㉟ 雨の日の七人 女子編
「おーい、ユッコ?」
「……ハルさん」
のんびりした声に気付き、机から身体を離して起きる。
ここは教室? あれ、寝てた? 長い夢を見ていたような……内容をはっきりとは思い出せない。定まらない思考のまま見回すと、ハル様の呆れたような顔が近くにあった。
「大丈夫? なんだかさっきからボーっとしてたけど」
「……ええ。まあ」
「テスト勉強を頑張り過ぎた? 古賀さん」
「無い無い。ユッコがそんなタマかよ」
コウちゃんとケンタも話しかけてくる。
勉強……そうだ。今日まで期末テストだったっけ。そしてやっと終わって【七つ星】の皆さんとここで打ち上げと称して過ごしていた、で合ってるはず。どこかへ行こうって提案が出てたけど、あれこれ話してるうちに放課後の教室に落ち着いたのでした。
なおもコウちゃんとハル様は心配そうにこちらを向いています。
そ、そんなに疲れが出ていましたかね? あまり見つめられると、どういう顔をしていいか分からなくなります! 逆に話題を何か振って……。
「サラたちは?」
「飲み物だけ買いに行ったよ。コンビニだからもうすぐ帰って来るね」
「そうでしたか」
「古賀さんにも行くか声を掛けてったけど、返事も上の空だったから……」
「そ、そうでしたか?」
「なんだぁ!? やっぱ悩み事でもあるんじゃねえのか?」
しまった。余計に心配させてしまったぞ。
ケンタ様が身を乗り出して私を見ています。
「言えよ。聞くだけ聞くぜ」
「ケンタ? 俺たちに言えないことかもしれないでしょ」
「どんなことだよ。一人よりはみんなだ。解決は速い方がいい」
「いろいろなケースがあるだろ。古賀さんが踏み込んでほしくない話とか。女子特有の悩みだったり、サラたちに相談すべきことかもって話だよ」
「あぁ? ……女の? そりゃあ、まあ、そうか」
「いえ、その、大丈夫です」
あれこれ思案され、気を聞かせてくれていますが、ホントになんでもないんですぅ。ううぅ、みなさまの暖かい視線が逆につらい。どう説明しようか迷っていると、後ろの席でタカヤ様が咳払いをした。
「構い過ぎてもキリがないぞ」
「そうそう。ユッコも嫌がってるし」
「俺はただ心配で……お前ら冷たすぎねぇか?」
「古賀も相談したくなったら言うだろう。その時に力になれるかどうかだ」
小説のページをめくりながらではあるものの、タカヤ様の口調に棘はありません。いつもの一歩引いた、見守るような優しさを感じます。ケンタ様も渋々、といった形ですが納得されたようでした。
元の席につくみんなの横、窓の外ではぽつりぽつりと雨が降り出す。薄暗い雲、濡れた服……んん? なんか知ってる。この既視感。さっきハル様に起こされる前……ぼんやりと浮かんでいたのって未来視の映像だった? ううん、思い出せないな。
「あれ、雨だ」
「今から傘持ってっても……遅ぇな」
「どこかで雨宿りして待ってないか?」
コウちゃんは恋人のミズキ様のことが気がかりのご様子。
一方でケンタ様は楽観視されています。
「サラがいるんだ。多少濡れても走って来るぜ絶対」
ケンタ様が鞄に手を伸ばしかけて、部活が休みなのでタオルを持ってきていないことに気付かれたようでした。あちゃーって顔をしてます。ハル様がその様子を見て笑みを浮かべました。
「自分のタオル使っていいよー。サラに渡すんだよね?」
「……いやいや。お前がやりぁいいだろ俺じゃなくて」
そんなやりとりを見ていると、後ろの席で、小説を閉じる小さな音がしました。タカヤ様が自分のロッカーを探りながら、こちらに声をかけてきます。
「コウちゃん、タオル持ってるか?」
「一応ある」
「古賀は?」
「いえ、用意がなくて……」
「なら仕方ないな。予備の小さい奴で我慢してもらおう」
自分の使ったタオルはありますが、さすがに【七つ星】の御方々が使うには失礼に過ぎるでしょう。仮に渡そうとして断られたらしばらく立ち直れません。
タカヤ様がハンドタオルを出したところで、廊下から慌ただしい靴音が聞こえてきます。この感じは……。
「最悪。雨なんて聞いてないし!」
「あはは。落ち着いて。これ使いなよ」
「ありがとっ。さすがハル。気が利くよね……誰かと違ってさ」
「部活がありゃあタオルも貸し出せたんだがな。ただ俺の使用済のタオル使いたいかぁ? 変わった趣味だなあ」
ケンタ様の言葉に反応して、サラ様が買ってきたペットボトルを投げつける。結構なスピードだったがケンタ様は軽く受け止めて机に置いた。
サラ様はすぐ気持ちを切り替えてタオルで頭を拭きだした。つややかな亜麻色の髪が揺れてタオルの隙間から覗ける。しっとりとした彼女の髪。いい。む、シャツがところどころ透けてブラが……いかん危ないこれは。何がヤバイって頭を拭いてる分前かがみの姿勢になっていて、その分胸も重量感たっぷりに豊穣の実りをみせている。
サラ様が時折このような無意識にさらけ出す成熟した肉体を、見て見ぬふりをする
次の靴音……どこか控えめな感じ、メグミ様ですね。
「わぁ、降られちゃったよ」
「風邪引くぞ。早く乾かせメグ」
「ありがとう……そうするねっ」
タカヤ様とメグミ様の幼馴染的なやりとり。これもいい。お互いに気心の知れた感じ。微笑ましくもなんかこう……立ち入り難い雰囲気。すぐにタカヤ様が離れたので、気のせいとも取れますが。
ん、メグミ様が顔を拭かれて……あ、これエr……煽情的ですねえ。
いつもは感じさせない見た目のエロスもさることながら、匂いが……雨に濡れた美少女の香りそのもの。清純さと可憐さ。その組み合わせのはずなのになんとも説明し難い妖艶なムードを醸し出している。普段通りなのに……いや、過剰な普段通りさというか、教室に残った組へのちょっとした配慮がまたスパイスに。って何を知った風に語ってんだ私は!?
彼女から手渡されたジュースを持った距離。これが正常な思考を妨げているのでは? と、とても離れ難い魅惑の空間。不敬だぞ。し、しかし……。
はぁはぁ、そして最後にゆったりとした足で到着したミズキ様は……!
「……濡れた」
「ホントに結構降られたな、ほら」
「ん」
コウちゃんからタオルを渡され、頭を拭き始める。
夏の制服からも感じますが、一番雨に晒されていたようですね。
ううむ。見目麗しくはあるのですが……。
ミズキ様の濡れた黒髪の滴り。白い腕や首すじ。黙々とタオルで袖や肩の水気を取っていて、表情の変化が乏しい。いい、のですけど……なんか違うような。
機械的というか、無知的といいますか。透けた下着に対して恥じらいや、感情の揺れが無いのですよねえ。周囲に趣を感じさせないという点では良いのでしょうが。
「まだ後ろ濡れてるぞ」
「……なら任せる」
コウちゃんがミズキ様の拭き残しにタオルを当てる。
本来ならときめきを感じるこれ以上ないシチュエーション。あ、あまりにも反応が淡すぎるぞ。恋人同士なのに。
サラ様とメグミ様はタオルをそれぞれ返し、飲み物を渡しながら喋り始めました。雨に降られたこともすぐ笑い話になるのって、ホントは普通ではないのですけどね。そんなひそやかな発見と驚きを感じながら、改めてコウちゃんたちを見る。
「よし。こんな感じか?」
「……あ」
「どうした?」
「あ、ありがとう……っ」
感情の発露も、揺らぎも一瞬。
短い言葉に込めた想いの深さ、きっと私の見当は外れている。思えば彼女の首すじから耳にかけて赤く染まっていたのを目で捉えていたのに、そこから読み取ることが出来なかったのだから。一滴の極上のスープをただ漠然と喉へ通しただけの行為だ。【七つ星】推しを自負しておきながら、何たる不心得だろうか!
ミズキ様の今も燃えている恋心。コウちゃんと過ごした幼少からの時間、それが壊れてしまうことも覚悟して告白に踏み切り、結ばれた想い。決意。尊さ。秘めた想いを伝えたことのない私などが、とても推しはかれるモノではなかった……。
ハル様が放心状態の私の様子に気が付き、声を掛けて来る。
「ユッコ?」
「……」
「し、死んでる……!」
「いえ勝手に殺さないでくださいよッ!?」
教室に笑い声が響く。
私がぼんやりとした表情をしている時は、何やら妄想をしているのだというのが共通の認識らしいです。近頃はボーっとしている時が多いとか。ケンタ様やハル様がけっこう茶化してきます。まあ、おかげで【未来視】が発動している時は何とかごまかすことが出来ていますから、良しとします。
私の【未来視】は、みなさんを不幸や悪意から守るために発現したのでしょう。
ただ放課後を一緒に過ごしているだけで、本当に楽しいです。
こんな毎日が続くよう、自分なりに全力を尽くそうと思います。
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