13 出立の日



自室に転がっていたローションだとか、振動する魔道具だとかを片付けて、私は荷物をまとめた。

持っていく物は風呂敷一枚に収まった。

私とユニコの顔は、元が良いから化粧なんてしないし、普通の女の子より荷物が少ない。


「行こっか、ユニコ」


「うん…。この部屋ともお別れだね…。ユニコ、なんだかさみしい…」


しんみりしているユニコを連れて、玄関に向かった。

そこにはママが立っていた。


「行ってきます、ママ」


「行ってらっしゃい、トクトリス。まさかアンタがシスターになるなんてねぇ…」


「まだなってないわ。なるための勉強をしに行くの」


「そうだ! これ、持っておいき!」


ママは私に小瓶を差し出した。

中に小さな草が入っている。


「無限粘液草って言ってね。水に浸すと、無限に粘液が出るの! ローションの代わりになって便利なのよ!」


「私、ローションならもう持ってるけど…」


「でも、こっちは無限よ無限! ローション代の節約になるから持ってきなさい! アンタ、結構ローション使うでしょ!」


そんなに使ってたかな?

もしかするとママは、ユニコの分の汁をローションと勘違いしてるのかも。

でもまぁ、貰える物は貰っておこう。


「ありがとう、ママ。大切にするね」


「…元気でね、トクトリス。どこにいても、アンタは私の大切な娘よ…」


そう言って、ママは私を抱きしめて頬にキスをした。

酒と、栗の花と、イカのにおいがするキスだった。

そんなママが、私は大好きだった。

私もママを抱きしめて、頬にキスをした。


「ママ…。15年間、育ててくれてありがとう…。風俗嬢にはなれなかったけど…、私、立派なシスターになって戻ってくるね…!」




 ◇ ◇ ◇




学園行きの停留所で馬車を待つ。

私を見送りに来る友達は一人もいない…。


…そう思っていると、見知った顔、聞き知った声の男に呼びかけられた。


「…お〜〜〜いッ!! 待ってくれッ!! トクトリス〜〜〜ッ!!」


ゴブリンのゴブ夫だ。


「どうしたのゴブ夫君、そんなに慌てて。まさか、お見送りに来てくれたの?」


「ぜ──ッ…! ぜ──ッ…! そ、そんな訳ねェだろ…!! て、テメェがいなくなって……清々するぜ……ッ!」


呼吸を整えながら、悪態をつかれた。

でも、来てくれただけ、少し嬉しかった。


「だ、だがよォ、そんなテメェにでも、義理がある…! 聞いてくれ、ヤベェ情報だ…!!」


「何かしら、そのヤベェ情報って」


「…アマンダが行方をくらませたッ!!」


「えっ!?」


衝撃だった。

予想以上にヤベェ情報だ。


「変態鬼畜貴族に売っぱらわれたアマンダだが、その貴族邸の住人を皆殺しにして姿を消したッ!!」


「皆殺し!? 剣で斬殺したの!?」


「い、いや…! その、住人の死因なんだが…。……トクトリス、変な事を言うが、これは憲兵の検死結果だ。フザケてる訳じゃねェから聞いてくれ!」


「な…なによ…」


「窒息死だ…ッ!」


「窒息?」


「貴族邸全体が、水に浸かったような形跡があったッ! 貴族邸まるごと巨大な水槽にブチ込まれたみてェになッ!!」


「何よそれ。魔法だったんじゃないの?」


「いや、そんな大規模な魔法が発動したなら気付いて逃げようとするだろ? だが、住人は誰一人逃げようとしなかったらしいッ! 窒息するその瞬間まで、抵抗した痕跡がねェんだ!! それに貴族邸周囲10km圏内はアンチマジックフィールドが張られていたッ!! 魔法はあり得ねェッ!!」



ユニコーンだ。

私はそう確信した。


『水』の性質を持つユニコーンを操って、誰かがアマンダを救出したんだ。




そう考えていると、遠くから馬のいななきが聞こえて、馬車がやってきた。

私とユニコは馬車に乗り込んだ。


「じゃあね、ゴブ夫君。教えてくれてありがとう。アナタもアマンダに恨みを買ってるでしょうから、復讐には気を付けてね。……巻き込んでしまってごめんなさい」


「…ヘッ!! 何言ってやがるッ!! 俺様は裏カジノの店長だぜッ?!! 裏の世界で成り上がってきたんだッ!! 女なんかにられるかってんだッ!! テ…テメェこそ、俺様の心配より、テメェの心配をしやがれッ!!」


「うふふっ。ありがとうゴブ夫君」


そして、馬車は動き出す。

私とユニコを乗せて。


「またね、ゴブ夫君…! 私、アナタと遊べて楽しかった…! 本当に…。本当に、楽しかったわ…!」


「ヘッ…!! どこへでも、行っちまえッ…!!」



私は手を大きく振った。

街の外には、私の知り合いは誰もいない。

このゴブリンの男と別れたら、もう私を知る者も、助けてくれる者も、誰もいない。

感傷的になっているみたいだ。

私は、あんなに嫌いだったゴブ夫に、いつまでも、大きく手を振っていた。




そして、私は初めて、生まれ育った街を出た。




「あばよ…トクトリス…。裏の世界で成り上がった俺様には分かるぜ…。テメェはいずれ裏の……。……いや、…裏も表も引っくるめた、とんでもねェ支配者に成るぜッ…!」



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