㊴ 鯨井ハルは悟らせない




「ユッコぉ? これどうしたらいい?」

「そこまで食器は使いませんから、ええっと……棚にしまいましょうか」

「じゃあ大体片付いたかな。休んでてOK?」

「大丈夫です。あとは料理の下準備くらいなので」


 早めに一階の掃除が終わりましたねえ。さすがです。

 もちろんハル様の親戚の空き家。勝手を知っているのは彼なのですが、自然と頼ってくれるのが嬉しい。私は今回の夏の旅行、ゲスト的な末席の立場でお呼ばれをされたのですが、これはハル様の心の広さがなせる技ですでしょうね。【七つ星】で最も交友関係が広いのも頷けます。


 誰にでも良い顔をするってワケでもない。

 気安さのコントロールが絶妙といいますか……その人にとってちょうどいい空気にしてくれる。サラ様やタカヤ様、ミズキ様と超個性派揃いのグループがまとまっているのは、ハル様の手腕が大きい気がします。

 だから男女問わずモテるし、好かれるんでしょうね。


「あとは買い出し組を待つかあ」

「ハルさん、麦茶どうぞっ」

「おお気が利くねぇ……」


 いまもテーブルに突っ伏しだらしなく休まれているように思えて、やる時はやるを地で行く御方です。いざという時にしか本気を出さない、という点でミズキ様と共通していますが、アクティブに行動できるのが違う部分ですかね。

 

 昼も大分過ぎて、セミの鳴き声も今は遠く。

 いい所だ……掛け値なしに。海で遊ぶのも楽しかったですし。


「一息ついたら上を手伝ってきましょうか?」

「いいよいいよ。必要ならミズキが言うし。それにさ、俺もユッコも体力なし組だろ? 今のうちにダラダラしとくよ」


 そう言って麦茶をのむハル様は、どことなく達観してて、たまにすごく年上なんじゃないかって錯覚を起こします。こ、こんなに童顔なのに。

 なら私も座って……いえ、二階に麦茶を持って行ってからか。あともうすぐ買い出し組も帰ってきますから出迎えの準備だけして休むことにしましょう。


「ありがとね。ユッコ」

「いえいえ。淹れただけですよ?」

「麦茶もそうだけど。改めてお礼を言っとく。ケンタのお弁当とか作ってくれて、偏食もだいぶ良くなったよね」

「たまたま好みに合わせられて、良かったです」

「うーん。あいつの人生左右する位のことなんだけどな。すごい助けになってた。おかげで今年もここに集まれたし……あ、コウちゃんも意識変わったと思うよ。焦ってるワケじゃないけどさ。何かしなきゃな、なんて考えてるんじゃない?」

「そ、そうなんですか?」


 ケンタ様の御活躍に触発されて、コウちゃんがサッカーを再開したとしたら……嬉しい。私が特別何かしたとかじゃないですけど。やっぱり昔のカッコイイ姿を見て私は救われましたから。


「ユッコの一押しがここまで波及してるって自覚ある? 責任重大だよ」

「うえぇ!?」

「あっはっは。ホント、最初の時からおっかなびっくり過ぎるんだから……俺たちは持ちつ持たれつ、ゆるーく対等で助け合ってるんだって。ユッコは、もっといい加減になるくらいでバランス取れると思うけどなー」

「とても、そんな気持ちには」

「勇気を出して踏み込んできてよ。ぜったい受け止める……サラたちが」


 にっと笑うハル様。

 こういうところはズルいですよねえ。アレコレ主張しておいて本心をはぐらかし決して掴ませない。逃げ道を作ってる、ってワケじゃないですけど……唯一私と類似点を上げられる部分。もっとも自分は畏敬の念から来ているという違いはあります。輝く舞台で活躍している大恩人たちがこちらに一段下がって歩み寄られても、その、困る。

 のほほんとお茶を飲んでる彼には、縁のない苦労かと思いますが。


「あ、そうだ。田舎帰るから俺」

「来週、お盆近くですよね? 毎年帰ってるのは知ってます」

「ああいや、今年もそうだけど。高校卒業したら田舎に帰るんだ」

「……は?」

「こっちで大学とか就職しないで、向こうに行くってこと。もちろんこれからも遊んだりはしたいけどさ、かなり集まれる頻度は少なくなると思う。その辺は俺ヌキで遊んだりで大丈夫。写真や動画とかくれれば全然楽しめるし」


 その後もハル様は今後の予定の合わせ方など話を続けられました。しかし理解が追いつかない。【七つ星】他の方々は大学や就職のことを耳にすることはありました。確かにハル様から進路のことを伝えてきた場面は記憶にない。あまりにも突然。青天の霹靂に過ぎる。


「み、みなさんには相談済みですよね……?」

「いや今初めてユッコに言った」

「ほあぁァ!?」

「田舎にも専門学校があって、そこで美容師の国家資格を取るつもりだよ」

「美容師、ですか……」

「いやいやさっき説明したじゃん!? 聞いてた?」

「すみません。動揺してて」

「もう。妹とかの髪を結ったりすることがあってさ。小さい頃から美容室の仕事に興味はあったんだ」

「その後の就職は? こっちに戻らないんですか?」

「……ウチの実家、床屋が一軒しかないんだよね田舎だから。家族は全員そこで髪切ってもらってたんだ。俺もヒマな日は置いてあったマンガを読みに行ってたくらいでさ。だからそこを手伝うか、もう一軒床屋の開業するかなーって、思ってる」

「そうですか……」


【七つ星】を影ながらまとめ、繋ぎ止めていたハル様が離れることになれば、この奇跡的なグループはどうなっていくのでしょう。もちろん、ずっと同じ関係が続いていくなどと甘い幻想は抱いていません。高校卒業と同時に夢の如く消えてしまうのか、あるいは関係を変えて……しかし。

 大切なのは【七つ星】の形にあらず。その御方々おんかたがた一人一人が自分らしい輝きを持てるかどうかです。 


「私に出来ることがあったら何でも言ってください」

「あ、あのさ? それ軽々しく言わない方がいいよー? 何でもって安請け合いするにはデカいから」

「本気です」

「……ありがとう。少し気が楽になったかも?」


 やや語尾が疑問形になるのは当然かと。

 なんで私なんですか!? 【七つ星】にいきなり伝えるのはどうかと思い、差し障りない無難なところで反応を見た……? それとも家で買ってるハムスターに悩みを呟く的な? そりゃあ口は堅いですけども。胸に秘め墓まで持っていく所存。

 

「なーんか変なこと考えてない?」

「いえ、左様なことは」

「ユッコは言葉が古めかしくなるほど、とんでもない誤魔化しとか、勘違いしてることがあるしなあ……俺はただ、みんなの中で先に話すならユッコかなって思っただけだよ」

「……理由を聞いてもいいですか?」

「100%応援してくれるからね」

「それはみんなも同じでは」

「ちょっと違うんだよ。タカヤだと理が混じるし、コウちゃんやメグだと情が混じる。しょうがないんだけどさ。応援してくれるみんなの中で、ユッコは限りなく純粋に俺を見てくれてる、みたいな安心感があるんだ」

「……そ」

「あー、何も言わないで。あくまで俺の考えってだけだし。ユッコの胸の内はまた聞けるときに聞くよ。いまは……そうだな。いつか、カットの練習に髪を切らせてもらっていい?」

「もちろんですとも!」

「約束だからね……ケンタも、他のみんなもユッコの追い風みたいな流れに影響を受けてる。それに乗っかりたいんだ。なかなか動けないタチだからさ。でも、おかげで決心がついた。故郷に帰るよ」


 そういうハル様は、どこかとぼけていて真意を掴ませない、いつもの顔ではなく……真剣な表情のように見えたのでした。



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