㊾ Show must go on
なんでミズキが、こんな街灯の届かない路地にいるんだ?
あの場所に誰かが来るかもと読んで待っていたとしたら、恐ろしいほど正確な推理という他ない。ミズキは今回のループを自覚してない。気づけば誰かを相棒にして惨劇を回避するために奔走したはずだ。コウちゃんやタカヤを助手にして。
【過去視】【知覚直感】【自動書記】
日常が繰り返されていることに気づいた人は、それぞれループで得た記憶を探れるようになっていた。ミズキは何かの拍子に無意識状態になり、膨大な過去の繰り返しから一部分を切り取った夢を見れる。たしか【
ミズキの優れた知性ですら乗り越えられない死の運命についても。
じっとこちらを見つめる瞳は……やがて私の持っているたれ耳犬グッズの方へ向けられていった。
「それ、重たそう」
「軽いくらいです。渡しませんよ?」
「景品をぜんぶ揃えられたのは私の指示があったから。そうよねユッコ?」
「はい。合ってます」
「対価が欲しい。何か一つでも私にくれない?」
みんなは優しいから好意で荷物を持ってくれようとする。あるいは過去の記憶が頭の片隅に残っている可能性があり、このたれ耳犬のグッズを自分の手元に起きたがるのかもしれない。でなければミズキが何の脈絡もなく執着するだろうか。
しかし今さらだ。
私はミズキの後ろ、暗い路地の先へ向かわなければ。
「だめです。これは私のものですから」
「そう」
「サラと話がしたいので、通してもらいます」
「不安と焦り。でも迷ってられないって顔だ。きれいに着飾っているからより際立っているよ。あぁ、いやだな」
「何が?」
ミズキが返事の代わりに私の横を指さした。つられて首を振っても路地の壁と窓付きの通用口があるだけ。どういう意図かわからないといった私の顔が窓に映り込んでいる。ハルとサラが整えてくれた髪型とメイク。初めて見たけれどまるで別人みたいだ。初めて見たのに、この顔。私は、なんで知っている?
まじまじと見た私の顔に一筋の線が流れた。髪の生え際、やや横のおでこから次々に垂れる滴りは……あっという間に目や鼻、口を真っ黒に染める。あふれ出る黒い線は、血に似ていた。
その場でうずくまり吐き気を抑える。
一瞬の痛みと恐怖が、ざらついた肌を這い上り粟立っているみたいな感覚。あと十分もしないうちに起こる事故のイメージが鮮やかに蘇る。震える唇を噛む気力も起きない。
ああくそ。ここも既に通った道なんだな。何度も何度も誰かが犠牲になって……今回は私の番ってわけだ。【過去視】するまでもなく!
「うっ……っく」
「……」
「ミズキ、気づいているの……?」
「その言葉の意図は分からないな。だが私たちの周りで妙なことが起きていて、ユッコが懸命に解決しようとしているんだろう? おそらくこの道の先で何かが……私は予知みたいなモノに突き動かされてここに立っているだけだ。ろくに推理せず勘を頼りにね」
ミズキは自虐気味に笑った。
その顔……弱みどころかおおよそ人がしてみせる反応すら表さない表情。これも同じような既視感がある。この場面。このやりとりを前もしていた? いや……。
「嘘を、ついています。ミズキは」
「ほう?」
「あなたはループに気付いている。今回は私を助手にするはずだった。しかし敢えてしていない。無関係を装って、らしくもない演技までしている」
「……」
「なぜ私に言わなかったのか、協力しなかったのかはわかりません。でも他でもないミズキが考えて決めたこと……その方が良いと思ったのでしょう。でも私の悪あがきでは今回も無理だと判断を下した。だからここで待っていた。違いますか?」
ミズキはただ路地奥の方を向いて、手を握りしめている。
答えてはくれないがそれだけで察した。いくつかのループを経ている長い付き合いだ。彼女なりに私を想ってくれた為の嘘に違いない。そしてここで、最後の責任を取る役目を替わろうとしている。
しかし私がやるべきだ。身代わりになんて……。
壁に寄りかかるようにして立ち上がる。
重たい足がようやく一歩を踏み出したところで、ミズキが横から声をかけた。
「手伝いは要る?」
「荷物持ちなら間に合ってますよ」
「さっきまではそれを考えていたが……ユッコがまだ何かをやりたいのなら、その障害になるものは私が取り除きたい。教えてほしい」
「ち、ちょっと。頭下げないでください! えぇと、さっきも言いましたがこの後ですね、サラと二人きりで話がしたいんです。サポート頼めますか?」
「わかった。話ができるのはあと5分と少々……それまで誰も来させない」
「ミズキ。私が選んだ答えを、尊重してくれると約束して」
「……約束する。ユッコの選択に沿おう」
そう言い終わらないうちにミズキは携帯を操作しだした。
切り替えも最善で動くのも【奇跡の七人】の中で誰よりも早い。そんなミズキでさえ解決策を見いだせなかった運命に対し、私に賽を預けてくれている。なら残りわずかな時間でも幕引きまで動き続けなくては。
例え結末が思っていたものとは違ったとしても。
* *
「ん、ユッコ? みんなは?」
「ここに来てるのは私だけです。少し話がありまして」
毎回変わらず、待ち合わせの場所にサラはいた。大通りに面しているのに静かで行きかう人もいない、シャッターがところどころ降りた商店街の端。私の言葉に意外そうな顔をしている。まあそもそも私がここにいるのがおかしいって話なんだけど。説明してるだけでその、時間が来てしまう。
「ごめん、さっきユッコに電話したんだけどメグが持ってたみたいで。だから結局伝えられなかったんだけど、この後……」
「タカヤは少しあとで来るようにと、ミズキが連絡してると思います」
「そうなの? でもちょうどいいや。先に少し話がしたかったんだよね。あたしさ、タカヤに……告白しようと思うんだ」
知ってます。あなたが彼を好きだってこと。
そしてその告白する機会は未だ一度も訪れていないことも。
「あれ、もしかして気づいてた? それとも誰かに聞いたとか?」
「なんとなくそうかも、とは思ってました」
「そっか。メグやミズキにはアドバイスもらったりしてたけど……別に仲間外れにしたってワケじゃないんだ。その辺分かって欲しくて」
「サラが気にすることじゃないですよ。大丈夫」
「いや気にするよ。ホントに分かってる?」
「ギリギリまで言えなかった理由は……私の気持ちを知っていたから、でしょ?」
「っ……!」
景品の入った紙袋を地面に置き、たれ耳犬のデカぬいぐるみを抱きしめてサラから顔が見えないよう隠した。前足とたれ耳をぴこぴこ操作させながら続ける。
「私も……タカヤのことが好き。サラはすぐに気付いたんだよね? 早い段階で相談したら、私が気持ちを曲げたり諦めて応援する方に回ってしまうって。それもあって言い出しにくかった。まあサラは告白以前に遠まわしに気を引こうとするのが多かったですけど」
「そう、そうだよ! でも、あたしには勇気がなかった。ちょっと心配してもらったり、近付くためにいろんなコトをしたんだ。学校でジュースをこぼしたのも、階段で転んだフリをしたのも」
「夏の肝試しでは怖がって甘えてましたね」
「今日だって、調理実習の事故はあたしがわざと起こしたんだ。火が出て驚けば心配してくれるかなって……本当にバカだ。あたしのせいでユッコを巻き込んじゃった」
ミズキが家庭科室のガスオーブンを調べていたとき事件性はないと言っていた。サラが原因の自作自演の可能性に、彼女が気付いていない訳がない。偶然か故意かも……理由でさえも。
ただ、正解とは言い難いな。
夥しい数のループを繰り返したことで本来の動機とは一致しなくなっている。
その方法じゃダメなんだ。私も、サラも。みんなが何回も試したから。
「始まりは、たしかにタカヤの気を引くためだったのかもしれません。しかし今日の一件は違います。サラが髪と顔に火傷を負えば……その後、みんなで遊びに行く予定が無くなる。この場所に来なければ何も起こらないはず、といつかのサラは考えた。その思いが無意識に残っていたんですよ」
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