撃する。
三人によるコンビネーションがスコーピオンを翻弄し続ける。フィーラのすばしっこさによって攻撃が直撃せず、毒ガスなどによる範囲攻撃をしてもリッタにすぐ中和されてしまう。焦って連続攻撃をしても逆に三人に手玉に取られてしまい空回る。
意外にも、ゾディアック・スコーピオンという強者が戦闘に慣れていないことに気付く。だが、当然のことかもしれない。今まではその凶悪な能力と強靭な体躯によって無双しており、彼女達のような同格の存在と戦ってこなかったのだ。リッタとの小競り合いは何度かあっても、ここまで本格的に戦ったことは一度も無いだろう。もしあれば、その時はどちらかが倒れるまで続く死闘になるため逆説的にあり得ない。
最前線において油断できない戦いをずっと続けてきたフィーラならではの有利点。戦闘という命を奪い合う状況でこの差は大きく働くだろう。
スコーピオンも何とか挽回するために、ついに光学魔導砲撃を撃ち出す。砲弾ではなく、ビーム上の魔力攻撃。レナもよく使用するが、この攻撃は魔力消費量がかなり多い。その分、貫通力に優れる高威力の魔導攻撃なので直撃すれば魔導防壁を大きく削り取る。これを効率的に使えるのは魔力操作に優れるレナぐらいのものだ。
だが、この光学魔導砲撃が加わったことでアリサの防御が間に合わなくなり、今まで機能していた連携が少し崩れ出す。
その影響でリッタが攻撃から回避に専念することになり、遠くにいるレナにも何発か撃たれ始めたので防御に集中する必要が出てくる。
魔力消費を度外視したスコーピオンによる反撃。このまま続ければ自身にとって有利になる長期戦を捨てることになるが、三人の連携を乱す方が良いと判断したのだろう。
その考えは成功し、アリサが瞬間的に孤立してしまい複数の光学魔導砲撃を同時に照射される。フォートレスで光学砲撃を受け止めるアリサだが、硬直した隙を突いて尻尾による強烈な攻撃が襲い掛かる。
思わずアリサの名前を叫びそうになるも、本人は焦らずに対応。フォートレスで正面から受けるのではなく、受け流すようにして尻尾の勢いをいなす。リッタもそうだが、一滴で即死する毒が目の前にあるのに何故これが出来るのか彼女達の度胸に尊敬の念すら覚える。
しかし、受け流す過程でフォートレスが薄くなってしまい、尻尾の先がごくわずかに、アリサの腕を掠る。
だが、すんでの所ですれ違ったリッタが中和剤を投与。尻尾の攻撃をラ・モールでいなした時に毒を分析し、中和剤を作っていたのだ。
受け流し切ったアリサがそのまま前に突撃。拳に魔力を纏わせて一撃、重たい攻撃を顔面に叩きこむ。
防御役が攻撃に転じるという奇策。スコーピオンもこれにはたじろいでしまう。さらに、後方で砲撃による火力を担っていたレナも前に出てくる。手には光り輝く剣──『
その傷口が治る前にリッタが突貫。ラ・モールを突き刺し、一気に毒を流し込む。
一連の攻撃が終了し、三人が一斉に離脱。ひと際強烈な咆哮を放つスコーピオン。この攻撃はかなり効いたようだ。
リッタの猛毒がスコーピオンの全身を侵す。幾重にも放たれた死神の魔手がその命を一気に奈落に叩きこもうとしている。深淵への誘いに抗おうとするが、それに追い打ちをかけるように三人の少女が魔導砲撃を加えていく。
さらに、リッタが打ち込んだ毒は今までスコーピオンが体内に張り巡らせた抗体に過敏に反応する激甚毒だったようで、穿たれた傷口や口腔、体の節々から血が噴き出す。
尻尾も痙攣を始め、足もあらぬ方向に蠢き出してのたうち回る。
あれほどまでの強敵が見せた大きな隙。このまま一気に倒せるぞ……!!
そう思った瞬間、スコーピオンは奥の手を出す。
尻尾の硬直が収まったと思いきや、猛烈な勢いのガスを噴出。束の間、着火して巨大なガスバーナーのような炎の大剣を生み出す。
まさか、毒ガスに火を付けるとは思わなかった全員の隙をついて一気にその剣が地表を薙ぎ払う。
普通のガスバーナーに使われるアセチレンガスでは直接的な毒性は無い。つまり、何らかの魔力的な特殊のものだろうが、それにしても出力が桁違いに大きい。
距離を取って攻撃していたため、最悪に良い角度で直撃コースに居た三人もこれには防御を優先せざるを得ない。
二度、三度薙ぎ払われた炎の奔流はフィーラが居た地表のみならず、パリの市街地を焼き払う。莫大な熱量で融解していくアスファルト。遠く離れた建築物が両断され、凱旋門の足元にも直撃する。
直撃箇所から数十mは離れていても凄まじい熱量を感じたが、そんなことはどうでもいい。余りの威力に凱旋門が崩れ落ちている!
俺の居た場所にも崩壊が伝播し、避けられない重力によって地に落ちて行く。瓦礫に埋もれ頭や背中をぶつけたことへの痛みと衝撃によって意識が消えかける。
死地に覚醒した脳が最悪の光景をスロモーションで見せつけるも、何も抗えることは無い。普通の人間は空中で行動などできない。
半ば諦めて地に背中を向けて遠ざかる青空を見つめる。徐々に視界が暗くなり、代わりに浮かび上がって来るのは朧気な光景。
ああ、これが、走馬灯ってやつか。
他人事のようにそんなことを思いながら、俺は記憶の海に溺れて行くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます