㊳ 横井山ミズキは賽を振らない




 ケンタ様のインターハイ出場が決定し、祝勝会と称してケンタ様の家に【七つ星】ともども私もお呼ばれしました。


 彼の部屋は……なんというか秘密基地というか隠れ家的というか、いろんなものがあります。単純に片付いてないというには魅力的過ぎる……雑多な単行本やマンガ、棚にはよくわからない玩具と小物。子どもの頃からのおもちゃを捨てずに並べましたって感じの!


 広めのテーブルにはジュースにお菓子。そしてケーキの詰め合わせ。

 学校帰りに買ったにしては結構な量になりましたが、ミズキ様が提案されたお祝いですからねえ。去年とかも盛大に祝ったのかもしれません。

 普段はあまり表情が変わらないミズキ様もタカヤ様もニコニコしています。


「えっ今日はケーキ食ってもいいのか!」

「ああ……しっかり食え」

「おかわりもいいぞ!」


 いつになく遠慮がちなケンタ様に、コウちゃんもハル様も笑って声をおかけになります。最後に余ったショートケーキに手を伸ばすのは、さすがに気が引けるようでしたが、そんな様子にもタカヤ様は優しくケーキを取るよう促します。


「遠慮するな」

「……!」

「インターハイ出場は、お前が頑張った結果だろう」

「うめ、うめ」


 うっすら涙すら浮かべてケンタ様がケーキを堪能していると、ミズキ様が時計を気にするそぶりを見せました。するとメグミ様がふいに机の上を片付けられ始めたので、私もつられてジュースや食べたお菓子をビニール袋に入れていきます。一体何が始まるんです?

 タカヤ様が学校のバックをなにやら物色し始め……姿勢を正すミズキ様から笑みが消えていく。


「ただ今より期末テスト勉強を開始する!」


 私は忘れていた。 

 学力が一定水準まで届いてない者がどうなるかを。

 弱者に時間や場所を選ぶことなどできないのだ。





 *  *





「この数式を体で覚えろ! 今配布したのは基礎プリントだ。心配するな計算上赤点を取る事はない!」

「ただし……糖分を摂取した奴ほど学習は続く!」


 勉強開始からだいぶ経ちましたが、隣のスパルタ部屋ではタカヤ様とミズキ様の声が未だに響いている。

 まだこちらの方がマシとさえいえますね。得意な教科を互いに教え合うこちらの方が。とはいえ……私がサラ様の数学を教える役なのはナンデ? 学力的にはぜんぶ教えてもらう側なんですが。しかしミズキ様の采配ですからねえ。効率的な何かがあるのでしょう。

 

 サラ様には国語と英語を教わり。

 ハル様には科学と生物を。

 メグミ様にはその他足りない教科を補ってもらっています。

 コウちゃんは……日本史や地理を教わるのが良いのですが、ケンタ様とともに自ら地獄を味わっています。そ、そこまで成績悪くないのに。


 テスト範囲の問題を解く合間、キッチンで水飲み休憩をしているとミズキ様が廊下から歩いて来られました。本当は彼女から英語を習えば一番いいのですが、サラ様がいうには勉強の仕方が違い過ぎて上手く教えられないとのこと。


「ミズキさんも休憩ですか?」

「……ケンタがまとめのテストをしてるところ。そっちはどう?」

「それぞれが得意教科を教えるようにして何とかやってます」

「なら支障なさそうね」

「あ、どうして私がサラの指導役なんでしょう?」

「適任だから」


 こ、答えになってない……いや、私の復習を兼ねてるってことかな?

 ただメグミ様の方がよほど向いている気がします。タカヤ様も相手のことを考えらえる、思うんですが。


「メグは寄り添い過ぎる。特に数学を教えるには……思考をより良い方へ導いてしまう。教師と生徒。それは多数の誰かにはベストでも、サラが嫌がる。その点優子なら、ほどよく悩むし間違えたり気付けたり。助け合いのイメージでサラが頑張れるの。あと、タカヤは論外」


 タカヤ様はきっちり過ぎますかね。

 私にはたぶん向いてるぞ。システマチックの方が合いそうです。あとやる気が超アガる。上がり過ぎて効率悪くなるくらい。


 そんなことを考えていると、ミズキ様が笑った。バカにしたような感じじゃなくて本当に楽しそうに……まあ、彼女は誰かをバカにする、ということにその天才的な頭脳を絶対に使わないでしょうけど。


「ユッコの考えは読みやすい」

「か、顔に出てますさっきから?」

「それもあるけど……前提として、私たちを好きでいることへの強い思いがある。どんな大問題が起きても行動原理がブレない。だから思考が手に取るように分かる。尊敬ってレベルより、信仰に近いんじゃないの?」

「それは……」


 当たってます。

 【七つ星】is 神。現人神あらひとがみと言っていい。

 火事で救助してくれた消防士に憧れるように。話を親身になって聞いてくれた先生に心を開くように。いじめから助けてくれた人に恋するように。みなさんは私の心を照らす太陽。魂に焼き付いた輝きなのです。


「別に崇め奉られるってほどの存在じゃないけど」

「そうでしょうか?」

「普通に間違えるし、予測もできない。不確定なことだって多い。現にケンタの偏食だって治せなかった。私たちが出来ないことをやってのける……メグもそうだけど、ユッコは固まった概念や関係、法則を破れる要素だ。閉塞した状況で唯一サイコロを振れるのだから……わたしにとっては神様よりよほど有難いな」

「いえいえ! それこそ買いかぶりですよ!」

「少なくとも退屈はしない」


 ミズキ様は微笑みを向けてきた。

 さきほどのニコニコした顔よりも控え目なのに、すごく自然な表情だと感じる。演技しようと思えばいくらでも欺けるのに……つまりこれは、彼女の言葉に偽りがないことを、暗に私へ伝えている? まさかね。


「これからも期待しているわ」

「……ミズキさん」

「ユッコの行動サイコロが、私たちを前に進めてくれることを信じている。その結果ユッコが困った時は、私たちが前に進めるよう助けるから」

「ありがとうございます」


 うーん? 

 分かったような分からないような。理路整然とした彼女らしからぬ、煙に巻くような言葉だ。私などでは思慮の及ばない話だったので、あえて説明を避けたのかもしれません。よくよく考えれば、こうやって同じ場所に立って話すのもキセキみたいなモンですからねえ。

  

 ぎぃっと廊下がきしむ音がした。

 

 そこには、げっそりしたケンタ様の御姿が……!

 手にはまとめのテストが握られていて、タカヤ様直筆の採点が付けられている。か、かわいらしい花丸まで。その幽鬼の如き彼が口を開いた。


「……終了」


 せ、精魂尽き果てたって顔。頑張ったんですね。

 廊下の奥から、タカヤ様がこちらに声を掛けてきた。


「まさか満点とはな」

「計算以上ね。学力の低さは授業中寝ていたとはいえ、集中力は特筆もの……」

「部活の練習も、切り替えには一役買ってるようだ」


 神は悪魔と同一の存在なのかもしれません。

 そして……どちらも賽を振らない。ましてやこの二人は運任せではなく自分たちでことわりを探求し、進むべき道を切り開いて来たのですから。



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