ゾンビ男と人食いの魔物

焼き鍵

第1話 能無し

「はいお疲れさん。これ、依頼の達成報酬ね」


受付嬢から依頼の報酬を受け取る。依頼なんて偉そうな表現をしても、その中身はただの雑用、町の掃除だ。

貰った麻袋の軽い手ごたえにため息をつく。まるで自分の価値はこの程度と言われているみたいだ。中身も今日の飯と宿でほとんど消える。残りは貯金に回すけど……それもすぐに消えるだろう。今日のように金が残る日の方が珍しいのだ。ちなみに足りない日は食費を削っている。


「よう能無し。今日の飯はあるか?」

「ああ、ギレット。何とか稼げたよ」


ギルドで休んでいた男が声をかけてくる。ギレットという名の冒険者仲間だ。自身の装備を机と床に置き、だらっと椅子に座っている。普段はそんなことしてないだろうに、何で持ち物をばらまいてるんだろうな。

彼の物言いは一見ひどいようにも聞こえるが、これでも俺を気にかけてくれている親切な奴だ。というのも、能無しというのは罵倒じゃない。いや、昔は罵倒として言われてたのかもしれないけど、今は違う。


この世界では、ほとんどの人が異能を持つ。その人だけに与えられた特別な能力だ。

弱い異能だと、武器を持った時に体が少しだけ軽くなるとか、長距離を歩き続けても疲れないだとか。その異能を持った人々は冒険者になって魔物を狩ったり、運び屋として町を転々としたりする仕事がある。

強い異能だと、剣を振った時に遠距離攻撃になる波動が出たり、魔法を放つときに全ての魔法が二倍の効果を発揮したり。この異能を持った者たちの将来は偉大な冒険者や騎士、魔導士だ。

あとは、変わった異能だと、強く念じるだけで他人の脳内に言葉を送れる能力なんてのもある。戦闘力は高くないが、軍事レベルで重宝される異能だ。


全ての人は生まれながらに異能を与えられてる……はずなんだけど、たまに異能を持たない人間が生まれてくる。まだ判明していないだけで異能を持っているのか、元々与えられていないのかは分からない。

そんな人たちは『能無し』と呼ばれて相応の扱いを受ける。もちろん人によっては、能無しを差別して酷い言葉を浴びせたり奴隷のようにこき使ったりする。


俺もその能無しの一人だ。

生まれてこのかた、異能を発動できたことはなかった。ギルドの支援でいろいろな武器を使ったり、魔法や錬金術を経験したが人並み以上の結果を出したことはない。料理や音楽に関する異能もあるらしいが、それでも無かった。

ちなみに、異能が弱すぎて効果に気付かなかったという事はない。異能を発動できると本能的に分かるらしいがそれも無かったからだ。


そんなわけで、能無しの俺に、彼のように親しげに話しかけてくれる人は珍しいのだ。


「たまには町の外に出てみたらどうだ?薬草採取なんて簡単だし、掃除よりは実入りもいいぞ」

「外は魔物も多いし、危ないだろ。俺には異能がないから戦闘力はないぞ」

「いや、最近はここらの地域は魔物が少ないらしいぞ。記録に残っている歴史上には無いぐらいの少なさらしい。そのせいで俺たちは商売あがったりなんだがな」


そうなのか。

町の外か。俺は死にたくなかったから、出たことは一度もない。


そんなに魔物が少ないなら出てみたいけど、でもなぁ……。


「俺、武器も防具もないからさ。万一遭遇したら危険だろ?無防備で行けるような場所じゃない」

「そうだと思ったぜ。俺のをやるよ」


そう言って、ギレットは装備を投げ渡してくる。おい待て、武器は危ない……と思ったら剣だけは手渡してくれた。


「いいのか!?」

「ああ。俺もそれなりに稼げるようになったから、装備を整えてこの町を出る。俺からの最後のプレゼントだ、貰えるもんは貰っとけよ。いらなかったら捨てていいからな」

「本当か!?ありがとう!」


そうか、こいつももう町を出るのか。

北の方にはもっと大きい町、いや王都があるらしい。そこは人口が多いから、以来の数も冒険者の数も多い。もっと腕のいい鍛冶屋や飯屋もあって、生活全体がこの町よりレベルが上だなんて話をよく聞く。

しかしその王都までの道のりは険しく、道中魔物も多く出るようで、王都を目指して死ぬ人も少なくないらしい。ここらの魔物が少なかろうと、道中の魔物まで減っているなんてことはないだろうから、彼が装備を整えるのも当然だ。

逆に言うと、それだけの危険を背負っても行きたいぐらいには魅力のあるところらしい。俺もいつか行ってみたいなぁ。


「もう出るのか?」

「明日だ」

「そうか。元気でな」

「ああ。お前も頑張れよ」


ギレットは片手をひらひらと振りながらギルドを出て行った。別れはあっさりとしていた。束縛を嫌う冒険者なら当然のことだ。むしろ、装備のお下がりを渡すなんてことをしただけ情に厚いとも言えるぐらいだ。

彼は理想の未来を夢見て新天地に飛び立っていくのだろう。冒険者としての不安定な未来に恐れることなく前に進んでいる。


じゃあ俺は?

ただ誰かに縛られるのが嫌で冒険者になったが、特にやりたいこともない俺は、この小さな町で老いていくのだろうか。


多分きっと、このままじゃダメなんだろうなぁ。


常設である薬草収集の依頼を見る。普段の依頼報酬の三倍ほどを一日で得られるぐらいの高額の報酬だ。

次に、手渡された剣を見る。使い古されてはいるものの手入れはしっかりとされている。鈍い鉄色の輝きは、彼の性格をそのまま表しているようだ。


俺もそろそろ、変わらなきゃいけないだろう。

明日は外に出てみようか。

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