第6話 遭遇戦
即座に無線機と双眼鏡を持ってベランダに向かう。
無線機から逐次入る情報によれば相模湾防衛ラインが突破されたようだ。
魔獣軍による大規模統制攻撃──『大攻勢』ではなく、数体の航空魔獣が空域に入ったらしい。
最大倍率の双眼鏡で南の空を見渡す。
眼は空に、耳は無線機に。
頭に入ってくる情報を総合的に処理して空間に座標を描いていく。
倍率を最大まで上げているため視界は薄暗い。だが、脳内で補正をかけて仮想座標に焦点を合わせる。視界が明滅するほどの負荷がかかるも、必死に目を凝らす。その苦労に答えるように、やつらは視界に現れた。
まだ黒い粒にしか見えないほどの距離だが、確かに近づいて来ている。
数は三体、タイプはおそらく
無線機からの報告でも同じ内容が伝えられる。
やつらの編隊や速度を確認しようとした瞬間、ボマーから切り離される複数の飛翔体。散開したそれらは、一直線にこちらを目指して飛んでくる!
「──ッ!!」
脅威を感じて体が条件反射で動く。
ベランダの陰に隠れた直後、周囲に爆音が轟く。
何発かは壁越しでも体を揺るがす程の威力を持っていた。
24発の着弾音まで数えたところで、静寂が訪れる。
遥か上空からの精密な爆撃。恐らく空対地ミサイル魔術による攻撃だ。
音が止んだので体を起こして周囲を確認する。
「…………」
辺り一面の惨状に言葉も出ない。多くの場所で火の手が上がっている。
攻撃の被害を目の当たりにして顔が歪むも、背後からミサイルの轟音が近づき、一瞬で通り過ぎ去っていく。
自宅から十数km北にある武山駐屯地からの対空攻撃。一瞬見えたミサイルはおそらく
さらに、前方にある三浦半島の最南端、城ケ島からもミサイルが発射される。
ミサイルの軌道から考えて、こちらは
だが、ミサイルが着弾してもボマーには効果が薄い。魔獣が持つ魔術防壁は強力だ。ボマーはレベル4大型魔獣の識別になるので、魔術防壁もレベル4魔術防壁を持っている。ゾディアックを除く通常魔獣の中では最も防御力が高いという指標だ。
ボマー本体の防御力が高いのも相まって、対空ミサイルが数発直撃した程度ではなかなか落とせない。
ジェットエンジンの轟音が上空から鼓膜に突き刺さる。思わず見上げると、2機の
対するボマーの一体が
それに、ボマーたちを攻撃しながらパラサイトファイターからの攻撃を避けるというのは熟練のパイロットでなければ難しい。そして、今の自衛隊にはそのような歴戦のパイロットは僅かしか残っていない。
結果として、自衛隊が現在可能な防空はこれが精一杯だ。2039年であっても、30年以上前に開発されたミサイル類を使用しなくてはならないのが限界だということを証明している。
新型の兵器を開発する余裕がなく、既存の兵器を改良、量産しての太刀打ちしかないのだ。航空戦力の面でもパイロットの養成は間に合っていないし、乗る機体もギリギリまで酷使、損耗している。
スクランブル機がボマーたちの制空権内に入って攻撃を開始したのを見て、双眼鏡を下げる。対空迎撃に関しては俺は何もできない。俺の仕事はこの地域の避難誘導だ。
改めて、辺りを見渡す。と、そこで違和感に気付く。
24発着弾したのに対して、燃え盛っている家屋は数軒だけだ。明らかに数が少ない。
魔術ミサイルの弾頭が不発──いや、それはあり得ない。この9年間で魔獣が魔力で形成した砲弾やミサイルに不発は確認されていない。では、弾頭の中身は……
俺の疑問を解決するかのように、数百m離れた地点からサイケデリックに輝く砲弾が放たれる。
魔術砲弾! 飛翔軌道からして迫撃砲と同等──レベル2魔獣が放つ砲弾だ。
砲弾は複数、西の方角に向かって放たれていく。
この光景がもたらす意味は、この街にレベル2魔獣が複数体侵入したということになる。この状況はマズい、後方地域に魔獣が浸透したという事実は大きな混乱が起こってしまう。民衆がパニック状態になりかねない。
……状況を整理する。
俺は何をすべきか──最優先は民間人の避難誘導だ。
そのためには何をすべきか──民間人の安全を確保した後に行動すべきだ。
安全を確保するには何をすべきか──燃えている家屋に取り残されていたなら救出。怪我をしていて動けないなら応急処置をして応援を呼ぶまで耐える。魔獣に襲われているなら──これを排除する。
今の俺に必要なものは救急セットと武器だ。
すぐさま部屋に引き返し、いつでも使えるよう取りやすい位置に置いておいた用具を奪うように掴んで身に着けていく。
防弾チョッキを着装。小銃、拳銃とそれらの予備弾倉を装備。救急セットを腰に取り付けて玄関まで走る。
最後に戦闘靴を履きながら戦闘ヘルメットを被って玄関扉を勢い良く開け放つ。
自宅から飛び出すと、煙が上がっている方へ駆け抜けて行った。
周辺の地理はすでに記憶済みだ。見慣れない地域でも土地勘を発揮する訓練──『戦場地理Ⅰ』で学んだ成果を実践する。
先程ベランダから見えた光景と脳内の地図を合成し、どの家屋が燃えているのか特定、現場に急行する。
この時間帯は殆ど人は居ない。みんな外に働きに出ているからだ。だが、そうではない人たちも必ず居る。この9年間の戦時下によって、一般市民でもサイレンが鳴ればすぐさま避難行動に移る習慣ができている。すでに避難していることを祈りつつ、全力疾走で住宅地を駆け抜ける。
大きなアパートがある十字路を右に曲がれば一番近い火災現場だ。
現場に近づいて来たので、今一度状況を確認するために無線機を操作する。
しかし、反応がない。周波数を変えても応答なし。ジャミング能力を持つ魔獣も居るには居るが、大規模に使える個体はレベル4の大型だけだし、群れでの増幅を狙ってもレベル3が数十体規模で必要となる。
ゾディアックも常時ジャミング能力を持っているが、日本の近くに襲来すれば緊急警報が発令される。これは選択肢から外して良いだろう。
そうなると考えられるのは近隣の無線通信所が破壊された可能性だ。
無人基地のため、自衛能力が低く通信アンテナが露出している構造上、簡単に機能停止してしまう。
ボマーによる攻撃で破壊されたのだろうか? いや、爆発した弾頭は少なかった。あれでピンポイントに破壊できたとは思えない……
そこまで思い至って閃いた。先のレベル2魔術砲弾による攻撃だ。あの射角には無線通信所がある。あの攻撃はそれを破壊する狙いで放たれたのだ。
広域無線が使えないとなると、状況確認が遅れてしまう。応援部隊の到着も同様にだ。唯一現場に向かえている俺の重要度が途端に跳ね上がる。
焦燥に駆られて走る速度を上げながら曲がり角に差し掛かった時、猛烈な悪寒が全身に突き刺さる。
「──ッッ!!」
反射的に大きく左に飛んだ瞬間、さっきまで駆け抜けていた地点が大きく爆ぜる。
空中で身を捻って右の道路を確認するとそこには三体の狼らしき姿をした動物が居た。
──魔獣だ。
条件反射で小銃を構え、親指で
態勢が崩れながらの射撃だったため狙いは付けられていない。だが牽制には十分だ。高速の指切りで6発発射しながら後ろに下がって距離を取る。
牽制射撃によって魔獣たちも同様に後方に下がった。彼らの追撃を阻止する。
先程の爆発は魔術砲弾だろう。魔獣は魔力を用いたセンサー魔術、レーダー魔術を使って簡易的な索敵が可能だ。それで近づいてくる俺を感知、先手を打ったのだと判断する。
その奇襲に俺が即応したため、次なる一手が打てずに身を守る態勢を取った。
これが一連の流れだ。
小銃をしっかりと構えながら状況を把握する。
相手の数は三体。
2秒おきに照準を変えつつ、牽制を続けておく。
1対3は厄介だ。小銃装備なら1体は確実に倒せるが2体なら五分五分。3体で俺が不利の判定だ。勝率は3割程度。
ウルフたちは俺から見て逆三角形のフォーメーション──鶴翼の陣を取る。
対峙する場所は住宅街の道路。右手にアパートの壁、左にブロック塀があるため一本道だ。
物陰に隠れたいところだが、前の十字路に行くにはウルフたちに近づくことになるので不可能。脳内の地図では後ろの十字路までは距離がかなりあるはず。背後を見せての全力疾走では敗北する確率を上げるだけに過ぎない。
……逃げる場所はない。今、ここで戦うしかない。
手榴弾でもあれば有利になったかもしれないが、手元にあるのは20式小銃とSFP9拳銃だけ。それに小銃は先程の牽制射撃で6発撃っている。残りは24発だ。
このまま膠着状態を維持して時間を稼いでも、俺の味方ではない。
ウルフの他にも魔術ミサイルの弾頭内部に潜んでいて侵入してきた魔獣は必ず居る。
攻めるしかない──と思っていたのはウルフたちも同じようで、先に攻撃を仕掛けてくる。
向こうからしても、俺という戦闘員が居たこと自体が予想外であったのだ。更なる戦闘員が出てくるという次の予想外でこの状況は容易にひっくり返る。
ウルフたちの方が状況判断が早いということなのかもしれないが、俺からすれば早計だ。こちらが受け手で三体、捌き切ってやる!
逆三角陣形で向かってくるウルフたち。左右に一体ずつ、後ろに一体の構え。
後ろの一体が大きく口を開ける。口腔内に形成されていく光り輝く砲弾。薄く輝く魔術陣のようなものが展開された瞬間、高速で射出される。
僅かな弾道を描きながら俺の足元目掛けて飛んでくるのをすんでのところで回避。飛び散る破片も慎重に避ける。
威力は手榴弾程度だが、魔術による攻撃の危険度は魔力の毒性にある。魔力で形成された破片が掠めるだけですぐさま部分麻痺が発生するほどだ。
レベル2なら即死はしないだろうが、眩暈と麻痺はすぐ発症するだろう。
攻撃を回避して俺の体勢が崩れた瞬間を狙って右から一体のウルフが襲い掛かって来る。
小銃を
数発がレベル2魔力防壁に防がれるも、その後は貫通。片手で撃ったため多くの弾が外れたが、それでも数の暴力によって十数発の銃弾が命中し、ウルフを八つ裂きにする。
だが、この犠牲はやつらにとって織り込み済みだ。
隣の仲間が肉片になったのも構わず、左に展開していたもう一体のウルフが強襲する。
小銃はもう左に向けられない。完全に隙をついた攻撃。最初の魔術砲弾による攻撃からの一連の流れの決着。
だが、ここまで俺は想定済みだ。
フリーにしていた左手で左腰に装備していたホルスターから拳銃を
セレクターをフルオートに切り替えつつ、照準。すぐさま発射。
二体目のウルフは魔力を爪に集中していたため、魔術防壁が展開できずにモロに拳銃弾を喰らう格好となる。
レベル2魔獣を拳銃弾で倒し切れるかは微妙な所だったが、数発が頭部に命中したようで、なんとか沈黙させた。
スライドがオープンし、2秒で拳銃弾を撃ち尽くしたことが周知される。
知らせる相手は最後に残った三体目のウルフだ。
もし、二体目に追従して攻撃に加わっていたら俺を倒し切れたかもしれない。だが、アイツはそうしなかった。最初の砲撃で使用した魔力の回復を待ったのか、俺の隠し玉を警戒する慎重な性格なのか。
いずれにせよ、これで一対一の構図となった。代償は小銃と拳銃の弾切れだ。
アイツは確実に
距離は確保しているが、
アイツは俺の隠し玉を警戒して距離を取ったまま突撃のタイミングを伺っている。
これでは膠着状態に逆戻りだ。なら、こちらが誘ってみるしかない。
拳銃を捨て、小銃の弾倉を取り出す。
瞬間、ウルフが突貫。
速いな、これは凄まじい。
マガジンリリースのボタンを押して使い切った一個目の弾倉を捨てながら、二個目の弾倉を装填。
だが、ここまでが限界だ。槓桿──チャージングハンドルを操作する暇はない。
眼前に迫る爪牙。これで俺の行動は終わり、命運尽きて死を迎える。
と思っていたのはウルフだけだ。
チャージングハンドルを引かずに、そのままトリガーに指をかけて発砲。
突っ込んできたウルフはギリギリで回避。最後の最後まで警戒していたのだろう。だが、それは一発のみの回避。続けての攻撃には移れない。
こちらには装填された30発の弾丸。
手品を明かせば、一体目のウルフへの連射で一発だけチャンバー内に残しておき、ハンドルを引かなくても発砲可能にしていただけだ。
コツは連射数を制御するだけだが、千発を超える射撃訓練でようやく身に着いた代物である。
ウルフは小刻みに苦し紛れの回避を続けるも、連射できる小銃の敵ではない。慎重に照準を合わせて
眼前に横たわる三体の骸。
死亡確認のため、死体に向かって何発か発砲する。
周囲に伏兵が居ないかを確認してから一拍、深呼吸をする。
……何とか勝てた。魔獣との戦いはこれで二回目だが、やはりどんな相手でも手強い。あともう少し相手の魔力量が多ければ、あともう少し相手のタイミングが早ければ殺されるタイミングが何度もあった。今回勝てたのは運が良かっただけだ──
瞬間、背後に強烈な殺気。
今すぐに振り返ってソレを確認したい欲求と一秒でも早く逃げ出したい欲求が衝突する。
先ほどの連射によって、弾倉内にある銃弾は6発のみ。小銃を撃つには弾倉を交換する必要がある。拳銃は投げ捨てたので数m先に落ちているし、こちらも全弾発射済み。他の武装は30式多用途銃剣のみ。
──これ以上、判断に時間をかけてはいられない。
意を決して、振り返る。
背後の曲がり角から、巨大な体躯が出現しようとしていた。
熊のような、犀のような分厚い身体。
上半身にはトラックすら簡単に引き千切るだろう太い腕がブロック塀を掴み、崩していく。
下半身には太い足が四つ。固く大地を踏みしめるそれは戦車の突進を受け止めるだろう。
その姿から判断するにレベル3中型魔獣。陸上魔獣であれば、戦車と同等の戦闘力を持つ。
……とてもじゃないが、兵士一人の装備では打つ手がない。
策を講じても、やつには力だけでねじ伏せられるだろう。
ならば、天命に任せての『特攻』しかないと悟る。
最後の弾倉を装填。銃剣を装着し、正中に構える。
魔獣は、今、こちらを向いた。
背中の砲身から放たれるレベル3魔術砲弾は魔術徹甲弾か魔術榴弾の二種類。魔術榴弾なら、半径20mは即死範囲だ。
砲撃されないように一か八かで懐に飛び込むしかない。
銃剣で突き刺した後にフルオートで30発全弾を心臓に叩き込んで倒せるかどうか。
魔術防壁が展開されていればその時点で突撃は無意味になる。20式5.56mm普通弾の威力では100発撃とうとレベル3魔術防壁は貫通できない。
展開されていなくとも、近づいた瞬間にその巨腕で投げ飛ばされれば終わりだ。
勝率1%もないだろう無謀な作戦だが、これしかない。
死中に活を求め、一歩踏み出そうとしたとき、
眼前に待ち構えていた魔獣が、真っ二つに切断され、崩れ落ちた。
「──ッ!?」
まったく予期していなかった光景に立ち止まってしまう。
そして、分かたれた遺骸の奥から姿を見せたのは一人の少女。
──少女の姿を見たとき、身体は動かなくなった。
死が、そこに立って居た。
今までのどの死地でも味わうことがなかった本当の死の気配。
生物の本能が動くなと告げている。いや、絶叫して肉体を支配している。
情けないことに思考は現実逃避をはじめ、彼女の姿を観察し始めた。
腰まで届く長い金髪に、今しがた魔獣を斬ったと思われる光り輝く剣を右手に持つ。服装はどこかの高級店で見繕ったような気品を漂わせる。
まだ中学生にもなっていないだろうその幼い姿に、俺は恐れている。だけど、それでも、
伏せていた顔を上げた少女。
俺の姿を一目確認してから、その小さな口を開く。
「──怪我はないかしら?」
「……ああ、大丈夫だ」
沈黙が流れる。
言葉は、通じた。
……彼女は人間なのだろうか。ふと、その正体を探りたくなった。
「助けてくれてありがとう。……君は、何者だ?」
その問いに、少女は予想外の答えで返す。
「私はレナ。レナ・エアレンデル。ゾディアック・レオの能力を持つ、人類の救世主よ」
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