㊿ 巡る夜の終わりに
「どうしたのユッコ? なんかミズキみたい……全部お見通しって顔でさ。言ってることはあんまし分からなかったけど」
「理解できなくて問題ありません。これはただの自己満足ですから」
「じゃあ話は終わり?」
「ええ」
「……どうしてもって言うなら、タカヤに告白する番、譲ってもいいよ?」
「せっかくの申し出ですが、やめときます」
「なんで? せっかく髪とかメイクとかばっちり決まってるし」
「この髪型とメイクをしてるからですよ。もし彼に、気持ちを伝えるとしたら……いつもの私のままで言います」
なにしろ勇者の兜と勇者の仮面をつけてる今は精神極大アップがかかってる状態。これはフェアじゃない。素の自分はただの村人レベル1。傑出した人物ではないのは自分が一番よくわかってます。
【奇跡の七人】と出会い、日常を繰り返していく中で私はもっと自分のことを好きになれることを知った。心の奥底に秘めた気持ちが正しく伝わったなら、どんなに嬉しいことか。私はサラにも知ってもらいたい……その為に、この夜を越えなくては。
「サラが先です。私はその後にします」
「すごい自信ね」
「……?」
「あたしの次ってことは、今夜の告白がダメになるってことだし、タカヤが自分の方を選んでくれるって考えてるんだ?」
「考えてません。私はいつか……彼に本心を打ち明けたい。恋人ができたりしても、好きだった気持ちは嘘じゃないですから」
「そうやって順番とか譲ってないでさ。誰かを押しのけてでもチャンスを掴まなきゃ。後悔しても遅いよ?」
「コウちゃんの時は後悔しましたか?」
「……ああ?」
「ミズキに負けたんでしょう? 子どものころから好きだったのに」
「誰に聞いたっ!? いや誰も、ユッコにだって言うはずない……」
ううっ……精神にくる。辛い。
最後の最後に、サラの心をえぐるような事を言うなんて。
どこかのループで、サラ自身が打ち明けた秘密をぶちまける。話を聞いた限り、この時の経験が、彼女を真剣な想いに対して臆病にしまったらしい。恋愛や新しい挑戦に二の足を踏んでしまう、だったか。たしか私を勇気付けるために言ってくれたことを、こんな風に利用しよう時が来るとは……。
でも嫌ってくれないと、いつまでも私のことを引きずってしまうかもしれない。あと100秒もない。ありとあらゆる罵詈雑言を思いつけ私。
「ケンタもミズキも、コウちゃんも。大切な宝物みたいに思ってるみたいだけど、やめた方がいいですよ? みんなはあなたの心を軽くするための存在じゃない。近くに置いて依存したって、距離も関係も変わっていくものです」
「あ、あたしのそういうトコ、うざいって思ってた?」
「ええとっても。みんなも同じ気持ちになるかもしれませんね」
「……っ!」
サラが反射的に手を振りかぶる。
平手打ちですか。私の頬を打つなら、反対の頬も向けましょう。
この上ない別れ方だ、喜んで差し出しますとも。
抱きしめていた巨大たれ耳犬ぬいぐるみを持ち直し、首から顔にかけてがら空きにする。彼女の手が勢いよく私に向かい……予想に反して腕を掴まれた。サラが力を込めているって分かる。スマホを握りしめた左手もそうだけど、掴んだ右手には震えているのが伝わって来たから。同時に怒りじゃない真剣さも。
「痛いです。どうしました?」
「……わかんない。でも、急に思ったんだ。この手を離すなって。さっきユッコが言ってたこと、前にも誰かに言われた気がして……心がざわついて」
「滅茶苦茶ですね」
「うん。怒ろうって気持ちもどっかに行っちゃった。あたしは勇気がなかった。でもミズキにはあったんだよ、誰かの心に踏み込む勇気。泣き虫で弱いあたしとは違う」
「そうですか」
サラを元気付ける百万の言葉が喉の奥まで出かかったけど飲み込む。
それでも前に向かっていけるサラだから、私は憧れたんだ。
すでにみんなが日常の違和感を覚えている。ちょっとした会話でも、気付きかけたり、無意識に行動したり……これは良くない兆しだ。あと何回か繰り返したら、きっと過去から抜け出せなくなる。悲劇が起きた時、みんな想うことは同じだから。
ループの条件……それはループを自覚している人が日常の繰り返しを願うこと。
さっきミズキは私の意志に従うと言ってくれた。
自分の答えを示し、はっきりした決着をつける時が迫っている。時間はない。私もサラのような勇気を持てるだろうか?
すうはあと深呼吸を繰り返し、彼女と目を合わせる。
「もう今回で終わりにしようと思います。私は……ぜんぶ受け入れることにしました。何があっても来た道は戻らない。無かったことにはしない」
「これ以上わかんないこと言わないでよ……!」
「みんなには、越えられなかった向こう側へ行って欲しい」
そのための一歩を。そうすればきっと。
猛スピードで近づいてくる車の音を耳が捉えるよりも前に、思い切りサラを突き飛ばす。私が手を振りほどくなんて考えてもいなかったみたいであっけに取られている表情をしていた。持っていたスマホが宙に投げ出され、たれ耳犬のカバー側の模様が見える。
私はそのまま、サラから遠ざかるように後ろへ踏み出す。
これでいい。この後に起きる不幸はすべて私の方へ引き寄せられる。十分だ。伸ばした手と手が触れ合わない距離。電車を待つ白線ほどのずれさえあればサラに事故の影響はない。死ぬまでの痛みに備え、ぬいぐるみにぎゅっと力をこめる。ここへたどり着く結末を受け止め、身代わりに……
誰かの悲鳴が聞こえた気がした。私の名前を叫ぶ声。
同時に走馬灯のように繰り返した日常が頭を巡った。
学校。お弁当。みんなと話したこと。笑えることばかり思い出す。
そしてタカヤの顔。夢のように巡る日々も終わりになる。
ふと視界がまっくらになり……私は、まとわりついてくる影を抱きしめた。
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