第5話 誰がために鐘は鳴る

「──以上が、今までに判明している魔獣戦争の全容だ」

 改めて整理すると、人類が追い詰められている現状が実感できる。

 いや、話さなくてもこの状況自体が異常なのだ。まだ中学生の彼らに対して、戦争教育をしなければならないという状況が。

 そして、俺もその一人であった。

 ──今や懐かしいこの終鈴チャイムも、もう聞くことは無いだろう。

「時間のようだな、これで授業を終わる。最後に何か質問がある生徒は居るか? 何でもいいぞ」

 生徒たちを見渡す。すると、一人の生徒が手を挙げる。

「3組24番、天郷テンゴウ海翔カイトです。新藤先輩は何を目標として学生生活を送りましたか?」

「学生生活か。そうだな、知力・体力・判断力の三つを鍛えることを意識して生活してきたな。この三つは今後生きていく上でも大事な力になるから意識してみると良いと思う」

「ありがとうございます。参考にさせていただきます」

「他に何か質問がある者は──居ないようだな。では、これで退室する。君たちの健闘と健康を祈る」

 生徒たちが起立し、敬礼。

「新藤教官、ありがとうございました!!」

 俺も答礼し、教室を後にする。

 

 教官室に向かう廊下の先で、壁に寄り掛かるスーツ姿の男性が一人。俺に気付いたタイミングで顔を上げる。

 眼鏡をかけた凛々しい顔は俺の知ってる顔だ。

「やあ、新藤。久しぶりだな」

「アキラか、何してんだこんな所で」

 本田ホンダアキラ。俺の同期の一人だ。飄々としていながら要所では類まれなるリーダーシップを発揮するなかなか凄い奴。

 ではあるが、俺との仲は悪友という関係だ。普段の厳しい任務でのストレス発散なのか、時々やらかす悪事に付き合わされて共々に教官に怒られる。腹立たしいが、彼の心の奥底にある優しい人格故に憎めないのだ。時折、10代の青年とは思えない大人びた眼をする時があるがそれは本人の壮絶な経歴故だろう。

 卒業訓練の出発式で別れて以来だったが、相変わらずの微笑は健在だ。

「何とは失礼だな、お前の様子を見に来たんだよ新藤」

「随分と暇な奴だ。どういう理由と許可があって自衛校母校に来れたんだよ、まさか留年したのか?」

「俺がこれ以上留年できないのを忘れたのか? ちゃんと立派に卒業できたさ。ここに来た理由については悪いが機密だ」

「お前、いつもそう言ってはぐらかしてるじゃないか。俺に関係あるってなら教えろよ」

「教官なら何か知ってるかもな。まあいい、元気そうでなりよりだ。じゃあ俺は忙しいからこの辺で」

 そう言ってどこかに向かおうとする。久しぶりに会ったのに、薄情な奴だな。

 遠ざかっていくアキラの背中をじっと見続けていると急に振り返って一言、呟いた。

。お前、身辺整理しとけよ。じきに『荷物』が届くからな」

「──ああ、わかった。じゃあなアキラ。お前も元気そうで良かったよ」

「またな、新藤」

 今度こそどこかへ向かっていくアキラ。

 先のセリフを言いたいためだけに、俺を待っていたのだろう。

 俺を名前呼びする時は決まって何か覚悟を決めておけという合図だ。

 今回の場合は何か俺が困るような案件が待ち受けているに違いない。アキラは昔から、こういう裏の情報を知っていて教えてくれていたのを思い出す。

 ──先程の模擬授業は退院してからの経過観察の一貫。俺がちゃんと復帰できるかどうかのテストだった。

 事実、教室の後ろの方では俺が話しているときに生徒たち全員に気付かれずに入って来た教官三名がじっと俺の顔を見て書類にチェックしていた。

 あの緊張感は地獄だったが、テストに合格できれば晴れて部隊に復帰……いや、入隊できる。

 そうなれば、先週引っ越してきたばかりの自宅ともお別れだ。元々、私物は少なかったが色々と支給されている装備品──武器や防弾チョッキなどもあるし、「来た時よりも美しく」の精神で装備の手入れがてら部屋の掃除をしておくか。

 アキラの助言があったということは、復帰の合否許可に関係なくどこか別の場所に異動になるのだろう。最悪の場合、自衛官で無くなるかもしれない。

 おそらく、アキラが言った『荷物』というのは送られてくる異動命令書か、自衛官退職のための面談依頼書だろう。自己都合による退職のためのやつだ。

 これは、俺が不祥事をやらかしたというわけではなく、むしろこれ以上辛い目に合わないようにするための配慮。上からはそう判断されている可能性があるのだ。

 俺としては、自衛官を辞めたくないが……上からの『配慮』には逆らえない。

 ──どうなっても良いように、最大限の心構えをしておこう。


 アキラと別れた後、必要書類を提出しに教官室へ向かった。

 久しぶりに会った教官たちからはものの、上手く健康だということがアピールできた。

 中には、さっきの授業についての感想も言われヤジられたが、それも新鮮だった。

 俺を労っているこの雰囲気は、ひとえにあの『卒業訓練』があったからだろう。

 だが、俺はそんな程度の理由で情けない姿は見せられない。魔獣戦争が始まった時、当時住んでいた町に『無限の彗星インフィニットメテオ』が落着した時、心に決めたのだ。

 一生をかけてでも、この戦争を終わらせると。

 そして、苦しむ人々を全員、助けられるだけの人々を全員救って見せると。

 そう気張る俺のことを、当時の担任であった峰山教官は心配そうに見ているのであった。


 校舎裏の駐輪場に停めておいた偵察用オートバイに乗って帰宅の途に就く。

 この車両は自衛隊より貸し出されているもので、整備さえ怠らなければ自由に使うことが許可されている。当然、私用目的でどこかドライブに行くというのは御法度だが。

 運転免許に関しては、学生時代の自由履修で普通自動二輪免許が取得できた。

 こういう形で有効活用できるとは当時思っていなかったが、今となっては有り難い。戦時特例法により、自衛官身分証明書を持っていればオートバイ用ヘルメットではなく戦闘用ヘルメットを被っての公道走行が可能なので、各個人に支給されている88式鉄帽テッパチを被ってKLX250オートを走らせる。

 まだ昼前という時間帯もあってか、交通量は少ない。武装機動隊による統制防衛ラインが構築されているオフィス街に籠って遠隔勤務リモートワークをしているか、近隣の軍需工場で働いているからだろう。

 一般の方たちの苦労を偲びながら、自宅に向かうのだった。


 自衛校を出てから20分ほどで自宅に着いた。

 自宅の所在地は小松ヶ池公園が近くにある住宅地。自衛校がある横須賀市の下、三浦市にある。住宅地の近くには三浦半島の主要な路線である京急久里浜線が通っており、三浦半島南部で生産された軍需品を横須賀港に届けるための重要な交通網となっている。

 鉄道路線は物資輸送には欠かせない交通機関であり、戦時下における重要性は非常に高い。後方の補給網が破壊されれば前線で戦っている兵士たちに弾薬や食料といった物資が届かなくなり、途端に敗走する羽目になるからだ。

 幸いなことに、日本はまだ本格的な本土決戦にはなっていない。空自と海自が必死に防衛ラインを維持しているため、散発的な上陸部隊との戦闘とインフィニットメテオによる襲撃を除けば、地上魔獣軍からの侵攻は受けずにいる。

 魔獣戦争初期では、九州にて大規模な魔獣軍との上陸迎撃戦が展開されたこともあった。結局、魔獣軍の橋頭保を破壊し上陸を失敗させたが被害は大きかった。

 そして、次に上陸地点として狙われるのは関東地方だという予測が立っている。

 これは、魔獣軍が人類との戦いの中で、人類の戦術・作戦・戦略を理解し、実際の戦闘に応用しているという点に関係する。

 魔獣戦争が起きる前、日本が戦争状態になったのは太平洋戦争の時だ。

 太平洋戦争末期には日本本土の攻略作戦がアメリカ軍によって計画されたが、この時の日本本土上陸作戦──ダウンフォール作戦では、九州南部に上陸するオリンピック作戦と関東に上陸するコロネット作戦の二段階で計画されていた。

 日本という国家を攻略する上で計画された作戦なので、約一世紀前の作戦であっても魔獣軍が同様の作戦を展開すると考えられている。

 もとより、関東地方は日本の中枢。これを攻略されれば日本は滅ぶだろう。

 首都機能分散構想も考えられたが、結局物資の拡散につながり戦力の拡散化に繋がってしまうとされて実現しなかった。結果的に、今でも日本のかなめは東京のままとなっている。


 という日本の現状において、自衛官としての俺の仕事は「魔獣軍の上陸の可能性がある重要地域にある後方拠点の物資を輸送するための補給線の防衛任務」と命令された。

 要するに、閑静な住宅地に自衛官戦闘員を配置して警備をさせようということだ。

 国民を守るための自衛官ではあるが、今は一般の方たちは仕事に出ている時間。

 そのため、人数削減として昼の時間帯はこの地域の担当は俺だけとなっている。

 任務の内容は有事における民間人の保護と避難誘導。そして、魔獣の排除。

 自宅は避難施設兼防衛拠点なので、一見するとかなりの豪邸にも見える。

 といっても優雅なのは外見だけで、中身は爆撃に耐えられる頑丈な構造になっており、防衛拠点として適しているが支柱が多く、壁も分厚い無骨な内装だ。

 一週間過ごしてわかったが、一人で住むには明らかに広すぎる。

 これは、本来ならば8人の自衛官をローテーションで生活させる予定だったものが、急遽前任の班が別拠点に応援に行ってしまったため退院した俺の臨時生活拠点に宛がわれたからだ。

 てっきり、退院後はどこかの自衛隊基地に行くのかと思っていたがまさか後方地域、それも住宅地と線路の防衛任務とは思わなかったが、それも一つの経験だと受け入れるしかない。

 軽くはない足取りでオートを車庫に入れてから玄関の鍵を開ける。

 ヘルメットとライダージャケットをコートハンガーに置き、リビングへ。

 自宅は二階建てで地下に大部屋がある構造となっている。

 一階はかなり広く、避難民のために大きく作られており開放的な空間だ。

 二階は自衛官のための個人部屋が何部屋か用意されている。南側にはベランダもある。

 地下は作戦司令室として機能するための司令室だ。空爆に耐えるための防空壕でもあるので、緊急時には民間人もここに避難させる。

 地下は命令があるか上官が来るまで入れないため、もっぱら俺が使用するのはリビングと個人部屋の二部屋。掃除をするならそれらだけで良いだろう。

 手洗いうがいを済ませると、掃除用具を持って来て掃除を始める。

 掃除と言っても、別にたいして汚れてはいない。俺がここに配属されてから一週間しか経ってないし、前任班の人たちも立つ鳥跡を濁さずの如く、綺麗な状態で引き継いでくれた。

 30分もかからずに掃除を終わらせると、少し早めの昼食をとることにする。

 米は炊いていなかったので、トースト、目玉焼き、サラダを手早く用意して食べる。このメニューで軽く千円は超える値段だ。戦争による物価高は非常に大きい負担となっている。

 もとより、日本は食料自給率の低い国であったがそれに拍車をかけて酷くなっているのが現状だ。

 政府による傷病者や高齢者への支援も限界に近づきつつある。

 このような食事が出来るのも、一部の人たちだけなのだ。

 暗雲たる思いでご飯を食べたくはないが、思慮せずには居られない日本の現状にため息が零れた。


 食後、テレビを見ながら銃の整備を始める。

 支給されている20式小銃は約20年間使われているベストセラーだ。

 弾薬の5.56mm弾は対人武器としては優れているものの、破壊力に関しては7.62mm弾に劣ってしまう。そのため、魔術防壁を持つ対魔獣戦闘では防壁の破壊が遅れてしまい、その間に他の魔獣に襲われる可能性が出てくる。

 しかし、7.62mm弾は威力がある分、反動も大きい。日本人の平均体格と補給(製造・運搬コスト)の観点から鑑みて、日本では5.56mm弾を採用している。また、貫通性能に関しては5.56mm弾の方が優れているので、防壁を無理矢理破壊せずとも本体にダメージを与えられる優位性がある。

 小銃のメンテナンスは自衛校時代から何度も行ってきたが、それでも集中力を要する。

 100個以上の細かい部品を一つ一つ状態をチェックしながら摩耗の状態を確認。可動部の部品には潤滑剤グリスを薄く塗る。

 銃の完全分解整備オーバーホールには時間がかかるのでメンテナンス程度にとどめておく。

 9mm拳銃SFP9の整備は三日前に行っていたのでこれで装備の整備は終わりだ。

 20式5.56mm普通弾の状態を確認し、一発ずつ弾倉に込めていく。

 いつ魔獣との戦闘になっても良いように、後方拠点においても弾丸は装填しておくのが鉄則と教えられた。

 ふと、テレビの画面を見ると一時間以上経っていたことに気付く。我ながら集中力の高さに呆れるも、これは昔からの悪い癖だ。集中力が高いということは、周りへの意識が乏しいということになる。早めに改善しなくてはこの先の戦いで生きてはいけないだろう。

 まだまだ自己研鑽が必要だなと己を戒めつつ、テレビを見ながら書類を整理していた時に事態は起こった。

 突如、鳴り響くサイレン音。耳を劈く甲高い悲鳴のような知らせ。

 空襲警報だ。

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