10 vs ユニコーン『裸身王の剣』④



懸命に人込みをかき分けて進む。

後ろを振り返ると、10mほどの剣身がそそり立って揺れている。

追ってきている…!

貧血でクラクラする頭を必死に抑えて、私は目的地に向かった。


そのとき…。



「おや! さっきのお嬢ちゃんじゃないか!」


目の前に現れたのは、ゴブ夫の裏カジノにいた男性客だった。

妻と小さい娘を連れている。


「お嬢ちゃんのお陰で、久々に妻と娘に美味いもん食わせる事ができたよ!! ありがとなお嬢ちゃん!!」


「…はぁ、それは、ドウモ…」


こんな事してる余裕はない…!

早く…、行かないと…!


「ほら! お前たちもお嬢ちゃんに礼を言え!」


「ありがとう! おねえちゃん!」


「ありがとうございます。あのぉ、すいませんが、アナタからも主人に言って下さらない? ギャンブルは控えるようにって…」


「い…いやあ、まいったなコリャ、ハッッハッハッ!」


男性客はバツが悪そうに笑った。

娘は私の顔を心配そうに覗き込む。


「おねえちゃん…、ぐあいわるそう…。だいじょうぶ…?」


私は娘の肩に手を乗せて伝えた。


「お姉ちゃんの後ろに、長ぁい剣が見えるでしょ? お父さんとお母さんを、あの剣からできるだけ遠く離れた場所に連れて行って。あの剣は危ないから」


「ながぁいけん?」


「そう、長ぁい剣。お姉ちゃんの後ろに見えるでしょ? いいわね…」




「そんなの、みえないよ?」




思わず振り返った。



…いや、剣は見える。

見えるが、後方斜めに傾いている。


娘の身長では、雑踏に遮られて剣が見えなかったのだ。



じゃあ、何で傾いている……?



思い当たった瞬間、ゾワリとした。

思い当たった瞬間、大声で叫んだ。

できるだけ大勢に聞こえるように、大声で叫んだ。


アマンダは剣を構えている────!




「みんな伏せてぇっ!!!!!」




─────ブゥン!!!




ガシャンと物が割れる音。

ズガガァンと物が崩れる音。

そして、

ザァ────と生温かい雨が降る音。


伏せた私の背を、その生温かい雨が濡らした。

雨の正体は明らかだった。

血の匂いが辺りに充満している。

あんなにうるさかった雑踏の音が消えた。


私は顔を上げた。


下半身だけになった男性客とその妻。

娘はどこに…?




「ぱぱ…。まま…」



良かった。娘は無────────



「ぱ…ぱ…。ま…ま…」



娘の額から上の頭部が無くなっていた。


娘は血の涙と、口、鼻から血を流して、半径10mの巨大な血溜まりに倒れた。



私は立ち上がった。

ドス黒い感情が、私の足に力を与えて立ち上がらせた。

怒り、憎しみ……。

こんなに誰かを許せないと思ったのは生まれて初めてだ。



「あら、そこにいらしたのですねぇトクトリスさん。探すのに苦労しましたわ」


「随分と乱暴な探し方をするのね。ここまでする必要があった?」


「アナタがここに逃げ込まなければ、わたくしもここまでするつもりはありませんでしたのに…。こうなってしまったのは、アナタの責任ではなくて?」


「そうね、私の責任よ。確かに私は人込みを盾にして、アナタをやり過ごそうとした。まさかアナタが無差別にヒトを殺すとは思わなかったから。アナタを買い被り過ぎていたようね」


「では、これ以上犠牲者が出ない内に、大人しく殺されてくださいますか?」


変わり果てた家族の亡骸に目を遣る。


「領主を守ろうとした護衛を殺すのはギリギリ理解できる。アナタは領主を殺すのが仕事で、護衛は領主を守るのが仕事だから。でも、このヒトたちは無関係だった。アナタに敵意はなく、邪魔するつもりもなかった。そんなヒトたちを、アナタは手にかけた。……いいわ。アナタがそのつもりなら、私も躊躇なくこの手札を切る事にするわ…!!」


アマンダが再びデュランダルを振りかざす。

私は全速力で逃げ出す。


もう頭もハッキリしている。

脳内麻薬が分泌しているようだ。



「追い駆けっこはウンザリですのよ!!」


ブンブンと振り回されたデュランダルが街を破壊していく。

物もヒトも見境なく。


私は振り返らずに走った。


ヒトの悲鳴と破壊音で、アマンダが追って来ている事は分かった。


そして私は、裏路地に辿り着く。



「…トクトリス~!」


細い裏路地の先にユニコが見えた。

私は無我夢中で駆け寄り、


「ユニコ!!」

「トクトリス~!」


熱い抱擁を交わした。



そして、薄暗い裏路地で私たちは対峙する。


「あらあら。何故このような狭い場所に逃げ込んでしまったのですか?」


「狭い場所なら、デュランダルも振り回せないと思って」


「見くびられたモノですわ。裸身王の剣デュランダルなら建物くらい簡単に切断できます。逆に逃げ場がなくなったのはアナタの方ではなくて? ユニコーンがそちらにいるなら、挟み撃ちの手も使えませんわよ?」


「…ト、トクトリス~…?」


ユニコが心配そうに私を見つめる。


「そうね、残念だけどここまでのようだわ。こんな狭い場所じゃ流石に避けきれないでしょうから」


「やっと覚悟が決まったようですわね。では、ご機嫌よう、トクトリスさん…」


アマンダはデュランダルを掲げた。






「今よ、ゴブ夫君!!!」




「ヒャッハ───────ッッ!!!!!」



「なッ!!??!?」



放置されていたゴミ袋の中から飛び出したゴブ夫は、アマンダの肩にしがみついた。



「げへへ、げへへへへへ……!!! オイオイオォイ…、トクトリスよォ…! 俺様は確かに借りは返すっつったけどよォ…。まさか、こんなに早く……こんな事で…、返しちゃってイイのかァァ~~??? ええぇぇ~???」


「なッ、何アナタッ!!? 穢らわしいッ!!! は、放しなさい!!!」


アマンダは身をよじって振りほどこうとするが、ゴブ夫がガッチリしがみついて離れない。

デュランダルを振るおうにも、関節を極められ振れないだろう。


「ええ、借りを返してもらうわゴブ夫君。ちゃんとお手紙、読んでくれたのね」


「いきなり血で書かれた紙が顔に当たってよォ。何事かと思ったぜェ? んで、返す借りは…紙に書かれた内容でイイんだよなァ…?」


「そうよ。私がゴブ夫君にしてもらいたい事は、たった一つ…」


私はアマンダを指差して言った。




「その女、ゴブ夫君たちで輪姦まわしてほしいのよ」



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