第3話 人食い

「言葉が理解できるなら頷けるか?」


指を咀嚼しながら、トカゲはゆっくりと首を上下に振った。まじで言葉通じるんじゃん。


こいつ何なんだろうなぁ。ギルドの魔物情報じゃ見たことがない。


食べ終えたトカゲは、再度素早い動きで俺の体をよじ登り、手のひらまで上がってから指を噛む。


「おい、またか……なんだ、食わないのか」


また噛み千切られると思ったが、今回は軽く咥えただけだった。そうしたあと、俺を純粋な瞳で見つめてくる。純粋、だよな?

爬虫類の目は漆黒すぎて感情が分からん。分からんが、次を食わせろって言っていると思う。


手のひらを上に向け、トカゲを乗せた。


「いいよ。好きなだけ食いな。……おぉ。痛みはあまりないけど、ちょっとくすぐったいな」


さっきと同じようにトカゲが指を噛み千切っていく。もう警戒する必要がないからか、手のひらの上で咀嚼し次の指を食べるという事を繰り返している。噛み千切られるたびに指が生えてくる光景はちょっとしたホラーだ。


異能があると、異能を使わなくともその効果に関係のある能力が伸びやすいとか、才能を持っているとかの話は有名だ。剣を使う異能なら剣の才能が、魔法なら魔法の技術や保有魔力の多さが人とは違うそうだ。俺の場合、それが痛みへの耐性だったのだろうか。


最終的にトカゲは、自分の体の大きさが倍になるぐらいに食べてようやく満足したようだ。体を半回転させて俺の方を見てきた。まるで『飯が終わったから話そう』と言っているようだ。とりあえず、最初に気になったことを聞いてみる。


「お前、相当腹減ってたんだな。この森には他に食うもんないのかよ」


首を傾げられた。


「否定するときは横に振ってくれ」


再度首を傾げた。意味は分かってるけど首を傾げてるなら、肯定も否定もできない微妙な問いかけだったのだろう。なんだろうな。弱すぎて他の草食動物や魔物を狩れなかったり……いや、あの速さで狩れないなんてことは無いか。事前の情報の通り、周りに魔物が少な過ぎて食べるものがない……じゃないな。それならさっきの質問に首を横に振るはずだ。


「あ、人間が好物か?」


首を傾げてから頷いた。これは近いってことでいいんだよな?


「もしかして人間しか食えないとか?」


そうそれ!と言うように口を開けて何度も頷いている。

そんな生物聞いたこともないぞ。魔物の中には人間の味を知ってしまって、人間を好んで食べる凶暴な生物もいるらしいが、その魔物だって好物じゃないだけでそれ以外も食べれるはずだ。

こんな小さな生物が人間を食べたことがギルドに伝わったら絶対に討伐依頼が出されるだろう。このトカゲ、最初に出会ったのが俺で本当によかったな。この異能を持っている俺でよかった。これも運命か。


「お前、俺以外に食べ物を得る当てはあるのか?」


激しく左右に首を振っている。

こいつも可哀想なやつなんだな。


「そうだよな。……じゃあ、一緒に来るか?そこら辺の人間を適当に食べちゃったら、危険な魔物を排除するために冒険者が襲いかかってくるからさ。俺も友人が一人遠くへ行っちゃって寂しくなってるんだ」


今度は激しく上下に振った。そんなにシェイクしたらバカにならない?大丈夫?


「町の魔物持ち込み条件は何だったっけな……」


無秩序に魔物を町に入れると大惨事になるので、法律として何か規則があったはずだ。首輪だっけ?いや、町で見るスライムは首輪を付けてないな。何か書類を書かなきゃいけないんだろうか。俺が出来るレベルの簡単な手続きだったらいいんだけど。

無断でこいつを連れては歩けないし、この大きさのトカゲを『愛玩動物です』と主張して連れ込んでも多分町の衛兵から待ったがかかる。まずはこいつに外で待ってもらって、ギルドで規則を確認してくるか。


「薬草もそこそこ採れたし俺は町に帰るけど、お前は外で待っててくれるか?町は許可なく魔物を連れ込んだらいけないんだよ」


そう聞くと、トカゲは反応を返さずに俺の体を伝って服の中に入り込んだ。ちょっと尖った指で体を這いまわられるので、かなりくすぐったい。

トカゲにしては大きいというだけで、服の中に隠れていたら気付かれない大きさだとは思うけど……しっかり犯罪であることに変わりないんだよな。……バレなきゃいっか。


「そうだ、いつまでも『お前』じゃ呼びづらいから名前を知りたいんだけど……名前はあるのか?」


トカゲは服の袖から顔を出し、顔を左右に振る。


「それなら適当に決めるか。うーん……ジャグーで。凶暴って意味だ。……痛っ」


駄目だったらしい。その後も何度も変更要求をされた。どうも勇猛な意味を持つ名前はお気に召さなかったらしい。


「じゃあ、お前の名前はクレンシーだ。これからよろしくな」


ここの言葉で『美しい黒』という意味だ。そっちの方が良かったのね。

トカゲはシャウ、と鳴き声を上げて賛成してくれた。首や尻尾を上下に振って、期限がよさそうな感じがする。というか、鳴き声あったんだね。

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