第5話 邪神ちゃんの妹?!

 たったの2日ですっかり村に馴染んでしまったフェリス。翌日は昨日の牛を見た牧場へと向かう事にした。

 牧場に着いたフェリスは、思わぬ光景に目を疑った。

「うっそ、なんでこんなにつやつやなの?!」

 なんという事だろうか。昨日は薄汚れた感じもあった牛たちの毛艶が、見違えるほどにピカピカになっているのである。さすがのフェリスもこれには驚いた。

「おお、天使様。おはようございます」

「あっ、ええと、おはよう……ございます?」

 昨日の男性が出てきてフェリスに挨拶をすると、驚いていたフェリスが飛び上がって挨拶を返す。それを見た男性が少々うろたえた。

「て、天使様?! お、驚かせて申し訳ございません」

 慌てた男性が謝罪してきた。

「いや、こっちこそすまない。あまりに牛たちが立派になってたものだから、驚いちゃってて……」

 フェリスは言い繕っている。

「はあ、確かにそれは分かりますね。私どもも驚いているんですよ、牛たちの状態には」

 どうやら男性も困惑していたようである。昨日は確かにきれいにしているとはいってもここまでではなかった。それがどうだろうか。起きたらそれは光り輝いているかのような毛艶になっていたのだから。

「ですが、昨日天使様が撫でていらしたので、もしかしたらその恩恵なのではないかと考えています。牛たちもとても喜んでおりましたし、そうとしか思えないのですよ」

 ……フェリスは昨日の事を思い出していた。確かに牛たちの頭を撫でていた。それも全頭。考えられなくもない理由ではあるようだ。

「いやいやいや、あたしは邪神ですよ? 邪神が撫でてなんでこんな事になるんです?!」

 しかし、冷静に考えれば考えるほどおかしいので、フェリスは自分のせいじゃないと思いたかった。

「そうは申されましても、実際に乳の出もいいですしね。今までにない最高レベルのミルクが採れたんですよ? これはひとえに天使様のおかげとしか思えません」

 ここまで言われては、さすがにフェリスも開いた口が塞がらなかった。

 邪神が撫でた動物に恩恵が出るなんて聞いた事がない。これも争い事が無くなって毒気が抜けていった影響なのだろうか。フェリスは頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「て、天使様?!」

 男性がうろたえる。

「あー、お父さん、天使様に何をしてるんですかーっ!」

「め、メル!」

 小さい女の子が出てきて、指を差しながら男性に駆け寄ってきた。どうやら男性の娘のようである。それにしても小っちゃくて可愛い。

「駄目ですよー、天使様を困らせちゃーっ!」

「ち、違う誤解だ、メル。こらっ、やめなさい」

 気が付いたら、メルと呼ばれた女の子が男性をぽかぽかと殴っていた。

「あのね、君。あたしは大丈夫だから、それくらいにしておいてね」

 フェリスが声を掛けると、メルは手を止めて、

「うー、天使様がそう仰られるのなら……」

 どういうわけか不満げな顔をしながらフェリスを見上げてきた。フェリスが困っているものだから、もう少し父親を叩きたかったようである。

「君は優しい子だね」

 そう言いながらフェリスが頭を撫でると、メルは肉球の感触とても満足そうだった。

「えへへへ、天使様に撫でられちゃった」

「おー、愛い奴め」

 フェリスもあまりの可愛さに撫でるのをしばらく止めなかった。

「メル」

「なあに、お父さん」

「そんなに天使様が気に入ったのなら、お側で仕えてみたらどうだ?」

「はい?」

 男性が妙な事を口走るものだから、フェリスから変な声が漏れる。なんでそうなるんだと言わんばかりの反応だ。

「うん、メル頑張る!」

 がくっと肩を落としていたフェリスに追い打ちをかけるメル。フェリスに仕えるという事は邪神の巫女になるという事だ。確かに巫女は欲しいが、そんなノリで決めていいような事じゃない。

「あのね、あたしは一応悪い事をしていた邪神なのよ? その邪神に仕えるって悪い事なんだから、一般的には」

「天使様は天使様なの、邪神なんかじゃないの!」

「うっ!」

 眩いばかりの少女の笑顔に、フェリスはつい目がくらんでしまった。

「うーん、分かりましたよ。あたしの名前はフェリスだから、名前で呼んでちょうだい。あたしも君の事はメルって名前で呼ぶから」

「はい、分かりました。フェリス様」

(ああ、なんて可愛いのかしら)

 笑うメルの顔を見て、フェリスがこの上なく表情が崩壊していた。毒気を抜かれた邪神は浄化されてしまいそうだった。

「うわぁ、フェリス様のお体、ふかふかだ~」

「まあ、あたしはそもそもが猫だからね」

 フェリスは再びメルの頭を撫でながらメルの父親を見る。

「しかしまぁ、あたしに仕えさせるなら家にほとんど居なくなるがいいのかな?」

「娘が幸せならそれでも構いません。手伝ってくれる仲間も居ますから」

「ふむ、そうか」

 フェリスはメルの顔を一度見ると、父親に向き直る。

「ならばあたしが貰っていくぞ。あとで後悔しても知らんからな」

「天使様のためでしたら、後悔するはずもございません」

 父親ははっきりと言い切った。

「そうか。ならば、メル」

「はい何でしょうか、フェリス様!」

「村を案内してくれないかな。来たばかりだからまだよく分からないのよ」

「はい、喜んで!」

 こうして、フェリスとメルは父親に見送られながら、村の散策へと出掛けていったのだった。

 メルの背丈はフェリスの肩より少し高いくらいなので、まるで妹ができたような感じであった。この一件が瞬く間に村に広がったのは言うまでもなく、羨む者が出たそうなのだ。しかし、天使様の機嫌を損ねるわけにはいかないと、村では自重の雰囲気が漂い、メルにはフェリスの妹という謎の称号が付けられたのであった。

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