恋愛ドシローター 〜可愛く垢抜けた幼馴染はずっと俺のことを好きでした〜

愛媛みかん

第1話 バカップル未遂は懲役三年



 恋愛なんて俺には無理だ。

 そう思っていた。


 俺は藤崎 真。 


 『高校は部活動をやるべき!』そんなユーチューブshortを間に受けて、バスケ部に入ったりした。

 しかし、中途半端に強豪であった我がチームは、練習が辛いのなんの……

 結局一年もせずに辞めてしまい、晴れて帰宅部として放課後のチャイムと共にスタートを切る。


 そんな俺の高校生活はまさに自堕落そのもの。

 勉強は中の上、部活もせずに帰ってゲーム。

 クラスの女子とは話したことはなく、ゲーム仲間と教室の隅で引き攣った笑いを浮かべている。


 でも、少しは羨ましく思う。

 登校中の通学路、下校前の校門。

 カップルというのは嫌が応にも俺の目に入り、ぐさりと心の奥を抉ってくる。


 あの彼女、かわいいな。

 ひらりと舞うプリーツスカートに、白く眩しいカッターシャツ。胸元には学校指定の赤いリボン。

 小柄なその娘は、ツイッターのイラストで見るような『ザ・女子高生』だった。

 黒い感情が俺の中で渦巻く。

 

 バカップル死ね〜♪


 そんな音楽を頭の中で流しながら、今日も早足で追い抜いてやるのだ。

 どうせ、彼氏も彼女の歩幅に合わせて遅く歩いているんだろう?


 結局、彼女なんて足を引っ張るだけじゃないか。自分のペースを乱す非効率な存在…………


 

 「あ、あの! 藤崎くん……だよね?」


 女の子の声。

 また、俺以外の男が呼ばれているのか。

 登校中のこの時間、男女の掛け合いほど腹の立つものはない。イヤホンでもして、落ち着いて――


 ん? 『藤崎くん』って、俺じゃないか?


「ねぇ! 藤崎くん!」

「う、うおあ!? ど、どなたですか?」


 スタスタと歩く俺の前に唐突に現れる彼女。


 頭一つ低い位置にある顔がこちらを見上げている。

 ボブカットの黒髪に、白い肌。

 連想するのは、そう。夏の向日葵ひまわりだ。

 若芽のような艶やかさと、弾けるような笑顔がまさにそう。

 

 そんな彼女は後ろ手に学校のカバンを持ちながら、何か期待してそうに話しかけてきたのだ。

 胸を張った姿勢、赤いスカーフの部分に目を惹かれそうになるのをグッと堪える。


「私だよ、二宮ひまり。今まで何してたのさ! 同じ学校に通ってるなんて聞いてなかったよ!」

「に、二宮!?」


 二宮ひまり。

 小学生の頃のクラスメイトであり、同じジュニアバスケクラブに通っていた。

 運動音痴なくせに負けず嫌いで、ドリブルで颯爽と抜かしていく俺の後ろを必死に着いてきた女の子。


 帰りはアリーナの自販機で一緒にアイスを食ってたっけ?


 二人とも親の迎えが遅いから、ロビーで良く話し合ってたなと思い出す。


 そんな彼女がどうだろう?

 今や晴れ渡るような高校デビューをかまして、俺の前に立っている。

 ピチッと張った夏の制服からは、健康的に引き締まった手足が伸び、可憐というに相応しいプロモーションだ。


「ああ、小学ぶりだな二宮。同じ高校にいたなんて、俺も気づかなかった」

「そうだよ! 後ろ姿を見た時にびっくりしちゃった! 私、普段バスだから気付けなかったのかもね」

「そうなのか……それで、俺に何か用でもある?」

「あ、いやー。そうだっ! まだ、バスケやってるの? あれだけ上手かったんだから、絶対バスケでこの高校選んだんだよね!?」


 そう言われて俺は心の中で苦虫を潰す。

 バスケはもう辞めたんだ。

 

 目の前の彼女は、そんな俺に未だバスケの幻影を求めている。まるで、それしか繋がりがないかのように。

 しかし、嘘はつけない。俺はキッパリと言う。


「いや、バスケはもう辞めたんだ。 今は帰宅部」

「え、辞めたの?」


 少し、二宮の表情が曇る。

 信じられない、そういったようにも見える。


「一年の二学期まではやってたんだけどな。練習がきつくて辞めた」

「そうなんだ……。私ちょうど、去年の二学期から女バス入ったから、入れ違いだったんだね……」


 二宮は寂しそうに、俯く。

 が、しばらくして顔を上げると笑顔を浮かべて言う。


「ま、いいや。よかったらさ、一緒に学校まで歩こ? 久しぶりに話したいしさ!」

「お、おう……いいけど」


 それから校門までの短い間、俺たちは小学生の頃の思い出話を語り合った。

 最後まで逆上がりができなかった話。バスケクラブの鬼コーチが怖かった話。小学生の友人の話。


 気づくことはなかったが、隣合って話しながら歩く俺たちは、先程までバカにしていたカップルに見えたかもしれない。


 最後に別れる瞬間、二宮が足を止めて俺に言ったのだ


「そういえばさ、ジュニアバスケのプレゼント交換の時、私があげたプレゼント。あれ、どうだった……?」

「プレゼント? ああー、クリスマス会の時のあれね。今も持ってるけど、それが?」

「い、いや! なんでも、ない……」


 じゃあね、と学校に向かって駆け出す彼女。

 その後ろ姿がどうにも可愛くて、俺はしばらく目を奪われてしまった。


 二宮。可愛いくなったな……


 彼氏も、いるんだろうな……


 悶々と、胸の荒れるような感情がリフレインして。

 その日の授業は全く頭に入らなかったとだけ言っておく。



 *



 日が地平線に差し掛かった、十八時。

 帰宅した俺は自室のベッドに荷物を放り出し、さてゲームでもしようかとパソコンを立ち上げる。


「そういえば、二宮のプレゼントって開けてなかったな」


 視線を部屋の飾り棚に向ける。

 クリスマス会で渡されたプレゼントは、安物のスノードームだった。

 外装はクリアな素材でできていたため、ラッピングを剥がさずそのまま棚に飾っていたのだ。

 埃が積もって汚れるのも嫌だったし、貧乏性な所が出ているなと自分を思い返す。


 棚からスノードームを下ろし、すっかりパリパリとなってしまったナイロンの包装を剥がしてみる。

 すると―― 


「ん?」


 ペラり。と小さな紙のようなものが、ラッピングの底から落ちたのだ。

 ラッピングの上部は透明で、下部は色付きであったため、紙が入っていることに今まで気づかなかった。


 二つ折りの小さなノート用紙。

 一体なんだろうか? と思いつつ、二つ折りのそれを捲ってみる。


 可愛い文字で、三文のみが書かれていた。


 

 

『ありがとう。大好きだよ。返事待ってます』



 

「えっ」


 思わず、素っ頓狂な声が部屋に響く。

 何度か見返す。左から、右まで。


 ……大きな過ちを犯した人間とは、こんな気分なのだろうか。


 心臓が速くなる。自分が興奮していくのを嫌でも感じる。

 思わず膝からカーペットに崩れ落ちる。

 ふかふかとしたカーペットに四つん這いになり、その紙を床に置きじーと時間をかけて見つめる。

 

『大好きだよ』『大好きだよ』『返事待ってます』

 

「ま、さか。二宮が、俺のことを――」



 小学生の時の俺を、これほど恨んだ日は無かった。




 *



 パサリ。

 汗の染み込んだカッターシャツを洗濯籠に放る。

 

 帰る時、走って帰った。

 なんとなく、そんな気分だった。


『プレゼント?』『持ってるけど?』『それが?』

 


「バカッバカッバカッ!」


 下着姿でベッドに転がった二宮ひまりは枕を両手で叩く。

 可愛いサメのデフォルメされた枕が、苦しそうに歪んでいく。


「バカッがよぉ……」


 ありがとう、サメちゃん。

 私の涙を吸ってくれる、いいやつだよ。君は


 小学生の時の、勇気を振り絞って出した私からの『告白』。

 三年越しのそれを藤崎あいつは、すっとぼけたように軽く返したのだ。


 優しいあいつのことだ。

 私が傷付かないよう、イエスともノーとも言わずにいたのだろう。


 きっと何も思ってない。

 あいつにとって私はただの生活背景で、面倒ごとを避けるように今まで音沙汰なく過ごしていたに違いない。


ああ、腹が立つ! 寂しい、悲しい!


「悔しいよぉ……」


 久しぶりにあった藤崎は変わってなかった。

 面倒見の良さそうな優しげな顔。

 私より背が高く、スラリと伸びた身体。バスケを続けているものだと、ずっとそう思っていた。


 私が好きだった藤崎と、何も変わってなかった。


 

「彼女とか、いるんだろうなあ……」


 か細く漏れたそんな声は、サメちゃん枕に吸われていった。 


  

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