㊷ 告白にネタバレあり! 後編




 迷いに迷ったあげく結局足が止まったのは、菊池くんとの待ち合わせの場所……部活棟の隅にある樹の下だった。ここで放課後までいようと決めて、もうそろそろ放課後になる。裏庭をぐるっと回らない限り校舎側からは見えないし、現時点まで誰にも気づかれていない。


 ポケットからぽぽぽっと音が鳴る。

 定期的に入り続けるスマホの受信音。授業が始まったのに戻らない私に対しての反応から、すでにかなりの時間が経過しているのにも関わらずメッセージが途切れる兆しがない。でも無視する。誰が何の文字を送ろうと私は私の意地を張らせてもらう。


 ミズキ様及びハル様に暴言を吐いた大罪、その許しを乞うのは菊池くんの告白に応えてからだ。取り消すことはできない。私の今日の行いによって絶交を言い渡されたとしても受け入れる……それだけのことをしでかしたんだ。

 

 でも私は……菊池くんを信じたい。

 あの告白が勇気を出したもので純粋な好きという気持ちでの行動だったなら、どんなに素敵なことだろう。


 灰色の世界が、一瞬で色を変えることもある。

 私にとって【七つ星】は世界の色を変えてくれた人たちだ。それは何度も訪れるモノじゃない、言わば奇跡。私がみんなへ抱く感情と、みんなが私に向ける気持ちはきっと違うけど。もし私が……菊池くんの世界を変えていたなら嬉しい。


 そう、告白されて嬉しかったのは本当だ。

 好きという気持ちが、お互いに向かった時、どんな風になるんだろう?

 コウちゃんとミズキ様みたいな、想い合って気持ちが繋がっているのは幸せな事なんだろうな。

 私は信じたい。彼の想いが真剣なものだってことを。【七つ星】のように誰かの世界を変えたかもしれないってことを。私はそれを確かめたいんだ。


 だって好きという気持ちが同じように相手に返せたなら。それは……。


 「古賀さん?」

 「……菊池くん」


 菊池ナオト君の本当に優しそうな顔。1年生の時こんなに正面から見た記憶が無い。恐らく彼も同じように私をまっすぐ見たことは無いはず。それとも知らないところで視線を向けられたりしたのだろうか?

 

「ありがとう。来てくれて」

「こちらこそ放課後まで待ってもらい……」

「いいんだ。考える時間がないとね。返事が決まってたら、聞かせてくれる?」

「はい。私は、あなたの……」


 ざざざざっ。


 頭の中に雑音が響く。

 な、なんでこのタイミングで未来視が? 

 砂嵐が去ると、ほぼ今と同じ風景が頭をよぎる。待ち合わせの樹の下……!

 

【誰かに話した? ……チッ、相談すんなって雰囲気出してただろ!】

【ランキング上位の女に近付けねえじゃん。これじゃ台無しだよクソッ】

【事情がなかったらお前みたいなブス、誰が相手するかよ。いいか? 1年生の時、てめえを……】


 そこには豹変した菊池くんが、口汚く罵る姿が視えた。

 これは彼の理想通りにならなければ、現実に起こる事。私の返答次第で全く別の……吐き気のするような未来が存在したのだ。

 つまり、ミズキ様の推理はぴったり的中していて、マヌケな私が余計に行動した分だけ報いを受けるわけだ。まさにマヌケな私に相応しい罰。泣けてくる。ただ呆れるだけならいいが……辛い。これから【未来視】と全く同じ結果をなぞらないといけない。それが本当にキツいところだ。

 

「こっ……恋人にはなれません」

「そう。理由は?」

「理由は言えない。でも、これからもずっと。サラやミズキ、メグには……ぜったいに近付けさせない。あなたが何を考えていても、私が邪魔をするから」

「……あれだけ釘差しといたのによ、あいつらにバレてるじゃねえか」


  そう言って苛立ちの舌打ちをすると、辺りを見回した。

  通りがかる人というより【七つ星】がいないかを探っているようだ。


「たぶん女グループの誰かだな……古賀さんじゃそんなに勘とか頭は回らないはずだから、ミズキの入れ知恵か? そういや休み時間、俺のこと嗅ぎまわってる奴がいたらしいな。事前に手を打たれたのはなんでだ? ミズキやタカヤ、登校早い連中がたまたま俺たちの話してるのを見たとかか?」

「……」

「まぁどうでもいい。古賀さんはともかく、あいつらに警戒されてるんじゃ付け入る隙も何もない。相手が相手だ。もう少し慎重にやるべきだったなぁ」

 

 菊池くんの言動。その仕草。

 まったくマジで未来視の通りだ。これまでも。そして……。

 

「その様子じゃ勘違い……はしていないな。良かった良かった。事情がなかったらテメーみたいなブス、誰が相手にするかよ。クラスで中心になるのも楽じゃない。どうしたって善人ぶらないといけない以上……イライラすることもある。1年の時、お前いじめられてたろ? あれ俺の命令だから」

「……」

「平気なフリか? 本当得意だよな。不良の女を適当に焚きつけて、ターゲットにしたワケだが。ほとんど好き勝手やってくれた。面白かったなぁ……どれだけ悲惨な目に遭わされても学校休まず毎日来てたもんな。最初はマゾ女かと思ったぜ」

「……」

「学年変わる時に丁度良かったから、不良どもは退学にしてやった。喫煙とか万引きとかネタには事欠かない連中だ……まあ俺なりに感謝してる。てめえらはストレス発散のおもちゃには最高だった。あ、でもそれってよぉ。今の古賀さんの立場そのままなんじゃない?」

「……どういう意味ですか」

「1年の頃とあんまり変わんねえって話。どうあがいてもカーストが上の奴らに利用される運命にある。ミズキや沖島、タカヤたちに……都合よく使われてんだろ?」

「お前と一緒にするな……ッ!」


 向こうはこちらを視界に映さず無視していたが、私が感情的な声を出した途端、興味を示したように歪めた顔を見せる。


「ははっ。そんなカワイイ顔もするんじゃん! 1年の時、別のやり方ならもっと楽しめたかもな。友だちを作らせてから、そいつに古賀さんいじめさせるとかさ。あーマジ惜しくなって来たわ。今からでもミズキとか折原さんとかに匿名の嫌がらせしたら、同じ顔してくれんの……」


 怒りが急に湧き上がって、反射的に手が出た。

 不意をついた平手打ちは簡単に受け止められ、腕を握りしめて来る。

 

「おっと。危ねえなあ」

「うう……あああァァッ!」

「でもやっぱり見飽きない表情するよね古賀さん。痛みや苦しみで歪むその顔……俺、けっこう執着心強いのかな? 何か面白いこと出来ないか? ここからでも逆転の……ぐえぇッ!?」


 空から週刊少年誌が降ってきて、後頭部に直撃して呻き声をあげる。

 私の腕を掴んでいた力が緩み、引きはがして距離を取った。

 

 この漫画。ケンタが今日買ってた……!


 飛んできた学校側を見る。誰もいないが、二階の窓は開いていた。

 向こうもしばらく痛みをこらえながら周囲を伺っていたが、姿形のない気味悪さと、事情を知った【七つ星】が来るかもしれないと思ったのか、怯えたように逃げて行った。捨てゼリフをいくつか言ってた気がするが、あまり気にならない。


 私も放心状態に近かったけど呼吸を整える。

 落ち着くにつれ、辛い気持ちが蘇ってきた。1年生の時、暴力に耐えていた場面がフラッシュバックする。そして、さっきまでの罵詈雑言。でも、悲しみで泣いてる場合じゃない。このことをみんなに伝えないと。

 そう自身を奮い立たせようとしても、足が竦んでしばらくは動けなかった。





 *  *





「よーしよしよし……辛かったよねユッコ」

「大丈夫。ユッコちゃんには私たちがいます!」


 ふふ、クラスに戻るなりサラ様とメグミ様が離してくれません。

 そりゃあ、私が授業さぼるなんて今までにないですし、今回の告白関連のことは説明しましたが……過保護すぎませんかねえ。悔し涙も、少ししたら引っ込んじゃいました。むしろ御二人の方が感情爆発して泣いていましたので。

 

 あー。いい匂いといい感触。

 過去と今日の精神的な傷の……燻蒸消毒といった感じ。みるみる癒されていきますねえ。みんながいてホッとした嬉し涙が、また溢れて零れそうになる。


 ハル様が少し離れた席からこちらを見ています。

 先ほどまで後悔の念を滲ませていましたね。恐らく私への忠告に、もっと良い方法は無かったのかを考えておられるようでした。ただ、あの場では私にどんな説得をしても聞く耳を持っていませんでしたので、ハル様が気にすることはまるで全くない。それに……飄々としたいまの御顔の方が、私は好きです。


「メグの言う通り、俺たちにもっともっーと頼っていいからね? 言いたいことあったら聞くからさ」

「すみません……ハルさん」

「いやぁ今回こっちの力不足を実感したよ。たまには役に立ちたいなぁ……でも、胸は貸せそうにないや。サラとメグの間に挟まるのはかなり危険デンジャラスだしさ」

「三人がかりならさらに落ち着かせられるかもじゃん。来たけりゃ来なよ」

「……遠慮しとくね」

「そう言わずに。ハルさんも含めてユッコちゃんなぐさめ組ですよ?」

「ひょえぇぇ……あ、あの、他のみなさんは帰ったんですか?」


 いまさらだが、教室に残っているのは私を含めて4人。

 コウちゃん、ミズキ様、ケンタ様、タカヤ様……前にテスト勉強した時で言えばスパルタ組がいない。ケンタ様にはマンガを落として助けてくれたのか聞きたかったのですが、陸上部の練習かもしれません。それにしても妙な違和感がある。


「んん……スパルタ組のお姉さんとお兄さんたちは今とっても忙しいんだ。こわーいお仕置き中だからねきっと」

「お仕置き?」

「ミズキやタカヤ……普段その頭の良さを悪いことには使わないけど、敵を排除するために頭脳をフル回転させてる時が最高にえげつないって話」

「……ヒェ」




 その日玄関のロッカーで帰ろうと準備していると、彼が謝罪して来た。髪型はスポーツ刈りより短くなり、なんだか人が変わったように頭を下げてきて……誠心誠意があるように思えた。私は許しましたが、待っている【七つ星】のみんなは許さないって顔に書いてあるようでしたねえハイ。ものすごい怒ってました。




 しばらくして学校にも来なくなり……ミズキ様に恐る恐る聞いたところ、彼は『心を入れ替えるまでお休み』しているらしいです。いったい菊池くんに何が……いえ、考えないようにしましょう。


 私の頭じゃ冴えわたる知性がはじき出す答えに、想像など未来永劫届きはしないのだ。それに……あの告白を無かったことにはできませんが、みなさんとの日々が心の痛みを消してくれると信じていますから。



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