6話 黒雲と暴風雨

「いくぞ」


 何処へ? とは二人とも聞かなかった。車が動きだす。


「はいこれ」


 紗羅がサンドイッチを渡してくれる。朝ごはんは食べていなかった。筋肉が緊張からほぐれない。震える腕をぶんぶんと揺すってごまかし、受け取って齧り付いた。


「美味いな」


 正直味が感じられなかった。片手でサンドイッチをパクつきながらもう片手で運転する。飲み物もタブを開けてもらって飲み込んだ。


 一息ついて五十キロで西を目指す。窓を濡らす雨水が打ちつける度に後方へと流れる。黒い雷雲が続いている。いや、こちらに合わせて形成されている様だった。


(くそっ)


 声には出せない。由奈を心配させるからだ。


 流れる景色が暗色に染まっている。落雷が少し後方へ落ちた。タイヤが水溜まりを弾いていく。


 そして数を数える。雷の間隔を知る為に。


(しまった)


 袋小路に入ってしまっていた。道を間違えた。急いでバックするも稲妻がその瞬間を逃してはくれなかった。被弾、派手な音を立てて後輪がパンクした。


 由奈が必死に口を押えていた。叫ばない様にしていたのだろう。紗羅も何て声をかけていいか分からない様子だった。ただ抱き締めている。怖いのは皆一緒だった。そばに居る、ただそれが由奈の心の安定には役立っていた。


 方向転換を済ませ、それでも車を走らせる。五十キロではもう行けない。少し速度を落としていた。


(なぜ俺は助けたいんだろう? そこまでして関わるべきなのか?)


 自問する。姉を危険に晒してまでこの子を助けたいのは何なのか分からない。


 バックミラーを覗いて由奈を見た。信頼している様な顔を向けてくれる。


(ああ、そうか。由奈だから助けたいんだ)


 幼いなりにこちらを気遣ってくれる。小さい子ではなかなか出来る事じゃない。身内に向ける思いやりの様な、と言えばいいか。妹が出来た様な感じだろう。すっと心に落ちた感覚だった。


 台風の中、前方を走っている車は見当たらない。 


 車体に雷が直撃する。なんとか耐えてくれた。優斗は車を走らせ続ける。今ので三度目だ。計器の表示が少しおかしい。ボンネットから蒸気が漏れる。後輪タイヤは既にいかれている。


 断続する稲光が車を追っていた。強い風が雨を車体に叩きつける。台風の中、どこへ逃げればいいのか分からない。


(あれが狙っているのはやっぱり)


 時空の復元力に逆らって三人の乗る車が疾走する。少し雨量が少なくなった気がする。


「優斗左、左」


 由奈を抱いた紗羅が後ろから指をさす。木々の近くは危ない。電線が張り巡らされている町の方がいいと判断した。優斗はそう受け取っていた。


 震えている由奈を安心させる為に、

「任せろ」

 と、言葉にした。


「お、おうっ」


 女の子らしくない返事に安堵しながら、それでこそ由奈だ。とにやりと笑う。


 汗が流れる額を腕で拭った後、左へとハンドルを切った。タイヤのせいで後輪が引っ張られる。道に沿って町の中を突っ切っていく。


 そして停車をした。雷が電柱の一本に落ちる。風が弱まってきている。


「姉さんは降りろ」


「分かった、私には何ができる?」


 その問いかけに、


「悪い、八年前の新聞記事に何か由奈の手掛かりがあるかもしれない。調べてくれ?」


 即答した。


「場所は?」


 矢継ぎ早に紗羅が尋ねる。


「俺の家周辺かコミケ会場近くか。ごめん、特定は出来てない」


「了解」


 快く応えてくれた。


「一か八かやってみたい事ある」




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