第3話 初恋の女の子がお迎えにくる神展開
翌朝。リビングで朝食を食べていると、インターホンが鳴った。
「真一、お友達が迎えに来てるわよ」
玄関まで出ていった母親が釈然としない顔でリビングに戻ってきた。
「友達?」
悲しいことに俺には家に迎えに来てくれるような友達なんかいないぞ。
「あら、違うの? 可愛い女の子が『真一君いますか?』って聞いてきたからてっきり彼女さんかと」
「あー……それ怪しい宗教勧誘だから出なくていいよ」
最近の宗教勧誘は容姿だけじゃなくて個人情報も利用するのか。怖いな。
「でも、あんたと同じ学校の制服着てたわよ」
「最近は違法で制服とか出回ってるらしいよ。たぶん信者の娘とか使って同じ学校の生徒を装ってるんじゃないか?」
入手経路は元生徒だろうな。聞いたことがあるぞ。名門校の校章だったり、学生証は高値で取引されるらしい。
やっぱ高学歴って水戸黄門の紋所なんだな。
俺みたいな底辺でも扇茅高校という名門に所属できているだけで、それなりの価値があるらしい。
「そうよね。真一にあんな可愛いガールフレンドなんてできないわよね」
母さんも納得してくれたみたいだが、息子がモテないことへのその絶対的な信頼はなんなんだ。傷つくぞ。
「お母さんが追い返してくるから、あんたは学校行く準備しときなさい」
「ん。わかったよ」
再び玄関に向かった母さんは「あ、うちは結構です」とまだ居座っていた宗教勧誘を相手にした。
しばらくして……
「如月楓ちゃんって子が『真一君を呼んでください!』ってしつこく言ってるんだけど、本当に宗教勧誘なのかしら?」
「っぶ!」
訝しみながらリビングに戻ってきた母さんの言葉に、俺は飲んでいた牛乳を吹きかけた。
慌ててパジャマから制服に着替える。二階の自室に置いてきた鞄を急いで担ぎあげて玄関へ赴いた。
「如月さん!?」
「あ、おはよう。小宮君」
ぜいぜいと呼吸を荒くする俺に如月さんは礼儀正しく一礼する。
「どうして俺の家を知ってるんだよ!」
「企業秘密です」
人差し指を唇に持っていく如月さん。
いや怖い怖い!!
可愛い仕草で誤魔化そうとしてるけど、ぜんぜん誤魔化せてないから!
「せめて家にきた理由くらいは教えてくれ!」
「そんなの決まってるよ。一緒に登校しよっ! 小宮君」
如月さんの申し出に俺は頷くしかできなかった。断ったら何されるかわかったもんじゃないからな。
「ふぁぁ……朝六時に起床なんて小学生ぶりか」
家を出てすぐの鉄橋を渡っていると、欠伸が漏れた。
「今日は朝早いんだね。いつもはもっと遅くに起きているのに」
「え? ん?」
「ほら、いつも寝ぐせつけて欠伸しながら授業聞いてるよね?」
「……ああ、そういうことか。俺は非モテネットゲーマーを卒業するって決めたんだ」
会話の端々に見過ごせない部分があったような気がしたが、まあいいか。
俺は初恋の如月さんに人間改造を決意したことを伝える。もちろん好感度稼ぎのためだ。
「あぁ……だから今日は寝ぐせが無いんだね。せっかく櫛を持ってきたのに」
学年一の美少女に櫛で寝ぐせ直しして貰えるとか、どんなご褒美だよ。男子全員から恨まれるわ。
「お気遣いどうも。だけど、今日の身嗜みは我ながら完璧だ。ずぼらな男子は絶対に持ち歩かないハンカチまで準備してるぞ」
朝早くに起きた俺は時間に余裕をもって寝ぐせをしっかり直して、皺だらけだったカッターシャツもぴっしりアイロンを通している。
「でも小宮君は前のままでも十分魅力的だよ? ゲーム上手だし」
如月さんはあからさまなお世辞を言ってみせる。〇〇君ってゲーム上手いよねは学校で褒めるところのないオタクに対する精一杯の擁護だ。
「ゲームしか取り柄がないのは色々と困るんだよ」
「ええーそうかなあ? 家族と家事の分担を決めるときとか役に立つよ。私なんかへたっぴだから、いっつも面倒なごみ当番ばかりやらされるんだ」
如月家は家族仲がいいらしい。ゲームで家事を決めるなんて羨ましいな。
うちは両親が仕事でほとんどいないから、両親がいない間の家事は自分でやるしかない。
「如月さんの家ではそうかもだけど、俺の家は家事の分担をゲームを決めたりしないし、ましてや学校での成績もゲームで決まるわけじゃないしな」
ゲームの実力でカーストが決定する学園ものなら、そりゃゲームが取り柄ってのは最強のアドバンテージなんだろうけど、都立扇茅高等学校はれっきとした進学校だ。
「うん、勉強も大事だよね。私も前回の数学が赤点ギリギリで」
「あー安心していいぞ。俺なんかいつも赤点と戦ってるから。なんなら英語と数Aは赤点だったし」
中学では学校にいる時間をずっと勉強に費やしていたからか成績が良かった。
しかし高校に入ってスマホやPC類の持ち込みが許可された途端に学校でもオンラインゲームばかりやるようになって、成績はみるみるうちに下降した。
今やどの教科でも学年最下位を総なめにしている。
「じゃあさ、一緒に勉強会しない?」
「勉強会、か」
俺は人との接点がとにかく少ない。
こういうコミュニケーション不足も非モテ人間を助長させてるんだと思う。
どんなダメな奴でも明るく振る舞ってさえいれば結構モテたりするのだ。
「図書室の横に自習スペースあるよね。私はあそこでお友達とよく一緒に勉強するんだ!」
「……でも、それで成績悪いってことは大半は無駄に浪費してるだけじゃないか?」
「ひぅ、は、はい。おっしゃる通りで」
図星を突かれた如月さんは縮こまる。
「まあとはいえ、勉強するのにはモチベーションが大切だな」
将来なにになりたいとか、どこの大学に合格したいとか目標を持っている人間の方が受験戦争では強い。
ゲームしかやってこなかった俺にそんな明確な目標がないので、「勉強会」は丁度いいモチベーションになる気がした。
「もし、……そうだな。誘う女子がいなかったらよろしく」
「はい! 誘う女子は消しておきます!」
物騒だなあ。だけど、これで非モテ脱却から一歩前進といったところか。
踏切を渡って坂を下ると、白い校舎と緑のネットが見えてきた。
扇茅高校の制服を着た生徒が徐々に合流しだす。
「如月さん。そろそろ離れよっか」
「えっ?」
捨てられた子猫のような目をする如月さん。
……う、罪悪感が。
「だって一緒に登校するってなると変な誤解されるし」
「変な誤解?」
「山川のことが好きなのに俺との噂が立っちゃ困るだろ?」
自分で言ってて辛いが、如月は山川のことが好きなんだ。
二人の恋を応援する立場になったのに横恋慕は最低なのかもしれないが、初恋はやっぱり諦められない。
「……え、あ、あー! そうだった! 恋愛相談を頼んでたんだよね!」
打ち明けた相手にも大胆になれないくらい初心なのか、如月さんは顔を赤らめて下を向く。
「ぶっちゃけ、山川なら告白すれば一発だと思うぞ」
なんせあいつは根が俺と同じ非モテオタクだからな。
如月さんみたいな超美少女がいじらしく「山川君、私と付き合って」なんて言ったら、喜んでと三つ指ついてむしろ向こうから頭を下げるだろう。
「で、でも、なるべく趣味嗜好を把握したいの! 仲の良い小宮君なら似通った趣味嗜好をしているかなって!」
なるほど、悪くない観察眼だ。
俺と山川、それと細田の三人は限りなく趣味嗜好が近しい。知り合ったのもオンラインゲームがきっかけだし、好きなアニメや漫画も共通している。
「俺で山川と付き合った時の練習を?」
「はい! そんな感じ! それであわよくば……」
「あわよくば?」
「な、内緒!」
……あわよくばって何!?
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