㊵恋に落ちる瞬間は不可思議
「古賀さん」
「はい……? ええと」
いつもの通り早めの登校をして靴を履き替えている時、声を掛けられた。
自分の呼び方が同じだったので、一瞬コウちゃんだと思いましたが……違いますね。そう考えて振り返ると、やはり別人。
私の聞き間違い? コガさんって他にいたっけ? 少し明るめの茶髪に優しそうな雰囲気。知ってる男子だ。苗字はたしか……。
「菊池だよ。菊池ナオト。1年の時同じクラスだった」
「おはようございます。久しぶりな気がします、菊池くん」
「クラスも遠いし廊下ですれ違うくらいだからね。いま時間ある?」
「大丈夫ですけど。何かご用事ですか?」
「……うん。まあ、ちょっと向こうで話すよ。来て」
「あっはい」
何だか真剣な表情。
そしてやっぱり私だった!? びっくりしました。
悩み相談、なワケはないし……というか菊池くんが言った通りあんまり彼とは接点ないんですよねえ。1年生の時、私は女子の不良グループのパシリ役と、殴られ蹴られ役……当然、周囲のクラスメートはあまり関わろうとしてこない。男子にも不良はいたけど、それ以上に菊池くんのグループが人数も多くトップに君臨していて……私以外は比較的平和に過ごせていたんじゃないかな。
もしや【七つ星】の女性陣へ恋愛感情が芽生え、誰かにキッカケを繋いでほしいとか? 校内の美少女ランキングでいけばサラ様か、メグミ様か。ミズキ様は熱狂的なファンがいますが、菊池くんの好みは分からないな。ただ誰かから間接的に関係を、というのはサラ様が一番嫌うので……だとしたら悪手ではある。
どんな用事だろうかとアレコレ思案しながら、私は菊池くんに誘われるまま教室とは反対側の、登校時には生徒が使わない階段の死角へ歩いて行くのだった。
「おはよー!」
「……」
「どうしたのユッコ?」
「……えっ、あ、どうしたのサラ」
「いやこっちのセリフだけど。なにボーっとして」
サラ様が私の顔を睨むように覗き込む。
不信の目では決してなく、純粋に私を心配してくれています。その優しさは嬉しいのですが……どう言葉を返そうか濁していると、メグミ様が同意するように頷かれました。
「さっきから変なんだよ。具合が悪いとか、熱があるワケじゃないけど」
「たしかにユッコが風邪引くとかって珍しいか」
「体調にはホント気をつけてるよね」
「そうそう。学校大好きーって感じ?」
そりゃあ学校行くのはテンション上がりますよ。
みなさんの活躍を日々見ずして日常とは言えないレベルですから。
皆さんと顔を合わせるための健康管理は当然の仕儀。そして病気ならば万が一にでもクラスメートや【七つ星】の御方々に
ただ今は頭の情報処理が追いついていない。
菊池くんの言葉を思い浮かべる……私にとって、まさかの事態。
『古賀さんのことが、好きなんだ』
『優しくて面倒見がいいよね。それに可愛いし。こうやって話す機会を探してた。ずっと沖島とかめぐみちゃんといるから、伝えられなくて』
『付き合ってほしい……俺、本気だから』
ど、どどど、
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?
菊池くん! 急に言われても出来てません心の準備ぃ!? も、もちろんお気持ちは嬉しい、嬉しいんですが! 【七つ星】の女子ではなくなぜ私に!? 分かんない……頭の中ぐちゃぐちゃでまともに考えられないっ!
なんで。なんでぇ? うわぁあああああああッ!
「ひょえぇぇ……」
「たまにヘンな声出すし」
「知ってる人いないかな……ケンタ、は寝てるし」
「たぶん男子たち誰かは知ってんじゃない?」
「揃ったら聞かないとねぇ」
「うん、何となくヤバイ問題かもこれって」
「ちょっとサラ。不安にさせないでよ……」
せっかく放課後まで考える時間をもらったのに。
全然思考がまとまらない! 落ち着け私。れれれ冷静になれ。
* *
昼休みの終わり間際、廊下の片隅で息をつく。
みなさんとお弁当を食べている時、なんとなく私がまとう只ならぬ空気を察してくれたのが分かる。サラ様も、メグミ様も。普段思うがままのことを口にしたり聞いたりするケンタ様も、騒ぎ立てないように気を使ってましたね。申し訳ない。ですが助かりました。
【七つ星】の見守りもあり、だいぶ落ち着いてきた。気持ちの整理がついてきたというか。
『いきなり言われても困るよね。ごめん』
『放課後……部室棟の前に大きな木があるでしょ? そこでお互い見られないようにして待ってるよ。古賀さんが考えた、はっきりした返事を聞かせて欲しいんだ。でも俺、真剣だから。それだけは分かってくれると嬉しい』
……やっぱりまだ思い出すと、顔が熱くなるけど。
でも菊池くんの告白に答えを出さなくては。待ち合わせの放課後まで、午後の授業もあるからあまり時間が無い。
菊池くん。1年生のクラスのリーダー的な存在。不良グループを押しのけて中心になり、彼がクラスの話題や雰囲気を左右していたように思えます。いつどこで、私のどこが、なんてアレコレ考えていましたが……それは菊池くんに聞かなければ答えにたどり着けないとようやく気付いた。
誰かを好きになる時。
いつどこで、なんて瞬間はその人にしか分からない。
私もそうだったから。
だからこそ彼の告白に軽々しく応えられない。
私も真剣に考えて、出した答えを伝えるんだ。
「……ユッコ」
教室のすぐそば、階段のところで呼び止められた。
ハル様にしては神妙な御声。そしてミズキ様も倦怠に沈まれたいつもの表情ではない、まっすぐな視線を私に向けている。
じわり、と手のひらに汗が滲んだ。
ミズキ様とハル様が動かれた……つまり何か放っておけないことが起きている。余程の事態。もしかして。それは。
「菊池ナオトのことで話がある」
「悪いんだけど、こっちに来てくれない? あんまり他の人に聞かせるモンじゃなくてね。まあ、その、長くはならないと思うよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます