31 vs ユニコーン『透明な雨』⑦



私の足を掴んで、マーメイが水底へと引き込む。


もう、息が持たない…。


でも、これはチャンスだ…。

私に与えられた最後のチャンス…。


私は気力を振り絞って体をたたみ、マーメイの胸ぐらを掴んだ。


「はぁ〜〜〜〜??? 何をしてますのぉ??? そんな貧弱な力で、わたくしのシスター服を引っ張ってよぉ!! あははははは!!!」




このが割れたのはいつだろうか。

おそらく、5mの高さから寮の屋上に落下した時。

きっとその時割れたんだ。


「あははははははは…はは……、…は? え…?」


その時から違和感があった。

濡れた服の内ポケットから、常に感じていた違和感。


「な、何!?? 息が…!? 息ができない!!!??」


服がヌルヌルになっていた。

まるでローションを塗ったように。




~~~~~~~~~

~~~~~

~~


「そうだ! これ、持っておいき!」


ママは私に小瓶を差し出した。

中に小さな草が入っている。


「無限粘液草って言ってね。水に浸すと、無限に粘液が出るの! ローションの代わりになって便利なのよ!」


~~

~~~~~

~~~~~~~~~




「ごぼぉっ!! エラに…!! エラにヌルヌルの何かがっ!??」


ありがとうママ。

ママのくれた無限粘液草、役に立ったわ。

マーメイの胸ぐらを掴んだ時、シスター服の中に入れてやった。

水に浸すと無限に分泌されるローションがエラに付着した。

完全にエラ呼吸を阻害させてやった。



「エラ呼吸が…できないっ!? 何かしたなトクトリス!! だがよぉ!! エラが駄目なら肺だ!! 水面に出て肺呼吸すれば…!!」


マーメイは私の足から手を離し、水面に向かって泳ぎ出した。



させない!



私はマーメイの尾ビレにしがみついた。

マーメイに肺呼吸をさせる訳にはいかない!

ローションで滑りそうになっても、尾ビレに噛みついて、水面に上がるのを阻んだ。



「何ィっ!!? トクトリス、オメー道連れにするつもりかっ!!? 離せ馬鹿!!!」


マーメイは尾ビレをバタつかせて、拳で何度も殴ってきた。

でも、離さない…!

私は振り払われないように必死に喰らいついた。


「ごぼぁっ!? だ…駄目だ…! 息が持たない…! このわたくしが…水中で死ぬ訳にはいかねぇ…! 透明な雨レイニー・ブーツ…!! 雨を止ませろ! 範囲を拡大し、屋上から水を流せ…!」




ざば───ん!!




雲は屋上から少しはみ出る範囲まで拡大した。

屋上から水が流れ落ち、雲端の下と校舎の隙間に溜まっていく。

水面がみるみる下がっていく。



「ぷはぁ…!!」


「ぷはっ! すぅ───…。けほっ…けほっ…!」



私は大きく息を吸込んだ。

結局水面は、私たちの肩ぐらいの位置で下がり止まった。

私はマーメイから手を離し、ある物を回収しに向かう。



「クジラになった気分ですわ…! 水中で過ごすくせに肺呼吸しかできねー馬鹿のクジラに…! 屈辱ですわ…! トクトリス、よくもわたくしにこんな屈辱を…! でもよぉ、水はまだ溜まっています! オメーは自由に動けねーが、わたくしは自在に遊泳できる! エラ呼吸を封じた所で、わたくしの有利は揺るがねーんだよぉ!!」




「…私は、エラ呼吸を封じる為にローションを使った訳じゃないわ」


そう言って、私は今しがた回収した雷の魔石を見せつけた。



「…ハァ〜〜〜〜〜〜??? 雷の魔石??? ダボハゼ並の記憶力ですかぁ??? 透明な雨レイニー・ブーツの水は純水!!! 電気は通さねーとさっき…」



「…いいえ。もう純水じゃない。不純物が混じってる。ローションという不純物が」


「なっ…!?!?」



「無限粘液草が分泌した植物性のローションには、多くの有機物やミネラルが含まれている。それらが純水に溶け込み電解質となってイオンを生成した。電気を流すイオンをね。シスター・マーメイ、アナタのエラに付着ているローションの水溶液、そこには電気が流れるはずよ…! 今ここで、雷の魔石を発動すれば、アナタは感電する…!!」



「…た、確かに、わたくしのエラにはローションが付着してっかもしんねーが、オメーだってローションまみれだろーが!! しかもよぉ、そこで魔石を発動して、わたくしの所まで届くのかぁ? 屋上は広いですわよ! ローションが溶けているとしても、屋上の全水域にローションが溶けているはずがない! わたくしとオメーとの距離は離れている! わたくしに届く前でローションが途切れていたら、感電すんのはオメーだけだろーが! オメー如きにローションの軌跡が見えんのかよ! 透明な水と、透明なローションの見分けが、オメーにつくっつーのかよぉ!!!」



「確かに見分けはつかないわ。私とアナタには見分けられない。透明な水が見えてしまっている、処女の私たちには…。でも、彼なら見えるはずよ。透明な水が見えない彼なら、透明なローションだけを見る事ができる…!」



私は大声で呼びかけた。

ユニコに担がれ、ユニコと共に水面を漂っていた彼に…!



「そうでしょ!! イケメエル君!!」





「……ゴホッ…ゴホッ…。……ああ、トクトリスさん…。ボクには見えている…。君とマーメイを繋ぐ軌跡…。満天の星々と…、月明りのスポットライトに照らされて…、キラキラと光り輝くローションの軌跡が…! ああ、そうさ…はっきりと見える! トクトリスさんとマーメイを繋ぐ道しるべ!! 天の川のように煌めく、ローションの架け橋が!!」



「……んな、…ななな、なんだとおおおぉっ!!!??」



私は、雷の魔石を構えた。


「…ありがとうイケメエル君。懸念材料が消えたわ。これで躊躇無く、雷の魔石を発動できる」



「まっ、待ちなさいトクトリス!!! オメーにもローションが付いてんだぞ!!? オメーも感電すんだぞ!!? なのにやろーっつーのかよぉ!!!??」



「構わないわ。アナタは童貞真面目ノーム君を、陰毛パンツエルフ君を、寝ているみんなを殺した。アナタを倒せるのなら、多少肌が焦げたって構わない。それに私は皮膚の表面だけに電気が流れるけど、アナタはどうかしら? エラの中の毛細血管を通って全身を駆け巡り、内側から焼き切れるんじゃないかしら?」



「…う、うわあああああああ!!! やめろおおおおおおお!!! トクトリスううううう!!!!!」



「さようなら、シスター・マーメイ。みんなにお供えする焼き魚になりなさい」


私は雷の魔石を発動させた。



ビ ビ ビ ビ ビ ビ ビ ビ ビ ビ ビ ビ !!!!!


電流がローションを伝わり、私とマーメイを襲った。



「ぎ ゃ あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛ア゛あ゛ア゛!!!!!」


「くぅっ…! ああっ…!」



マーメイの絶叫を聞きながら、私は感電のショックで意識を失った。



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