第15話 Vers Paris

 リヨン防衛戦は意外なほど早く、あっという間に終結した。

 夜間強襲とはいえ、フィーラが3人居るという状況は対応するには十分すぎる戦力だったのだ。

 前衛フロントにレナとリッタの二人、後衛バックに俺とアリサが展開する陣形で、事前の作戦通りに各地の魔獣軍攻勢点を攻略していった。

 前衛の役割は敵魔獣の撃破及び分断。後衛の役割は前衛が崩した敵魔獣軍の陣形から浮いた魔獣を各個撃破していくこと。俺は抗魔銃弾を使用した高威力の精密射撃によって一体ずつ確実に狙撃していき、アリサは俺が狙撃に集中できるよう周辺警戒と護衛に努めた。

 正直、俺の援護が必要ないぐらい前衛の二人が通常魔獣相手に無双していたので目立った活躍はできなかったが、初めて俺が戦闘に貢献できた戦いであった。

 結果、この防衛戦で俺は50体以上のレベル2魔獣を撃破した。一兵士の戦果としてはかなり高い方だ。

 市街地戦なこともあって、最初の初陣と比べて落ち着いて戦うことができたのも大きいだろう。訓練で学んだことを実戦に活かせる機会ができて本当に良かった。これで、長年のキツイ訓練がやっと実を結んだということになる。

 勿論、フィーラたちの活躍が一番大きいのは事実だ。俺がビルの上階窓から隠れて狙撃しているのに対して、レナとリッタは地上で数十体の魔獣相手に軽やかに戦っていく。レナが光り輝く剣を持って薙ぎ払い、リッタは赤く細長い槍を手に打ち払う。アリサは厄介で卑怯な狙撃手を倒しに来る魔獣を感知し、先手を打って沈黙させる。

 即席のチームとしてはうまくいった方だが、魔獣軍もかなり早期に攻撃を諦めていたようで、途中からは撤退気味に戦っていた。

 一時は夜間の間、ずっと戦火に包まれると思われていたリヨンであったが魔獣軍は日が昇る数時間前に完全に撤退した。リヨンを守り切った俺達の勝利だ。

 俺達が前線で戦っている間に到着した国連軍ジュネーブ駐屯師団の応援部隊と合流し、戦闘は終了したとの報告を受けると同時に、俺は座り込んでしまった。

 情けない話だが、張りつめていた気が抜けて腰が抜けてしまったのだ。

 兵士に抱えられながら陣地に戻り、ベッドで横になると同時に深い眠りについてしまった。


 目が覚めたのは日も天頂に差し掛かるといった昼頃。夢の中で戦闘の続きを行っていたこともあってか、目覚めた直後からここは日本の自宅ではなく、海外──それもフランスの前線拠点であることは理解していたのは幸いであったが、やはり今に至るまでの状況を受け止めきれないのは確かだ。

 混乱してる寝起きの頭の中を整理しようと体を起こして云々唸っていた時、レナが仮説テントの中に入ってきた。

「アスク、やっと起きたのね」

 昨日と同じ。戦いが起きても変わることはないその立ち振る舞いは流石のものだ。

「ああ、おはよう。もう昼か。だいぶ眠っていたようで申し訳ない」

「良いのよ別に。私としては何か調でも起きたんじゃないかと……体調の方は大丈夫なの?」

 肩を回して体の強張りを確認するも、スムーズに動く。頭痛も無くなったし、大丈夫そうだ。ユニコーンで仮眠した時は体がガチガチになったが、ちゃんとベッドで寝れれば回復する。自衛校時代でも、回復力の高さには何度も救われた。

「問題ないようだ」

「そう……なら良かったわ。じゃあ、担当員に新藤特佐は健康だって伝えに行くけど良いわね?」

「頼む。……迷惑をかけたなレナ」

「気にしないで。じゃあ行くわね、無理は禁物よ」

 そう言ってテントを出ていくレナ。俺の心配に来てくれたのは嬉しいことだ。だが、彼女は初陣だから、初めての実戦だから疲れたのだろうという発言はしなかった。つまり、他に俺が体調不良になる可能性があったのだろう。

 寝起きの頭で考えていても、正直言って思い浮かばない。こういう時はさっさと顔でも洗って日光を浴びることだ。

 いつの間にか着替えさせられていたTシャツとラフなズボンを脱いで椅子の上に用意されていた軍服に袖を通す。

 本来、戦場では寝るときも軍服のままがセオリーだ。敵からの奇襲に備え、即座に動けるようにするためだ。しかし、そのセオリーを破ってでも俺の体調を優先し、寝心地の良い服に替えられたということはそれほどまでに深刻だと憂慮されたのか、リヨンはもう前線の戦場ではなく後方陣地の扱いなのか。

 そんなことを考えながら着替えが終わり、テントの外に出る。

 遮光性の高い布で張られたテントであったため、途端に網膜に突き刺してくる日光が鋭くも、温かい感覚を肌に与えてくれる。

 気温は肌寒い──いや、割と寒いレベルだが体を鍛えているのでそこまで辛くはない。

 辺りを見渡すと、昨夜テントに入る直前に見えた国連軍の部隊が居なくなっていることに気づく。テントのある場所はリヨン第一陣司令部なので、これ以上先の前線は存在しない。第二陣は国連軍が駐屯するには手狭となると、第三陣まで後退したか若しくは元居たジュネーブまで戻ったか……いや、国連軍の目的はパリにまで進撃することだ。部隊の再編がしたいなら、残りの部隊をこちらに持ってくればいい。わざわざ二度手間で行ったり来たりを繰り返す必要はないだろう。無駄な移動をすればそれだけ燃料は消耗するし、大部隊の移動はそれだけ物資を消費する。

 やはり、国連軍はすでにリヨンを抜けてもっと先──フランス内部に移動しているのだ。

 レナはここに居たが、アリサとリッタは先に行ったのだろうか。それとも、フィーラたちは一緒に行動するようチームで固めているのか。

 彼女たちの行方を気にしていると、レナが高官らしき人物を連れて戻ってきた。

「アスク、こちらがジュネーブ駐屯師団の副指揮官よ」

「国連軍第7013師団副指揮官のジュリア少将だ。よろしく頼むぞ、リヨンの英雄よ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ジュリア少将」

 差し出された手を固く握りしめる。若手の女性指揮官とは珍しいが、今の時代有能であれば年齢、性別に関わらず出世する。尤も、人材の枯渇も相まって本来の能力以上の役職を与えられている場合も少なくないが、ジュリア少将に関しては問題ないだろう。外見からして地元出身だと思うが、その鋭い眼光が現場で生き残ってきた過去を物語っている。

「第7013師団の本隊はすでにリヨンを離れ、西に移動中だ。私たちもスイスから来ている他の応援部隊と合流した後で追従する予定だ」

 魔獣軍が撤退したのを皮切りに、国連軍は一気に部隊を動かしたらしい。元々、数万人規模の大軍勢であったが大人数の移動ともなれば確実に魔獣軍を刺激する。弱気になっているタイミングでダイナミックに動かすのが一番被害を受けずに済むだろう。

 アーノルド中将の流石の手腕に、尊敬の念を覚える。

「アリサ君とスカーレット君はリヨン中央の第二陣陣地にて司令部警護を行っている。表向きには国連軍の合流の援護だが、真の狙いは生き残って隠れ潜んでいる魔獣への警戒とその捜索のためだ。本当は探知能力に優れるレナ君を送りたかったのだが、最前線故にここの陣地が一番危険なのも事実でね」

「だから三人の中で一番強い私が選ばれたってわけ」

「君は単独戦力としてはフィーラの中でもトップだからな」

 ジュリア少将も苦笑しながらレナの相槌をフォローする。

 レナは最強だと言っていたが、それは名実ともに称されるものだった。

 メンバー選出時にリッタが悔しそうにしているのが目に浮かぶ。

 ……しかし、こうして二人を見ているとまるで親子のようだ。

 若手の母親と、まだ9歳の少女。本来、平和な世であれば微笑ましい光景だが戦時下においては共に兵役の任。まったく、どうしてこんな世界になってしまったのか。

 嘆いていても仕方がないが、目の前の少女が戦力としては高い評価を受けている様を何度も見せられてしまうと異常事態ということが嫌でも突きつけられる。

 せめて、俺だけでも彼女の味方にならなければ。

 フィーラという存在は確実に人類からの恐怖を一番に受ける存在だ。ゾディアックへの憎しみや恐怖を、人型の化け物ともいえるフィーラたちにぶつけてくる人々も少なくないはずだ。一方で、カルト教団が神格化して祭り上げるというのも良くない。

 フィーラという存在についての理解をもっと深めようと決心するのであった。


 遅い朝食──いや、昼食を皆と一緒に食べながら国連軍の高官達と雑談を交える。だが、レナは一緒ではない。少々寂しかったが、機密存在のフィーラなので仕方が無いだろう。

 日本を出発してから会う人軒並みがお偉いさんなので逆に慣れてしまったのか、本来は緊張の会食でも饒舌に話が進んでしまう。

 日本での生活を英語で伝えていく。意外と自衛校のエピソードは話としてウケた。軍人なので軍学校の話が面白かったのだろうか。

 自衛官や軍人は訓練時代に出会ったとんでもない同僚のことを『レジェンド』と呼び、その者達のエピソードをまるで勝負かのように公開していく。

 勝手に公開されて恥ずかしかったり嫌な気持ちにならないかという疑問だが、当のレジェンド達はその程度で一切動じることなく、我が道を征くタイプがほとんどだ。何を言われても何も気にしない。俺はどちらかというとそのレジェンド達に振り回されて巻き込まれるタイプだったので手札の枚数はかなり多い。今となっては面白い黒歴史になっているが、当時は波乱万丈の毎日だった。

 自分達にもそんな日々があったことを思い出したのか高官達も当時の経験談を広げていく。それがまた、俺もわかる話が多くて楽しめた。

 今まで、一般大衆の生活から外れた道を歩んできたが、だからこそこうして共感されることが心地よかった。軍隊とは、固い結束あってのもの。こうして秘密の小話を共有することで、チームの一体感を高める儀式なのだ。

 苦楽を共にしてきた同期たちを懐かしみながら、遠い異国の地での戦いに意識を切り替えていった。


 小銃の簡易整備と弾薬の補給、アーマーのメンテナンスなどを行いながら各師団の到着を待つ。次第に先遣隊が集まりつつあり、順調に合流の準備が整いつつある。リヨンを出発するのももう少しだ。

 俺のやる仕事も終わったので手持ち無沙汰なことを担当員に伝えると、今後の作戦計画の確認を一緒にしましょうかと誘われたので同行する。

 各先遣隊の代表員と一緒にジュリア少将から説明を受ける。

「今回、国連軍が参加する作戦の最終目標はパリを占拠するゾディアック・スコーピオンの討伐である。パリを目指すにあたって、まずは東経2度~3度まで移動しそこから一気に北に移動する。基本的には都市を渡っていきながら補給をしていく予定だ」

 壁に貼られた地図をレーザーポインターで指し示しながら、解説していく。

「各都市を巡るルートとしては以下の通りだ。リヨンを発って西に進み、まずはクレルモン=フェランに向かう。ここから北に進路を変えてブールジュに。そして、オルレアン。最後に、パリだ」

 ルートの進み方としては回り道せず、できるだけ真っすぐに向かう作戦らしい。

 会食の時にそれとなく聞いてみたが、やはりフランス出身であったジュリア少将の土地勘によって、初見の土地柄のルート説明であっても理解がしやすい。

「我々の構成は主に歩兵部隊と機甲部隊だが、動きの遅い砲兵部隊や補給部隊に関しては限界まで一緒に行動後、順次各都市に置いていくことになる。代わりに各都市やその近隣に駐屯するフランス軍の部隊と交換というわけだ。この辺りは臨機応変になると思うが、柔軟に対応して欲しい。私も努力する」

 国連軍なだけあって、国の垣根を越えて各地の戦力を吸収していくのが前提のようだ。勿論、各国や各組織によって軍隊を動かすドクトリンというものは変わってくる。連携が難しくなり、戦力の運用にトラブルが生じる可能性は高い。

 それらの問題を、ジュリア少将のような架け橋になれる人材がサポートするというわけか。

 言うは易く行うは難しの作戦内容に異論が出るかと思ったが、誰も手を上げることはない。

 皆、覚悟の上でフランスを──欧州を魔獣軍の手から取り戻そうとしているということだ。

 全員の顔を見渡して一つ頷くと、ジュリア少将は続きを話し始める。

「大軍勢で移動となるので、魔獣軍には確実に探知されるだろう。発生する戦闘に関してだが、我々は可能な限り立ち止まらずに進軍を重視する。これも、各地のフランス軍が代わりになる手筈だ。精鋭部隊の戦力も同様にパリ決戦まで温存する。どうしようもない事態にだけ、運用する。これらはアーノルド中将のご意向だ」

「任せてください、我々もおんぶに抱っこという訳には行きませんからね!」

「そこに居らっしゃるリヨンの英雄様は多くの戦果を獲得なされた。次からはもう少し私どもにも分けて貰いたいところですな」

 代表員達が大きく笑い出す。

 どうやらダシに使われたようだが、この良いムードの形成は大きい。成功する可能性が低いゾディアック討伐作戦では戦力以上に部隊の士気が重要になってくる。彼らの意識を良い方向に持っていけるのであれば何も言うことはない。いや、一つだけ言っておくか。

「ジュリア少将、彼らに応援の言葉を送りたいのですが」

「構わない。存分にやってみろ」

 許可が出たので席を立ち、顔を見渡す。俺は後ろ側に座っていたので、皆が一斉に振り返る。

「皆さん、私はまだまだ新人ですが全力で戦うことを誓います。どうか、パリまでの道中、よろしくお願いします」

 一人ずつ全員の顔を直視しながら感謝の念を伝える。

 この戦いでは、犠牲が確実に出る。彼らの一部が、いや全員そうなってしまう可能性もある。

 通常魔獣相手なら何とか戦える俺でも、ゾディアックの戦いではまず何もできないだろう。フィーラ達の足手纏いにならずにサポートに努めるのが俺の役目だ。

 役立たず、と言うほど自虐はしない。それは、俺のために戦って散っていく戦士達への侮辱に繋がる。俺が彼らに恩を返せるのは行動と結果あるのみ。

 その誓いを、彼らに伝える。

「──よし、お前ら。新人の意気込みが尻込みしないようにさっさと送り届けるぞ!!」

「了解!!」

「特佐こそ、道中でくたばんなよ!」

「絶対、あのクソ蠍野郎サルテを倒してくれ!!」

 代表員達が一気に白熱する。作戦室のボルテージが上がっていき、まさに喧喧囂囂の有様だ。

「諸君、そのエネルギーは魔獣相手にぶつけ給え。さあ、本隊が来るぞ。持ち場に戻ろう」

 ジュリア少将が手を叩きながら場を収める。だが、顔は笑っている。意外と熱がある方が好きなようだ。

 ──準備は整いつつある。あとは向かうだけだ。

 首を洗って待ってろよ、スコーピオン。


 後からやって来た国連軍の本隊と合流し、総勢3万を超える軍勢となった軍隊は西に向かって進み始めた。

 道中は作戦計画通りに事が運び、沈黙が漂っている。魔獣軍もこの大軍勢相手には戦いたくないようで、まだら模様になっている各前線の横を通り抜けても手出ししてこない。前線を攻撃されれば決死の反抗をするだろうが、こちらが何もしなければ相手も動かない。戦場での不文律、暗黙の了解は魔獣相手にも通じるのかと驚く。

 だが、これが嵐の前の静けさなのは間違いない。確実に、奴らは来る。

 戦争によって荒れ果てた道を、俺達は進んで行く。伏兵を警戒する以上、進軍速度はかなり遅いが着実にパリに向かって進む。

 俺達精鋭部隊は陣形中央後方という一番安全な場所で装甲車に乗って待機だ。正直、初陣やリヨン防衛線の時と違って退屈である。フィーラ達も戦力温存のため行動は許可されていない。

 兵士にとって、待機中の暇つぶしというものはどの時代でも深刻な問題だ。物資も制限される中で可能なレクリエーションと言えばトランプなどのカード遊びか、とりとめの無い談笑か、睡眠か。潜水艦であれば敵にバレる原因の物音も出さず、酸素も消費しない睡眠はかなり推奨されているが陸上では寝床はあまり整備されていないことが多いので眠りづらい。勿論、寝れるときに寝ておくという考えでさっさと寝る兵士も多い。

 だが、基地内であればまだしも、移動時の狭い車内では本当に何もできない。修学旅行のバスや電車で遊び、談笑するのとは違っていつ魔獣が攻めてくるかわからない状況だ。和気藹々と談笑できる訳ではない。

 サスペンションで軽減されても貫通する酷い揺れに体を合わせながら、これじゃ体も休められないぞと思っていた時、車内の無線に報告が入る。

 曰く、前方で魔獣軍の活性らしき兆候が見られるため精鋭部隊による偵察を行ってほしいとの要請だ。

 実際の所、そこまでの脅威ではないとの予測らしい。大攻勢のような大規模攻撃ではなく魔獣側も単なる偵察か、あったとしても牽制程度の威力偵察だという。

 勿論、現場の要請に対して司令部が必要だと判断すれば行くしかない。ということで、車内で協議した結果、今回はレナとアリサの黄金コンビが派遣されることになった。

 そうなると残るは俺とリッタの二人になる。彼女と二人きりになるのは初めてなので、やや緊張するな。

 その動揺を感じたのか、リッタが話しかけてくる。

「シンドウ様、お時間宜しいでしょうか?」

 お嬢様のような振る舞いに、女子への免疫がない俺は新鮮な気持ちになる。レナと口喧嘩していたのもあって少々近寄りがたいと思っていたが、そうでもないようだ。

 自省しながらも、相手の助け舟に乗らせて貰う。

「ああ、大丈夫だよ」

「それはなりよりですわ。シンドウ様はわたくしの『能力』を詳しくは御存知ないでしょう? スコーピオンと戦う前に、情報共有をする必要があると思いましたの。良ければお聞きになって下さいませ?」

 フィーラから自身の能力を説明される機会は今までなかった。レナはゾディアック・レオと一緒、アリサはゾディアック・アリエスと一緒ということまでは知っているが、そこから先は公開されている各ゾディアックの能力から判断するしかなかった。

 そして、それら公開情報には機密情報シークレット虚偽情報フェイクが多く混ざっている。正確な詳細情報というものは一般の兵士には出回らないものだ。

 それも仕方のないことである。兵士に必要な情報は今、目の前で戦っている通常魔獣の情報であり、戦ったとしても万に一つも勝てないゾディアックの情報ではないからだ。

 ゾディアックの情報を入手したとしても、それが何の役に立つのか。そう考える兵士も少なくない。

 自衛校時代もそういう同期は多かった。だが、俺は違うタイプでどんな情報でも良いから知りたいと思う好奇心旺盛な性格だ。戦争の影響によって使用レベルが制限されたインターネットで調べるのは難易度が高く、情報の取捨選択で散々苦労したがこれで漸く本当の情報が手に入ることになる。

「ああ、願っても無いことだ。ぜひ聞かせてくれ」

「承りましたわ。──まず、わたくしの能力はゾディアック・スコーピオンと同じ『毒を生成する能力』ですわ。魔力によってあらゆる毒を再現することができますの」

「毒、と言うと具体的にはどのようなものを作り出せるんだ?」

「何でも、ですわ。液体・固体・気体の状態に関わらず、あらゆる毒性物質を生成可能ですわね。塩酸、VXガス、テトロドトキシンも作れますわ。完全オリジナルの生成も難しいけど、不可能ではないですわ」

 まさに、毒物のエキスパートという訳か。

 衛生科コースに居た時に色々と知る機会があったが、どれも人体に影響を及ぼす危険物だ。

「怖いと思いますか?」

 悪戯な顔でリッタが問いかけてくる。俺の様子から毒物への知識があることを察し、それを容易に扱える自分をどう思うか試してみたくなったのだろう。

 厄介な質問だが、素直に思ったことを述べるしかない。

「まあな。だが、リッタは悪用しないだろ?」

 正解の答えを選べたようで、リッタは途端に機嫌が良くなる。

「当然ですわ! それに怖いばかりではないのですわよ。毒を裏返せば薬と同じ。何か毒に冒されてもすぐに治して差し上げますわ♪」

「それは有難いな。その能力は戦いにおいて絶対に役立つ。貴重なものだ」

「あら、人間だって日常的に毒を使っていますのよ? 医薬品だけでなく、カフェインやアルコールも同じですわね。工業製品であれば薬品として使っていますし、そもそも水だって酸素だって致死量というものがあります。何をどう使うかは、その人次第ということですわ」

 なるほど、リッタの言う事は正しい。何事も、過ぎたるは猶及ばざるが如し。使用者の目的によって毒にも薬にも変貌する。

 これは、フィーラが持つ力にも当てはまる話だ。その力を人助けのために使うのか、私利私欲で暴れまわり世界を敵に回すのか。

 俺の持つ武器だって同じことが言える。力持つ者は、正しく扱う責任も同時に持たなくてはならない。

「──勉強になったよリッタ」

「シンドウ様も頑張ってくださいまし。貴方も魔力耐性という優れた力を持っているのですから」

「ああ、そうだな。君たちの足を引っ張らないよう、全力で努力するよ」

 話が終わったタイミングで、ちょうど無線からの報告が入る。

 結局、偵察しても魔獣の姿は見つけられなかったようだ。すでに撤退したのか、或いは誤情報か。

 道中はこんなものだ。時折入って来る情報に聞き耳を立てながら、一喜一憂するイベントが続く。

 ゆっくりと、だが着実に。

 俺達は決戦の地に向かっていくのであった。

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