2 幼少の頃 ユニコーン『ユニコ』



………。


しばらくの間、私は気を失っていたようだ。


「……んっ…」


目を開くと、女性の姿は無かった。

動けないと言っていたのに…。


ツノで刺された下腹部に触れてみると、穴も開いてなく、怪我一つなかった。


でも、その代わり、

後ろに同い年くらいの女の子が立っていた。

黙って私を見下ろしていた。


「…きゃあっ!?」


私は驚いて大声を上げた。

彼女は私の声に驚いてビクッとした。


その女の子は、服を着ていなかった。

素っ裸だった。

白くて長い髪。白い肌。

馬の耳と、馬の尻尾がはえ、

そして何より、額の中心に大きなツノが1本はえていた。



「は、はじめまして…。わたしはトクトリス…。あなたのおなまえは?」


「……?」


彼女は何も答えなかった。

言葉を理解できていない様子だった。


「と、とりあえず、コレきて!」


私は上着を脱ぎ、彼女に被せた


「あのおんなのひとがいってた…、わたしのともだち…。あなたが、そうなの?」


「……?」



ユニコーン、処女、友達。

当時の私にはよく理解できなかったが、彼女がユニコーンで、私の友達である事は理解できた。


「じゃあ、わたしがあなたに、おなまえをつけてあげるね!」


「……」


「そうだなぁ…。ユニコーンだから…、【ユニコ】! あなたのおなまえはユニコだよ!」


「……ゆに、こ?」


初めてユニコの声を聞いた。

とても愛らしい声だった。


ユニコは名前を気に入ってくれたのか、どことなく嬉しそうだった。



「じゃあ、おうちにかえろう! ママにしょうかいしなくちゃ! わたしの、はじめてのおともだち!」


私は後ろを振り返り、歩き出そうとした。

そんな私の手を、ユニコが「ぎゅっ」と掴んだ。


私は、胸が「ドキッ!」とした。

ユニコの手は柔らかくて暖かかった。


私達は、手を繋ぎながら下水道を出た。




 ◇ ◇ ◇ 




家に帰る道の途中で、ゴブ夫とオク太とエル美に出くわした。


「あ、またサキュバスがきたぜ! なんどきても、おまえとはあそんでやんねーよ!」


ゴブ夫の言葉に多少傷付いたものの、今の私にはユニコがいる。

もう私には友達がいるんだ、と思うとゴブ夫を言葉を無視できた。


足早に立ち去ろうとする私達の前に、エル美が立ちはだり、ユニコに話し掛けた。


「なぁに、あなたのその格好。上着一枚で…、ほとんど裸じゃない! 痴女よ、痴女!」


「ち…じょ…?」


ユニコはエル美の言葉が理解できず、オウム返しした。


「やめて、エル美ちゃん! ユニコはわたしのともだちなの!」


「はぁ~あ? トクトリスちゃんに友達なんてできるハズないじゃない!」


エル美はユニコの腕を引っ張った。


「ねぇ、ユニコちゃんだっけ? トクトリスちゃんなんか放っておいて、私達と遊びましょ! ねぇ、いいわよねゴブ夫君、オク太君!」


エル美の呼び掛けに、ゴブ夫とオク太はポカンとした表情で言った。




「…エル美、おまえさっきから、だれとはなしてるんだ…?」


「そ…そこには、トクトリスちゃんしか、いないですぞ…」




「………は?」




エル美はユニコの顔を見た。

まじまじと観察した。


ユニコは無表情のままじっとエル美を見つめていた。


「な、何言ってるのよ二人とも! この子よこの子! 白い髪でツノを生やした女の子!」


そう言いって、エル美はユニコを乱暴に引き寄せた。


でも、やはり男二人には見えていなかった。


「だから、ソイツはどこにいんだよ! ユウレイでもみてんのか!?」


「て、ていうか、エル美ちゃんは…、さっきから、なにをつかんでるんですかな…?」



あのシスター服の女性が言っていた。


ユニコーンは処女にしか出会えない。


そう、『処女にしか出会えない』のだ。


だから、処女じゃない男二人は出会えていない。


出会えてないら『姿は見えない』し、『声も聞こえない』。



「この子だってば!!!」


癇癪を起こしたエル美が、ユニコの上着を剥ぎ取った。


「うおっ!!? エル美、そのふく、どこからだした!!?」


「なにもないくうかんから、きゅうにでてきましたぞ!!」


「やめてエル美ちゃん! ふくをかえして!」


「うるさい!!」



バキッ!!



私はエル美に殴られて倒れ込んだ。


「とく…とり…す…?」


ユニコの無表情だった顔がどんどん曇っていき、わなわなと体が震えだした。


「お、おいエル美…。いくらなんでもやりすぎじゃ…」



「…ト、トクトリスちゃんがイケナイのよ!!! そんな訳の分からない子を連れて─────」



────バキィッ!!!



「ぶほぉおっ!!!??」


ユニコのパンチがエル美の顔面を捉えた。


ドヒュ───ン

ゴロゴロゴロ

ズサアァァァ───ッ……


エル美はふっ飛んで、転がって、地に伏した。



「ひぇっ!!?? なんだ!?!? なにがおきた!?!?」


「き、きっとトクトリスちゃんのマホウですぞ!!!」


「くっそ〜〜!!! おぼえてろよ〜〜〜〜!!!」


捨て台詞を吐きながら、ゴブ夫とオク太はエル美を回収し逃げていった。



「ユ…ユニコ…!」


ユニコは「…ふゆぅ」と息を吐いて、上着を拾って着た。


そして、「…ゆふふ」と幸せそうに笑った。




 ◇ ◇ ◇




家に帰って、ママにユニコを紹介したが、やっぱり見えてはいなかった。


その日の夕食の時…。


「ママ! 見ててね!」


私はママが作ってくれたハンバーグをユニコの口元に持っていく。


「もぐもぐ…」


それをユニコが食べる。


ママの目には空中でハンバーグが消えたように見えたはずだ。


「それ、ドレインで吸収してるだけでしょ。ちゃんと口で食べないと噛む力が育たないわよ」


ママは興味なさげに酒を飲んでいた。



「ユニコ、ママにさわってみて!」


「つんつん…」


「それ、魔力で押してるだけでしょ。魔力ばかりに頼ると、体を支える筋肉が育たないわよ」


ママは興味なさげに酒を飲んでいた。



その日はユニコと一緒にお風呂に入り、ユニコと一緒に布団に入った。


「ユニコって、ふしぎ! みえるひとと、みえないひとがいるんだもん!」


「ゆにこ、ふしぎ」


ユニコは真っ直ぐ澄んだ目で私を見つめた。

私は胸が高鳴った。


「ユニコ…。わたしと、ずっといっしょにいてね? わたしからも…みえなくなっちゃ、やだよ?」


「ゆにこも、やだ」


ユニコが「ぎゅっ」と私に抱きついてきた。

私も「ぎゅっ」と抱き返した。


ユニコの体温を感じる。

ユニコの吐息を感じる。

ユニコの鼓動を感じる。


ユニコは私の友達。

私だけの友達。

私だけの。

私だけの。

私だけの。


「わたしだけのともだち…。わたしがずっと、ユニコのおせわ…してあげるね…。ユニコも、わたしにおせわされて…うれしいでしょ?」


「ゆにこ、うれしい」


「ユニコはわたしだけのともだち…。ほかのだれにも…わたさない…。ねぇ、ユニコ…。ずっといっしょにいてね…。なにがあっても、ずっと…」


「ゆにこ、ずっと、とくとりすと、いっしょ」




ちゅ…。




私はユニコに口付けした。


ユニコは少しビクッてしたけど、私を拒まなかった。



「ちゅ…ぷはぁ…、んちゅ…」


「んぅ…ちゅぴ…んぷ…」



ぷにぷにの唇同士が重なり、短い舌同士を絡ませ合う。

今まで食べたどんなお菓子よりも甘い味がした。



既に私たちは、恋に堕ちていた。



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