7話 いかずちと由奈
雨に濡れながら紗羅が降車して離れていった。急いだほうがいい事を肌で感じたのだろう。
「由奈、前に」
言うと同時に走り出す。もう車も限界が来ている。その直後に今いた場所から雷鳴が轟いた。由奈が前席へ座席の隙間から移動する。暴風域はもう直ぐ抜けようとしていた。黒雲が少し先で途切れている。
そして一方通行へ。
「後一回か? 二回か?」
車の後方に雷が落ちる。もう直撃には耐えられないかもしれない。しかし、段々落ちる頻度は減っていた。落雷の間隔から次に落ちるまでの大体の数を数え続ける。
道が開けた場所へと繋がっていた。ドアを勢いよく開ける。そして座席を下げた。急いで由奈を抱き寄せると自分が下になるようジャンプしたのだ。それは空が光るのとほぼ同時だった。
瞬間、閃光が幾重にも重なる。辺りを包む白光。心臓に悪い音が木霊する。集中した雷によって車が燃え上がると、慣性によって十数m走り爆発した。
地面へと激突した痛みに顔が歪む。土の上に落ちた事が幸いだった。抱き締めた手を離さず優斗達が広場を転がる。先に由奈がゆっくり立ち上がった。
「もういいのじゃ。どうやっても逃げられないもの」
今にも泣きそうで、それでも涙は流さない。
「いいわけないだろっ!」
優斗も立ち上がり、由奈の手を引こうとして動きを止めた。由奈が頑として動かなかった。
最後の落雷が由奈の頭上に落ちる。とっさに庇った優斗ごと電気の檻が形成され、消滅した。
光の流れが見える。移動している様で止まっている様なまるでエレベーターの中にいる錯覚に襲われる。由奈を抱き締める優斗を由奈もまた抱き締めてくれていた。そして雨が頬を一粒打った。
「お兄ちゃん」
由奈の呟きに優斗が辺りを見回す。
「ここは」
そこは優斗のアパートの前だった。だが、優斗の名前の表札が無い。代わりにあったのは。
「わらわの家じゃ」
あっけにとられる。今迄優斗達は必死にいかずちから由奈を守ろうとしていた。しかし、雷は由奈を元の場所に戻そうとしていたのかもしれない。
「由奈の家」
「ちょっとまて、と言う事はここは八年前か。なら次の落雷で俺も帰れるのか?」
口から笑いが漏れる。そして由奈の背中をそっと押した。いやいやをする様に由奈が動かない。優斗を見上げて、
「お兄ちゃん」
と袖を握った。
ん? と、優斗が屈む。
「大好きっ!」
頬にキスをされた。思わず掌でほほを覆い、優斗は照れながら笑った。
「またな」
「絶対に、絶対に会いにいくから、まってるのじゃ」
今迄我慢していただろう涙が由奈の頬を伝って落ちていく。
一歩二歩と離れて、そして優斗の頭上にいかずちが降った。明滅する光。お兄ちゃんと言う言葉が途中で掻き消される。浮遊感とも圧力とも取れる力が作用し、優斗は意識を失っていた。
姉、紗羅の言葉によると、自動車の燃えカスの遠方に一人倒れていたそうだ。救急車で病院に搬入されたのは何時の事だろう。記憶の混濁があった。検査の結果異常は見当たらなかったらしい。後から教えてくれた。
退院日、紗羅が心配して来てくれた。今迄来なかったのは気をつかってくれたからかもしれない。台風一過の様に澄んだ目をしていた。全ては終わった事を実感しているのかもしない。
「実はね」
「ん?」
にやけながら紗羅が言葉を紡ぐ。廊下を歩きながら。
「凄いサプライズがあるんだ」
「なに?」
「ひ・み・つ」
凄く楽しそうに。
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