第2話 水の滴る恋ならば
『右のチーム、アーマー割った! 藤崎、ウルトは?』
「すまん、まだ。それより、左のチームを抑えよう、円が縮まったら俺らが不利だ」
金曜日。
そう、金曜日である。週末が始まる最高のフライデー。
明日学校が無いということは、一日ゲームをしても遅刻を恐れる心配がないということ。
という訳で、学校から帰るなり俺はパソコンを起動し、友達と流行りのチームゲームをしているというわけだ。
『そういえは藤崎、最近なんかあったのか?』
「ん? どうした急に」
『学校でもさ、よく挙手してるじゃん? それに妙に上の空だし、なんか嬉しそうにしてる』
「……まじか。そんな顔に出てるか俺?」
『やっぱ、なんかイイコトあったんだろ! 教えろよー』
「ん。やだ」
――あの登校以来、二宮とは会えていない。
学年は同じ二年生。だがクラスが違う上に、教室がかなり離れているのだ。
しかし、ドキドキと高ぶるような興奮はすぐには収まらなかった。それどころか、時間が経つに連れじわじわと心に染みてくる。
二宮が俺のことを好きだった。
もちろん、それは四年前のこと。
今はもう、彼氏でも作ってよろしくやっているかも知れないし、俺に興味を無くしているかも知れない。
だけど、可愛い女の子に意識してもらえていた。それだけでも十分なのだ。
だがもし、まだ俺のことを好きならば――――付き合いたい。
【高校生 告白 やり方】
【好きの気持ち 変化】
【モテる髪型 メンズ】
スマホを開けば検索履歴にずらっと並ぶ甘い文言。
ここ一週間で、考え方だけでも陽キャになった気分だった
この気持ちを手っ取り早く解消する方法。
――告白を返さない原因は自分でもわかっている。
自信がないのだ。
二宮は可愛くなった。女子高生らしく整った顔に、ショートボブのサラサラな髪。
身体も女性らしく丸みを帯び、――抱き締めたくなるような柔らかさをイメージさせられた。
ただ胸は四年前とあまり変わっていなかったが……
対して俺はどうだろうか。
高校二年にもなって女子との絡みひとつなく、髪型も適当で私服もダサい。
部活もやめ、勉強も適当。自信があるのはゲームの腕くらい。
二宮は変わった。じゃあ
一瞬。どうしようもない凄まじい怒りが湧いてきて、パソコンデスクに強く台パンをかます。
<GAME OVER>
モニターに敗北の文字列が並んでいた。
『おいおい、大丈夫か藤崎? ……あー勝てねえし、ひとまず晩飯にしようぜ。俺呼ばれてるから落ちるわ』
「……わかった。おつ」
パソコンを消し、自室からダイニングのある一階におりる。
両親は帰っていなかった。ラインを見ると、「台風で電車止まってるから、夕ご飯は
なるほど台風。
夕方から暴風域に入ったらしく、窓を見れば、切るような風の音に混じって勢いよく雨水が叩きつけていた。
かなり強いやつだろう。電車が止まるのも納得だ。
母親の言う「サキ」というのは藤崎 咲。
中学二年の俺の妹だ。今は自室にいるらしく、帰ってから姿を見ていない。
さて、飯はどうしようかと考える。
サキの分もとなると、適当にはできない。
かといって料理を作る気にはなれなかった。失敗すれば妹にどんなイチャもんをつけられるか分からない。残されたら泣いてしまうかも知れない。
となれば自ずと答えはひとつ――
「……ピザでも頼むか」
ツイッターで見たことがある。
台風の日に頼むピザほど美味しいものはないらしい。びしょ濡れの店員から受け取る背徳感がスパイスだ。
そうと決まれば行動は早い。
ピザチェーン店のアプリを起動し、付近のピザ屋を確認する。
ちょうどクーポンがあったらしい、安く沢山食べれるやつだ。運がいい。
「えーと、マルゲリータとジェノベーゼ……咲の好きなチーズ沢山のったやつにするか」
ピザが届くのは四十分後。
結構早いなと思いつつ、スマホゲームを開いて時間を潰すのだった。
ピンポーン……
インターホンがなったのでスマホを閉じて玄関先へ向かう。
ピザなんて久しぶりだから、この瞬間はとても心が躍った。
台風の吹き荒れる中、ご苦労様。ねぎらいの言葉のひとつでもかけようかと思いドアを開ける。
「こんばんわー。ピザマートでーす。お会計の方、合計三千二百円となってい……ま……」
「はーいお疲れ様で……」
ドアの向こうには案の定、赤い店の制服をびしょ濡れにした若い店員。
問題は、その帽子の下にある顔に、ひどく見覚えがあったのだ。
「もしかして、に、二宮?」
「あ、あ。えっと」
ぽちゃりぽちゃり。
呆然とした二宮から、染み込んだ雨水が滴り落ちていく。
それはピザの箱を伝って、玄関の床に小さな水たまりを作っていた。
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