第8話 十二宮の少女

 アキラの運転する車が住宅街を抜けて、大通りに出る。

 車内は気まずい雰囲気だ。ルームミラーで左ハンドルを握るアキラにアイコンタクトして助けを求める。

 気付いたアキラはウインクして『やれやれ、わかったよ』のポーズだ。ムカつく奴だな。

「あ~そうだな。とりあえず、君たち、自己紹介でもしておこうか」 

「そうね、ちゃんとはしてなかったわね」

「ですね、そうしましょう」

 二人の少女たちがアキラの下手な演技に合わせる。微妙な始まりにはなったが、俺が要請した助け船なので、素直に話に乗っかるしかない。

「改めて……俺の名前は新藤亜須玖。先週で19歳になった。そこの運転手アキラとは同期の関係だ。自衛隊中等教育学校……って言ってもわからないか。要はこの国の軍隊が設立した幼年学校や士官学校みたいなもんだな。そこで6年間、教育と訓練を受けて過ごしてきたんだ。だから流行には疎くてな、これといって好きなものはない。唯一の趣味は楽器の演奏だ。バイオリンが少し弾ける程度だけどな」

 俺のツマラナイ自己紹介に、それでも彼女たちは反応を示す。

「アスクさん楽器を弾けるなんて凄いですね!」

「へぇ、バイオリンね。今度やって見せてよ」

「そんな上手いもんじゃないけどな。機会があれば披露するよ」

 お世辞の対応に有難いと思いつつ、俺の番は終わりという雰囲気を出す。

 察したレナが適切な間を置いて話し出す。

「次は私ね。名前はレナ・エアレンデル。苗字は長いからレナで大丈夫よ。十二宮の怪物ゾディアックの能力を使えるから、『十二宮の少女フィーラ』と呼ばれているわ。だから私は『フィーラ・レオ』ということになるわね。好きなものは誰かを助けること。嫌いなものは諦めることよ。これからよろしくねアスク」

 ゾディアックの力を持つ少女──フィーラ。そんなものが居るとは……恐らく、今までずっと世界に隠されてきた存在だろう。

 深堀りしたい欲求を抑えて、彼女の人間的性格に注力する。

「あの時は本当にありがとうな、レナ。君は命の恩人だ」

「こちらこそありがとう。私に会って怖がらない人間は珍しいから──良かったわ、あなたに会えて」

 俺の隣で少し照れるレナ。表情は見せないようにそっぽを向いているが、そんなに嬉しかったのか……? こちらとしても照れるな。だが、少し考えれば健全ではない感想だったのが気にかかる。

 表情に出ないよう心に仕舞いながら、俺の前に座っているアリサに問いかける。

「次はアリサだが……そこから話せるか?」

「はい、大丈夫です……!」

 クルリ、と器用に体を回転させてこちらに向くアリサ。

 シートベルトをしていないため自由に動けるが、これは緊急時にすぐさま車外に飛び出せるための処置だろう。

 軍隊の兵士は車両衝突時の衝撃に上手く対応できるよう訓練されている。

 頭や背中を打ち付けないよう腕や肩でぶつかりつつ、すぐさま車外に出て状況確認を行う。中に居るままだと燃料に引火して爆発する恐れがあるからだ。

 一般人は受け身が取れないので、むち打ち症になったり最悪の場合頭をぶつけて死亡してしまう。

 レナやアリサたちは子供なのでよりリスクが大きい。だが、彼女たちは普通の人間ではない。ゾディアックの能力を使えるなら、同様に魔導砲撃や魔導防壁も使えるはずだ。

 核兵器をも防ぐ防御力を持つ魔導防壁が使えるなら、車両事故なんて何も怖くは無いだろう。

 運転中の車で完全に体を後ろに向ける幼い子供。平時なら注意する代物だが、今は何もかもが非常事態だ。何も言う必要はない。

「では、お話しますね。私の名前はアリサ・エルゼンです。レナさんと同じく、ゾディアックの能力を使えます。私はゾディアック・アリエスの力を使えるので、フィーラ・アリエスです。何かあっても、私が全力でお守りします! あっ、好きなものは、お裁縫です!」

 一息で言い放ったアリサ。最初に会った時と比べて落ち着いている様子だ。どうやら、初対面の人間には緊張する性格らしい。俺のことを信用してくれたと思うことにする。

 しかし、再三だが本当に信じられない。アリエスの能力というなら、ゾディアックの中でも最強の防御能力だ。レナとは気心知れた仲という関係に思えるので、レナのボディーガード役として行動しているのだろうか。

 二人の関係が気になるも、話の流れに合わせることにする。

「それは頼もしいなアリサ。もしもの時は任せるぞ」

「はい、お任せください!」

 少しだけだが、レナとアリサのことを知れた気がする。有益な時間だった。

 まだ目的地には着きそうにないようなので、この期に及んで知らぬ存ぜぬを続ける男に、追及の矛先を向ける。

「さて、アキラ。お前の番だぞ」

「おいおい、何を紹介するんだ? この子たちとは知り合いだし、お前とは言わずもがなの関係だ」

「なぜ彼女たちと知り合いなのか、理由を説明しろって言ってるんだ。そもそも俺と何の関係があるんだよ」

「さあな……おっと、大事なものを忘れていた。これを見せないと何も話せないからな」

 ちょうど赤信号になったタイミングで傍に置いていた鞄から一通の封筒を取り出して俺に渡してくる。これは封印封筒だ。厳重に封印処理がされている。

 中身は書類だろうか。分厚くはないが、数枚ではない量だ。

「なんだこれ、俺宛てなのか?」

「ああ。新藤亜須玖に渡せと命令されている。一緒に現在時刻を確認するぞ、良いか?」

「──了解。現在時刻は11時56分だ」

「こちらも確認した。受渡人と受取人両名立会いのもと、開封とする。……新藤、ナイフ持ってるか?」

「銃剣ならあるぞ」

「それでいいか。封筒を開けて中身を確認してくれ」

「鬼が出るか蛇が出るかだな……」

 ペーパーナイフ代わりにするには分厚い刃だったが、鋭く研がれていたのでなんとか開封できた。

 中から出てきたのは一見しただけでわかる厳格な書類の束。難解な言葉による説明が何行にもわたって続いている。

 一番重要と思しき箇所に注視するとこんな文が書かれていた。

 『右の者に戦時特例法に基づく戦時特別権限を付与する』

 右に書かれている名前は新藤亜須玖。俺の事だ。

 面倒な文章を噛み砕くより、訳知り顔に聞いたほうが早いなこれは。

「アキラ、戦時特別権限ってのはなんだ」

「ああ、その書類群で言いたいのはそこだけだからあとは無視で良い。戦時特別権限ってのは要するにVIP待遇ってことだ。軍隊式で他人から呼ばれるなら通称『特佐』。自衛隊の階級で言えば1佐と将補の中間だぞ。良かったな出世できて」

「出世って、とんでもないレベルだぞ。何階級特進だよ!?」

「十階級じゃないか? 大抜擢だ」

「……真面目に意味が分からないぞこれは…………」

 一連の流れすべてがアキラの悪質な嘘だと思って再度書類に目を通すも、内閣総理大臣、防衛大臣、統合幕僚長の許可印と署名全てが書かれているこれ以上ないと言っても良い公式の書類だ。

 それに特佐なんて聞いたことがない役職だ。将補より下とはいえ、その将補以上の人員は100名以下で構成されている。つまり、自衛隊延べ100万人のトップ100に位置するということだ。

 1佐でさえ、海自なら大型護衛艦の艦長クラスの階級だ。

 頭を抱えそうになっている顔面蒼白の俺を見て、レナが話しかける。

「混乱してるところ悪いけど、私たちも権限持ちよ。そうよねアリサ?」

「はい、これでみんな持っていることになりますね」

 つまり俺は彼女たちと同等の立場まで押し上げられたことになる。一体何のためだろうか。俺はゾディアックの能力なんて持っていないし、魔獣が使うような魔術すら使えない。そもそも普通の人間で使えるようになったってのは一つも聞いた覚えはない。いやいや、待て。重大な発言内容があった。

「──ん? ちょっと待て、だって?」

 俺の言わんとすることを察したか、白々しくアキラが反応する。

「バレたか、まあいいか。実は俺もあるんだよ権限。今日の朝に再交付されたばかりなんだけどな」

 わざわざ再交付なんて言ったのは、すでに昔から持っていたということになる。

「……学生時代からなーんか隠している雰囲気だったが、これで納得したぜ。そういうことだったのか」

「まあ、そんなところだ。他に聞きたいことはあるか?」

「いくらでもあるぜ。これで俺も聞ける権限を持てたってことだろ。今までしらばっくれて来た分、全部答えさせるからな?」

「おうよ、何でも答えるさ。──時間があったら、の話だけどな」

 そう言って車を停車させるアキラ。

 クソッ、もう目的地に着いたのか。運の良い奴だ。それか最初からタイミングを計算していたか。コイツならやりかねん。

 到着した場所は──俺の知ってる場所だった。

 航空自衛隊武山分屯基地。

 先の戦闘でボマー達に地対空ミサイルを撃った武山駐屯地とは名前が似ているが、施設規模の大きさが違う。こちらの方が分屯地なので小さい基地だ。

 元々は第2高射隊によるMIM-104 PatriotPAC-3ペトリオットミサイルでの首都圏防空任務に就いていたが、魔獣戦争が勃発したことにより施設機能が拡充されることになり、結果6個のヘリポートが建設された。

 このヘリポートは特別製であり、超高温の熱噴射に耐えられるので普通のヘリコプター以外にもF-35Bのようなエンジンから高音の排気熱が出される垂直離着機が離着陸できる優れものだ。

 大きな基地のような整備機能は持っていないので、緊急時に最低限使えるというだけだが、戦略的に柔軟な運用が可能として空自から重宝されている。

 分屯地に入っていく車の窓から外を見ると、珍しく3機ものV-22オスプレイが駐機していた。そのまま見ていると、回転翼プロップローターが回転を始める。車が分屯地に入って来たと同時に発進準備を始めたということは、俺たちを待っていたということになるな。

 空自の伝手があったことに驚くも、こんな機体に乗ってどこまで行くのかよという疑問で頭がいっぱいだ。

 駐車場に車が駐まり、「行くぞ」の一言で外に出る。

 向かう先は当然と言わんばかりにヘリポート。

 次第に近づいてくるオスプレイの爆音に耳を打たれながら、先導者に問いただす。

「アキラ! これからどこに行くんだ!」

「京都までの空の旅さ!」

「京都ォ!? そんなところに何しに行くんだ! 教えてくれ!」

「まあ、着いてみてからのお楽しみだ!」

 折角、戦時特別権限とやらを持てたのに何一つ答えてくれない。

 俺を厄介ごとに巻き込ませるための方便なのだろうか。そもそも、なぜ俺が巻き込まれなきゃいけないのか。

 超常の力を持つ彼女フィーラたちが各地に連れ回されるのはある種納得できる話だが、何も力を持たない俺が連れ回される道理はない。

 根本的な話がされるのはいつになるのか。

 そういえば、昔からアキラに振り回される時はいつもこんな感じだった。

 待ち受けている騒動はどれもこれも厄介なものだったが、今回ばかりはレベルが違う。

 分屯地の職員に持っていたままの小銃を回収され、搭乗用ヘルメットを渡され、そのまま四人でオスプレイに乗り込むのだった。


 快適とは言えない空の旅は一時間ほどで終わりを迎えた。

 窓もない機内に押し込められているため外の様子はわからないが、もうそろそろ京都に着くらしい。

 飛行中、逐一入る航空無線によれば分屯地に駐機していた三機全てが離陸して編隊飛行を組んでいる内容だった。

 おそらく、大統領専用機エアフォースワンのような予備機を兼ねての飛行だったのだろう。

 フィーラともなればある種の『要人』だ。これ程までの手厚い護衛でも不思議ではない。

 それに、現在の日本では空路が厳しく制限されている。

 日本各地に潜む小規模魔獣軍による対空攻撃を防ぐには、空路を限定しての統制防衛が必要となるからだ。

 だが、今回のように非通常航路で向かう時もある。そういう場合は、護衛機をつけたり囮となる予備機を同行させる。

 という考えをアキラに話したら正解だと言った。さらに言えば、同行する二機のうち、一機が武装した攻撃機ガンシップ型のオスプレイだったらしい。

 それほどまでの警戒ぶり。如何にフィーラという存在が大事なのかがよくわかる護送であった。


 あっという間に京都に到着。時刻はまだ一時を過ぎた辺りだ。

 九時ごろに教室で授業をしていたのが嘘のように思える。

 オスプレイが着陸した海上自衛隊舞鶴航空基地から、30式機動装甲車に乗り換えて移動。

 漸く辿り着いた場所は海上自衛隊北吸係留所。そこには、一隻の巨大な艦艇が停泊していた。

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