第2話 失恋したので、ネットゲームは引退します

「あっひゃひゃひゃ! ざまあみろ!」


 事の顛末を説明すると、細田の奴は馬鹿笑いして俺を嘲笑った。……こいつ、本当に俺の友達か?


「集中しろ。やられてんぞ」


 俺たちは今ネットでVC(ボイスチャット)をしながらゲームをしている。


 試合も終盤の延長戦で、一進一退の攻防が続いていた。


「ちょ、おま! 支援しろよ! やられたじゃねーか!」


 細田はゲームの時だけ別人格を疑うレベルで口調が荒くなる。


 VCで敵に平然と暴言吐くし、自分のミスは謝罪しないのに味方のミスにはキレるしで、害悪プレイヤーの見本だ。


 だけど、リアルでは普通に良い奴なんだから嫌いになれない。


「よそ見してるやつが悪い。てか、お前はどこいんだよ。一人で敵地まで行くな」


 細田が操作するキャラが敵に撃ち落されたことでタンク役がいなくなり、形成は逆転。残った俺たちはそれはもう一切の容赦なく華麗に全落ちさせられた。敵ながら天晴れと言うしかない。


「うわー負けたわ。最悪」

 

 今、俺たちがやっているゲームは『ゲート・オブ・アルカディア2』というオンラインゲームだ。


 四人対四人が基本の協力型対戦ゲームで、一人称視点のFPS。

 プレイヤーが操作するヒーローユニットにはRPGと同じように体力が設定されて、体力ゲージが0になるとリスポーンに帰還して何度も出撃可能。


 フロアマップ中央のフラッグを制圧したら勝ちの単純明快なルール。


 全十七種(これからアップデートで増える予定)のヒーローユニットを操作して戦うアクション要素の強いゲームだ。


「……つかさ、小宮って如月さんとなんか関わりあったっけ?」


「戦犯プレイかましたからって話逸らすなよ」


 今の対戦は一人だけ先走った細田がすぐに落とされたことで逆転の目を潰されて敗北したのだが、細田は責任逃れをするために俺に話題を振る。


「だってさ、山川の友達なら俺でもいいじゃん」


「お前こそ如月さんと面識ないだろ。俺はクラスが同じだ」


「一緒のクラスっても、まだ二年になったばっかだろ」


「隣の席だったから自己紹介で十分くらい二人きりで会話した優越権がある」


「はん、ゲームオタクのお前がなに話すんだよ。まさかゲームの話でもしたんじゃないだろうな?」


 早口オタクが嫌われるように、ディープな話題を初対面の相手にするのはオタク界隈でも御法度とされている。


「そのまさかだ。というか、向こうからゲームの話題を振ってきた」


「え、如月さんゲームやるの?」


「ああ。しかもオンラインゲームが好きらしい」


 俺も話してみて驚いた。如月さんは隠れゲームオタクだったのだ。


『小宮君はゲート・オブ・アルカディアってやってる?』


『如月さん、ゲアル知ってるの!?』


『うん。2発売が待ち遠しいね。あ、でも私の推しのフルバレットメタルがいないんだよね』


『え、如月さんもフルバレット使いだったのか! 俺も俺も!』


 こんな感じで好きなゲームやキャラなど、こどごとく合致した。それはもう怖いくらいに。


「それで脈なしってマジ?」


「う、うるさいな! ほら次のマッチ始まるぞ!」


 今度は俺が追い詰められたので話題をゲームに戻した。 


「うわ、敵側モビルゲッター使ってら。俺のガルガンチュアを下位互換に落としたクソキャラさっさと削除しろ!」


 「モビルゲッター」は最近実装された新キャラで、まあこれが強いのなんの。


 重装備なロボットの癖に、機動力は高いわ、どの距離でも強いわで現在は古参プレイヤーから弱体化を求められている。


 1の頃にはいなかったからな。まだ調整段階ということで能力はややオーバースペック気味だ。


「自機キャラ使えてるだけいいだろ。こっちはまだ追加されてないんだぞ」


「うっせー! お前こそ引退したんだからどうでもいいだろ!」


 細田が言ったように、俺はもうゲアルプレイヤーを引退した。

 こうやってネッ友に誘われてたまにやるくらいだ。


「ったく、なんでゲアル引退したんだよ。あんなに強かったのにもったいねー」


「……いや、なんかゲームばかりしてると人生が碌に楽しめないような気がしてな。試しに一番好きだったゲームから離れてみようかなって」


 オンラインゲームは楽しい。一番やっていた時期が中学二年から高校一年の間だったけど、その頃は寝る間も惜しんでゲームに熱中していた。

 

 だけど、オンラインゲームは一種の麻薬のようなものた。明滅する画面によってドーパミンが強制的に送られ、ランキングやレベル制度はまるで自分自身が強く成長したかと錯覚するような達成感を得られてしまう。

 

 現に俺はその虚しさを味わったことがある。


「……去年の文化祭で、如月さん見たんだよ」


「あーあれな。ぶっちぎり一位だったやつ」


「もちろん結果もすごかったけど、ステージに立つ如月さんを見て人生楽しんでそうだなって」


 去年の文化祭。

 毎年大盛り上がりの扇茅高校ミスコンテストで、俺は如月さんと出会った。

 出会ったというと語弊があるな。俺はただの一観衆でしかなくて、如月さんは花形。大勢に如月さんの印象は残るが、如月さんは俺のことなんか記憶に留めてない。いや、その場に居たことすら知らないだろう。


「一目惚れかよ」


「ああ。一目惚れだ」


 衝撃だった。


 あんな可愛い女の子が現実にいるんだな、って思った。単純に顔がいいとかスタイル最高とかじゃなくて、なにか心の奥底が熱せられるような感覚。


 だけど、それはナイーブな気持ちだった。


 俺と同い年であんなに人生充実してる奴がいるのに、俺は暗い海底でオンラインゲームという虚栄の世界に身を投じていていいのかという疑心を生んだ。


「はあ~美少女にすっかり牙抜かれてらぁ……ゲート・オブ・アルカディア1の時代の『プロ殺しの銀狼』が見たら泣くぞ」


「細田! 黒歴史だからその話するのやめろって言ったよな!」


 ひと昔前、俺は大物プロの配信荒らしをしていた。


 しかも♰銀狼♰という厨二感満載のプレイヤーネームで。


「あんときのお前はプロが配信する度に現れて負かしてたよな。性格悪ぃ~」


「ちゃ、ちゃんと配信のマナーは守っていたぞ! 一回戦ったらすぐ抜けたし!」


 当時の俺はとにかく強い相手との対戦に飢えていた。


 『プロ殺し』なんて大それた異名で呼ばれていたが、対プロ戦績は四割ほど。最初に負けまくったからだ。


 それにどう考えても1on1しか極めなかった俺よりチームでの高度な連携が要求される大会で成績を残しているプロの方々のが何倍もすごい。


「たしか『銀狼』にも熱心なファンもいたよな」


「その倍はアンチだったけどな」


「……もしかして如月さんって銀狼のファンだったりするのかな?」


「そんなわけないだろ。俺のファンにはまともなのがいなかったと記憶しているぞ」


「だよなあ。それに『プロ殺しの銀狼』も今や俺と大差ない実力だもんな。まあお前の相棒抜きでの話だけど」


 俺が愛用していたユニット「フルバレットメタル」は今もまだ2には未実装だ。


 全キャラの中で一番動作が複雑だし、後回しにされるのは仕方ないんだけど、フルバレット愛好家としては悲しい。


 もしかしなくても俺がゲアルをやめた理由には、相棒だったフルバレットを使って戦場を駆け回れなくなったのもあるんだろうな。


「んじゃ、次は明日の朝五時にしてそろそろ寝るか」


 現在の時間は夜の十一時半。


 生粋のゲーマーならむしろこれからが本番なのだが、俺らは高校生だ。学業があるのでいつまでもゲームをやっているわけにはいかない。


 しかし、俺がゲーム機を置いた理由はもっと根底的なものだった。


「悪いな。今日を以て俺は完全にゲームをやめることにした。非モテ人間を卒業するためにな」


 俺はいつものように次にゲームにインする時間を決めようとする細田に向かってゲームそのものをやめると宣言をする。

 

 今回の失恋ではっきりした。如月さんにお近づきになるには、そもそも俺が変わらなきゃいけないのだ。


「俺が陽キャインテリスポーツマンになれば、あの山川からだって如月さんを奪えるかもしれない」


「はあ!? ネッ友の俺を裏切るのかよ!?」


「あくまでもゲームをやめるだけだ。これからもリアルではよろしくな」


 俺は一方的にVCルームを抜けてゲームを切断すると、ベッドに飛び込んだ。


 失恋した女子が髪を切るのはこんな気持ちなのだろうか。





———


タイトル変更しました。


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