㊽ ぐるぐる回る帰り道
11月の夜道をゆっくりと歩いていく。
太陽は沈み、空を探せば星がいくつか見えるかもしれない。そんな時間だ。みんなは多少の肌寒さなんて意に介さず、思い思いにゲームセンターでの余韻を楽しむ……その中で私だけ大量の景品を抱えていた。
おしゃべりをしていたメグが視線を落とし、こちらの紙袋を見る。
「ユッコちゃん、少し持とうか?」
「このまま行けますよ」
「へへっ。そこまで金かかんなくて良かったぜ。しかしこういうグッズが好きだったんだな? マンガとかの趣味は知ってるが」
「はい。みなさんのおかげで全種類集めることができました」
「ぬいぐるみ、でかいね。子どもくらいなら中に入れそう」
ケンタとコウちゃんが反応し、私の負担を減らそうと背負った人形や景品袋を狙っているけども。やんわりと拒否するように人形をぎゅっと肌に寄せる。
「大切にしますね。古賀家の宝として!」
「重いな!? 新しいの欲しくなったらまた取ってやるから安心しろよ!」
みんなが笑ったので、私も笑う。
本当にみんなの協力なくしては得られない結果だった。
タカヤとミズキが立てた作戦のもと、縦横からベストなタイミングで声掛けをしてもらい、サラとハルが店員さんに話しかけて景品を取りやすい位置に調整してもらったり……そういう方法があるなんて知らなかったな。ああ、メグさんの応援も欠かせない。
貯めたバイト代全開放も覚悟していたけど、みんなのおかげでかなり出費は抑えられた。ゲームセンターの立場的にはそう何度も同じことをされたら困るだろうけどね。試行回数と結果が明らかに合っていない、乱獲に近いレベルなので下手したら出禁だこれ。
「メシはどこにいく?」
「いつものフードコートかファミレスが安定じゃないか?」
「フードコートは最近、中高校生が使ってることが多いねえ。空いてれば2時間くらい使えるしちょうどいいんだけどさ」
「なんなら俺ん家だって大丈夫だぞ! ピザとかジュース買い込んでよ、ゲームとかやろう。金曜集会といこうぜ」
タカヤを除いた男子たちがこの後のことを相談している。
夜道を歩くうちに列が長くなっていたから、大荷物を持っている私よりも後方にいる人たちにはメッセージでのやりとりでアイデアが飛び交う。
私は……別の用事を済ませなければならない。
いや、決着というべきか。この後に待ち構えている運命にケリをつける。
「とりあえず混み具合どうか走って見てくるわ。コウちゃん競争するか?」
「いや危ないでしょ」
「じゃあそっちは任せた。俺はファミレスな!」
「おい人の話を……ったく。俺たちはフードコートまで慌てず行こう。古賀さんもメグも、急がなくていいから」
「あ、じゃあ場所が決まるまでこの辺りにいるねっ」
「ああその方が後ろの奴らとも合流しやすいか。じゃあお願いする」
「頼んだー」
ケンタに続いてコウちゃんとハルも先へ歩いて行く。
そろそろ私も離脱するとしよう。気の利いた言い訳はついに用意できなかった。心の中で一息つき、来た道へ踵を返そうとすると……すでにメグがとうせんぼの形で両手を広げていた。穏やかな表情はそのままに有無を言わせない雰囲気がある。
「行ったらだめだよ」
「理由は?」
「そ、それは……」
メグが言いよどむ。
本当は何もかも見通せているのに、意地悪だったなと心の中で苦笑する。このあと誰が何をしたか。これから起きたこと。私は過去の経験を通じていやというほど味わってきた。そしてメグという無敵の門番をどう躱したのかも。
「すみません。答えなくていいです。全部わかってます」
「知ってたの?」
「ええまあ、その、友だちのためですか」
「私は……親友だと思ってる。だから行かないで」
ふふ、愛されてますねえ羨ましい。しかし不幸をおっかぶる存在は用意せねば。ババ抜きでジョーカーをわざわざ引くような存在。誰かがそれをする必要があるのなら……少なくとも【奇跡の七人】であってはならないでしょう。
景品の入った紙袋と人形を片手に抱え、ポケットから携帯を取り出す。
マナーモードを解除してから優しくメグに向かって放った。
「え? え、何……」
「メグさんに預けます。電話出てください」
「ち、ちょっとユッコちゃん! 待って!」
その瞬間、着信が鳴ってメグの気が一瞬逸れた。隙を逃さずに彼女の横をすり抜けて全力ダッシュで引き離す。大音量の国民的アニソンがどんどん小さくなり……消えていった。もう電話に出ても出なくても追いつけない。私とメグの運動性能にそこまで優劣はない。こっちがたくさん荷物を持っていたとしても覆らない差だ。
ざざざざっ
本日何度目かの【過去視】が背中側から這い寄ってくる。ほぼ同時にざらっとしたノイズも後ろからぶつかってくる。いつもとは違う感覚……これが最後の過去視になるかもしれないが大した問題じゃない。次々に思い浮かぶ過去のことは頭に伝えるな。いまはただ全力で走り続けろ。
『絆創膏? 収穫なしじゃなくてよかったな!』
『カバンにでも付けとくよー。ありがとユッコ』
『部活で飲み物入れるにゃ小さいか』
『ずっと欲しかったんだコレ。大事にするね』
『ユッコちゃん! どう? 似合う?』
『……家の机に置いとく』
『もったいなくて使えないかも』
『大切にしますね。古賀家の宝として!』
……絆創膏の箱、キーホルダー、水筒、スマホケース、たれ耳つきパーカー、ペンケース、タオル、超巨大サイズのぬいぐるみ。
ふいに一番古い記憶が蘇ってくる。サラが交通事故に遭ったことから、すべては始まったことを思い出す。その時サラはたれ耳犬のキャラケースに入ったスマホを持っていた。そこからだ。死の運命とたれ耳犬のグッズに因果関係が生まれたのは。何度も何度も繰り返し続ける日常の終わりには、必ずこのキャラクターにまつわる物を持っていて……無意識や意図的に所持したりする差はあっても、引き寄せられるように持ち主が事故に巻きまれていく。
誰かが巻き戻っている日常に気が付いたのは、夥しい試行回数があったから。
一人だった時もあるし、多いときは数人がループを自覚した。条件を探ったり、普段やらないような行動を起こしてみたりした。誰かは謎を解こうとした。様々な方法でこのループから抜ける道を、みんなが助かる道を模索し続けた……しかし良い結果は未だ訪れていない。
このループがなぜ起こったか? 日常が巻き戻る要因と元凶は誰か。
その解答は過去のどこかで教えてもらったが、忘れてしまった。とても難解な話だったし第一その時点では仮定の話だったはずだ。教えてくれたのは……。
「……ユッコ」
あの惨劇に続く暗がりの路地に、彼女はいた。
いつかのループで私を助手にして、次々に謎を解明していったとびきりの叡智を秘めた瞳……ミズキがこちらの返事をひそやかに待っている。
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