㊱ 沖島サラは媚びない
「はぁっ……はぁ……、ふぅ」
長距離走……男子の走ってる時を見ていましたが、なるほど。1年の時より周回が多くてきついッ! 先にゴールしたクラスメートたちも同様に辛そうでした。しばらく息を、整えないと……。
木陰で休んでいると、サラ様が隣に来た。私の水筒を持っている。
「ユッコの水筒で合ってるよね、これ」
「はいっ……どうも、いただきます……!」
お、美味しい。
身体のすみずみまで、五臓六腑に染み渡る。サラ様の優しさとともに。
サラ様は疲れてないんですかね? 女子組ではトップでゴールしていましたが、一筋の汗が流れているだけでほぼ普段通り、といった感じです。
彼女は樹に背中を預け、体育座りのまま面白そうに私の方を見ている。
水筒を飲み干すところを? いや、なにやら違う気が。
「サラは1位でしたね、すごいです」
「まー身体動かすのは得意だし?」
「昔からケンタたちとスポーツやってたんでしたっけ」
「そうそう。小学生の時、あいつらと遊んでるうちに上手くなったんだよ。サッカーとかドッジボールとか。今思えば、よく付いていけたなー。マラソンとかも最後の方を走ってたのに」
「え、そうなんですか?」
「あたしは勉強も運動も出来なかったよ。あ、顔だけは良かったかな」
サラ様にしては珍しい自虐的な言葉。
歯を見せて笑う顔もどこか悲しげで、視線は地を這うようだった。
「かわいければ、何をしたって通用して……女の武器ってヤツ? 中学入って、ファッションとか早めに覚えたグループと仲良くなってさ。褒められたり、男子たちに告白とかされるうちに、何ていうか……いい気になってたんだよねあたしは。コウちゃんやケンタ、ミズキたちが子供っぽく見えて遊ばなくなって、話すのも避けてた」
「そんな時があったんですか。なんだか、その」
「信じられないでしょ? 何か問題あってもいい顔を少しすれば切り抜けられた。少し媚びただけでグループの友だちは私を大事に扱ってくれる。でも、その誰かに押し付けてきた無理や矛盾が、ある日あたしに返って来たの……中学2年の時、周りから無視されるようになったんだ」
まさか。
サラ様に限ってあり得ない。私がされていたような、いじめみたいなことが。醜い嫉妬だそれは。彼女の魅力や美しさに敵わないからって……!
「陰口も仲良かった友だちの方から聞こえてきて、あたしに言い寄ってくる連中も変わった。振った後の捨てゼリフも……色んな男と遊んでるくせにだの、スタイルや胸がどうとか、ちょっとここで言えないくらい、生々しくて悪意のあるモノでさ。でもあたしのこと何も知らない奴らに、いいようにされてたまるか! って思った。毎日抵抗するたびに孤立して、追い詰められて……」
ふざけるな……自分が持っていない輝きに対して何やってる?
劣等感を歪めた浅くて子どもじみた行為。傍観してる人たちの罪も重い。一人一人の意識が欠落しているも同然。彼女を救える無限の時間を、捨てる選択を取り続けたのだから。許せない。よくも、よくも……っ!
サラ様の言葉に耳を傾けるほど、水筒を持つ手に力が入る。
それを見て彼女は、なにか思い出したように切れ長の目を細めた。
「そんな時、助けてくれたのはケンタたちだった。あたしが遠ざけてたのに勝手に集まってきて、それが嬉しくてね。泣きながら話をしたっけ。ミズキは自分のことみたく真剣になって、ケンタとコウちゃんはガチ切れしてて……懐かしいな。いまのユッコみたいな顔してた」
「……解決したんですか?」
「まぁね。あたしの幼馴染たちはマジですごいんだなって再確認したし、結局ガキだったのはあたしの方。大して考えもせず、いい加減な態度をクラスで取り続けたのが原因だから」
「やっぱり、サラは強いですよ」
「そう?」
「周りのせいにせず自分を振り返れるんですから」
「ありがとユッコ。だからその時に決めたんだ……もうあたしは媚びたりしない。自分をしっかり持って流されない、って。コウちゃんたちには感謝してる。いつかみんなが本当に困った時、今度は自分が助けなくちゃ」
その目は遠くの体育館、ケンタ様たちを見ているのだろう。
私も……貴女に助けが必要なら微力ながら手を貸しますとも。それが【七つ星】に心を救われた私のサラ様たちへの返礼。頂いてばかりではない、どこかで報いなければ、という想いを新たにしました。
彼女は座ったまま私の方に顔を向ける。
他人にも自分にも厳しい目が、その時は笑っていた。
「ユッコも困ってたら言いなよ?」
「わ、私ですかぁ!?」
「一人じゃ解決できないこと黙ってたら怒るよ……マジで怒るから」
「ヒェ」
その時、心の底から震えた。
私の失着による咎めや、ただ沸点の上がった怒りも怖いけど……本当に恐ろしいのは、サラ様が心配されてぶつけてくるお叱りの方だ、ということに気付いたから。
毎日家に帰るまで、舞台の心得で挑むとしましょう。
サラ様の御心を煩わせることなく、何があっても平気でいられるように。
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