第2話 トカゲ

常設の依頼はギルドで受ける必要はないが、朝はギルドに顔を見せておいた。危険な魔物が出たとか、どこにダンジョンができたかなどの情報はギルドの掲示板に貼られているからだ。ついでに、薬草が群生している場所や行ったら危険な魔物の多く出る場所もギルドに置かれている本で調べておいた。そういう依頼に必須の情報はギルドにとっても公開することで利益があるから、誰でも閲覧できるようになっている。

ギレットはもう出発したようだ。長い道のりだから、明るくなったらいち早く出発したかったのだろう。馬車に乗っていったらしいが、それでも五日はかかる距離だ。


昨日聞いた通り……なのかは分からないが、薬草の群生地にたどり着くまで魔物に出会う事はなかった。初めて外に出るからこれが平常なのかは分からないが、油断して警戒を怠ると痛い目を見るだろう。一層警戒を強めていかないといけないな。

ギレットが都に出て行ったのも不思議じゃない。実力を付けた冒険者ってのは魔物の討伐依頼や魔物から得られる素材や肉を売ったりして得る金が収入の大部分を占める。これだけ魔物がいなかったら依頼もなけりゃ魔物を売ることもできない。

他にも金持ちに専属でついたり、寄り合い馬車に同乗して護衛することで金を得ることができるが、貴族は冒険者を下に見ている節があったり寄り合い馬車もトラブルが多かったりで受けない冒険者も多い。自由や刺激を求めて冒険者になったって人も多いからな、平凡な日々に束縛される仕事は魅力がないのだろう。


王都はどんな場所なんだろうと思いを馳せながら、薬草を摘んでいく。群生地とはいえ違う草が混ざっているから注意が必要だ。ごちゃまぜにして持って帰っても買い取ってはくれるらしいが、分別をギルドの職員がやるから買取金額が大きく下がる。それこそ昨日の掃除と大差ないぐらいに下がるし、加えて何度もやらかすと信用もなくなるから注意しなきゃいけない。


……これは薬草。持ってきた革袋に入れる。下手に潰すと価値がなくなるらしいから注意する。

……これは薬草じゃない。何の草かは分からない。貴重かもしれないが、知識はないので捨てるしかない。


周りを警戒しながら薬草の採取を続けていると、カサリ、と枯れ葉を踏むような音がした。気を抜いていたら気付かなかったほどの消えてしまいそうなほどかすかな音だ。


「!?……トカゲか。でかいな」


茂みの中から出てきたのは、一匹の黒いトカゲだった。両手を広げれば何とか乗りそうな程度の大きさだ。俺を見つめてチロチロと舌を出している。

どう見ても弱い魔物だ。丁度いい、こいつを狩ってこれからの冒険者生活に自信を……いや待て。落ち着け。

見たことのない魔物には無理に挑むべきじゃない。小さくても強い魔物なんて星の数ほどいる。強くて危険な魔物はギルドの掲示板に貼り出されるし、朝もそれを確認してきて何もなかったのを確認しているが、掲示板も絶対じゃない。

ここは一時撤退して、この種族の情報を……は!?


「はやっ──」


トカゲが逃げようと走り出した俺の足を伝って右手まで登ってきた。速い!


「何だお前っ、離れろ!……痛っ」


右手をブンブンと振っても離れない。しばらく振っていると急に右手の指に痛みが走った。

同時にトカゲが離れて飛んで行ったので右手の無事を確認するが、やはり指が噛み千切られていた。


「お、俺の小指が……」


無くなった小指からはぽたぽたと血が滴っている。しばらく治らない怪我を負ったショックで呆けてしまっていたが、徐々に異常に気付く。

え、小指噛み千切られてもこんなもんなのか?ちょっと膝を擦りむいた程度の出血量じゃないか?


小指を噛み千切っていったトカゲは、口をパクパクと動かし自身の口には少し大きい指をムシャムシャと咀嚼している。たまに鳴っているミシミシという音は骨だろうか。

お前それが狙いか。何てことをしやがる。


……俺、ずいぶん落ち着いてるな。確かに指は痛むけど、自分の体を失うとこんな感情になるのか?もっとこう、痛みでパニックになったりとか、恐怖で走り出したりとかしないんだろうか。


自分の状態をいぶかしんでいると、手に何かが起こっているような感じがした。言葉では言い表せないが、明確に何かが起こっている。今までこんな感触は無かったぞ。


そうして妙にくすぐったいような、ほんのり熱いような感触のする手を眺めていると、急に……小指が生えてきた!?


「生えたぁ!?」


俺はこの信じられない状況に混乱すると同時に、納得していた。

頭の中に強い確信がある。間違いない、これは……俺の異能だ。そんな異能聞いたことないぞ!失った体を再生するのか!?もしかしてもっと大きい部位もいけるのか?

……ああうん、できそうだ。自分の異能を知るっていうのはこんな感覚なのか。どこから来るのか分からないが、疑いようのない確信がある。


俺の小指を咀嚼していたトカゲも、指が生えてきたのを見てこちらを見た。同時に口を開いたことで、半分ほど咀嚼した指が地面に落ちる。

トカゲの表情なんて見たこともないが、何となくびっくりしているように見える。うーん、食われたときはどうしてやろうかと思ったけど、こうして見れば何となく可愛い気も……いやいや、こいつは俺の指を食ったんだ。ちょっと怒ってやらないと。


「おい、指落ちてるぞ。俺のなんだから大切に食え」


文字通り身を削って……いや身を食いちぎられてできた餌なんだから、ぞんざいに扱わないでほしい。大事に食え大事に。

俺が言うと、トカゲは舌をチロチロと出して、地面の指をまた食べ始めた。


お前、言葉分かるの?

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