6 目撃者



私はチップを換金して、さっさと店を出ることにした。


換金した大量の札束を袋にぎっしり詰め込んで背負う。

観客に「お嬢ちゃん一人で持てるのかい?」と心配されたが、力持ちのユニコが支えてくれてるから大丈夫。

「ははっ! お嬢ちゃんは運だけじゃなく力もあるんだね!」なんて言われた。


店を出てしばらく歩き、もうすぐ裏路地を抜ける所まで来た。

そのとき、後ろから声をかけられた。


「…ま、待てェ!! トクトリス!!」


振り返るとゴブ夫がいた。

十人くらい手下を引き連れている。


「ここでテメェを逃がしちゃ、俺様は破産だッ!! 大人しく金を置いてけ!! さもなきゃ痛い目にあうぜッ!!!」


小悪党の見本のような言葉に感心していると、すっかり手下たちに囲まれてしまった。



「俺たちも手荒なマネはしたくねぇ…! 店長の言う事きいて、金だけ置いてさっさと消えろ…!」


そう言う手下の顔を、ユニコが横から「ゆん!」と殴った。


ポコッ!!


「ッてぇ!?? おいお前、急に何しやがる!!」


隣の手下に殴られたと勘違いしたソイツは、隣のヤツを殴った。


バキッ!!


「痛ってぇ!! なんでいきなり殴るんだよ!!」


バコッ!!


「お前が先に殴ったんじゃねぇか!!」


ドカッ!!


「おい、俺にまで当たったぞ!! ふざけやがって!!」


バキッ!! ゲシッ!! ドンッ!!


「あ〜? やんのかコラァ!!」

「上等だコラァ!!」


バキッ!! ドカッ!! バキッ!! ドカッ!!


手下たちは仲間割れを始めた。


「お、おい!! 何やってるテメェら!! 相手が違うだろォ!!」


ゴブ夫でも収集がつかなそうだ。


「お取り込み中のようねゴブ夫君。迷惑かけちゃ悪いから、私は帰るわ」


私はユニコを連れて裏路地を出ようとした。



「待ちやがれトクトリス!! また何かしたなッ!? もう我慢ならねェ!! テメェには痛い目にあってもらうぜェッ!!」


そう言って、ゴブ夫は私に向かってきた。

床を跳ね、壁を蹴り、まるで歴戦のアサシンのような身のこなしで。


「俺様だって裏の世界で成り上がって来たんだ!! テメェが何をしようが、この俺様はぜってェ見逃さねェ!! 見落とさねぇ!! 見過ごさねぇ!! 見破って、見抜いて、見極めてやるぜェ!!!!」


見逃さないのも、

見落とさないのも、

見過ごさないのも、

見破るのも、

見抜くのも、

見極めるのも、ゴブ夫には無理だ。

だって見えないんだもの。



ぽむっ



ゴブ夫は私の前に立つユニコの胸にぶつかった。



(な、なんだァ…? 何かに…ぶつかった…? なんだこの感触…。柔けェような…硬ェような…。まるで…、発育途上の女の…胸…のような…)



「ゆん!」


ボコォ!!


ユニコの鉄槌が、ゴブ夫の頭に振り下ろされた。


「ゴ……、ゴブフォ……」


ゴブ夫は地に伏した。

ピクピク痙攣している。



「…て、店長おおぉ~!!!??」


ゴブ夫が倒れたのを見て、手下たちは仲間割れを止め、心配して群がった。

店の中でも思ったが、ゴブ夫は以外と手下たちに信頼されているようだ。


「ゴブ夫君ったら、つまずいて転んじゃったみたい。連れ帰って介抱してあげて」


そう言い残して私は立ち去ろうとした。しかし、


「ま……、待て……」


手下に支えられたゴブ夫が呼び止めてきた。

しつこいにも程がある。


「待ってくれ…、トクトリス…。頼む…、全部とは言わねェ……。少しだけ…、金を置いていってくれねェか……?」


ゴブ夫は泥だらけの顔を涙と鼻水でグチャグチャにしながら訴えかけてきた。


「その金を…持っていかれると…、店の経営が成り立たねェ…。コイツ等の給料も…払ってやれねェ……。裏カジノは…、俺の夢なんだ…。青春を捨てて…ガムシャラに裏世界で成り上がって…、やっと手に入れた…、初めての店なんだ…。だからよォ…トクトリス…。少しでいいんだ…。少しだけ…、俺に…金を…残していってくれェ〜〜……!」


「て…店長ぉ…。グスッ……」


ゴブ夫は額を地に擦り付けて土下座した。

みっともなく、情けない姿だった。

普通の女なら生理的嫌悪感をいだく姿なのだろうが、私は違った。

私がサキュバスだからだろうか、その姿が愛おしく思えた。

みっともなく、情けなく、弱々しい男の姿を見て、慈悲をかけたくなったのだ。


私はゴブ夫に近付き、頬に手を添えてやり、こう言った。


「いいわゴブ夫君。お金、置いていってあげる。私の取り分は50万。後はアナタに返すわ」


「ご…50万…!?? たったそれだけでイイのかッ…!??」


ゴブ夫はイカサマをしていたけど、私もユニコを使ってイカサマをしていた。

たとえゴブ夫がイカサマをしていなくても、私はイカサマをしていただろう。

だから、ゴブ夫を責める気にはなれなかった。


「ええ。だって元々、50万の魔導書が欲しくて、アナタの店を訪れたんだもの。50万だけ貰って、私は帰るわ」


「す…すまねぇ、トクトリス…。恩に着るぜ…」


「ええ、恩に着てちょうだい。私に何か困ったことが起きたら、恩を返してもらうからね」


「…分かった。その時は連絡してくれ…。この借りは必ず返すぜ…。」


「うふふっ。またね、ゴブ夫君。またアナタのお店で、一緒に遊びましょう?」


「そ、その事なんだが…トクトリス…」


ゴブ夫はかしこまって言った。



「本日をもちまして……当店では、トクトリスを……出禁とさせて頂きます……!!!」


こうして私は、ゴブ夫の店を出禁になった。





「はぁ〜…。とんでもないモノを目撃してしまいましたわ…。あのゴブリン達、あの角の生えた白髮の子が見ていないようでしたわね。まさか任務で訪れたこの街で見つけてしまうなんて…。奪われた聖獣角…。わたくし達の裏切り者を…!!」




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