25 vs ユニコーン『透明な雨』①



窓の外は真っ暗だ。

黒い雲が星と月を遮っている。

手にしたランプがなければ、暗くて何も見えないだろう。


そんな中をイケメエルと歩いていると、童貞真面目ノーム君に出会った。

こんな時間まで自習していたようだ。

本当に真面目なんだから。

彼は、イケメエルと並んで歩く私を見て、不安そうな顔をして話しかけてきた。


「ト、トクトリスさん…。そのヒトは…」


「ただの知り合いよ」


そう言うとイケメエルが話に割り込んできた。


「いや。今宵、ただの知り合いじゃなくなる。ボクはトクトリスさんに愛の告白をする。そして彼女はボクのセフレになるんだ」


「そ、そんな…! トクトリスさん、共に貞操を守ると誓ったじゃないか…!」


「大丈夫よ、心配しないで。アナタが信じる私を信じなさい。そうだ、陰でこっそり見ていてちょうだい。私がこの男をこっ酷く振る所を」


「陰で見ているといい。トクトリスさんがボクの愛に堕ちる所を」


そう言い残して、私とイケメエルは歩き出した。

後ろから、童貞真面目ノーム君がこっそり付けて来る気配を感じながら。




 ◇ ◇ ◇




連れて来られたのは校舎の中庭だった。

花壇があり、芝も植えられ、中庭にありがちな白い格子状のドームみたいなのもある。

キレイに管理されているようだ。

だが、生憎の曇り空でムードの欠片もない…。


…童貞真面目ノーム君は低木の陰に潜んで、こっちを見ているようだ。



「見てご覧、トクトリスさん。満点の星空の下、月明かりのスポットライトに照らされた美しいボクを」


…?

何言ってるんだこの男。

星空も月明かりも見えないじゃないか。

だって曇ってるんだから。

今にも雨が降りそうだし。


「おっと、何も言わなくていい。君の気持ち、ボクには届いているよ。君はサキュバスだ。ボクに欲情するのは当然の事さ。ボクは後腐れなくヤれる女子を何人かキープしていてね。君も、ボクのキープちゃんに加わってほしいんだ。君って顔とスタイルが良いからね。改めて告白するよ。トクトリスさん、ボクのセフレになってくれ」


そんな事言われてなる奴がいるか。

いや、いるのか?

実際、キープちゃん達はなった訳だし。

やはり、顔が良い男子は生殖活動において圧倒的アドバンテージを有しているようだ。


「イケメエル君。悪いけど、私はセフレにはならないわ。心に決めたヒトがいるから」


「心に決めたヒト? それって……ボクの事かい?」


「何でそうなるのよ…。オメデタイわね。そのポジティブ思考は確かにモテそうだけど、私には通用しないわ。はぁ……。じゃあね、私は帰るわ。誘うならエル美ちゃん辺りにしたらどう?」


そう言って立ち去ろうとした。


「待ってくれ!」


「何よ」


「エル美さんなら、既にボクのキープちゃんさ」


そっか。どうでもいい情報をありがとう。

まあ、エル美は尻が軽そうだし、お似合いかもしれない。




そんなくだらない会話をしていると、ポツポツと雨が降ってきた。


「…ほら、イケメエル君が引き止めるから、雨が降ってきちゃったじゃない」


「? 何を言ってるんだいトクトリスさん? こんな雲一つない満天の星空なのに」


さっきから何を言ってるんだ?

雲一つない満天の星空?


「何言ってるのよ、こうして現に雨が…………」



言いかけて、違和感に気付いた。



雨に当たっている感覚が無い。

肌に当たる雨も、服に染み込んだ雨も、何も感じない。

水に触れている感覚が全くしない。


え?

この雨、私だけに見えてるマボロシなのか?



「ゆ〜! トクトリス、水がたまって歩きにくいよー」


ユニコが足をバチャバチャさせている。

もう膝まで水が溜まってきている。

足を動かすと、圧を感じる。

でも、相変わらず濡れた感触が無いし、水に浸かっているという感覚が無い。

だから圧と言っても、水圧と言うより、空気圧を感じている感覚になる。


上空を見た。

黒い雨雲が学園全体を覆っているようだ。

ポツポツ降っていた雨も土砂降りに変わっていた。


「…? 何かな? 何かに足が取られて、う…動きにくい…ような…? 股下の空気が重くなっているみたいだ」


イケメエルも違和感に気付いたようだ。


水に浸かった感覚が無いのに、水に浸かった時と同じ効果がある。

それってマズくないか?


もう腰まで水が来ている。

ランプは土砂降りの雨に当たり消えてしまった。



私はこの土壇場で、ゴブ夫が言っていた事を思い出した。




~~~~~~~~~

~~~~~

~~


「貴族邸全体が、水に浸かったような形跡があったッ! 貴族邸まるごと巨大な水槽にブチ込まれたみてェになッ!!」


~~


「住人は誰一人逃げようとしなかったらしいッ! 窒息するその瞬間まで、抵抗した痕跡がねェんだ!!」


~~

~~~~~

~~~~~~~~~




そうだ…!

聖獣教会…!

この雨の正体がユニコーンだとしたら…!


ゴブ夫の話しを聞いて、少し疑問に思っていた事がある。

何故、貴族邸の住人は逃げなかったのか。

水がユニコーンだとしても…たとえ水が見えないとしても…、水に触れた感覚があったなら、慌てて逃げるんじゃないか?


でも、水に触れた感覚が無かったら?

水が口や鼻に入っても、それを感じなかったら?

肺が水で満たされても、それを感じなかったら?


だとしたらマズイ…!

今は深夜…、処女だって寝ている!

処女だとしても、この水に触れて目覚める事はない!




「ト、トクトリスさん!!? あれっ!!?」


イケメエルが指差した。


「彼は…どうしたんだ?! 体が浮いている!? それに…意識を失っている? いや、死んでいるんじゃないか!!?」



もう、胸まで水が来ていた。

身長の低いノームなら、頭まで水に浸かってしまうだろう。

ましてや、低木に身を潜めていたなら、かがんでいたはずだ。

もっと早く、気付いてやればよかった。

彼は目視できず、濡れた感覚も無いまま、水を吸い込んでしまった。



イケメエルが指差した先に私が見たモノは…。



水面に浮かぶ、童貞真面目ノーム君の水死体だった。





「やっべーですわ! 順序を間違ってしまいましたわね! 優先度①学園長を殺す。優先度②トクトリスを勧誘する。優先度③断ったら殺す。間違って優先度③からやってしまいました! でも、まだ誤魔化せますわよね! トクトリスが断ったと報告し、このまま学園を水没させ、学園長もろとも皆殺しにしてしまいましょう! わたくしの最強のユニコーン『透明な雨レイニー・ブーツ』で!」



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