第7話 救世主レナ
救世主、だと彼女は自称した。確かに俺は命を救われた。だが、人類にとっての救世主とは何のことだ……? それに、一番の疑問点がある。
「ゾディアック・レオの能力を持つだと……?」
「信じられないのも無理はないわ、みんなそうだったもの。だから、証拠を見せてあげるわ」
そう言うと彼女──レナは右手に持っていた光り輝く剣を消失させ、そのまま親指を立てて伸ばした人差し指を上空に構えた。要するに拳銃のジェスチャーだ。
レナが指さす射線の先には今もなお悠々と飛行するボマーたち。
状況的にスクランブル機は撃墜されたか、弾薬・燃料が尽きて帰投したらしい。近隣の基地から新しい地対空ミサイルも発射される様子はない。もう撃てるものが無いのか、装填しているのか。
何か強い光を感じたので空から目を離し、レナの方を見るとその体は光の粒子に包まれていた。
体の周囲に飛び交う光の粒子が次第に集まっていき、一つの円環を形成する。
細い光の円環が身体に渦巻き、やがて指先に集中していく。
マグネシウムを燃やした時のような強烈な光が収束し、極限にまで達した瞬間、指先から放たれる一筋の閃光。
光線は一瞬で遥か上空にまで届き、ボマーを一撃で貫通した。
ミサイルを喰らっても平気で飛んでいたボマーが呆気なく地に墜ちていく。
レベル4魔術防壁と本体の頑丈な外皮を余裕で貫通し、心臓まで撃ち抜いたのだろう。
唖然とする光景に言葉を失う。10秒ほど経ってから、なんとか言葉を紡ぎだす。
「……今のが、レオの能力なのか」
「ええ、そうよ。『
この少女にとっては、ここは戦場ではない認識に驚愕する。
ネットに上がっていた真偽不明の動画だが、確かにゾディアック・レオの光線と思われる一撃を撮影したとする動画に出てくる光線に似ていたと思う。
仮に違っていたとしても、レベル4を一撃で葬れるのなら、レナはレベル5の力を持っているのと同義だ。
漸く、事態の深刻さを理解する。
今、俺の目の前にいるこの少女は世界を破壊して回り、人類に甚大な損害を与えた巨大怪物たちの力と同等の力を持っている。
この少女がひとたび暴れ出せば、住宅地はおろか一つの都市が簡単に滅びるだろう。今そうなっていないのは奇跡でしかない。その強さは明らかになったが、正体は以前不明のままだ。それに目的は何だ。本当に、人類に敵対的ではないのか。そもそも、魔獣なのか。それとも……
尽きない疑問が頭を駆け巡るも、今はそんなことを考えている場合ではない。
この子が人類の救世主だと言うのなら、人類に友好的な態度をとってくれるというのなら、その力を借りないわけにはいかない。幸いにして言葉は通じる。それも日本語でだ。会話はできる。
「レナ、君の力で周囲に逃げ遅れた人たちが居ないかわかるだろうか?」
半ば、できるだろうと予測しての問いだったが、レナは快活に答えた。
「できるわ。『
どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。そして、レナが俺について言及したことで、まだ自己紹介していないことに気付く。
「ああ、それは良かった。──俺の名前は新藤亜須玖だ。アスクで良い」
「シンドウアスクね。やっと会えたわ」
「俺を探していたのか?」
「そうでなければこんな所に来ないわよ。さて、武器は残っているかしら?」
「小銃と装着している銃剣。あと、そこに転がっている拳銃で全部だ。弾はどっちも1マガジンしかない」
「それじゃあキツイわね。私が護るから下手に動かないで」
「わかった、任せるよ」
レベル5の強者が足手まといと判断したのなら、俺は何も口出しはできない。ここは潔く引いて、彼女の一挙手一投足を見守ることにする。
「──来たわよ。一応、自衛はできるようにしておきなさい」
「了解だ」
レナが何かを察知して十秒後、周囲一帯から獰猛な足音が迫ってくる。
瞬間、家々の陰から飛び出してくる魔獣たち。数は全部で10体以上、レベル2とレベル3の混成部隊だ。恐らく、先のボマーによる爆撃で侵入していたすべての個体が集まっている。一気に畳みかけてイレギュラーであるレナを倒そうという狙いのようだ。
かなりの数の同時攻撃に、さすがに焦る。
「大丈夫か?」
「心配? 安心しなさい。私は最強だから」
レナの周囲に複数の魔術陣──いや、レベル5なら魔導陣が展開される。
ひときわ光が強まったタイミングで太目の光線が発射。
これは、レベル5光学魔導砲撃だ。
実際に見るのは初めてだが、動画教材で何度も見たからわかる。
魔力を砲弾として形成するのではなく、ビーム状に収束させてそのまま撃ちだす仕組みの魔力攻撃と予想されている代物だ。
この攻撃ができる魔獣は限られており、発射に特化したレベル4大型魔獣とゾディアックしか使えない。
通常なら魔力の充填時間が必要なため相手にタイミングを読まれやすい攻撃だが、レナが速射したことによって魔獣たちの回避が遅れ、射線に入った数体が文字通り消滅する。
射線を回避しつつレナの目の前に向かってきたレベル2魔獣には再度生み出していた光り輝く剣で一刀両断。
死角に潜り込んだレベル3魔獣には、立体十字の形状を持つ小型物体が高速で衝突して食い止める。そのまま各十字の先から魔導光線が発射され、ゼロ距離で喰らった魔獣の体には大きな穴が穿たれて息絶えた。
レナの戦闘力に恐怖して近づいてこない魔獣には精確な魔導光線で逃げ場をなくしつつ、距離を詰めての近接戦闘で撃破していく。
繰り広げられるその勇士に目を奪われる。周りの様子をすべて把握しながら適切に効率的に攻撃を重ねていくその戦いは、無機質ながらどこか美しかった。
あっという間にすべての魔獣を倒したレナに息切れの様子は見られない。あれで全力戦闘ではなかったのか。
外見は十歳に満たない少女だが、その中身はやはり人間ではない。
そんな思考を読んだのかチラと俺の方を見たレナが言う。
「片付いたわ。侵入した魔獣はこれで全部ね。あとは侵入させた
上空を見上げるレナ。俺もつられて同じ方を向く。
アルテルフで撃墜された混乱からまだ抜け出せていないのか、残る二体のボマーはどこに逃げれば良いのかわからず右往左往している。
その隙を狙って、再出撃してきたスクランブル機が攻撃。至近距離まで近づいたところで
よほど慌てていたのか、ボマーは魔術防壁すら展開できずにミサイルの直撃を喰らってしまう。
致命傷を負ったのだろう、爆炎にまみれながら力無く地上に落下していく姿が見えた。
残る最後の一体は速度を上げて離脱していくが、あの様子であれば、やがて空自のスクランブル機か、海自の艦隊空ミサイルによる攻撃で挟み撃ちにされて撃墜されるだろう。
大空での戦闘を見ていたレナが呟く。
「日本の自衛隊もやるわね……あら、最後の抵抗だわ」
見上げると、生き残っていたと思わしきパラサイトファイターたちがいつの間にか俺たちに接近している。
数にして5体。半数を喪うも、最後の攻撃を仕掛けてくるようだ。
俺たちの直上まで辿り着いたところで、翼を折り畳み、速度を上げての急降下。
腹にはレベル3魔術爆弾を抱えており、あれが投下されれば主力戦車であろうと木っ端微塵になる威力だ。
先の戦闘でレナを発見したのだろう。
パラサイトファイターの運動性能は低い。あの速度と角度で対地攻撃するなら
一転して窮地の状況。魔獣が特攻することは珍しい。やつらは理性的な獣だ。戦況が不利になればすぐさま撤退する。
だが、今回はそうせずに命を賭した攻撃を行っている。それほどまでに、レナのことを脅威と見なしているのだろう。
今まさに心中の対象となったレナであったが、その様子は冷静だ。
右手に持っていたままの光剣を消すと、そのまま掌ごと突き出して空に向ける。左手は右腕を支えて姿勢を保持する。
掌の先に巨大な魔導陣が展開されると同時に回転。サイケデリックに輝く稲光が収束していく。どうやら魔力の充填をしているらしい。
……あと20秒もしないうちに、やつらはここに突っ込んでくる。
迎撃が間に合うか心配になってレナの横顔を伺うも、その表情は自信に満ち溢れていた。
残り10秒、5秒、3秒……
やつらの悪魔のような顔がハッキリと見える距離まで近づかれた瞬間、魔導陣から今までで一番強力な魔導光線が放たれる。
直径3mを超える太さで発射された魔導光線は光の渦となって特攻集団を包み、穏やかにその存在を消し飛ばした。
この戦闘で、彼女は何体の魔獣を倒したのだろうか。
人類に、どれだけの貢献をしたのだろうか。
……なぜ、彼女はこれほどまでの力を持ちながら人類に貢献するのだろうか。
それが、自由意志による彼女の信条だったとしても、
まだ幼い少女が死地に立たなくてはならないこの世界を呪わずにはいられなかった。
五分もかからずに魔獣軍の襲撃を撃退したレナ。
「さて、ひとまずは終わったけど事後処理が面倒ね。アスク、何か対応策はある?」
事後処理というと、戦闘で撒き散らされた高濃度魔力の残滓や、鎮火しつつはあるもまだ燃え盛っている火災現場のことだろう。
戦闘行為は得意でも後始末は苦手なようだ。その辺りは
どうしようか逡巡しているうちに、無線機からノイズの混じった声が流れ出す。
ウルフたちの魔術砲弾によって無線指揮所が攻撃され聞こえなくなっていたが、どうやら復旧したようだ。
周波数を調整しながら、どうにか音声が聞こえる程度にまで持っていく。
「今、応援を呼ぶ。対応はそっちに任せよう。──和田無線通信所、こちら第6地区担当員。送れ」
「第6地区担当員、こちら和田無線通信所。現場の様子を報告せよ。送れ」
「侵入した魔獣は掃討済み。火災の発生を確認。至急、応援に来られたし。送れ」
「状況了解。応援を手配する。その他、異常はないか。送れ」
異常、か。言葉に詰まってレナの方を見る。レナは首を振って、『何も言うな』の合図だ。
今でも混乱しているが、彼女のことは公にしない方が良いと判断する。
「他に異常は無い。送れ」
「了解した。担当員は引き続き任務を続行されたし。通信おわり」
無線機のスイッチをオフにしてほっと一息つく。
「レナ、応援は呼んだ。あと30分もしないうちに部隊が到着するはずだ。それと10分後には消火剤を載せた
「オーケー、ありがとうアスク。待ち人も来たし、一緒に行きましょう」
可憐な笑顔を見せて俺の腕を取る。唐突な奇襲に、年甲斐もなく心臓が跳ねる。
この子は言わば『歩く核兵器』に匹敵する存在なんだぞ。如何に美少女とはいっても、それもまだ子供。女子の免疫が無いからと言って、過剰に反応するなよ……
と、必死に言い訳を並べつつ頭ではやはり協力者が居たんだなと納得する。
次第に近づいて来るエンジン音。応援が来るにはまだ早い。レナの仲間だ。
狭い住宅街の道を器用に進みながら来たのは黒い
俺たちの目の前で停車しドアが開かれる。
出てきたのはレナと同じ年頃の少女。
と、運転席の窓から顔を出したのはアキラ! これにはさすがに面食らう。
肩にかかるぐらいの茶髪の少女は一目散にレナに駆け寄ると心配そうな顔で詰め寄る。
「レナさん! 探したんですよ、急に出て行っちゃうから」
心配されたレナは俺から腕を離してひとりでに腕を組む。
「車より私が行く方が早いもの。それに、誰かさんが危なそうだったし」
チラ、と俺を見る目。間違いなく俺の事だろう。危険だったという状況はウルフたちに襲われていたことではなく、その後のレベル3魔獣のことだ。
レナが向けた視線に気づいた茶髪の少女は俺に頭を下げて挨拶をする。
「は、初めまして……私、アリサ・エルゼンと申します。一応、ゾディアック・アリエスの能力を使えます……」
「ああ、よろしく……俺は新藤亜須玖だ。アスクで良い」
「はい、アスクさん……よろしくお願いします……」
アリサのおどおどとした態度に釣られて俺も言葉が濁る。何とも言えない二人の様子に、レナが呆れてため息をつく。
「一応ってなによ、普通に使えるでしょ。それより──アキラさん、ほんとにこの人がそうなの?」
レナの質問にアキラは車に乗れというジェスチャーで返す。
「まあ、良いから。みんな乗ってくれ! 時間ギリギリなんだよ~」
時間がないと言いつつ、その顔は余裕そのもの。先刻会った時と変わらない飄々とした態度に安心感すら覚えるが。
だが、その実彼がやって来たのには深い陰謀めいたものがあると思ってしまう。
そして、それにもう巻き込まれているということも薄っすら自覚しつつ。
落ちていた拳銃を拾って武器類を仕舞う。銃剣も取り外して腰の鞘に納める。
アリサが最初から乗っていた助手席に座り、レナと俺が後部座席に座る。
全員が着席したのをアキラが振り返って確認する。
「シートベルトはしてないよな? ヨシ、そんじゃ出発だ」
果たしてどこに向かうのか。一人増えた謎の少女達。
暗雲たる思いで窓の空を見るも、希望を祝福するように快晴の青空であった。
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