32 あーし vs 学園長
◇ トクトリスとマーメイが対峙する少し前の話 ◇
「
未来を予言して、予言したら死ぬという儚い妖怪だ。
八百万神宗・未来観測部では、
その未来観測部が、とんでもない観測結果を提出してきた。
「
カルテット聖職学園では、死者を蘇らせる魔法を秘密裏に研究し完成させた、という噂があった。
どの宗教も未だ成しえない死者蘇生の秘術。
どの宗教も喉から手が出るほど欲している究極の秘術。
八百万神宗の上層部は、あーしに予言に従い、秘術を持ち帰るよう命令した。
あーしは断わった。
そもそもの話、
しかも、あーしは実働部隊じゃなくて内政部隊で、根っからの平和主義者。
あーしに学園長が殺せる訳ないじゃん。
嫌いでもない相手を殺したくないし。
でも、諦めきれない上層部は条件を付けて、あーしを送り込んだ。
学園長の暗殺は、どこかのカルト教団に依頼して、あーしは秘術を回収するだけだ、と。
それに、秘術を彼女に使って良い、とも。
だからあーしはここにいる。
学園長室の前にいる。
もうすぐ予言の時刻と同じ時間だ。
この学園に来てから、一度も学園長の姿を見てない。
どんなヒトなのだろう?
もう、カルト教団に殺されたのだろうか?
この雨も、カルト教団の仕業なのだろうか?
窓の外は水に沈んでいる。
吹き抜けには、明日の授業の準備をしてたであろう教員の水死体が浮かんでいる。
とんでもない事になっている。
学園の関係者の殆どが死んだんじゃないか?
上層部も、こうなると予期してなかっただろう。
きっと上層部は責任をタライ回しにして、あーしに押し付けるんだろうな。
やんなっちゃうな。
あーしだって、フツーの女の子なんだけどな。
でも、それでもあーしは…、彼女に会いたい。
彼女を蘇らせて、今度こそ…謝りたい。
だから、あーしは扉を開く。
学園長室に、秘術を取りに行く。
◇ ◇ ◇
「…マゴルか? 素体の交換期限はまだ先であるぞ」
学園長室には一人の男がいた。
あーしに背を向け、脚立に乗り、本棚の上の方にある本を取ろうとしている。
あーしをマゴル教頭と勘違いしている。
その男を、あーしは知っている。
編入試験の時、隣にいた。
唯一合格できなかったホビット…。
そうだ、唯一神教のホビンソン。
疾風のホビンソンだ。
「あれー? 疾風のホビンソン君じゃん。おひさー」
ホビンソンは振り返り、あーしを見た。
「…ふむ、君は誰かね? この部屋には鍵を掛けておいたはずなのだが?」
以前のホビンソンと口調が違う。
嫌な予感がした。
「ホビンソン君てば、あーしの事忘れちゃった? 鍵は壊したよ。ホビンソン君もあーしと同じ目的で、ここに忍び込んだのかな?」
「ホビンソン? とは…、この素体の事か?」
やっぱり、コイツはホビンソンじゃない。
素体…という事は、コイツはホビンソンの体を乗っ取った誰かだ。
じゃあ誰なのか。
学園長室にいて、マグル教頭を知っている人物なんて一人しか考えられない。
「…あなたが学園長?」
「いかにも。我輩がカルテット聖職学園の学園長である」
やっぱりそうだ。
「それってホビンソン君の体だよね。元の中身はどうしたのかな?」
「素体の魂の事か? それなら既に消失した。魂転移の秘術の際に、素体の魂は追い出されるからな」
魂転移の秘術…。
やっぱり
これは死者蘇生の秘術じゃない。
死ぬ前の魂を他者に憑依させて生き続ける、言わば不死の秘術だ。
「なーんだ、残念だなー。それって不死の秘術じゃん。あーしの欲しい秘術じゃないや。…ごめんね学園長、邪魔しちゃったかな? あーしはもう帰るからさ…」
そう言って後ずさった。
「待て。この素体は何かと不便でな。もう少し背の高い素体に変えようと思っていた所なのだ」
「…へー、そのもう少し背の高い素体って?」
学園長が両手にナイフを構えた。
もう分かっている。
学園長は口封じ込みであーしを殺し、体を乗っ取る気だ。
「…やめといた方がいいよー? この体じゃ美味しい物食べられなくなっちゃうしさー?」
「構わぬ。本に手が届きさえすれば良い。不都合があれば、またマゴルに劣等生を運ばせよう」
この学園の噂…。
退学になった劣等生が行方不明になる噂…。
劣等生は学園長の素体にされていたんだ。
マゴルもグルだったんだ。
チラリと扉を見ると、隙間から水が染み出ている。
扉の向こうは既に水没している。
もう逃げられない。
覚悟を決めて戦うしかない。
相手が殺しに来るなら、あーしも殺すつもりで抵抗するしかない。
予言の通り、あーしが学園長を殺す事になっても。
………でも、少し安心したな。
「…あ───、良かった───…」
そうあーしの口から漏れた。
「良かった、とは?」
学園長は疑問を呈した。
「あなたが善人じゃなくて良かった。人々の為とか、亡き恋人の為とか、そんな崇高な目的の為に不死の秘術を使ってる訳じゃなくて良かった。私利私欲の為に生徒を犠牲にする、どうしようもない悪党で良かった。…それに、…うん、…あーしはホビンソン君の体を返してもらうだけ。そこからあなたに出ていってもらって、その体を供養するだけ。殺す訳じゃない。結果として、成仏してもらうだけ」
そう自分に言い聞かせた。
これからやろうとしている事が、少し楽になった。
「吾輩をこの素体から追い出す? 君にそれが出来るのかね? 吾輩は素体の能力を十全に行使出来る。この素体ならばナイフ術。さらに吾輩は光の回復魔法のエキスパート。回復だけでなく、こういう事も出来る…。『フォトン・レイ』」
複数の光の球体が学園長の周囲に漂いだした。
フォトン・レイ…。
光の球体から高出力のレーザーを発射する、光属性最上級魔法…。
………。
それだけ?
切断系の物理攻撃と、高出力レーザーの魔法攻撃だけ?
今、なんで
あーしは学園長に相性が良い。
学園長は、あーしに絶対勝てない。
「…ねえ、学園長。最近、大浴場に行ったことある? 最近の大浴場って、ツルツルのピカピカじゃない?」
「何が言いたい?」
「タイルやヒトの肌ってね、普通はどんなに磨いても、ツルツルのピカピカになる事はないんだ。磨き過ぎると表面が崩れてボロボロのザラザラになる。でも、あーしが舐めるとツルツルのピカピカになるんだ。まるで摩擦係数と光の反射率が書き換えられたみたいに。だから、あなたのナイフはツルツル滑って、フォトン・レイはピカピカ反射されちゃうかもね」
「…有り得ぬ。そんな魔法は聞いた事がない」
「魔法じゃなくて、妖術だよ。あーしは妖怪だからね」
「…君は…何者なのだ。君は一体どこからやって来た…!?」
あーしは、巫女の仕来たりに則って丁寧にお辞儀した。
「あーしは八百万神宗・
「…大奥管理委員会。八百万神宗の天主に大奥と称した世継ぎの器……性奴隷を提供するイカれた組織…。君がその長か」
「あははっ、大奥って他所ではそんな風に思われてんだ。伝統のある格式高い役職なんだけどなー。…あっ、あとこの子はね…」
あーしは、学園長に見えていないであろう、最初からずっとあーしの隣で浮かんでいたモノを紹介した。
「彼女の忘れ形見。あーしと彼女を繋ぐ絆。ユニコーン『
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