⓵ 星の集う夜
ふう、とため息をつく。
ようやく落ち着きを取り戻せたというか、いつもの調子が戻ってきた。自分の部屋に帰れたのが2時間前。それまでいろいろ忙しかったな。
結局ミズキが呼んだ救急車に、事故を起こしたドライバーとともに乗せられ病院に搬送された。運転手さんは急に意識を失ってしまったみたいで、原因は知らされていないが命に別状はないらしい。もともとの体調とか疾患も関係ないとは言えないが、死の運命に巻き込まれた理不尽さに同情します。とにかく助かってよかった。
私といえば身体の中をスキャンする検査を受けたけど特に外傷や脳のダメージも一切なく、こうして家に無事たどり着けた。みんなの不安を解く方が大変だった気がする。診断結果を伝えてもなかなか納得しなかったし。それに。
「……どこか痛む?」
「考え事をしていただけです。あの、ミズキさん?」
「なに?」
「ひっついてないで離れてくれませんかね?」
「やだ」
ふふ、ミズキが私から離れてくれません。
な、なんで? ほかの【奇跡の七人】が買い出しに行くまでは普通だったのに。思えば救急車に付き添ったのも彼女、念のため私を一人にさせないで残ると言ったのも彼女だ。そりゃあ私とミズキだけは今回、ループした日常を思い出してるから、気持ちはわかるけど。
この今という瞬間が、夢だったらってどうしても頭をよぎる。目を閉じて次に開くとき時間が巻き戻ってたら? とかね。部屋の片隅に置いてある壊れた景品やたれ耳犬のぬいぐるみ……完全に因果関係が切れたなんて誰も保証できないし。
「そろそろみんな帰ってきますよ! ほら準備とか」
「いい」
「もう……ホントに泊まるんですか?」
「心配だから。それともユッコはいや?」
「嬉しいに決まってます」
「なら任せて。お父さんにも頼まれた……私は保護責任を果たす必要がある」
病院で検査が終わったとき、お父さんが駆けつけてくれたのは嬉しかった。今日明日が一番忙しいのに、遠い会場から急いで来たんだなあって。でも取り乱しすぎててこっちの方が落ち着いちゃいました。正直ドン引きですええ。
大丈夫なことをいくら伝えても仕事に戻らないで、今週末は私に付きっ切り宣言までする始末。その点はミズキに感謝しなければいけませんね。論理的な言いくるめ……もとい説得をしていただき、いなくてはならない舞台会場へとんぼ返りさせてくれたのですから。
お医者さんでも見落とすような脳出血とか、まず無いと思う。
さすがに一人にさせるのは、という配慮はわかりますが。
「大事にしすぎですよ。お父さんもみんなも……ぐえ」
「ユッコ」
「は、離さなくてもいいです。もっとこう手心を」
「もし朝起きて、天井が違っていたら? 季節も学年も違ってたら? きっと私は今日のことを後悔する」
「お気持ちはわかりますが……」
「誰が死んでも、みんなそのことを忘れているのは辛い。勇気を出して話しかければ、記憶がなくなっても、毎回ユッコたちは同じだ。しゃべり方や雰囲気、笑い方。私が知ってるみんなだって思う……でも無理なんだよ。正気を保てない。受け入れられない。また運命に立ち向かうなんて無理。思いつく限りを尽くしても、誰も助けられなかったあの日常になんて、戻りたくない。いま目の前にいるユッコと……私は一緒にいたい!」
ミズキがここまで必死に思いを伝えてくることが、何度あっただろう?
弱音を吐く姿は膨大な過去を振り返っても記憶にない。
「ミズキは……毎回ループに気付けてたんですか?」
「ぜんぶ覚えてる」
「どうやって? 【既知夢】が必ず起きるとか?」
「それは簡単なこと。私が生活上、必ずやる行動に思い出すトリガーを仕込んでおいたの。机の上とか、財布とか。いつも持っている物にね。記憶を呼び覚ますには確実な方法でしょ? もっとも……ユッコも似たことをしてたみたいだけど」
そう言うとミズキは私から離れて、本棚の中の一冊を手に取る。応急手当の本?
パラパラとページをめくるとメモ書きが挟んであるのを見せてくれた。私の書いた文字、単語の羅列。今までに試した事が短く書いてある。確かにこれは私の高校生活の中で絶対に開く時がある。決まった日のケガ。私がどこかのループで残しておいたのか。セーブポイントみたいに?
この方法もミズキに習ったのかもしれない。
私の部屋で繰り返す日常の条件考察とか作戦を練ることがあった。もっとも私は相棒というよりも助手とか補佐程度のもので、役に立つことは稀だったけど。
ミズキが本を閉じてこちらを見る。落胆ではないがほんの少し呆れている表情。
「そんなユッコがループを打ち破った。もっと誇るべき」
「心の中じゃ舞い上がってますよ」
「今日ぐらい調子に乗っていい。さ、表に出して」
「いぇーい。さ、さすが私ですね。イェイ、イェイ!」
「ふふ。未来が不確定というのは……1秒先を知らないということが。いま、本当に面白いんだって認識した。確かに、怯えてびくついていちゃ勿体ないか」
「そうですよ。もっとこれから……楽しくなっていくんです。想像もつかないようなわくわくすることばかり続きますよきっと」
みんなと一緒なら。
と心で思った時、ちょうどみんなが帰ってきたようだ。買い物したビニール袋の音。テンションの高い声。まずケンタが部屋に入ってくる。
「菓子とかジュース、完璧に揃えたぜ!」
「あれ? 歯ブラシとか泊まりのセットを買いに行ったのでは……」
「もちろんあるぞ! でもユッコん家で週末パーティーだろ? ゲームとか色々遊べるようにな」
続いてハルとコウちゃん。
「あんまり夜は騒げないからねケンタ?」
「あはは、たまに賑やかになるくらいなら大丈夫です」
「そうか? 近所迷惑にならないようにしたいな」
メグも買い物袋を置く。
おお、簡単な朝ごはん系の材料。心配りも申し分なし。
「ユッコちゃんこれ。朝一緒に作ろっ」
「助かります。ぜひ」
「おお! ユッコの朝ごはん食べれるのか!? テンション上がるぜ」
「ケンタうるさい」
「ご期待に沿えるよう、腕をふるいますよ」
夜は泊まって、朝はみんなといる生活かあ。夏休みの旅行みたいだ。
もう戻れない思い出を振り返っていると、サラとタカヤが最後に入ってきて、【奇跡の七人】全員が終結した。ミズキじゃないが誰一人かけてほしくないって気持ちは心底理解できる。あんなこと、もう二度と起こさせないけどね。
「おかえりなさい。タカヤ、サラ」
「ああ。布団とか人数足りるのか?」
「たまに劇団員とか裏方さんをお父さんが連れてきて、雑魚寝することもあるので用意はあるんですよ」
「ふぅん……そうだ、いろいろ聞かせてよ。ユッコが子どもの頃の話」
「たしかコウちゃんのサッカー、グラウンド近くで観てたんだよね? だから……ケンタとかサラ、ミズキとはちっちゃい頃に交流あったってこと?」
「ええまあ。何度か遊んだってくらいですが」
「そうなの!? 私も聞きたい!」
「お、お手柔らかに……」
まあ、口で語るくらいならいいですかね。就学前の写真とか卒アルとかは何とか回避する方向で。しかしミズキが知的好奇心をうずかせて本棚の一点に視線を送っているので、それも難しいかも? おいおい過去の私、なんで卒アルとかの場所までバレてるんだ。
仕方ない。みなさんの楽しみのために語るとしましょう。
多少の恥ずかしい思いをするには……きっといい夜に違いない。
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